「やっぱり ウチとあんたじゃ合わんみたい」

1通のメールが届いた ずいぶんあっさりした別れ方だな
これで何度目なんだ
釣った魚に餌はやらないタイプとでも言うのか
付き合う前 アプローチを掛けている時は盛り上がってるのに
実際に付き合いだすと何だか冷めちゃって
それが相手にも伝わるんだか 長続きしないんだよな
今回のは短かったなぁ 情も涌かないほど短かったのかな
涙も出ないわ
「ふうぅ・・・」
携帯をパタッと閉じ ため息をついた

明日は休日 今から行く宛ての無いドライブでも行くか
車のキーを差し込み エンジンを入れる
キュキュキュキュキュ ブォ~ン
心地よい振動が指先に伝わる
山の方に進路を取る事にした

灯かりの無い真っ暗な山道
物思いにふけるにはうってつけかもしれない
車を右に左に走らせながら 過去の女のことを思い出す
こんな俺でも 別れちまうとやはり寂しいのかも知れない
あの時 こうしておけば別れなかったのに
もっとアイツに優しくしておけば良かったかな
そんな後悔の念ばかりが表に出てくる

車がトンネルに差し掛かった トンネルの中も灯かりは無い
夏なのに車内の空気が冷たくなってきた 嫌な雰囲気だ

その時

ふっと白い影が車の前を横切った
危ない!! 俺はとっさにブレーキを踏んだ
やばい撥ねちまったか? 感触は無かったようだが
車のドアを開けた
俺の背筋に冷たいものが走った 
車のフロントのすぐ前に崖が有ったのだ
後一瞬ブレーキが遅れたら 命を失っていたろう
あの白い影は 俺に崖が有るのを教えてくれたのかも知れない
警告霊という言う奴か
助かった

トンネルに向かって手を合わせ その霊の成仏を祈った
戻ろう こんな状況で運転してたら危ない
トンネルの出口でUターンし 再度トンネルに入る
ふっとバックミラーを見ると 白い着物の女が座っている
綺麗だがどう見てもこの世のものとは思えない しかも透き通ってる

白い着物の女が呟いた
「 死 ね ば 良 か っ た の に 」

「いや でもありがとう!! おかげで命救われたよ」
素直に出た言葉だった

「ば・・バカ!! あんたなんか死んじゃえば良かったのよ!!」

ばかぁ? 霊からこんな台詞聞けるとは・・・
面白い奴なのかもしれない

「何かお礼しなきゃな 又来週来ていいかい?」
「何言ってるのよ! 今度はハンドルとブレーキ動かなくするよ!!」
「いやぁ それでも構わないよ 1度は救われた命だ あんたのような綺麗な霊なら喜んで道連れになるよ」
「そ・・・そんな事急に言われても・・・」
「よし 決まり! 又来週ここ来るから」
「が・・・がけから落ちても知らないんだから!」

霊のくせに真っ赤な顔してやがる
元々綺麗な顔が恥じらい持って 俺の周りの下衆な女とは比べ物にならない美しさだ
惚れたかもしれない

トンネルを抜けると 女の姿は消えていた

来週が楽しみだ
でも 誰にもこの事は言えないな
こんな事他人に話したらやばい奴と思われちまうよ



消化するだけの退屈な日常
眠れば次の日がやってくるだけ
1つ1つ無為に年を取り
気が付いたら進路の幅も狭くなってしまった
それでもまだ日々を無駄に浪費せざるを得ないジレンマ
社会の歯車としても機能せず 空回りするだけの自分
そんな生活が 大きく変わり始めたのだ

素敵な出会いをしてしまった
1つの些細な出来事だけで人は大きく変われるらしい
こんな思いは初めてだろう
いや 初恋にも似た焦がれるような感情か これは

お礼をすると言ったが 何を持って行けば良いのだろうか
その場の勢いで言うと大失敗するな
やはり霊なんだから 花がいいのかもしれない
アクセサリーなどは身に付けられないんだから
いやしかし成仏しちゃったらいやだな
そもそも 花って言ってもどんな花?
菊じゃぁ ムードに欠けるし かといって薔薇ってのもしっくりこない
百合とかその辺りが無難なのかな
饅頭とか酒とかお供え物系か?
好みもあるだろうから これは控えておこうか
次会った時に好みでも聞けばいいかな
その前に次出てくるのか? 会えるのか?

