BX-02 ルミの暗闘(β版)

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【どうなればご満足でしたか?】 BX-02 ルミの暗闘(β版) 「あ…」  コートの外に居た高岡ルミは、試合前のイヤな予想が当たっている事に気づ いた。まさかとは思っていたが、こんな明らさまに。  麦端の6番、湯浅比呂美の体が前に吹き飛ぶ。 「比呂美!」  コート内の朋与が駆け寄る。比呂美に大きなケガがない事を見た後、彼女は 蛍川を睨みつけた。 「大丈夫だから…」  比呂美がそれをたしなめる。 「絶対わざとよ。ひどいよ!」  比呂美は黙って、昏い目で、それを受け流していた。  明らかにこれは、先日の4番=石動純との駆け落ちが原因だろう。  4番の停学に対する報復か、嫉妬か。どちらにしても、蛍川の女子部員が皆 で比呂美にラフプレーを仕掛けている事だけは間違いない。  麦端女子バスケ部のキャプテンである高岡ルミは、他の部員に気取られぬよ う気を使いながらも、少し肩を落とした。  再会直後、また倒される比呂美。  転倒の現場を離れる、蛍川の6番4番の姿がルミには憎らしい。4番などは キャプテンではないか。部員達と一緒になってラフプレーをしてどうするのだ。 「審判!」  抗議に出ようと、ルミは声を張り上げた。  そのルミの抗議は、途中で立ち消える事になった。コートに侵入する、他校 の男子生徒が居たためだ。 「君、なんですか。コートの外へ出て!」  審判が反射的にその生徒を叱責するが、男子生徒はそれを無視する。彼は、 ラフプレーをした二人の蛍川部員に近づいた。  あれは、蛍川男子バスケット部の4番だ。 (石動乃絵の兄…)  その事も、ルミは知っている。あまり他の生徒と絡まない事で有名な乃絵だ ったが、この所、悪い意味で比呂美と絡む事が増えていた。 「なんだよ今の露骨な反則。何か理由があるならここで聞くぜ」  石動純は、二人の女子部員を叱りつけた。蛍川の4番6番は目を伏せ、きま り悪そうにそれを聞いている。 「君ぃ!コートから出なさい!」  審判が重ねて退出を促した。  ドラマティックな展開に、少し顔を赤らめて石動純を見る比呂美。その横で は「すごぉい…」と朋与が感嘆の声を上げている。 「タイム! タイムお願いします!」  ルミは我にかえって、声を張り上げた。  戻って来る部員達をねぎらい、比呂美の様子を伺いながらも、ルミは周囲の ざわめきにさりげなく耳をかたむける。やはり、というべきか。小声で聞こえ てくるのは、石動純と比呂美についての話ばかりだ。  比呂美にショックがなければ良いが、と顔を見たが、彼女は少なくとも表面 上は平然としていた。 「比呂美、いける?」  ルミは知っている。比呂美はいつも『公』の仮面を被った娘だと言う事を。  そして、その仮面から透けて見える『私』の顔は、周囲が思っている以上に 脆い、銀細工のようなものである事も、彼女は理解していた。 「大丈夫です」  そんなわけがない。  嫌がらせはおそらく覚悟していたはずだ。石動純のフォローまで予想してい たかどうかはわからないが、それでも今、彼女の内心には嵐が吹き荒れている はずだ。  それでも比呂美は下げられない。下げれば、陰口や後ろ指、相手の嫌がらせ、 事なかれ主義の先生、その他様々な圧力に屈した事になる。  先日の男子の練習試合と比べ、観客も多い。理由はおそらく、スキャンダル の中心である比呂美がいるから。  今は、堂々としていた方が良いのだ。強ければそれら負の意思は近づかない。 だが、弱みを見せれば一気に襲いかかってくる。そんな所で下げるわけには、 逆風に負けるわけにはいかない。だから今は―― 「比呂美。動きが悪ければ下げるからね。それと、絶対ケガしないように」  ルミは、あえて厳しく言った。動きが悪くなければ下げない、間接的にそう 告げる。比呂美ならこれでわかるだろう。 「はい」  少し、比呂美の顔が明るくなった。今、自分が超然としていなければならな い、強い自分を演じなければならない事を十分に理解しているのだろう。 (比呂美、演じきって――)  ルミの祈りを含めた視線と、比呂美の視線が交錯する。比呂美はごくわずか にうなずいた。