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自作派のデシデラータ01:ご使用になる前に

そもそも男が女から生じるというのが根本的な間違いなのだと思う。

利己的な遺伝子は個体の継続の為だけに雄と雌を作り出した。
複製はだめだ、ひとつの要因で全体が滅びる可能性があるからだ。
遺伝子は優良な自己を継続・伝搬させることを目的として、あの手この手を尽くして生物を生殖させようとする。
人間は文明を持ってしまったから、生殖の条件はジーンだけでなくミームも深く影響してくる。
婚姻や経済など動物的生殖を妨げる文化は全て後天的に人間が作り出したミームだ。
それがより優良な遺伝子を振るいにかけるためにジーンが産み出した仕組みなのか、或いはジーンを滅ぼす毒であるのかは無論僕にはわからない。

いずれにしても、僕は何かを取り違えてしまった。
ジーンが壊れてしまっていたのか、はたまたよくないミームが働きかけるのか、いずれにしても、僕は生殖とは無関係な、淘汰される人間なのだ。

結果的にマイノリティというのは、要するに、淘汰される遺伝子集団を指すのかもしれない。
もちろん優良な遺伝子なんていうのは、総数量からの比率でいうなら少数派なんだろうが、文化的側面から見れば完璧なマジョリティだ。
それは人間が後天的に産み出したミームによる決定だ。
そうして考えれば、人間はやがて滅び行く種なのだとわかる。

こんなことばかり話しているから、彼は面白くなかったのだろう。
読み取りエラーのまま惹かれ合った互いの遺伝子が縁を結んだ歪んだつがいは二ヶ月も前に解消された。
今でも友人として話してはいるけれど、やはりどこか僕らのミームは噛み合わないように出来ているらしい。

外した指輪の跡が未だに指に残っている。
彼には既に新しい恋人ができたそうだ。
大学生、現役ラグビー部。
確かにゲイ文化的側面から見ればかわいらしい顔をしていた。
これは狂ったジーンが結んだ縁だろうか、ミームの成した業だろうか。
元々彼の好みはそっちだったのだから、自分みたいな秋葉系オタクとどうして二年も付き合ってくれたのかはわからない。
けれど、僕は満たされていた。
何も与えられなかったけれど。



御茶ノ水で乗り換える頃には雨が降りだしていた。
SIMフリーパートナードロイドが解禁されてから、御茶ノ水から上野あたり、行かないけれど恐らく山手環内はその広告で持ちきりだ。
通信SIMは先日契約した。
あとは筐体だけ調達すれば、僕もドロイドユーザーになる。
ちょうど広告の下のベンチで、小学生がテディベア型のドロイドと話しながら座っていた。
社会問題になりつつある、保護者不在の二人歩きと言うやつだろうか。
チャイルドケアアプリ対応のドロイドはその実、下手な親より安全に子供を送迎できると言われていて、しかめ面する程の事故などは起きていないのだが。

総武線内でもドロイドはちらほら見かける。
ドロイドパートナー法は一昨年施行されたばかりだが、今のところ悪いニュースは聞いていない。
彼らはあくまで能動的なモバイルPC、或いはスマホでしかない存在だ。
一般に流通して連れ歩けるタイプの筐体はやはり愛らしいぬいぐるみタイプが主流なので、人を襲って云々というのも縁の浅い話なのだと思う。

だが、やらかす人間というのはどの時代にも必ず居るものなのだ。

ヤクモパーツショップから海月電商へハシゴし、アルツとめぐって魔窟でようやく小物を揃え、角のケバブ屋で小腹を満たしてジャンク街へと足を進める。
ユーズドのフォーマット済みドロイドコアを購入した後は足早に家路を急ぐ。
空は灰色のまま、途中の道ではリアルフェイシャル搭載型のドロイドメイドがカフェへの呼び込みを続けていた。

あまり重要視されていないそうだが、目に見えて人間らしいデザインでドロイドを作成することは法律で禁止されている。
いろいろとまだ倫理問題を抱えているようで、例えば先程すれ違ったドロイドメイドは顔こそ人間的だったが露出した首などは分かりやすくロボットらしいデザインをしていた。
だから町中を歩いていても、彼女のようなヒト型ドロイドはかなり珍しい部類だ。
そもそも、そういうかなり凝った造型のドロイドを町中で連れ回すのはいろいろと危険だし、すぐキズものになってしまう。
ここ二年で偏見こそ減りはしたが、やはりヒト型ドロイドはヒトに近づくほど不気味に見えるものらしく、かといって漫画的フェイスのこれじゃない感や痛々しさというのはなかなか世の中に受け入れられていない。
無論、その愛好家たちの求道者めいた姿勢を否定するつもりは毛頭ないのだが。
大体の場合、そういう“他人に見せられないタイプのサポートドロイド”は、フルパッケージ購入すると給料の五ヶ月は吹っ飛ぶと言われている。
だからどうしても欲しいという奇特な人間は、海外の怪しい通販サイトでいけないお人形を輸入してきて、そこからいろんなパーツを交換して“自作”することになる。
そこまで情熱的な人間は世間的に稀有だが秋葉原的にはわりと多い。
だからこうしていろんなパーツが揃ってしまうのだ。