こんな事ばかり考えている
霊とあんな形でコンタクト取れるとは思わなかった
人類史上初なのではないだろうか
未経験な部分に踏み入れる冒険的要素も入って
想いばかりが募っていく

水曜日の夕方 就業後にデパートへ足を向けてみた
週末以外で街に繰り出すのは久しぶりだ
目的はプレゼントを考える事なのだが
デパートの店員に相談する事も出来ない
何と決められるはずも無く ウィンドウショッピングを続ける
嫌に明るい店内が空々しさを増上させている
「何かお探しですか?」
判でついた様なお決まりの店員の愛想
『霊にプレゼントしたいんですけど 何にすれば良いですか』
こんな質問 デパートの応対マニュアルに無いだろう
1週間前の自分でもこんな質問されたら
質問した相手の精神を疑うに違いない

結局何も決められずに 帰路についた
部屋に着いても電気はつけない
あれ以来 闇と言うか暗い所が好きなのだ
気休めでしかないのだが
少しでも同じ空気が感じられるような気になれるからだ

週末の夜 逸る心を抑えながらあのトンネルに進路を合わせた
結局プレゼント(お供え?)は 花になった
少し青みが掛かった百合の花を中心にあしらえた アレンジメント風の花束
これなら違和感無いのではないか
我ながら良い選択をしたと思う


家からはそれほどまでに遠くないようだ
毎日来るのは無理かもしれないが 会いたい時に会える距離には違いない
目的が無かった先週とは違い 半分の時間で目的地のそばまでたどり着く
同じ時間の方が 会えるのではないのか
トンネルの少し手前の 誰もいない駐車スペースに車を止め待つ事にした
周囲は漆黒と呼ぶに相応しい闇一色
急に怖くなって来た
無理もない 冷静に考えたら 霊に会おうとしてるんだから
夏なのに何故か背骨の辺りが寒い
不安を紛らわせる為に ダッシュボードに手を伸ばす

ダッシュボードには赤ラークのボックス
中にはタバコ数本残っている
タバコは普段吸わないのであるが 極度に緊張している時や
酒を飲んだ時 ストレスを感じた時に 無性に吸いたくなる事がある
シガレットライターで火をつける
ジジっとかすかな音がした

「ふぅ・・・」

後5分か そろそろ出たほうがいいな
タバコをもみ消す
と その時
煙が不自然にゆらゆらと揺らめきながら 確実に1つの方向に流れていく
車の後部座席に向かい 煙が集まっていく

煙は像を結んだ

出た・・・


今日は白いワンピースに目深にかぶった白い帽子
うっすらと唇が赤い
幽霊も化粧するのか 新しい発見だ

「別に出てきたくて出たんじゃないんだから!!」
「ありがとう 覚えててくれたんだね」
「ちょ・・・!!だってあんな事言われたの初めてなんだもん やめてよね!」
「それより トンネルの中で出るんじゃないんだね」
「地縛霊と一緒にしないでよ あたしは浮遊霊なの」
「もっと手前で出てきてくれても良かったのに」
「来るって言うからしょうがなく待ってたんじゃないの こんなところで1週間退屈しちゃったわ」

移動速度はそんなに速くないみたいだ
霊なので 瞬間的に移動できるのだと思っていた
認識の誤りなのか ただ単に彼女がトロいだけなのかは分からない

「そっかそっか これ 先週のお礼といっては何だけど 君のために選んだんだ」
「ぇ こ・・・ こんなのくれても困る」
「気に入らなければそのまま置いてってくれて構わないよ」
「そ そりゃぁ気持ちはうれしいけど どうしろって言うのよ」
「ん~ そこまで考えてなかった」
「前もそう思ったけどちょっとずれてるよね」

ちょっとどころの話なのだろうか 自分で思うがかなりイカレてると思う
ふと見ると 彼女の横にバスケットがちょこんと置いてある
彼女と違い透き通ってはおらず 実像を結んでいる

「どうしたのこれ」
「昨日ね ご飯作りすぎちゃったから 余り物詰めてきただけ 食べたかったら食べていいよ」
「一緒に食べようよ せっかく作ってきてくれたんだし」
「んもぅ・・・ 余り物なんだから無理しなくていいって ご飯食べたんでしょ?」
「いや 君に会えるか会えないか不安で 飯もノド通らなかったよ」
「そ・・・そんな 急に変な事言わないでよ!」

彼女はうつむき加減に もじもじしだした 照れてるのか
それよりも 幽霊も飯を作れるんだと言うことが分かっただけで驚きだ
当然 食べる事も出来るのであろう 意外に人間に近いのかもしれないな

