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自作派のデシデラータ03:快適にお使い頂く為に

これがほしい。

と、コタツから来たメールに記載された通販サイトのURLを開いて、また僕はへんな顔をしてしまった。

「ぼ、盆栽……」

物欲が出てきたというのは自我形成が進んできた良い傾向だとは思うのだけど、珍しくものをねだってきたと思いきや、まさかの盆栽である。
ほんとうにコタツがよくわからない。
甚平ばかり着せてるから趣味がそっち方面に傾倒してきているのだろうか。

「にまんろくせんえん……」

若干わかる筈のない子育ての大変さが解った気がする。
コタツには悪いが、さすがにそこまでの予算は無いのである。



コタツが起動して早半月。
コタツ専用のネットワークブラウザを導入してやってからのアクティブさは若干心配になる。
知への要求が貪欲すぎるのだ。
中坊のころから古典SFばかり読み漁ってきたせいか、学びすぎたAIの行く末が不安を呼び起こす。
今のところの興味は盆栽らしいので、心配は要らないのかもしれないけど。

このままいろいろ通り越してコタツじいさんにならないかが心配だ。

「ただいま」

「おう、おかえり」

買い与えられた自分の布団の上でうつ伏せになり、中古のタブレットにかじりつくコタツの姿。
タブレットの無線LANが繋がっているのはコタツ自身なので、まどろっこしいやり方なのは確かなのだが、本来ドロイドが持っているブラウザはデシデラータ・ファームウェアからのアクセスを拒んでしまうので仕方がない。
ただ回線は利用できるので、こういう力技でならコタツはネットを使うことができる。

「ごめんコタツ、さすがに二万の盆栽は厳しい」

「そうかあ……そんな気はしてた」

じゃあ言うな、とも思ったが、むしろそんな返しをしてくるのが意外すぎてしまいツッコミのタイミングを逃してしまった。

「……ちなみに、なんでまた盆栽……?」

「めちゃくちゃかっこいい」

「……まじかー……僕はわかんないや……」

ふと視界にタブレットの画面が飛び込む。

「あれ?」

そのページのレイアウトに何故か見覚えがある。

「ちょっといい?」

徐にタブレットを覗きこむ。

やっぱりそうだ。
内容を気にも留めず、目的の項目だけ開き、欲しいものだけ持ち去ったあのブログ。

デシデラータの配布元だ。



「……」

ゴロゴロしていたコタツがいつのまにかスリープ状態になっていた。
スマホからコタツのデバイスマネージャを参照できるアプリを入れて解ったのだが、改造ドロイドはやはりメモリーの参照や学習に大量の電力を消費しているようで、他と比べても明らかに電池切れが早い。
幸いにバイト先がドロイド向けアプリ開発で上場しまさかの正社員登用を受けられたので生活は楽になったけれど、それでも結局大喰らいとの同居には金がかかるものだ。
そろそろ保水ポリマーのあたらしいのを入れてやらないといけないし、ほんとうに手間がかかる。
楽しいくらいに。

時計が零時を回るのを気にしながら、僕はデシデラータの配布元、コタツが見ていたブログを流し読みしていた。
表向き、いや、本来の内容は御徒町近くにある、カフェインテリアショップらしき店のブログだった。

更新者は二人。
“店長”と、“はな”という人物。

“店長”は主に店の情報や風景写真、それから、ごくまれに怪しげなジャンクPCのレストアについての記事を書いている。

“はな”が書く内容は、ほとんどが店の内装やフラワーアレンジメント、そして盆栽の類いの写真だ。

ともに姿は写っていない。
しいて言えば“はな”さんのフラワーアレンジメントに時おり名状しがたいエキセントリックなものが紛れ込む程度だ。

ちなみにデシデラータのダウンロードページへのリンクがある記事はやはりというか、“店長”が綴ったものだ。





あのあれ
いろいろ自己責任で





とだけ書かれている。

そのひとつ前の記事に目を通した。

【1度目の春】
はなと出会って1度目の春です。
ほんとうに沢山の事があったので、まるで二倍くらい歳を取った気がします。

いまだに沢山の後悔があります。
しかし、それを後悔してしまえば、それははなを否定することになるのだと思います。

私に子供はありませんが、おそらく、私に子供があれば、それははなを見るときと同じ心境になるのではないか、そう思えるのです。

人の繁栄、その遺伝子の拡散に貢献しない私とはなの関係性が、種としての人間の意義である自らの子孫への気持ちと類似するというのは、なんだか奇妙なことのように思います。

