――(34)――
眞一郎はゆっくりペニスを引き戻した。といってもほんの数センチだけだ。あまり戻しすぎる
と、再度深く挿入するときペニスを刺激しすぎて射精が一気に始まりそうだった。できることな
ら、比呂美のこの最後のお願いを無事に何事もなく叶えてやりたい。ただ、男の下半身というも
のは一度坂を下り始めたら主(あるじ)ですらどうすることもできないという暴走ぶりを発揮す
る。だから、慎重に事を進めなければいけない。
ペニスを戻すとき思いのほか力を要した。比呂美の膣の内壁が絡みついたように締まっていた
からだ。まるでペニスを引き戻させまいとしているかのようだ。そこで眞一郎はハッと気づいた。
さっき無性に気になった時間というのは、比呂美とつながっている時間のことだと思い至った。
どれくらいの時間だろうか。長く感じるが、せいぜい数分しか経っていないだろう。あのペニス
の硬直を考えれば、非常によくがんばったほうだ。いや、奇跡的といっていい。それもおそらく
もう少しの辛抱だ。
ペニスを一番深く挿入したときの位置を想像しながら、腰の位置や足の踏ん張り具合を整えた。
眞一郎が上半身を離して比呂美の顔を確かめると、比呂美は意外にも無表情に近かった。どうい
う顔をしたらいいのか分からないといった感じだ。あるいは、子宮のほうに神経が集中していて
余裕がないのかもしれない。それと不安も少しはあるかもしれない。でも。これからやろうとす
ることは比呂美が望んだことなのだ。そのことに眞一郎は同意した。これからすることは、ふた
りの気持ちが一緒にならないとできないことなのだ。
「比呂美、いくよ」まとわりつく弱気を断ち切るように眞一郎が合図をする。思いのほか声がか
すれていて、比呂美の名前を正確に発音できたかどうか分からない。それでも比呂美は黙ってう
なずいた。
ペニスを
ゆっくりと動かしはじめてすぐに加速する。ペニスの根元が比呂美の大唇陰に到達し
ても眞一郎はさらに奥へ力を込める。比呂美の言うとおりにしてみたのだ。当然予想される比呂
美の体の筋肉からの反発力に押し負けまいと身構えていたが、意外なことに、あっけなくペニス
はさらに奥へ沈み込んていった。膣口周辺の筋肉が驚くほど柔らかくなり、眞一郎のペニスを一
番を奥へと招き入れたのだ。でも、眞一郎が女性の体の不思議を実感するのも束の間、その瞬間
から一気に事が始まってゆく。
「んはッ……」風船でも割れたようにいきなり比呂美が大きな声を上げ、全身を大きく振るわせ
た。比呂美にとっても予想外のことがあり、声を抑えきれなかったようだ。おまけに、比呂美が
体をビクつかせたせいで、比呂美と眞一郎の体がほぼ同時に敷布団越しに畳を打つことになる。
その直後だった。眞一郎の射精へのプロセスが、檻から放たれた猛獣のように猛ダッシュで始
まった。
ペニスの根元の奥のほうで急激に何かが膨らむ感覚がある。その時点で眞一郎は、もうダメだ、
限界だ、すぐに抜かないとダメだ、と判断を下す。眞一郎の意識がはっきりしていたのはこの時
点までだった。反射的に体が動いて、比呂美の膣からペニスを完全に引き抜くことには成功した
のだろうが、同時に、下腹に力を入れて精子が飛び出すのを少しでも遅らせようとしていた。全
身の皮膚に感電したときのような痺れ。耳の下の首筋が熱くなり、いやに物音がはっきりと聞こ
えすぎるようになる。体内の音なのか体外の音なのか区別が付かず、サーという高周波の音がだ
んだんに支配してくる。心臓は、鉄鎚で石を叩いたような鼓動を打つ。自分が今、どのような格
好をしているのかも分からない。ただ認識できるのは、自分の体中から外へ次々に飛び出してい
くものの感覚だけ。飛び出すごとに、宙に浮くような上昇感を味わい、今まで心と体を締めつけ
ていた呪縛が開放されていく。天に昇るときって、こんな感じかもしれない。そう思ってしまう
ほどの心地よさ。
でも、それは永遠にはつづきはしない。誰かが、音も景色も皮膚の感覚も現実へと塗り替えて
いく。決してそれには抗えない。いい思いをしたのだから、これで良しとすべきだと自分に言い
聞かせるしかない。そして、現実の世界で待っている愛しい人を思うことに専念していくのだ。
愛しい人――
ユ ア サ ヒ ロ ミ……
湯浅 比呂美
比呂美の姿を完全に思い出せたところで、眞一郎の意識が完全に現実とつながった。
(おれは、ちゃんと、できたのか?)最初に頭に浮んだのはこの疑問だ。
射精する前に、コンドームを着けていないむき出しのペニスを比呂美の性器から引き抜くのが
今回の最大なミッションだったわけだ。
ハッとなり、眞一郎は比呂美を見下ろした。