本当に察しの良い娘だ。  ならば自分の役割は決まっている。今朝、ぐだぐだ言う顧問の意見を押し切 って比呂美をスタメンで出したように。比呂美が踊る舞台を用意し、整える事。  舞台さえあれば、彼女には踊りきる力がある。そして今日、そのために自分 はコートの外にいる。 「いい、気を引き締めていくわよ! 集中して!」 「はい!」  コートに飛び出していく選手達を見送った後、ルミは自軍のエリアを離れた。                   ◇ 「高岡。湯浅の停学が決まった。一週間だ」  顧問の男性国語教師は、ルミを呼び出すとそう告げた。 「一週間ですか? 校則に違反したわけでもないのに」  思った以上に重かった。校則に明示された事項でもないというのに。 「仕方ないだろう。なにせ湯浅だ。これを軽く扱えば、次々に似たような行動 に走る生徒が現れかねん」  顧問教師は、少し目を横に流す。 (なるほど、見せしめ、か…)  綱紀粛正とでも言いたいのだろうか。優等生の比呂美だからこそ、話せば耐 えてくれると思っているのかもしれない。それは甘えだ、とルミは思う。 「…そうですか」 「そういうわけで、今日の放課後から停学明けまで、湯浅は部活に参加させな いこと。いいな。次の練習試合――」 「わかりました。ところで」  途中でセンセイの言葉を遮る。 「なんだ? 高岡」 「停学中、先生が家に訪問や面談したり、補習したり等の、何らかのケアは行 われますか?」 「いや、特に…」 (やっぱり…)  処分された比呂美の心情や、周囲の視線について十分な配慮をするならとも かく、単に停学だけ。お粗末な話ではあった。  この件について、学校は頼れない。自分にできる範囲で、比呂美を守ってや るしかなかった。 「仕方ないじゃん。先生がそうしろって言うんだから」 「高岡キャプテンは、いつからそんな体制側の人間になったんですか!」  朋与が、古めかしい言い方で食ってかかってきた。どこでそんな言葉を覚え たのだろう?  だが、その指摘は当たらずとも遠からず…いや、当たっていた。ルミは『体 制側』である事を、この時選択していたから。  顧問や学校に良い顔を見せて表向き従い、信頼を得ながら、実際には要求を 通していく。そのために。反抗的と思われ、睨まれるより、はるかに実利的だ から。  学校側に対決姿勢を見せて反抗したら、全てが通らない。比呂美を守る事が できない。他の部員もバスケ部そのものも。 「停学っていっても、明日からですよね。わかりました。私もう、今日の練習 休ませて…」  朋与は苛立ち、勢いにまかせて言った。  その真っすぐさは、比呂美とは違った意味で、好ましいものだった。ルミの 顔が自然とほころぶ。 「そう言うと思った。比呂美と居てあげて」  朋与の表情が和らぎ、彼女の視野が広がる。彼女の瞳には、温かい顔の仲間 達がうつっていた。 「はい、ありがとうございます!」  朋与は頭を下げ、体育館を出て行った。 「比呂美と朋与の分も張り切るわよ~」  ルミは部員達に声をかけた。  この女子バスケ部には、仲間を案じないメンバーは一人もいない。比呂美も、 朋与も、孤独ではない。孤独にはしない。                   ◇  本来なら学校を通じて相手の部に話を通すのが筋だ。でも今回、学校は通さ ない。  事なかれ主義の学校を通すと、事件の波紋が大きい事が、学校に伝わってし まう。それでは比呂美が保護されるどころか、教師の目が厳しくなって彼女の 自由や行動に支障が出るだけだろう。  馬鹿馬鹿しい話だが、最悪の場合、根拠なき追加処分もありえる。エースと して目立つ比呂美だ。部活動の当面休止ぐらい言い渡されかねない。  この一連の件で、ルミは学校の事を信用してはいなかった。組織は組織のた めにあり、個人のためにあるわけではない。そうなってしまいがちなのだ。 比呂美や部員の安全や自由は、可能な限り自分達の手で勝ち取らねばならなか った。  蛍川高校とは縁が浅いわけではなく、交流も多い方だ。でもそれは学校同士 の付き合いという枠組みの中での交流である。残念ながら友人というレベルで 話が通じる相手がいるわけではなかった。  それでも普段ならキャプテン同士での話し合いに持ち込む。