「……」

アパートに帰宅した側からクローゼットに押し込んでいた段ボールを引きずり出す。
そして中の大量のスチロール片(一番最初に開封したときは絶句した)からひとつの物体を引っ張り出した。

右腕。

自動翻訳によれば、海外の物騒なアトラクションで使われていたドロイドのジャンク筐体フレームだそうだ。
駆動部のほとんどが擦りきれて張り替えなければいけないが、美品の記載通り酷いキズもなく、どうせ皮膜を貼り込んでしまえばどうということはない。
続けて、左腕、両足、胸、腹、腰がスチロール片の粉雪の中から次々と現れる。
駆動に使われるマッスルケーブルは延びきってしまっているので、これを除去してアルツでメーター買いしてきたものに張り替えていく。
正直、ビックリするほど簡単だ。
別に腕が開いてガトリングが出てくるわけでもないのでプラモデルのように簡単に組み上がっていく。
強化軽量カーボンのフレームは内部が空洞なので、スプレータイプの放熱シリコンフォームを注入して隙間を埋めてやる。
マッスルケーブルは通電である程度発熱するが、このシリコンが熱を受け止めいい具合に劣化を防いでくれるそうだ。
他に腹を開いて中の電源部を日本製のものに交換し、腰椎の辺りに充電端子をセットしておく。
一番大事なドロイドコアは人体で言えば心臓の部分に安置される。
背骨に直結するバンパーにしっかりと固定し、肺部分に相当するバルーン式空冷ラジエターホースを接続、この辺りで少し気持ち悪くなり一旦手を止めたものの、この後のちょっとした期待でなんとか持ち直し、作業を続けた。



二時間ほどでフレームは組みあがり、ベッドの上には今、アメリカンサイズの首なし死体が寝そべっている。
この強化カーボン製の首なし死体の表面に、これまた輸入品の皮膜を貼り込んでやる。
これが一番高かった。
もうひとつの段ボールを開く。
高額商品だけあってこちらの包装はまともだった。
ウレタンフォームの外装に丁寧に包まれていた

虎の頭。

この部品だけは海外のフェティッシュな通販サイトで購入した。
ネットの掲示板でもお世話になっている人は多いらしい。
丁寧にビニールを解き、実際の顔に触れてみる。
毛質のグレードは中の下くらいまで落とした。
ナイロン毛は安っぽいと掲示板では言われていたが、肌触りは問題なしだ。
ただ、頭を引きずり出したとたんに首からダラリと太いチューブ状の部品が垂れ下がるのはショッキングだった。
要するに人間で言えば食道から腸に至る部品、センサー類の保護のために水分が必要なので、それを蓄えておくポリマー樹脂の部品だ。
喉からドロイドコアの裏を通して(水冷の効果もある)下腹部のあたりにセッティングする。
まだ接着されていない後頭部の皮を捲り上げ、首バンパーと頭蓋を接続し、ケーブルを繋いで隙間をシリコンで埋める。
日本語のあやしい写真つきのマニュアルがあるので安心した。
喉は人工声帯が既にインサートされている。こちらは肺部分のエアーポンプに直結。
本体価格のほとんどがこの頭に費やされている。
良くできたセンサーと極細マッスルケーブルの塊だ。
頭がついて俄然それらしくなった。
近づく完成を前にしてようやく顔もにやけてきた。

下腹部側にも、同様のポリマーチューブをセッティングする。
フレームにはもとからこのように設置せよ、というプリントが成されている。
その絵柄通り、腹のなかで八の字にチューブを回し、電源ユニットを包むようにして配置、ユニットのちょうど真上で喉から延びてきたチューブに直結する。
そして八の字ケーブルの末端といえば……