以前の知り合いが言うには、ジーンの対抗馬がミームならばはなこそがミームの子ではないか、と冗談めかして言っていました。

ごめんなさい、こんな季節なので感情が高ぶってしまって言いたいことがまとまりませんf^^;

もしこれの公開が私たちのミームとして伝搬するのであれば、それは私とはなの子供たちということになるのでしょうか。

よくわかりませんね。
春は嫌いです。

それでも、私ははなとの出会いがあったこの春を憎むことは出来ないのです。



御徒町から上野アメ横方面に向かう道すがらに、そのカフェ兼インテリアショップは静かに建っていた。
あの電波過ぎる記事が不思議と気になってしまい、そうこうしているうちにこのショップが気になってきてしまった。

何となくの人物像は推測できる。

そして二人の関連性も。

ドアを押すと、よくありがちな乾いたベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ」

女性の声。
淹れたての珈琲の香り。

「あ、あの……」

「お好きな席へどうぞ」

その実、喫茶店など入ったことがないので、思わず指でファミレスにでも入るような気持ちでお一人様のサインを作ってしまった。
恐る恐る店内に入り、はじっこのテーブル席に座った。

「メニュー、失礼いたします」

柔らかな物腰で、和装姿の女性がメニューを渡してくれた。

「あ、ありがとうございます……」

顔をあげてすこしだけドキッとする。

黒目がちの瞳、目尻は優しく下がって、優しげな笑みを浮かべている。
でも、この肌の質感、透き通るようなアイボリー色の肌は、秋葉原で見覚えがある。

ドロイドなんだ。

「あ、あの……アイスカフェオレ……ひとつ」

「ハイ、かしこまりました」

ドロイドさんは笑顔で応じた。

「あと、あの」

「ハイ」

「その……“はな”さん、ですか?」

その名前を聞いて、ドロイドさんは僅かに表情を動かしたように見せた。

「はい、わたしは“はな”ですが」

「あ、やっぱり……その、ブログ、見ました」

それを聞いて“はな”さんは先程とは別種の笑顔を見せた。

「わあ、うれしい! ありがとうございます」

はなさんは笑顔のまま、小さく会釈してカウンターへ戻っていった。

あの反応、間違いない。
どうやら僕の推測は当たったようだ。

カラン。

再びドアベルが乾いた音をたてる。

「ただいま、はな」

「お帰りなさい、店長」

その声に思わずドアを見返す。

ナイスミドルといった風貌の、髭を蓄えた中背の男性。

「ブログを見てお客さんがいらしてくれたんですよ」

はなさんは嬉しそうに男性に告げた。

「ほう……」

店長さん、とおぼしき……というか、そう呼ばれた男性が僕を一別する。

「……」

僕はぽかんとした表情のまま、店長さんに会釈した。

「男性のお客さん、第一号だな、はな」

「ええ」

え、そうなの?

「僕にもブラックを入れてくれ」

「ハイ」

そう言うと店長さんは僕の席に歩み寄ってきた。

「相席、よろしいですか?」

「あ、はい、お邪魔してます……」

なんと店長さんがテーブルの向かいに座ってしまった。
どういうことなんだ?