ところが今回は 蛍川の4番…むこうのキャプテンまでが比呂美への嫌がらせに参加している。 その手は使えない。 (だったら…)  イレギュラーだが、あのルートだ。  石動純の乱入後、練習試合は問題なく終了した。  比呂美は最後までコートに立ち、動きのぎこちなくなった蛍川を翻弄し続け、 無事にケガもなく試合を終えた。それがルミ何よりも嬉しい。試合後のミーテ ィングは短時間で済ませて他にまかせ、彼女は待ち合わせの喫茶店で相手を待 っていた。  20分ほど遅れ、待ち合わせていた二人が到着する。一人は石動純。もう一人 は、蛍川女子のキャプテン。 「お疲れ様です」  ルミは頭を下げた。 「…あ。どうも…」  蛍川のキャプテンは、少し気後れした様子で応じ、石動と並んで席についた。  遅参の二人がコーヒーを注文した後、最初に切り出したのは、ルミだった。 「石動さん、取り次いでいただいて、ありがとうございました」  頭を下げる。 「いや、こちらの問題だ。ケガはなかったか?」 「ええ、無事に」  ルミと石動の視線が、女子キャプテンに集まる。 「…すみませんでした。部員には厳しく言っておきます」  反省よりも悔しさをにじませながら、女子キャプテンは頭を下げた。 (部員には、ね…)  ルミは内心を顔には出さず、少しぼかした聞き方をした。 「なんで、あんな事になったんですか?」  女子キャプテンは、チラっと横の石動に目を走らせ、しばらく迷ってから答 えた。 「うちの部で、もともと石動さんは人気があったんだけど…。麦端の子と事故 って、石動さんが停学させられた事でみんなが…」  それを石動が短く遮った。 「違うだろ。…大体あの事故は俺の責任だ」  バッサリである。  女子キャプテンはいい込められ、やがて下を向いて言い直した。ルミの顔は 見ない。 「…石動さんが麦端の6番と付き合ってるのがわかって、それでみんなが暴走 した感じで…」  最後はボソボソとなって聞き取れない。 (まだ『部員』なんだ。あなたも参加してたくせに) 「なるほど、そうだったんですか」  ルミは一応、うなずいてみせる。 「ごめんなさ――」  視線を下に向けたまま、不承不承、謝ろうとした女子キャプテンの言葉を、 ルミは遮った 「それで」 「ぇ?」  驚いて女子キャプテンが顔を上げる。 「どうなればご満足でしたか? 骨折? 捻挫? アキレス腱でも切れば良か ったのかな」  にっこりと笑って、ルミは言い放った。  女子キャプテンの顔が呆けたように固まり、次いで色を失った。 「バスケ部員が示し合わせて、他校の試合相手にケガさせようとするって、大 変な事ですよね。本当なら学校を通して抗議すべき事だと思うんですけど…」 「あ…」  女子キャプテンは青ざめていた。そうなったらどうなるか。今まで考えもし ていなかったのだろう。彼女の目が見るまに潤む。 「ごっ、ごめんなさい! 二度としませんから! 学校には…!」  勢い良く頭を下げて、女子キャプテンは謝った。 「大丈夫です。学校に言うぐらいなら、こんな所でお話してもらいませんから。 二度とこんな事がなければ、それで」  しばらく間を置いて、ルミは言った。 「すいません…」  相手の女子キャプテンは、頭を下げたままだった。少し震えている。泣いて いるのかもしれない。この様子なら、再発はないだろう。 「それに…。たぶんあの二人、長続きしないと思いますよ。カンですけど」  伏せた女子キャプテンから、ぇ、と小さく声が上がった。 「あんた、半端ないな…」  居残った石動純は、向かいでコーヒーカップを回しているルミに言った。  蛍川の女子キャプテンは、少しだけ気力と希望を取り戻した様子で帰ってい った。最後の長続きしない、という話はそれほどまでに彼女の心を軽くしたら しい。現金なものだ。 「そうですか? でもあなたも凄いんじゃないかな。女子バスケ部みんなに惚 れられてたと言われて、平然としてるなんて。それに、今日の試合中も」 「いや、こっちが悪かったから。ここで納めてくれて助かった。俺ではあまり 強く言えなかったから」  後の禍根は断つ。両者の思惑が一致してのこの場だったのだ。 「セッティングしてくれたことのお礼、まだだったわね。