『リハビリ的に…』

「触らせてください」
 と、ベッドに座る俺の目の前に土下座したのは、俺のしん……友人の隆。たったいま『親友』から格下げされたばかりだ。
「それで大真面目に話が通ると思うのか?」
 やや冷ややかな声で問えば、隆のやろうはもちろんだともと言ってのけやがった。
 膝から先だけ動かして蹴り。
 まともに見てないくせによけやがった。
「胸だけ! 触るのは胸だけだから!」
 人の部屋でいかがわしいこと言うな、この大うつけ者め。


 女になって今日で五日目。
 半ば諦め気味でいたから、なる、ということは最初から覚悟も準備も出来ていた。
 女に必要な物を母さんに聞いて(なぜか母さんは奇妙なほどに積極的だった)、父さんに申し訳ないと頭を下げて許してもらって。
 心置きなく女になれば、大誤算が一つだけ。
 身長は、許容範囲。体重も、か~なり減ったがまあまあ平気だ。
 問題は体型。
 カップで言えばF。
 貧乳派の俺としては、甚だ不本意の物体二つが思いっきり自己主張をしていやがったのだ。


 さて未だに土下座をしてるこのアホのことにも触れておこう。
 門倉隆。中一の時に別クラスに分かれた以外は、小三のときからずっと同じクラスの腐れ縁。
 が、何があったか、中二のときに再開してみればこいつは見事な『巨乳好き』に成長していた。
 正直、俺とは真っ向から主義が反するわけだけど、ここでくだらない言い争いをするのも馬鹿らしいと大人な俺が折れてやって、今の腐れ縁に至るわけだ。
 それ以外の趣味はほとんど同じっていうのもあったしな。


 さてさて話を戻そうか。
「触らせんのは……まあ別に抵抗はないけどな、それで俺に得はあるのか? おまえばっか楽しいだけだろ」
 男の時でもやたらとスキンシップの多かった隆にすっかり慣れているので、いちおうそれぐらいのことには嫌悪感はない。他の野郎を思えば吐き気しか出ないけど。
 聞けば隆はうーんとひとしきり唸って。
「得は、ないなぁ~」
「さらば友よ」
「ちょ!? エアガン構えんじゃねえ! しかもそれガスのやつだろ!」
 立ち上がって、部屋の扉のとこまで飛びすさる隆。
 脅しのつもりが、あんまり過剰反応されてびっくりする。
 いつぞやの『暴発・ふくらはぎに痕クッキリ事件』をいまだに根に持ってんのか……。
 感慨深く中学の思い出を蘇らせていれば、あ! と隆が手を叩いた。
「得があるな、おまえにも」
「なんだ?」
「揉まれるのが気持ちい――」
「ほう……いい度胸を持つようになったな」
 奴のトラウマの近く、弁慶さんにロックオン。暑いからってラフな格好で来た自分を恨むがいい。
「まて、落ち着け!?」
「しねへんたい」

