安価『ボクの初体験…3つとも、貰ってくれる?』3



学園祭中、視聴覚室は終日映画を垂れ流している。
上映されているジャンルはアクション映画からホラーにパニック物、恋愛ものetcと一通り揃ったラインナップだ。
但し一昔前の、レンタルで貸し出し期間1週間、5本で500円、みたいな代物ばかり。
その代わりに営利目的の上映は禁止されているのでタダで見放題。
ま、普通に外でデートして話題の映画でも見た方が良かったんじゃないかと思うけど、私服を持って無かった事が発覚したので外デートはしなくて正解だった。
制服姿で外デート……考えただけで寒気がする。これからはお洒落にも気を使わねば……

一応上映スケジュールを調べ、丁度恋愛映画の時間帯になるようにこれまで行動していた。
苦手なジャンルではあるけど、下手にアクション映画で興奮して彼に引かれでもしては元も子もないのでこのチョイス。
居眠りしないように頑張ろう。
…………こう思う時点で既に駄目な気配がするのはきっと天狗の仕業に違いない。

「間に合ったかな。」
「え?何に?」
「上映時間に。ちょっと古いやつだけど、こういうのは雰囲気が大事なんじゃないかなって思って選んだのだからさ。」
「選んだ?」
「うん、死んだはずの奥さんが1年後にちょっとだけ戻ってくるって言う恋愛小説の映画化されたやつね。」
「あー…聞いた事あるような無いような……」
「あはは…やっぱり興味無かったかな?」
「い、いや、興味ならある。うん、あ、あるから。」
「大丈夫。ボクもあんまり興味ないから。」
「えっ?!じゃあどうしてこれを……」
「ほら、2人してギャグ映画見て笑ってるのも変だろうし……」
「………それもそうだな。」
「でしょ?」

彼の手を引いて視聴覚室へ入る。
攻められっぱなしは性に合わないので主導権を取り返したい。
そう、なけなしの男としてのプライドが囁いていた。
まぁそんなもの、女となってしまった今では犬の餌にすらならないけど。

「席、どこにしよっか?」
「真ん中辺りでいいんじゃないか。」
「そだね。」

隣同士の席に座った所で窓が全て暗幕で遮られ、スクリーンに光が灯る。映画が始まった。
結婚どころか主人公と付き合う前のヒロインが、とある事故で未来にタイムスリップしてしまい、ヒロインと死別した後の主人公と出会ってしまう。そんな話だ。
元の時間軸に戻った後、主人公と結婚すると早死にすると解っているのに主人公と逢おうとする心情は、テレビで見た時はいまいち理解できなかった。
その時はまだボクが男だったからか、それとも理解が及ばない程幼かったからか、あるいはその両方か。

そんなストーリー展開はさておき、上映中彼の手を握ろうかどうしようか、たったそれだけの事で意識が宙を漂う。
座るまで手を握っていたので恥じらう必要性が皆無なのに。……皆無なのに。
彼の顔を覗き込む。居眠りどころか、彼の視線はスクリーンに釘付けだった。
それにも関わらず、こちらが迷っている事を平然と行ってくる。
……つまり、ボクの手の甲にごく自然と彼の手が添えられていたのだ。
添えられた時はびっくりして小さく悲鳴を上げてしまった。
心配そうに彼からこちらの様子を伺われるが、微笑んで指に軽く力を入れ、彼の手を握る事で取るに足らない事だと伝えた。

単に映画を見ながら手を握っているだけで、徐々に胸の奥が暖かくなってくる。
ずっとこうしていたい。手なんて登下校で握るどころか腕すら組んでいるのに、シチュエーションの違いだけでここまで高揚感に違いが出るらしい。
手を通じて心まで繋がっているような、そんな感覚。
恋人同士なだけでここまで陶酔してしまうのだから、愛し合う夫婦だと比べ物にならないのだろう。
一度知ってしまうと、例え死んでしまうとしても失う事に耐えられない。
一種の麻薬の様な感覚のおかげでヒロインの気持ちが少しだけ解った気がした。


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「結構面白かったな。」
「興味無かったのに?」
「……縁が無かったからなぁ。白詰さんはどうだった?」
「今ならあの女性の気持ち少しわかりそうだったよ。」
「興味なかったんだろ?」
「む~。今日に限ってなんだかいじわるじゃない?」
「気のせいだって。」
「そうかなぁ……」

映画を見終わって時刻は2時過ぎ。妙に弄られるので頬を膨らませていたら、何故か上機嫌の彼。

「もう2時か、昼飯にしちゃ遅いけど何か食う?場所もだけどさ。」
「風見くんの様子見も兼ねてSF研の喫茶店かな。お昼時は過ぎちゃってるから混んでないと思うしさ。」
「ああ、それでわざと時間ズラしてたのか。」
「うん、メイド服の風見くんが居るしね。お昼時に行ってたらどうなってたかは……」
「情景が目に浮かぶな……」


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SF研の模擬店は想像以上に盛況だった。お昼時を過ぎて一段落ついているはずなのにほぼ満席だ。
客のほとんどは男子生徒と外部からの男性客。どの客もウェイトレスに視線が釘付けだ。当然ながら、女性客はボク1人だった。
我ながら抜けているとは思うのだけど、委員長の『デートには不向き』と言った意味をここに来て初めて理解した。

