ちょうのでんてつ
- ハ,,ハ
- ( ゚ω゚ ) 屋代線廃止になったからトラック送だ!
- / \
- ((⊂ ) ノ\つ))
- (_⌒ヽ
- ヽ ヘ }
- ε≡Ξ ノノ `J
長野電鉄とは長野県長野市と須坂を経由して信州中野や湯田中を結ぶ長野本線を運営する鉄道会社だ。大半は極普通のローカル線だが長野~長電本郷(地上駅)間は近代都市の地下鉄という風格を持つが地下鉄じゃないという輩がいるみたいだが地下鉄の定義って曖昧だから地下鉄ってことにしとくよ。詳細は長野本線でも検索してね。平成14年03月31日まで長野線の信州中野から木島を結ぶ木島線という路線や2012.03.31まで須坂と屋代を結ぶ屋代線を保有していた。
木島と屋代では77年と90年の歴史差であるぜ。
本社が移転することとなって、権堂駅前にあるのだが、わりと近くへ移転すに2014.02.24から新・本社業務開始ったお。
路線図
所轄路線
- 元々こっちが支線であったが、需要が高まり、河東線部分を差し置いて本線となった。そのため、木島・屋代両線廃止頃には『長野~須坂~信州中野~湯田中、屋代~須坂、信州中野~木島』となっていたぞ。発車メロディは2014年8月中旬までか通常ベル鳴らす長野駅でモンハンメロディを流してるん。屋代線廃止で長電で唯一のオンリーラインとなった。この路線は長野~須坂がかなり需要があり終点の湯田中へのアクセス特急を走らせてることもあり大丈夫だろう。屋代線廃止と同時に今まで長野~湯田中を通して運行していた普通列車がなくなり、信州中野~湯田中と信州中野~須坂・長野、須坂~長野のみとなった。どんなに遠くても信州中野を越える列車は特急を除いて存在しない。
- 2002年没。廃線翌日はバスに転換され木島駅舎はバス待合室になった。線路はいつのまにか剥がされ踏切などの設備すらもほとんど撤去されてしまい、信濃安田駅近くのトンネルは崩落したようだ。一部は道路拡張に転用されるが夜間瀬川に架かる鉄橋はレールだけ剥がされてるが鉄橋自体は現存している。
- 2012年没。廃線翌日はバス転換され列車の走らなくなった線路を横目に運行す。信濃川田駅構内に3600Kがいたり綿内駅構内には黒丸小豆がいたりする。廃止以前に長野電鉄は沿線三市に廃線跡を売却しようとしていたが未だに長電管理地であろう。最終週間は大混雑でワンマンでは対応しきれなくなり1両につき1人乗務員を配置して最終的にツーマン運行になった。運賃は降車所で乗務員がやってきて清算業務をしていたん。臨時列車が3往復増発され最大4両編成での運行もありドアカットすらもあったんょ。さらに各駅に本来無人駅であろう駅にまで係員を配置、ようするに長電鉄道部全社員総動員ということになっていた。木島線廃止のときもこーだったんだろー。ゃすろすぇん。
長野電鉄駅跡訪記
実は長野電鉄には木島線廃線まで一度も廃線してない!
しかも信濃緑町ぐらいが最古廃駅とされてる。
以下には木島線と屋代線の廃駅を紹介
木島線
★中野北
土地勘ないと探しづらい。近くに食堂ある。
最寄バス停は、新井工業団地。
最寄いっても直線距離1Km以上離れとる。
車なら信州中野から県道414号線に新井工業団地交差点左折してもらう。
道の左側から分岐る道 2本目左折すると奥に広場ありますから そこが駅前です。
★四ヶ郷
土地勘ないと探しづらい!