――――タン――――

「うわぁああっ!!?」
 軽い音が部屋に響き渡り、一人の男(アホ)が床に倒れ伏す。って、足を狙ってんのになんでこいつは頭を抱えてるんだ。
「なんでそんな大げさな反応するんだか」
 呆れた声で言いつつ、俺はエアガンをベッドに放り捨てる。
「空砲なのに」
「……お・まえ~~!」
 怒った顔を貼り付けて、隆が詰め寄ってくる。
「言っとくけど、そっちのが悪いんだからな。勝手に騙されたわけだし、それ以前にあんな最低なこと言ったんだし」
「そうだけどなぁ! 人の古傷えぐるような真似すんなよ!」
 それは正論だが、俺にそんなことをさせたのは隆のほうなので、やっぱり隆が悪いということになる気がする。
「そっちがそういうつもりなら、俺の方にも考えがあるぞ」
 考えたことをまるっきり伝えたら、ふるふると震えながら不穏な言葉が飛んできた。
「なんだよ?」
「おまえが女になってすっかり忘れてたけど、一週間前、たしか金を立て替えてやったよな?」
 そんなことあったか、と口にしそうになって思い出す。
 どうしてもほしいCDを見つけて、でもその時は持ち合わせがなくて隆に金を借りたんだった。しかも……。
「そのうえ次の日。俺は君にさらにお金を貸しています」
 そうだ…。レンタルのDVD数枚の返却をずっと忘れてて、その日の学校帰りに返しに行ったら、かなりの延滞料を取られたんだ。その時も、持ち合わせが足りなくて……。
「しめて四千円、だな。今すぐ! ここで返してもらおうか?」
「持ってるわけないだろ。女になって準備にいくらかかったと思ってんだ?」
 いくら両親が肯定的だったといっても、学校、生活に必要なものだけを揃えるだけで、その他自分で必要なものは自分の小遣いでなんとかしろと言われてる。
 親の考えは正しい。だからこそ今月の小遣いは底をついてるわけだ。
「今払わないなら利子つけんぞ」
「どの程度のだ」
「十・一……じゃあ返ってきそうもないから、返すのが一日遅れるごとに胸を一揉み……」
 立ち上がりざまの右ストレート!
「うお!?」
 ちっ、よけやがったか。
「おまえはどうしたってそっちに話を持ってきたいみたいだがな、変態が過ぎるとマジで実弾使うぞ?」
 やや据わった目で見上げれば、隆という名の変態は不敵な笑みを浮かべる。
「この状況でそんなこと言えるのかな? 今、明らかに悪いのは金を返さないそっちの方じゃ――」
「借金の返済のかたに体を要求してくる変態のが世間的にはワルモノだよな?」
 ここで俺が泣きながら誰かに助けを求めたら、隆クンの人生はどうなるかな~♪
「っ、卑怯な!」
「どっちもどっちだろ」
 こんなしょぼい理論が最終兵器だったのだろう、隆は頭を抱えて奇怪な声を上げている。
 簡単に言いくるめてやったのは楽しかったけど、真面目に返し方を計算しとかないとな。
 女になってから妙に過保護になった父親は、小遣いをかなり増額してくれたけど、かわりに高校のうちは一切のバイトが禁止になってしまったからな。
 来月の小遣い日までかなりあるし、小遣い貰った途端にその二、三割を隆に返さなきゃならないということか。う~ん……。
「…………ん?」
 ふと気づけば奇声が止んでいる。
 どうしたことかと改めて変態を見れば、隆は名案を思いついたと、口にしなくてもわかる笑みを浮かべていやがった。
「その笑顔、怪しいからよそではするなよ」
「おう、おまえ専用に取っとくことにするか」
 俺だけの特別な表情。……ちっとも嬉しくない。
「俺、考えた。借金みたいに取り立てる。イクナイ」
 なんでカタコト口調なんだろうね。
「そんでもっておまえはいま金を持ってない。じゃあおまえがバイトかなんかしてそれを俺に渡せばオッケーじゃね?」
「普通ならそうなるんだけどな、生憎女になってからバイトは禁止になってるんだ」
「でもばれなけりゃいいんだろ? また俺が紹介してやるし、日雇いで一日で返せる程度なんだし」
 こいつが『また』と言ったのは俺が男の時にたびたびバイトを短期の紹介してもらったからだ。なんでそんなに顔が広いのかと訊いたらはぐらかされるけど。
「まあ、そうだけど……」
 それが父さんにばれたら確実に来月の小遣いは止められてしまう。だったら隆には来月の小遣い日まで待ってもらって……。
 ――いやいやちょっと待て。
 隆に返済を待ってもらうとしても、次の小遣い日まであと三週間もある。
 それまでこんなセクハラまがいのやり取りをずっとされ続けるのか? いやさすがにそこまで行かなくても、毎日顔を合わすたびに何度も聞かれるだろう。
『金はできたか? ないなら代わりに……』
 …………さすがに毎日は精神的によろしくないな。
 ――よし。
「ん、じゃあまたおねがいすることにするわ」
「そうか、じゃ、早速なんだけどな」
 なんだ、もう最初っからバイトの話を準備してあったのか。
「時給は三千六百円。場所はここからわりと近所の場所で、日程は……」
「ちょっと待て、なんだそのおかしな給料は!」
 どう考えたって普通のバイトで稼げる額の三倍以上あるじゃないか!
「まさか風俗とかそんなんじゃないだろうな!?」
「俺の命にかけてもそれはない。見知らぬ男に触られたり媚び売ったりするのなんか、おまえは嫌だろ?」
 俺の性格をいちおうは把握してる隆は安心させるように言ってくれる。
 少しはホッとしたけど、じゃあなんでそんなに高いんだという疑問は残る。
「一度引き受けたら断れないバイトなんだよ。時間としては二時間もあれば済むやつなんだけどな」
 薬物の実験台、事故死体の処理……。
 なんかそんな危ない仕事が浮かんできた。
 俺が微妙な顔をしたのに隆も気づいたのだろう。
「大丈夫だって。そんなきつくないし、俺もその場にいるし」
 そんなことを言ってきて、だったら……という気分になった。
 その口ぶりだと一回はやったことあるみたいだし、よく考えれば一介の高校生にそんな危ないことふっかけてくる相手もあるはずがない。
 それに、やっぱアレだろ? 一生モンのトラウマになりそうなことでも一人で味わうより二人のがまだマシだしな。
「わかった、引き受ける」



 その五分後。
――――タンッ!――――
「うわっ馬鹿っ、マジに撃つんじゃねえ!」
 知るかボケ。おまえみたいのは世間で迷惑をかける前にここで駆逐してやる。
 さっき捨てたのとは違うエアガンでもう一度アホを狙って、引き金を……。
「イタッ!!?」
 引くと同時に不可解な痛みが指に走ってエアガンを取り落としてしまった。
「あ~ほら、こんなとこで撃つから跳弾して~」
 あきれた声で言われてむかむかしつつも、思わぬ痛みのせいでうまく言い返せない。
「おまえが…っ、あんなこと言うからだろ!」
 何が俺が給料を払うだ、何が一秒一円で時給三千六百円だっ! こんな回りくどくバイトの話をしておいて結局……っ!
「その胸を揉みたくてなにが悪い」
「ふんぞりかえるんじゃねえこの変態がっ!」
 そう、隆という名のアホはバイトと称してまた胸を揉みたいと言ってきたのだ。
 曰く『貸してんのが四千円だから四千秒でいいよな』
「いいわけあるか、この馬鹿っ」
「でもおまえ、引き受けたら断れないの知ってて頷いたじゃねえか」
「内容知ってたら誰も頷かないだろっ!? それにおまえが折れればそれで話が終わるじゃねえかっ」
「そのすばらしき膨らみをこの手にするまでは死んでも死にきれん!」
「今さら童貞みたいなこと言うな!」
 機会がまったく無かった俺とは違い、こいつはこんな変態のくせに早々と童貞を捨てていやがった。顔か、顔が良いからか。
 真っ向から対立しあう意見をお互い曲げるつもりなんかなく、不毛なにらみ合いが少し続いたが、不意に隆が溜息を吐いて。
「……まあ、今さら嫌だって言われても契約は成立してるわけだし」
「それ以上近づくなっ」
「丁重にお断りします!」
 大股で二歩、たったそれだけでもう目の前に隆が迫っていた。






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最終更新:2008年06月14日 23:00
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