「おかえりなさいませ、ご主人さ………ま"っ?!」
「や~、風見くん。」
「……帰れ。」
「え~……」

出迎えてくれたのは、かなり軽装なメイド服姿の風見くん。
黒を基調とした背中と胸元がぱっくりあいているノースリーブのエプロンドレスに黒いフリル付きのカフスを着けていた。
おまけにスカート丈は膝上15cmくらいのミニスカートで、黒のニーソックスを履いている。
靴も黒いエナメルタイプの少しヒールが高いやつと徹底していた。勿論白のヘッドドレスも忘れてはいない。
彼女の胸の大きさのせいか、今にもぽろっと胸元がこぼれ落ちそうな気がしてならない。

「ひょっとしてそれヌーブラ?」
「まぁな……そうじゃないと肩紐見えちゃうしな……」
「ぶっ?!し、白詰さん何聞いてんのッ?!アンタも答えなくていいだろっ」

相変わらずの彼の反応。突っ込んでいても仕方がないので2人してここはスルーの構え。

「でさ、席空いてる?」
「ああ…不本意ながら。」
「案内してよ。」
「……来なく良かったのに。」
「え~~…つれないなぁ。ほら、メイドさんらしく接客してよ~。」
「あら、お友達?」
「ああ……クラスメイトとその彼氏。」

入り口で風見くんと話をしていると、彼女に良く似たウェイトレスが奥から出てきた。
見た感じは20代前半辺りで背は風見くんよりも一回り高く、顔立ちは風見くんに似ていて、髪型も彼女と同じツインテールなので風見くん(大)みたいな雰囲気だ。
彼女の姉とか従姉だろうか?

「あらまぁ、この子も変わっちゃった子なのね。」
「え?……っと、風見くん、お姉さん居たんだ。」
「何言ってんだ、俺の───モガッ?!」
「妹がいつもお世話になってますぅ~」
「あはは、こちらこそお世話になってます。お姉さんもお店手伝いに来てたんですね。」
「ええ、この子ったら、人手が足りないから手伝ってくれ~だなんて泣き付いてきたのよねぇ」

風見くんは何故かお姉さんに手で口を塞がれ、もがいている。
ミニスカメイド姉妹がじゃれ合っているのも周囲のお客さんには眼福なのだろうけど、早く席へ案内してほしい。

「ぷぁ……っ、何が『妹がお世話になってますぅ』だよ!母さん!!」

お姉さんの手を振り解いた彼女の口から衝撃の事実が飛び出して来た。

「「え?」」
「あらやだ。んもぅ……バラさなくてもいいじゃない~。」
「若作りしすぎだっつの……つーか、直人、俺んちひとりっ子なの知ってるだろ。」
「そういやそうだったね……や、ほら、親戚の方かも、とか思っちゃって。」
「私としては~、勘違いされたままでもよかったのだけどぉ~。」
「ったく……いくら母さんの趣味のメイド服だからってはしゃぎすぎなんだってば。」

どうやら彼女の母親らしい。見た目若すぎ。常識的に考えてこれはおかしい。
彼も唖然としていて、お互いに小声で『アレは間違ってないか?』『おかしいよね』等と囁きあった。

「あはは……」
「この子ったら、普段は用意しても可愛らしい服全然着ようとしないから照れてるのねぇ~。」
「母さんのがいい歳してアグレッシブすぎるだけだと思う……」
「そうねぇ~………私も異性化したての頃はそうやって恥じらっていたものだったわぁ~」
「俺の話聞いてくれよ……」
「もしかして……風見くんのお母さんも?」
「そ、俺らと同じ。」
「初耳……」
「聞かれなかったしな。」
「聞かないもん普通。」
「だろうな。」


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 ──


ようやく席に案内されて注文をして一息ついた。
中々どうして、彼女のウェイトレス姿も様になっている。

「ご注文を繰り返します。
 スパゲッティナポリタンがおひとつ、クラブハウスサンドがおひとつ、アイスコーヒーがおふたつ。
 以上で宜しいでしょうか?」
「うん。」「ああ。」
「似合ってるね。」
「うっせーよ。」

「すいませーん、コーヒーのおかわりいいですかー?」
「はぁい、ただいまぁ。」
「…ぷっ」
「笑うなッ!」
「そういや委員長は?」
「今は交代で厨房に回ってる。」
「料理できたんだ、委員長。」
「まぁな。俺も交代で入ってるし、母さんもいるし、おまけに委員長の兄貴も料理旨いからなぁ」
「あはは……すごいね。ボクはさっぱりだよ。」
「彼氏に弁当の1つでも作ってやれよ。」
「そうしたいのは山々なんだけど……残念ながらボクの料理センスは壊滅してるからさ。」
「練習しろ、って話だ。そんな難しい話でもないぞ?」
「……それは出来るから言える事なんだよ。」
「すいませーん、コーヒーまだっすかー」
「やべ……今いきまぁ~す♪───んじゃ、また後でな。」

彼女はパタパタと駆け足で裏に引っ込んで行った。走る仕草も妙に女の子っぽくて、男性客の視線を集めていた。
スカート短いし、ひょっとしたら見えていたのかもしれない。



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最終更新:2011年07月04日 03:02
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