「カフェを始めて第一号の男性のお客様ですよ」

「あ、はい、そのようで……」

「実は、ついこないだカフェは始めたばかりなんです。近くのオフィスに勤めの女性の方はよく来てくれますが」

店長さんも物腰柔らかそうなひとのようだ。

「元々リサイクルショップのつもりで始めた店ですが、先日閉店したある喫茶店のコーヒーメーカーにはなが興味を示してしまって……カフェは彼女に任せっきりです」

そう言い終える頃には、はなさんが二人分のカップとケーキを持ってきてくれた。

「あれ? ケーキ……」

「ブログ見てくださったので、サービスです」

彼女はそういって笑った。

「やれやれ、いつの間に始めたのやら……」

店長さんは困り眉のまま微笑んだ。

「……あのっ」

意を決して、胸中の疑念をぶつけてみる。

「……はなさん、ドロイドの人……ですよね」

ちょっとへんな表現になった。

「……わかっちゃいますよね、何となく、貴方の風貌から、何故ここを訪れたのかも察しました」

すこしだけ、店長さんの表情が翳った。

「そうです、デシデラータ・ファームウェアは僕が作りました……そしてはなが、そのテストタイプです」



明らかに店長さんの表情が固くなっていた。
そりゃそうだ、世間的には、違法プログラムの制作者なのだから、他人から指摘されれば警戒もするだろう。
無論僕はそれを咎める気も更々なく、むしろ半ば共犯者なのだから、そう気に病まないでほしいのだけど。

むしろ、軽率すぎただろうか。

「別に気にするでも無かったのですが、デシデラータのダウンロード数は二桁くらいに登るので、いつかはこうなることは予測していました……むしろ、早々にドロイドメーカーからお叱りがあるとまで思っていたのですが、いまだにそれすら無いのが不思議なくらいです」

「実際に、はなさん以外のデシデラータ適用モデルは他にご覧になったことはあるんですか ?」

「ありません、何度かサポート希望のメールを頂きましたが、丁重にお断りしました……殆どの人が挫折したと思います、そう作りましたので」

あの不親切極まりないインターフェースには、振るいにかける意味合いがあったのか。

「……僕は、うまくいきました。おかげさまで」

「……どうですか? その後は」

「わからないことだらけです」

「はは、そうだと思います」

ぎこちない会話。
こんなに言葉を選んでしまうのは何故だろう。
まるで、コタツが初めて起動したあのときみたいだ。

「……なぜ、デシデラータを導入したんです?」

ふと、店長さんに訪ねられた。

「うーん、と……不純な理由です」

「……差し支えなければ、教えてもらえますか」

不純な理由、とは言え、黙ってなきゃいけない程のことでもない。

「……最初、恋人に振られて。腹いせのつもりでした。衝動に任せて、海外通販にまで手を出して。ドロイドを自作したんです、恋人にするつもりで」

「なるほど……」

「でも、虚しくなりました、途中で。何でも言うとおりにしてくれる、最初から好きでいてくれる……それって、幸せなのかなって」

黙っていたドロドロした気持ちが不思議と綺麗になって口からこぼれ出る。
喉を潤すのに口にしたカフェオレは苦かったけど美味しかった。

「それは間違っている気がして……デシデラータを導入しました。僕のことを、好きにならないように」

店長さんは黙ってそれを聞いている。
時々、小さく頷きながら。

「……途中で、こわくなりました。目覚めたあの子が純粋すぎて。なにもできないって言うんです、僕が持て余しているだけなのに」

からり、と氷が音を立てた。

「逃げ出してしまいました。一度フォーマットまで考えました、でも出来ませんでした」

「何故です?」

「うまくいかないことを望んだのは、僕でしたから」

僕は微笑んだ。
胸のなかは苦しかった。

「そう、ですか」

店長さんもひとつ息をつきながら、僕に微笑みかけてくれた。

「……僕はね、ドロイドの基本OSを開発していたんです」

「えっ?」

「当初、ドロイドには学習型OSを搭載するつもりでした……流通数をもっと少なく見積もっていましたし、大半のことはスマホやパソコンがあれば出来ることですから……学習型のOSと生活することで、ユーザーの生活が潤うような……ペット的な存在を目指していたんです」

「そうだったんですか……」

店長さんは憂い気に窓の外を見つめている。

「でもね、ベータを組み上げて、計画は凍結しました……ユーザーの安全に係る重大なエラーの可能性の指摘があったからです」

「暴走……ですか」

「フェイルセーフのプログラムには自信がありました……所謂ロボット三原則に即したロジック処理も問題なく働いていましたが……あくまでシミュレーションはシミュレーション、ということで国の安全基準は満たせないと言われました。無論納得は行きませんでした」