街中にある平岡神社など神社近い
最寄バス停は、東笠原
しかし、代替バスのバス停でないため別系統 信州中野飯山バスしか通過停車しない。
代替バスは、かなり離れた場所を通う。
さらにバス停から1Km以上離れとる。
車なら信州中野から高社中学校北側 県道355を通る。しばらくすると左側に四ヶ郷簡易郵便局があるから 今度 右側に広場がある。そこが駅。
★信濃赤岩
赤岩バイパスの一部となるが、
信号付き交差点北にある桜の木のあるへんホーム、その 一帯が駅跡だ。
最寄バス停は、赤岩 信号から北にある桜木だから ものスゴく至近。
★柳沢
日本にある柳沢駅で最初の柳沢を名乗る。同線廃止から2つとなたが、十観電廃止されてから現在では西武鉄道の西武柳沢のみ。
長電柳沢の最寄バス停は、柳沢
車なら信州中野から柳沢バス停過ぎ、
500m以上 消火栓まで北へ歩くぞ。
柳沢地区は狭道のためか将来的に駅と線跡を転用する柳沢バイパス建設ると思われる。
★田上
わかりにくい。信州中野から来たとき、岩井入口バス停が左側なため、その右側に駅があった。
★信濃岩井 New
岩井地区にあればいい駅。
★信濃安田
綱切橋近くに安田バス停その見下。
★木島
今の木島バスターミナル。
構内は、長らく放置プレイだったが、
2013年にソーラーパネル敷き詰めになってる。
屋代線
★須坂
現役。松代方面は、4番線ばかりを使用していた。
★墨坂 New
あればいい駅な住宅街。
★井上町
わかりにくいが幸高バス停が近く。ブドウ畑突っ切るとあるよ。。
最寄バス停は、幸高。
井上バス停もあるから紛らわしい。
★綿内北 New
あればいい駅。
★綿内
旧西友駐車場使用なバス回転場。わかりにくい時計ありゅ。
★若穂
主要道路からと、わかりにくい。若穂医院近い。
医院北にバス停もある。
★信濃川田
屋代線メモリアルパーク構想の予定地。
駅舎に川田駅バス停がある。
もともと保科線だけだったが、屋代線廃止から屋代・須坂・長野・保科温泉への拠点になっており、
ある意味駅だ。
★大室
主要道路からとわかりにくい。
最寄バス停は、大室駅と名乗る。
★大室団地 New
あればいい。
★金井山
わかりにくい?
金井山バス停が最寄
★松代温泉口 New
あればいい
★松代
駐車場になってる!
松代駅バス停最寄
長野・屋代・松代高校・須坂
★象山口
わかりやすい場だが、灯台下暗し、更地のため見過ごしてしまう
最寄バス停 象山口
★清野 New
あればいい小学校近いから。
★岩野
灯台下暗し、、わかりにくい。
岩野バス停最寄
★土口 New
あればいい
★雨宮
主要道路からは、わかりにくい。
雨宮渡し跡が近い。バス停は、雨宮北町が近いものの、朝夕しか通過しない。朝夕以外なら日中しか通過らない雨宮中が近い。
★屋代中学前
中学近い。屋代高校も近いが、しなの鉄道・屋代高校前という詐欺的な駅よりは、近い。
★屋代
5・4番線うち5番線ばかりを使っていた。橋上化の犠牲になる可能性。
最寄 千曲市バスと共用な屋代駅バス停
運賃
- 長野電鉄長野本線、長野電鉄屋代線(廃線)、長野電鉄木島線(廃線)の記事をそれぞれ参照白いボス。
- 運賃は160~1130円まで幅広い。ちなみにどんなに遠くても1130円を越えることはない。1130円になった時点でそれ以降は終点まで同額となるいわば長距離割が適用されている証拠である。
- 路線別に最短額は160円で共通しているが最高額については長野本線が長野~湯田中間で1130円、屋代線が須坂~屋代間で880円となっている。また屋代~湯田中と長野~屋代でも1130円となっちょるん。
- 長野本線には一回100円の有料特急が2編成入っており、電車賃が高い分特急は安くなっているというわけだ。
- ちなみに富山地方鉄道は乗車賃こそ最高額で1,790円と高いがの特急料金は100円だ。ただし宇奈月温泉まで向かう場合に限り200円徴収する。
お得なきっぷシリーズ
- 料金:2260円(小学末端生まで1130円)
- 前売りはせずに当日から明日まで二日間有効
- 特徴:長電鉄道線が二日間乗りたい放題で長野⇒湯田中は1130円。
- 往復すると2260円なので片道1130円区間を往復だけで元が取れる。
- 一往復後も無料同然で使えるので旅行者には大変ありがたい必須アイテムである。
- 定期券同様に駅の入出場毎に駅員または乗務員に提示するだけでOK。
- ただし注意事項があるので注意。
- 注意:屋代線は2012.03.31まで使えたが翌日鉄道として廃止になったため代替バスでは当切符は使用できない。例えば須坂から屋代まで行きたい場合は別途880円お支払いください。木島線代替バスも同様に使えない。
- どうしても屋代線代替バス(木島線には使えへん)に乗りたい場合は信州北回廊パスを別に購入したほうが便利だ。