「わ」

やはりアメリカンサイズなのである。

一応、無意味に“アジア向け”とされるサイズを選んだのだが、これは果たしてアジア人を過大評価しているのかなんなのか。

そもそも、そういう用途でないドロイドでもこの部分は一応ついているのだと言う。
ポリマーチューブ内の余分な水分や、センサー部保守のために使ったナノペーストなどを排出する必要があるからだ。
女の子型ドロイドには、ちゃんとそれらしい排出口が用意されている。
リアルタイプドロイドは定期的にトイレに行くのだ。

諸々のセッティングが完了すれば、あとは皮膜を貼り込んでいく作業だ。
毛皮の層の下には極薄に織られたマッスルケーブルシートとセンサーシート、ポリマー樹脂シートが層になっている。
このポリマーが、通電後のマッスルケーブルの熱で溶着、フレームに食いついて約24時間で着床する。

「よっ……こいせっ!」

もうこのぐらいまで組み上がれば重量は人間と大差ない。
なんとか上体を起こし、皮膜裏の剥離紙を剥がしながら、粘着面を密着させていく。
所々埋め込まれた端子をフレームのソケットに差し込みつつ、引っ張り伸ばすようにして貼り込んでいく。
もとからかなりの柔軟性があるので、様々な体格のフレームに対応するようになっているのだ。
首筋まで貼り終えて、改めて眠れる虎獣人の顔を見る。
顔があるだけでかなり不気味さは軽減されたような気がする。
さらに上がってきたモチベーションに任せて、一気に組み上げてしまおう。

両手両足に関しては、メーカーが既にセットアップした状態で用意されている。
手首から先はシャツの袖上になっているのでこれを裏返し、手首のジョイントを固定したらそのままスルスルと圧着しながら引き上げていく。
空気が入らないように丁寧に、とwikiにも書かれていた。
足も同様、先に装着した下腹部回りと模様がずれないように出来ているのが流石だ。
そのまま背中、脇腹と張り込み、胸板は最後にした。
開始から四時間、ベッドの上には大柄の虎男が身を横たえていた。

「……ふぅ」

改めて太い四肢を一別する。
喉下、鎖骨の間にドロイドコアに直結するためのデータポートが三角形の蓋に覆われ露出している以外は、本当に獣人のそれだった。
これはイラストじゃない。

「……」

改めて見た生まれたままの姿にムラムラして、少しだけ顔を唇に近づけてみて、ふと我に返る。




僕はどうして獣人型ドロイドをこんな必死こいて自作したのだろう?



「……」

無言のまま、何言わぬ顔をずっと見つめていた。

四ヶ月間、必死こいてバイトして眠い目擦りながらデバッグの副業してまで手に入れたかった精悍な顔。

次のカード引き落とし日に怯えながらも包み込まれたかった重量級の肉体。

失恋のリバウンド?

完璧な恋人を作りたかった?



それでも彼はドロイドなのに。



彼はきっと優しいだろう。
何もかもを許容してくれるだろう。
命じるままに唇を奪い、僕の欲望を満たしてくれるだろう。



それで僕らは、しあわせなのかな。



システムセットアップを目前にして、完全に作業が手につかなくなった。
強いて言えば、目に毒なのでパンツは履かせた。
こんなにも体型が違うのにパンツのサイズは同じだなんて。
悲観的な気持ちはそれで少し緩んだ。

改めて横たわる彼と対峙した。
このまま起動して良いものだろうか。

基本、ドロイドは起動時、すべて同じようなキャラクターをしている。
一人称はわたしだし、話す言葉は敬語だし、何を言ってもアルカイックスマイルを浮かべている。
それをユーザーがあーだこーだ言って“調教”し、味付けをしていくのだ。

自分好みに。

思い通りに。

「……」

そうして出来上がるのが僕だけの“奴隷”だ。

「……ちがうよな」

僕は語りかけた。
彼は答えなかった。

思えば元カレとの関係もそうだ。

僕は彼に惹かれていた。

肉体。
奔放な性格。
自分にないマジョリティの感覚。
それに属する安心感。

結局は独りよがりの恋愛だった。
なんのプラスにもならない。

僕が欲しいものはなんだ?

僕が造りたいものはなんだ?




