バン、と何かが窓ガラスに叩きつけられる音で、比呂美は目を覚ました。
床についてから、まだ大して時間は経っていない、と思える。
枕元に置いておいた携帯を開いて時刻を確認してみると、案の定、まだ午前一時になったばかりだった。
(さっきの音……)
ぼやけた頭で就寝直前の情報を検索してみる。
最後の記憶はニュース番組で見た、北上している大型台風の接近時刻のことだった。
富山が暴風圏に入るのは、たしか深夜……今頃のはずだ。
いまの大きな音は、風の塊が窓に体当たりをした音に違いない。
「やっぱりちょっと怖い……な」
眠気の飛んでしまった両目を天井に向けながら、誰に言うでもなく呟く。
築年数の新しいこのアパートは、防音設備も完璧だったが、それを透り抜けて風が荒れ狂う音が聞こえてきた。
こういう時『一人なのだ』と実感するが、それと同時に大切な人のことが気になったりもする。
(眞一郎くん、大丈夫かな)
危険……ということはないだろう。
でも、デリケートな眞一郎のこと…… 外の音が気になって眠れない、なんてことはあるかもしれない。
(電話してみようかな)
上半身を起こし、再び携帯を開いて眞一郎のアドレスを呼び出す。
こんな時間に迷惑かな?と思いつつ、通話ボタンに指をかけたその瞬間、手の中の携帯が振動を始めた。
歯ブラシと洗顔フォームを両手に持った眞一郎の画像が消え、『着信・仲上眞一郎』の文字が取って代わる。
「…え…」
同じ事を考えていた、という驚きと喜び。
比呂美は眞一郎とのシンクロに頬を緩ませながら、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
《あぁ、俺だけど……寝てたか?》
眞一郎には見えないことは承知で、「ううん」といいながら首を大きく横に振る。
風の音で目が覚めてしまったこと、そして今、同じように眞一郎を心配していたことを、比呂美は伝えた。
《大丈夫ならいいんだけどさ。お前、台風が苦手だったろ?》
「え? ……私、そんなこと言った??」
眞一郎の話では幼少の頃、台風の日に比呂美が『お泊り』に来たことがあったらしい。
《夜中に俺の部屋に来てさ、半泣きで『一緒に寝て』って言ったろ。……忘れたのか?》
「……あ……」
言われてみれば確かに、そんなことがあった。
小学校に上がりたての頃…… あの『
夏祭りの思い出』よりも前に。
「よく……そんな昔のこと覚えてるね」
嬉しさ半分、照れ臭さ半分で答える比呂美に、眞一郎は「お前との思い出だからな」と躊躇いなく返してきた。
何の計算もなく、自然に放たれた言葉が比呂美の心を撃ち抜き、動悸を激しくさせる。
「ば、バカ……なに…言ってるのよ……」
返答に僅かな嗚咽が混じり出すのが止められない。
それは喜びの感情が引き金となって起きた事象だったのだが、問題は眞一郎には比呂美の表情が見えていないことだった。
《比呂美、おい…大丈夫か?》
「う……うん、大丈夫……」
努めて明るく返答したつもりだったが、こみ上げてくるものは隠せない。
そしてそのことが、眞一郎の『誤解』に拍車を掛けた。
《ちょっと待ってろ。 いまから行くから》
その言葉を聞き、冷水を浴びせられたように正気に戻った比呂美が「え!? 何??」と発したときには、もう通話は途切れていた。
……いまから行く???
この暴風雨の中、ここまでやって来ようというのか!!!
「えぇ?? 冗談でしょ???」
何度もリダイヤルしてみるが、留守電につながるばかりで、眞一郎が応答する気配はまるでない。
眞一郎のことだ…… もう家を飛び出しているのだろう。
「……どうしよう……」
……眞一郎が危険な目に遭うかもしれない…… 自分のために……
そう考えると、先刻とは全く別の理由で胸の奥が疼き出し、比呂美は手にしている携帯を、思わず強く握り締めた。