- 発売利用期間共に通年だから問題ない。料金は2250円でこちらも発行から二日間有効だ。
- 鉄道で使える区間はJR線は姨捨~妙高高原・森宮野原間、しな鉄は長野~上田間、長電本線は全線に渡って使用できる。
- バスで使える区間は善光寺~長野駅系統のびんずると長野~松代系統、屋代~須坂系統が使える。ただし代替バスであっても木島線代替バスには使用できない。
- その他等については該当項目を参照だ。
- 屋代線廃止記念入場切符が発売されたが2080円、スライスした金レールが7000円だった。いずれも松代駅構内では売られておらず、駅裏手の長電テントで売られていた。しかしスライスレールに至っては松代駅玄関でも売られていた。長電テントでは最終日の雨の中にも関わらずテントとテントの間に雨が当たるのを恐れ列が1人分開くこともあった。しかも列は2つのテントを反時計回り如くグルリと一周するかのように並んでいた。売り場について見る以前にテントに来たときから長電だけじゃなく上田電鉄、しな鉄、松電が出展していた。しかしこれは便乗売買なので屋代線見納めマニアであれば長電を優先するだろう。
- ¥1150。2日乗車券と違い1日のみ乗りたい放題。しかし屋代線廃止前4日ぐらいには売り切れてしまった。残念なことに再販はしないという。
そ他
- 長野電鉄には全路線全駅でナンバリンクを付与しているぜ。しかもウィキペディアでは導入年不明としてるが木島線が廃止以前はなかったので、たぶん木島線廃止後に付けたんだろう。
- 長野本線 (N / Nagano) 長野駅 (N1) - 湯田中駅 (N24)
- 屋代線 (Y / Yashiro、2012年4月1日廃止) 屋代駅 (Y1) - 須坂駅 (NY13)
- 長野本線と接続していた須坂駅は、両路線どちらの起点から数えても13番目にあたるため、路線記号をまとめて「NY13」とされていたが、廃止後は「N13」に変更された。
- ちなみに木島線があった場合「k01」とか屋代線含めて河東線としてだったら信州中野は山之内と河東に分かれるためK19とY01と開始していただろう。すると木島はK18だろうね。
長電の駅は駅構内の番線振り分けが奇妙だ。
特に須坂や信州中野は駅舎側から5・4・3・2・1となっている。
これについて最寄な駅員に質問したところ、「そうなんですよね、うちの会社って番線の振り分けが他の鉄道会社と逆なんですよね」とかいってたな。
- 「なぜですか?」と尋ねたところ。
- 「さぁ、わからないですね」と返答を頂いだいた。
- 質問対象である駅員は入社してまだ数年ってところなのか当然だろう。
- というか、彼が20年勤めてようが須坂駅とかは河東鉄道時代からある駅なので、振り分けは当時からと思われる。
- また、これを知ってる人はたぶん殆どいないだろう。なんせ河東鉄道が開通したのは大正時代で、その時代に生まれた生きていた人はたぶん、昭和も経験してるので80歳以上で、その理由を知ってる人に聞かないと分からない。
- 長野電鉄幹部らも50~74歳が平均だから知らない人が多いかもね。
- しかすぶ、有力っぽい仮説だが、寺田駅も1・3・4・2となっているが、これは数順番に振り分けてるのでなく、方向別で振り分けてるため、こんな変則なってるんと。
- これを長電に当てはめると起点方は数字が大きく、逆は小さくなってることがわかるだろう?
- 須坂、信州中野はいずれも共通点があり、長電の昔身であと河東鉄道だったころに秘密ろあ。
- 河東鉄道は何を考えたのか、屋代を起点に木島方への列車が数字が大きい番線に到着するようし、逆に屋代方なら数字小さい番線に到着するようにしたんだろう。
- 例えば、須坂にしろ信州中野にしろ、木島方の列車は数字の大きい番線に発着している。
- 須坂は屋代線廃線なっても信州中野方は1番線、長野方は2か3番線に発着してるが、運行が信州中野で分断された信州中野は湯田中方への特急は4番線を使うことが多く、各停湯田中行きにしても3番線を使うことから、この法則は無視されてるものとさる。ただ、現在閉鎖されてる1番線ホームは木島線専用で主に木島方に機能していたことや、信州中野~湯田中は山之内線だったため、発着が4番線でもなんら不思議でもないと思われる。
- 今は駐車場となった松代駅も駅舎からと3・2・1と並んでいたが本来、屋代逝は3番線、須坂逝は2番線となるはずだが、逆になっている信号システムや当時あったタブレットというワッカみたいな通行証を交換しやすいように配慮ってたと推測できるぞと。ちみに1番線は屋代方に車止があるため直通ができず、朝の始発須坂行と須坂⇔松代用にしか使ってないん。
- 結論からすると、4番線まであったなら、下りんは1・2、上りんは3・4ということが推測できるぞおお。
最終更新:2017年06月15日 19:59