「じゃぁ どこかちょっと灯かりのあるところで食べよう 灯かりは平気?」
「別に平気よ 霊だって真っ暗なトコばっかりにいるわけじゃないんだし」
「へぇそうなんだ 何で暗い所とか人気の無いところにしか出ないの?」
「驚かせて大騒ぎになったら後々面倒でしょ? ただそれだけよ」

そう言うものなのか
だから幽霊は人気の無いところに出るといわれてるのか
普段は身を隠して なるべく迷惑かけないようにしてるらしい
幽霊なりに気を使ってるんだな
そう考えるとおかしくなってきた

「余りにありえない事だったので 誰にも言えずにいたんだけど それで良かったんだね」
「あたしはすでに面倒な事になってるよ はぁ・・・何でドライブなんか行かなくちゃいけないの」
「どっかこの辺で 灯かりがある所まで案内してくれる? お願い!」
「しょうがないわね そこまで言うんだったら 教えてあげない事もないけど」

後部座席に彼女を乗せたまま 車は走り始めた
助手席に来ないのが奥ゆかしいというかなんと言うか
やはり 霊は後部座席に出るものなのか それとも照れてるだけなのかは分からない




世にも不思議なドライブが始まった
透き通るような彼女の容貌を(いや透き通っているのだが)
バックミラー越しに眺めながら 山道を運転する
幽霊相手に 何から話せばいのだろうか
しばらく無言の時が流れる
ずっと発している軽い言葉とは裏腹に 未知なる物に対する怯えが支配する
カラ元気と言う奴だ

彼女は セイレーンのように歌声で魅了して
船乗りを遭難させるタイプなのではないか
吸い込まれてそのまま転落 と言うことも考えられる
それでもしょうがないと思った矢先

「ほら危ない! 前見てないと落ちちゃうよ!」
「ぇ? それが狙いじゃなかったの? 幽霊的に」
「あんたなんかこっち側にこられても迷惑なだけ!」
「そう言えば 名前聞いてなかったよね」
「ななんであんたなんかに言う必要あるのよ 言えるわけないじゃない」
「ぇ~ せっかく仲良くなったんだしささぁ じゃぁ幽霊だから ゆぅチャンでいいかな?」
「し 失礼な!! ちゃんとエリカって名前あるの!! ぁ・・・」
「エリカちゃんって言うんだ 可愛い名前だね」
「こう見えてもあんたより長生きしてるんだから それはいくらなんでもないんじゃない?」
「ごめんごめん エリカさんは何年生きてるんですか? ってこの言い方も変ですけど」
「う うん・・・ 呼び捨てでいいよ やっぱり」
「俺の名前はキヨタカ 聖者の聖に宇宙の宇 って書くんだ よろしくな」
「あんたの名前なんて聞いてないわよ! ・・・・・・いい名前ね」
「ありがと 名前とはいえ褒められると照れるな」
「完っ全に 名前負けしてるよね ・・・キヨってよんでいい?」


そもそも生きてるのか死んでるのか どっちなのだろうか
透けてることを除けば 生きてるようにしか思えない
どうしてもバックミラーに目線が行ってしまうため 車はノロノロ走らせざるをえない
対向車は全く来ない 二人だけの空間がゆっくり動いてゆく

「エリカさぁ 何で幽霊になったの?」
「この世に未練があるからに決まってるからじゃない そんな簡単な事も分からないの?」
「いや だからどんな未練があるのかなぁって」
「・・・・・・気になる?」
「うん すっごく」
「・・・キ・・・ いや! そんな事言えない!」
「俺が何か力になってあげられるかもしれないし」
「キヨに出来るわけがないじゃないの!」
「そ・・・そか ごめん」

なぜかエリカは真っ赤だった
やはり恥じらいの表情が 今までのどんな女性よりも魅力的だ
わざと意地悪なことを言いたくなる

「そろそろ少し明かりが見えるところに着くよ」
「うおっし そこで弁当ご馳走になろうかな ところでなんで このバスケットは透けてないの?」
「あたしが触ると透けるのよ ほら」

どうやら 体の一部がふれている物は透けるようだ
よく見るとシートに座っているようで 少しだけ浮いている


「へぇ 面白いな 俺もエリカに触れたら透けちゃったりするの?」
「そんな事言って変な事するんでしょ! 絶ぇ対さわらせないんだ」
「さわれないだろ 透けてるんだから」
「フン!! あ もう着くよ キヨに教えるのはもったいないんだけどね」

