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自作派のデシデラータ02:はじめてお使いになる際に

あたたかい。
微睡みのなかで、自ら作り上げた完璧な肉体の質感を感じていた。

まだ少しだけ後悔がある。
それでもまだ、言えば抱き寄せ、献身的に愛を注いでくれるような関係はちがうと信じられる。

ただ、寂しさを満たしてくれるなら。
追いかけさせてくれるなら、僕はそれでいい。



何か大きなものが動いた感覚で目を覚ます。
巨大な背中が落とす影で何が起きたかを理解した。

コテツが上体を起こしている。

「……起きたんだ」

僕の声に、ドロイドは振り向いた。

「……、……、……」

コテツは小さく口を動かしたが、喉の奥からは乾いた排気音しか聞こえない。

乾いた……そうか。
僕は慌てて水道水を入れているペットボトルをデスクから取ると、コテツの口に注いでやった。
ポリマー部への給水を忘れていたのだ。

「ごめんコテツ……大丈夫か?」

「……」

コテツは不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
初めて見たトルマリンブルーの瞳は妙に澄んで見えた。

「コテツ……?」

「……コテツ……」

小さく発音された声。
当たり障りのない男子の声。

「……君の名前だよ、わかる? コテツ……」

「おれ、おれは、こたつ」

「へ?」

「こたつ」

ちょっと言っている意味がわからない。

「……こたつ?」

「おれは、こたつ」

追い討ちをかけるように彼は言った。

「こ、こたつ……!?」

両手になぜか汗がぐっしょり分泌されている。
ファームウェアを書き換えて諸々のインストールに失敗したのか?
そもそもこれは変な夢で、僕が組み立てていたのはドロイドじゃなくてヒト型のフェティッシュな暖房器具だったのか?

「ち、ちょっと待ってて……」

確認のために慌ててPCのログを確認する。
そもそも今何時だ!? バイトは!?
午前六時半、バイトはそもそも二連休だ、大丈夫。
ちがうそうじゃない、名前、あいつの……

>all file setup complete.
>droid name :kotatsu>>>boot from core.
>OS starting...complete.



kotatsu



「……こたつ……ッ!」

最後の最後でなんつータイプミスをしてるんだッ……!?
よりにもよって、初期化以外にリネームの方法が無いこの場所で!?

……初期化?

ふと振り向けば、彼はなにか不安そうな無表情のまま僕を見つめていた。
耳の横に冷や汗が流れていくのがわかる。

初期化……? 何を考えてるんだ、僕は。

なんのためにファームウェアを書き換えたんだ、思い通りにならなくて、それで初期化だなんて……

「……ごめんごめん、何でもないよ……その……コタツ」

「顔色、わるい」

「ちょっとね、君みたいなヒトと話すの初めてだから、少しビックリしちゃって。ごめんね」

なんとか笑顔を取り繕って、コテツ、改めコタツの肩を叩いてやった。
暖かい。

「うーん、何を話していいやら……」

おそらく普通のドロイドなら、ここで最初にするべき事をホイホイ饒舌に説明してくれるんだろう。
でもコタツのこの顔でニコニコ饒舌に話されるのは、萎えるなあ、やっぱり。

「……とりあえず、はじめまして、だね」

頭のなかで必死に言葉を選ぶ。
これから先の関係を決定付ける言葉……
ああ、頭が割れそうだ。
誰かの自作ゲームやってんじゃないんだから。

「僕はね、ダイスケ。上野、ダイスケ」

「ダイスケ」

「うん、ダイスケ。君の……んー、ルームメート」

「……ルームメート?」

「あー……同居人? んまぁ……そんなかんじ」

コタツはぼーっとした表情で口をへの字に結んだまま、僕をじっと見つめている。

どうしたものか。

「……ダイスケ」

「あっはい」

コタツから突然声をかけられて、顔は平静を保ったが口から心臓が飛び出すかと思った。

「……おれは、どうしたらいい」

コタツのその一言で、背筋にまた寒気が走る。

どうさせたらいいか。

僕にはなにもない。

「……あ……」

いや、命令ならたぶん何でもできる。
コタツはたぶん、なんでもしてくれる。

それが自分の求めることか?
いや、ちがう、でも……

コタツは生まれたばかりだから、何をしていいのかわからないんだ。

「あ……えーっと、そうだなあ……まだ朝早いし……ま、ゆっくりしててよ」

「ゆっくりする……」

「うん、まあ……」

「……」

コタツは少し考えてから、ものすごいスローモーションでゆっくり立ち上がろうとした。

「ちがう、そうじゃない」

僕のあきれた声にコタツは眉ハの字口への字というものすごくダメな表情で向き返った。

想像以上にポンコツだッ……!