どうもありがとう」  ルミが頭を下げた。 「…なあ」  石動純はそれには応えなかった。  彼は視線を上げ、喫茶店の壁を超えた、どこか遠くを見つめながら、奇妙な 質問をした。 「麦端ってのは、誰も彼もがそうなのか? 仲上眞一郎や湯浅比呂美の周辺だ けか?」 「え?」  その言葉は、比呂美のプライベートな事情には疎いルミには、即座に理解で きるものではなかった。 「忘れてくれ。それと、さっきの最後の話」  石動純は、自分の質問を勝手に打ち消してしまった。ルミは後のために、一 応記憶に留めておくことにした。 「あの話ね。なら今日のお礼として、改めて言うわ」  一旦ことばを区切る。 「たぶん、うちの比呂美とあなたの道は、交わる事はないと思う。傷つけ合い すぎないうちに退いた方が、お互いのためになりそう。」 「…なぜそう思う?」  いぶかしげに問う石動に、ルミは一言で返した。 「比呂美が、楽しそうじゃないから」  石動は、ふん、と苦笑したようだった。 「一応言っておくが、これはプライバシーの問題だ。失礼なんじゃないかな」  本気で失礼だと言っている風ではなく、妙に形式的に、石動は言った。だが その返しはルミの指摘を否定してはいなかった。 「だから、お礼。そうでなければ、他人の恋愛にとやかく言わない」  しれっと言ってみる。 「そうか。そうだったな」  石動純は、なぜか爽やかな笑顔を見せた。  彼はルミに軽く別れを告げると、石動純はテーブルの請求書を手に取って、 喫茶店の出口に向かっていった。 「案外、良い男ね」  石動の去った席へ、ルミはつぶやいた。  『大過なく』練習試合が終わった事で、比呂美への学校からの視線も和らぐ。 蛍川の問題もほぼクリアと言えた。とりあえず、バスケ周りでは、比呂美の当 面の問題はなくなったと考えていいだろう。  ルミの今回の仕事は、とりあえず終わったのだ。                   ◇  朋与がかけた電話は、すぐに比呂美の携帯につながった。 「比呂美?」 「うん、お疲れ」  親友の元気な声が、電話の向こうから聞こえてくる。 「今日、蛍川から高岡キャプテンに謝罪の電話があったんだって」  朋与は、ルミに告げられた事を、そのまま比呂美に伝えた。 「そう」  それについては、気のない返事。 「4番を麦端の子に取られたーって、大騒ぎだったんだって。ばっかみたい」  ふぅ…、と聞こえるのは、比呂美の小さなため息だ。 「でも凄かったわねー、4番。みんなの前で、あんなこと言っちゃってー。比 呂美の事、本気で――。あ…」  気分のままにここまで話しても、比呂美は乗ってこなかった。少しバツが悪 い。 「いいの。私、もう関係ないし」  どうやら、これ以上触れられたくない話題のようだ。  朋与は、話題を変えた。 「どう、一人暮らし」 「今、ガリンコ食べてるとこ」  また、比呂美の声音が戻り、朋与は少し安堵した。 「あ、ずるーい。あれすっごくいいよね」 「うん。一人暮らしさいっこう~」 「男も引っ張り込み放題だしね~」  しまった、と思ったのは後の祭りだった。4番の話の後なのに。 「うん♪」 「え?」  だが、比呂美の反応は意外なものだった。冗談めいているが、元気いっぱい の声が帰ってきたのだ。 「…あっはははは。  朋与としては、笑ってごまかすしかなかった。 「あー、ごめん。お母さんが呼んでる。また後でかけるね」 「うん」  微妙な胸騒ぎを感じ、彼女は電話を終えた。 (比呂美…)  男引っ張り込み放題、か…。  大切な親友が、少し遠くなってしまったような気がしていた。 ---------------------------------------------------------------------- ずいぶん間が開いてしまいました。 ドラマCD発売記念、という事で。バスケ部…いや、ルミさん話です。 他人の目に見えない所で、周囲のために暗闘、交渉する。 こういうのこそリーダーの醍醐味! だと思うんですけど。 ドラマCDとひどい矛盾が出たら、書き直すという事で 暫定としての「一応独立話」という扱いでお願いします。

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