急に視界が開けた
ふもとの街の灯かりが煌いている 宝石箱をまき散らしたようだ
広場でエンジンを停止させた
展望台になっているらしく 双眼鏡がある
これだけ綺麗だと カップルの1組ぐらいいてもよさそうなものだが
どうやら穴場らしく人影は全く無い 双眼鏡も錆びていて使えないようだ
見回すと それこそ幽霊が出るんじゃないかと言うぐらいおどろおどろしい
ここも心霊スポットなのかも知れないな
車を降りて しばらくその光景に目を奪われる
ふっと気温が下がったと思ったら エリカが隣にいる
エリカの腰を抱きたいのをぐっとこらえる
さすがにまだ 未知の領域に触れ込む勇気は無いようだ

「素敵な所だね エリカとこんなところにいられるのがうれしいな」
「べ・・別にキヨと来ようと思って来たんじゃないわよ」
「さ ご馳走になっちゃおうかな いただきまぁす」

ベンチでバスケットを開いた 残り物とはどう見ても思えない しかも美味そうだ
食べやすいように一口サイズにしてある唐揚げをほおばる
おお 冷めてもサクサクだ
塩加減もちょうど良い エリカは料理の才能も有るようだ
し・・・ しかしこれは冷たい カキ氷より冷たいぞこれは

「ん んまぁい エリカ料理上手なんだね」
「ほ・・・ ホント? 冷たくない?」
「いやいや 冷たいけど それにしても美味しいって」
「霊が作った料理はみんな冷たくなっちゃうの ホント美味しい?」

俺をじっと覗き込むエリカの瞳が 街の灯かりを透かして星のように輝いている

「エリカも一緒に食べようよ」
「あ・・・あたしいい おなかいっぱいなの」
「厚焼き玉子なんて まるで料亭のように綺麗に焼けてる すごいなぁ」

食べてみたらふわふわのアイスのような食感だ
それでも食べてると頭がキーンとして来た つ・・・・・・つめてぇ

「なんか食べっぷり見てたら あたしもおなかすいてきちゃった」
「そっかそっか はい アーン」
「ちょ・・・ ふざけないでよ!! 調子に乗りすぎ」

彼女はパクパク食べていく 腹減ってたんじゃないか
ひょっとして 俺 毒味役?
助かった いくら美味いとは言え 冷たいにも程がある

「エリカ 幽霊も腹減るの?」
「1年ぐらいは食べなくても全然平気なのよ でも 食べ物見ると食べたくなっちゃうの」
「何でだろうね 前世(?)の影響なのかな」
「そうかも ってあたしなんでキヨにこんな事言ってるんだろ!」
「いいじゃない よく食べる女の子好きだよ」

2人で あっという間に平らげてしまった
ほとんどエリカが食べてしまったのだが
熱いホットコーヒーが欲しい しかしこの山奥では望むべくも無い

「んまかったよ! また作ってきて欲しいな」
「霊の作る料理なんて 人間が食べられるわけないじゃない!」
「才能あるよ これ売り出せば 大もうけできるんじゃないかな」
「そ・・・バカな事言わないで!!」

街の灯かりが先程より多少減った 夜も遅くなってきたようだ
普段は昼型の生活をしている上に 週末なので疲れもたまっているはずなのに
神経だけが高ぶっている

「幽霊って朝が来ると見えなくなるの?」
「太陽の光浴びると動けなくなるから 日の当たらない所で寝てる」
「幽霊も寝るのか 俺が思ってたよりも人間に近いんだな」
「そりゃそうよ 元々人間なんだから あたしは」
「恋愛もするの?」
「・・・・・・・・も もう遅いんじゃない? 帰って寝なさいよ!」
「もう少しエリカと一緒にいたいな」
「あたしだって忙しいの これ以上付き合えないわ」
「また・・・ 来週会えるかな」
「もう来なくていいってば 何考えてるのよ キヨっておかしいよ!」
「エリカに会いたいんだよ 一緒にいると楽しいし 何よりほっとするんだから」
「人間と幽霊が一緒にいていいわけないじゃない!」
「何で? 元々人間だったんだから 別にいいじゃないか」

「ほ・・・ホントに来てくれるの?」
「うん 明日にでも来たいよ」
「・・・ちょっと! あたしにも心の準備ってものがあるんだから」
「そうか じゃぁまた来週来るな もっと早い時間に来るよ」
「う・・・うん 花 ありがとう」

気温の上昇を感じるとともに エリカの姿はなくなっていた
幽霊もうれしそうな顔するんだな
もっともっと幽霊の事 いやエリカの事が知りたくなった
何で幽霊になったのかも結局分からずじまいだったしな
幽霊にさわると どうなるかも知りたい
何よりエリカにふれたい エリカとふれあいたい
頭の中をエリカがぐるぐると回っている
最終更新:2011年03月03日 22:14