ドロイドの鎖骨中央に埋め込まれた小さな黒い三角形を押し込むとそれは小さくポップアップし、通信ケーブルジャックが露出する。
PCと彼の体をケーブルで直結。
充電を始めた彼の体は既に暖まり始めていた。

そして僕は禁断の扉を開く。

wikiに示されていた、初心者お断りの秘密の検索ワード。

Desiderata。

検索先のブログでは、広告などで執拗に隠された改造ファームウェアがダウンロードできた。
その名前がデシデラータ。
導入即メーカー保証外のシロモノだ。

サポートドロイドの本体、根幹プログラムの大半は実のところ筐体の外にある。
ドロイドコアが受け取った情報に対するレスポンスを配給キャリアのスーパーコンピュータにオーダーし、ドロイドはそれを受け取り出力する。
例えば言葉の意味を訪ねた場合、ドロイドは自分の頭のなかで辞書を引いているのではなく、自分が無線で接続されているスーパーコンピュータからその答えをお取り寄せするわけだ。
これがドロイドコアを人間サイズの筐体に納められる秘密だ。
ファームウェアはその情報のやりとりのアンテナであるドロイドコアを正しく動作させるために必要なプログラムで、これを欠損させるとドロイドは正しく情報をやり取りできなくなる。

だが、僕はあえてそのファームウェアを、正規ではないものに書き換えた。

「あ、そうか……非正規アクセスだからウィザードが使えないのか」

パソコンに映るセットアップ画面は黒一色に白文字が浮かぶ簡素なものだ。
本来ならセットアップウィザードが立ち上がり、誰でも簡単に起動の準備ができるのだが、わざわざコマンドプロンプトを操作しなきゃいけない。
初心者お断りの訳はこれか。

デバッグのバイトで見慣れた画面に恐怖は無い。
スマホで開いたデシデラータのブログを見ながらセットアップを続けていく。
道中でセットアップディスクを解析して必要なファイルを抜き出したりなどアングラにもほどがある作業を延々繰り返し、行程は最終段階、ユーザー登録に入る。

「……で、ここだよなあ……」

一番最後の項目で頭を抱えた。

ドロイドの名前だ。

作業の間いろいろな案が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返したが、それでも未だ決定打は無い。

「……ぅうーん……」

さすがに眼の疲れが限界だ。

「……」

ふと思い立って、命を吹き込まれるのを待つ彼のすぐ横に寝そべってみた。
シングルベッドに二人は狭い。
もし今後二人で暮らしていくならば、もう少し考えなきゃいけないかも知れない。

彼の温もりは人間のそれだ。
むしろ、大好きな獣人そのものだ。

でもおそらく、こうして肌を寄せあって眠ることは、きっと無いだろう。

改造ファームウェア、デシデラータは簡単に言えば、スーパーコンピュータ内に用意された全ドロイド共用の“レスポンス(条件反射)大事典”の大部分を封印してしまうのだ。
そのかわり、設定した世代範囲の一般常識情報を、スーパーコンピュータ内で勝手にドロイド個々に用意された記憶野にダウンロードしてくれる。
ただしこれらは独自のアルゴリズムでランダマイズされ、知識にかなりのムラが出るよう組まれている。

デシデラータをマウントされたドロイドは、自分の記憶野にある分の情報でしか条件反射が不可能になる。
そのかわりに獲得するのは強烈な個性だ。
どのように育つかはもはや彼次第になるだろう。

彼が目覚めれば、彼は僕の言う通りにはまずならないだろう。
ノンケの獣人とひとつ屋根の下だ。
これから先、どんな風になるのかはわからない。
でも、きっと、むなしいお人形遊びにはならないだろう。

……だからせめて。

君がまだ僕の手を離れる前に、君の温もりを覚えておきたい。
君が目覚めたら、僕らはただの他人からのスタートになる。

僕はきっと、君に恋をしてしまうだろうけど。

どうかその通りにはならないで。

時には傷つけて、突き放してほしい。

そうでなくちゃ、意味がないんだ。



……本当に暖かいな、君のからだは。

電気代を浮かしたくてエアコンも我慢してきたけど、今日一日は暖かくして眠れそうだ。



ふと、頭によぎった名前。

こういうのはインスピレーションが大事だと、自分に言い聞かせた。



虎徹。

それが君の名前。

古風だけど、なかなか渋い顔もしてるし、それなりに似合うと思うんだ。



胸が高鳴る。

わくわくする。

すると灰色の世界が薔薇色になる。




エンターキーを叩いたとたん、画面が情報のダウンロードログで埋め尽くされていく。
なかには大量のエラーログも含まれる。
おそらくランダマイザが弾いた情報なのだろう。

約六時間で、セットアップは完了する。
朝には君の声が聞けるだろう。

おやすみ、コテツ。

君とどんな話ができるのか、本当に楽しみにしてるからね。






>all file setup complete.
>droid name :kotatsu>>>boot from core.
>OS starting...

自作派のデシデラータ01:ご使用になる前に>>>END】


最終更新:2014年03月28日 01:51