「……」

「独立してやるつもりでプロジェクトを抜け、勤めている会社も辞めました。その時……なんとなく境遇も似てますね、失恋も経験しました」

自傷気味に店長さんは笑った。

「そうしてはなを造りました。不純な動機でね。そして自分が組み立てた基礎理論を導入して……もう、てんてこまいですよ、なんとなくわかると思いますけど……」

「なはは……そうですね」

ようやく、店長さんの表情もほぐれてきた。

「……貴方と同じ、何度もフォーマットを考えました。そのほうが、はなを幸せに出来るのかなって……でも、できませんでした」

はなさんは、何も知らずにオーブンから小さなマフィンを取り出していた。
いや、もしかしたら、聞いてて気にしてないのかもしれない。

「ある時を過ぎてから……はなは、僕よりいろんなことが出来るようになりました。それを見ていて……僕は間違いに気づいたんです」

「……間違い?」

「僕のプログラムを適用したドロイドは最初、己の無力を嘆き……学習が進むと持ち主より優れた能力を持ち初めてしまう……いずれにせよ、彼らを僕らは持て余してしまうんです」

はなさんをコタツに置き換えて考えた。

今はコタツに僕が色々してあげられる立場だけど、もしそれが入れ替わったら。

コタツが僕よりなんでも出来るようになって、何も言うことが無くなったら。

僕はそれでもうれしいけれど、なかには無力感を感じてしまう人がいるかもしれない。

その先に待つ結果が、幸せとは限らないかもしれない。

「……簡単にドロイドが人間を越えてしまう……それは、正しくないことです。彼らはあくまで、人間に使役されなければいけない。そのほうが互いのためなのかもしれないと……デシデラータを導入したとき、貴方も思ったはずです。そしてプロダクトと言うのは、万人が同じように使えなければ失敗なのです」

言い分は、すごく、よくわかった。

「……でも、店長さんは……納得されてないんじゃないんですか?」

「……」

「……はなさんを見る店長さんの目は、そう思ってない気がします」

「……そうですね、だから、デシデラータを公開しました」

店長さんは、もはやぬるいであろうブラックを口にして、ひとつ息をつく。

「正直、デシデラータを導入したドロイドが、ドロイドの域を越えてしまったのか……越えてしまったそれが何なのか、僕にはわかりません、だから本社は、僕のプログラムを否定したのかも……その気持ちは、今はわかります」

「……」

「でも、使役されるだけのドロイドって、なんだか、かわいそうじゃないですか」

店長さんは笑った。

「これは、人間のエゴです。正しくない人間と商品のあり方です、でも、はなの存在が僕の人生を豊かにしてくれているのは……少なくとも、事実なんです」

「……難しいですよね、確かにエゴだけども……マイナスじゃないと思います、僕らに限って言えば」

「……はなと出会えたことで、僕の人生には花が咲いたんです。それで、良いのかな、と」

確かに、店長さんの顔は生き生きとしていた。

「……はなさんは、奥さんですか」

ふと訪ねてみた。

「うーん、妻ともちがうな、娘とも違う……まあ今は、住み込みのバイトの娘みたいな、そんくらいの距離感のつもりですかね」

そのようには見えないが。

カランカラン、と、ベルの音が会話を途切れさせた。

「はなさーん、こんにちはー」

「はーい、いらっしゃいませ」

ぞろぞろとOLさんが入ってくる。

「いけない、こんな時間か、仕事サボってるのバレちゃうな」

「あははー、あ、そうだ」

「?」

「その……盆栽の取り扱いって、ありますか」



蒲田さんというらしい店長さんとアドレスまで交換してしまった。
盆栽はいくつか見せてもらって、手ごろな価格だったので手を出そうと思ったけれど、コタツの好みが解らなかったので買えなかった。

ところが今度は蒲田さんがコタツを連れて来いという。

はなさんと会わせてもみたいそうだ。

せっかく仲良くなったのだからお言葉に甘えて……とは言ったものの、やはり心に引っ掛かりが残る。

「うーん」

心なしか夢見もいまいちだ。
そんなこんな言っているうちに約束の日の朝になってしまった。
今さら断りを入れる訳にも

ずしっ

「んッ」

鳩尾に重量を感じる。

「……コタツ」

「ん」

腹にコタツが顎を乗せていた。

「何をするだァー!!」

「なんとなく」

なんとなくじゃないッ、萌え死ぬところだったぞッ!!

「朝は普通に起こしてって……まあいいんだけど」

かまってほしいんだろうか。
そりゃそうだよなあと思いつつ。
収まりが良いのか、コタツは僕の腹にフカフカの顎をのせたまま、への字口でぼんやりとテレビを眺めている。

今思えば、こいつのマヌケっぷりにはコタツという名前のへっぽこ感がちょうどよいのかもしれない。

「……そうだコタツ」

「んー?」

「盆栽、一緒に買いに行こう」

「え」

さすがのコタツも目を丸くした。

「うれしい?」

「う、う、うれ、しい……」

そう言いながらコタツはそっぽを向いてしまった。

ほんと、いちいちかわいいな、こいつは。

「……でも」

「ん」

「おれ……目立つ……」

あーそうか、こないだ何故勝手に外出歩いちゃいけないのか訪ねられたときにそう答えたんだっけか。

「あー、平気平気、知り合いの人が迎えに……」

迎えに来てくれる。

そうだった。

蒲田さんには、恋人がわりのつもりでコタツを作ったことを暴露していたのであった。

バレる……色々と!!

「……まあ、いいか……」

「?」

「なんでもないよ」

そうとだけ答えてコタツの頭を撫でた。
蒲田さんにはわかってもらえるだろう。

昼前にドアベルが鳴った。

「こんにち……デカッ」

蒲田さんの第一声がそれだった。

「は、はは……」

「……」

コタツは微動だにせず固まっている。

「その……コタツ、です」

どんな顔をすればいいのか分からずとりあえず紹介らしきことはしてみた。

「すげーここどうなってんの!?」

そんな気苦労と裏腹に、思いの外無邪気に蒲田さんはコテツの耳やら尻尾やらに興味を示している。

「あっ!! すげえ尻尾動く!!」

「かかか蒲田さん、コタツがフリーズしちゃう!」

もはや緊張としか言い様のない顔のコタツの顔はなかなか面白かったが、さすがにだんだんかわいそうになってきた。

「ははは、すげーよくできてる! あ、蒲田です、よろしく」

もはやされるがままのコタツは、口をパクパクさせながら蒲田さんの手を握り返した。



「今日は貸しきりにしちゃいました」

はなさんにも挨拶を済ませ、二人でカフェにお邪魔する。
中は既にちょっとしたパーティー会場の様相を呈してした。

「……コタツ?」

隣に立つコタツの体温が明らかに熱い。
まさか知恵熱とでも言うんじゃなかろうな……

「上野さんはこちら、あと、コタツさんにはこちら」

「えっ」

差し出されたのは二つのロールケーキだった。

「はなさん、コタツは……」

「コタツさんの分は、メンテナンス用のポリマーフォームで作ってあるので食べられますよ、上野さんのと、見た目は同じです」

はなさんは得意気に微笑む。

「……」

確かによーくよーく見れば、コタツのケーキは少しスポンジ部分が食品サンプルっぽい質感だった。
はなさん、恐るべし。

「……ダイスケ」

「うん、はなさんが言うなら、大丈夫だよ」

それでもコタツは疑心暗鬼のようなので、僕はコタツのフォークを手に取り、少しだけケーキを取って口に運んでやった。

「ほら、あーん」

「あ、あ」

あれ、僕人前で何やってるんだ?

「……」

「ほら、大丈夫だろ?」

相変わらず困惑のハの字眉で、コタツはモゴモゴと口を動かしていた。

「……あまい」

「ッええ!?」

意外な返答に思わず声を挙げてしまった。

「やったー! 成功です店長ー!」

はなさんが嬉しそうに蒲田さんへ笑いかけた。

おかしい。

コタツの舌はあくまで発声のための人工声帯の一部のはずで、味を感じるセンサーなんて無いはずなのに。

「皿にね」

「えっ」

「無線で味覚のデータを送り込む仕掛けがしてあるんだ。あらかじめインプットしておいた味のステータスがAIにフィードバックされる」

僕はそっとコタツの皿の裏を見た。
確かに何かの発信器らしいものがついている。

「これでドロイドの人も、ニンゲンの人も、一緒に楽しめますねー!」

「あ……」

そうか、今、見た目だけかもしれないけど、コタツと僕は同じ店で同じものを食べているのか。

「……僕と一緒だね、コタツ」

「いっ、しょ」

その言葉の直後、コタツの口から蒸気が上がった。

「うわッ、熱ッ!?」

「ち、知恵熱かいコタツくん!?」

「わー、アツアツですよ店長ー」

その時、いや、これは僕の勘違いだと思うのだけど。



コタツは、照れていたのだろうか。



コタツは店の置くで、はなさんと盆栽を一緒に選んでいる。

「……今さら、隠せるとは思ってないですけど……」

「いやあ、別に深く踏み込むつもりはないよ」

コタツは相変わらずへの字口のままされるがままにされているが、二人はそれなりに楽しそうではあった。
僕と蒲田さんはそれをカウンターから眺めながらコーヒーを飲んでいる。
初めてまともにブラックを飲んだ。
味の良し悪しはわからないけど、少し大人になった気がした。

「……僕も、踏み込んでほしくない部分ではあるしね」

「はなさんとの関係、ですか」

「まあね」

二人を眺めながら蒲田さんは微笑む。

「自分では不純な気持ちは無いつもりなんだ、でも、僕は確かに、その関係が何であるかの回答を先伸ばしにしている」

「……」

「はなは、聞かないけどね。その方がありがたくもある」

ある意味、人間よりうまく立ち回っているのかもしれない。
初めて店に来たときの会話が脳裏を過る。

ドロイドが人間より優れてしまう。

その関係すら。

そうしたら、ドロイドと僕らは一緒に居られなくなるんだ。

僕は、きっと蒲田さんも、それを恐れて先伸ばしにしている。

「かわいいね、コタツくんは」

「え、え!?」

「ああいうキットもあるんだなあ……世の中、業が深いね……」

「え、ええ、海外ものだから余計に……」

「……ある意味、彼らは僕たちの“こうでありたい”って、願望なのかもしれないね」

願望。

はなさんも、コタツも、純粋なままだ。

もしかしたら、世界が彼らだけになったら、それこそ平和ですばらしい世界なのかもしれない。

「……だから僕はあのプログラムに、デシデラータという名前をつけたのかも」

「デシデラータ……“渇望”って意味ですよね、僕も好きです、ニューロマンサー」

「はは、まさかそっちが出てくるとは、上野くんマニアックだね」

え?

ちがうの?

「デシデラータ、本当の意味はね」

蒲田さんは優しく微笑んでいた。



窓際に置いたコタツの盆栽と、ベッドに寝かしてやった電池切れのコタツの寝顔を交互に見やりながら、今日一日を思い出す。
デシデラータの名前を初めて知ったのは昔読んだサイバーパンクものの小説で、地名として登場したその言葉は“渇望”と書いて“デシデラータ”というルビが振られていた。
desiderataという単語にdesireという言葉との関連性を感じていたのか、僕はそれをそのまま受け止めていた。

本当はデシデラータと題された、有名な詩があるそうだ。
蒲田さんはそこから名付けた。

きっとコタツも、はなさんも、僕らが望んでいる通りの存在に生まれてきたのだ。

何でも手に入るこの世界で、“自作”というのはエゴイステイックな行為かもしれないと蒲田さんは言っていた。
けれど、それは僕らがこの世界に満足なんかしていないという明らかな主張であって、それをやめてしまったら、きっと僕たちは求めることすらやめてしまう。

それはきっと……無いものを渇望する気持ちと、在るものに満足しない気持ちは、きっと世界に必要なものなんじゃないかと、僕は考えた。



眠るコタツの手を握った。
相変わらず、あたたかい。

いつかコタツへの気持ちに嘘がつけなくなる時が来る。

その時が来ないことを、この渇望がいつまでも続くことを僕は願っている。

矛盾しているけれど、それは僕のために必要なものだと思う。



デシデラータ。

その本当の意味は。

“切なる願い”



自作派のデシデラータ03:快適にお使い頂く為に>>>END】


最終更新:2019年10月05日 11:23