「とりあえず、お水の場所とトイレの場所を教えとくか……」

厳つい見た目のくせして借りてきた猫みたいに縮こまったコタツをつれて台所へ向かう。

あ、そうか。

“体育会系の友達が初めて泊まりに来た”と思えばいいのか。

それは、ものすごく、萌える。

そう思ったとたん、再びモチベーションが上昇してくる。
この調子でうまくやって行ければいいけど。




コタツにはとりあえず、丈を詰めていないカーゴパンツに白シャツを着せた。
XLサイズなのにパツパツだ。
かわいい。

「ダイスケ、なにやってるんだ」

「んー、これ?」

とりあえず初日は、気になることは何でも聞いて、と言っておいた。
これでとりあえずコミュニケーションがとれるし、コタツがなんとなくでも自分から動いてくれるのでこちらの気も楽になった。

「まあ、小遣い稼ぎ程度のアルバイトかなー、ちょっとした仕事みたいなもんだよ」

パソコンにかじりついて面白味のない画面ばかり見ている僕はずいぶん奇異に写っただろう。
コタツはあぐらをかいたまま、僕をじーっと見つめている。

今手掛けているのはドロイド用アプリのデバッグ作業だ。
大学でとりあえず勉強してきた内容が一応役に立っている。
いつまでもフリーターじゃ居られないなと思いつつ、親への借金を返済しつつ、今度は電気代にも悩まされるのか……
それでもいいけど。

「もうちょっとしたら一段落するからね。そしたらパンツとズボン直しちゃおうか」

「?」

「しっぽ、ちゃんと出せるようにしないとね」

スキンのおまけのようなものなので尻尾に痛覚は無いんだろうが、やっぱりパンツのゴムに挟まれた尻尾はかわいそうだ。
ドロイドに実際の痛覚は無いと言う。
多少なり、痛みを感じているようなそぶりは反射として行うらしいのだが。

「……ダイスケ、なんでもできるんだな」

「やー、なんでもって訳でもないよ、興味あることをやりたいだけで」

「……おれは、なにもできない」

そう漏らしたコタツの言葉に、僕はふと作業の手を止めた。

「……コタツ?」

向き返った先のコタツの表情は、憂い気にも見えたかやはり無表情だ。
思いの外ナイーブなのか?
僕の扱いが雑過ぎたのか?

「コタツは……なにもできないんじゃなくて、本当はなんでもできるんだよ。僕がただ、コタツのことをもて余してるだけで……」

コタツの隣に座ると、コタツの視線も僕を追う。

「うーん……なんて言えばいいのかな……とりあえず、コタツは、これからだよ」

的を得ない回答。
コタツの表情は変わらなかった。

「……」

少しだけ、気まずくなった。

そして思考は根底に立ち返る。



なぜ僕はコタツを作ったのだろう。



「……」

とたんにコタツの顔が見れなくなった。

綺麗事を重ねてきたけれど、僕は結局、コタツを疑似恋人に仕立て上げたいだけだったんだ。

そのための情熱だ。

なら、いっそ、何もかもやり直した方がコタツのためだ。
どうせ名前も間違えたんだ。
初期化して、ファームウェアも正規版に差し直せば……



そう、結局、僕は、利己的な人間なんだ。



「?」

徐に立ち上がった僕をコタツが不思議そうに見つめる。

「ちょっとコンビニ行ってくるから、先に休んでて」

そう言って僕は逃げ出した。

コタツが休眠(スリープ)するのを待って、フォーマットするために。



最低の人間だ、僕は。



行くあても無いまま、夜道をさ迷った。
罪悪感で一杯だった。

欲望にかまけて大量の金を注ぎ込んでコタツを自作したこと。
綺麗事を並べてその存在を正当化しようとしたこと。
かっこつけた挙げ句にコタツをもて余し、挙げ句にフォーマットしようとしたこと。



つくづく、最低だ。



結局僕は、自分をももて余しているんだろう。
自分が本当に何がしたかったのか分からないまま、ただやりたいようにやってきたんだ。
だからこうなる。
誰かを傷つけてしまう。

気づけば小雨が降りだしていた。
傘も差さずに歩いていた。
未だ家には帰れない。
コタツの顔を見ることが出来ない。




ただ公園のベンチに座っていることしか出来なかった。
自分の行いに向き合うことが出来なかった。
軽い気持ちでするべきことでは無かったのに。

ふと昨日、電車の中で見たドロイドと少女を思い出す。
少女が成長するころ、あのドロイドはどうなっているだろうか。
人間からの興味を失って、所有権を放棄されたドロイドはどうなるのだろうか。
そこに罪悪感はあるだろうか。

ドロイドは、人間とちがう。
ドロイドは、ペットとちがう。
はじめから定められたいのちの終わりは存在しない。

そのドロイドを止めるのは、ドロイドを殺すのは、結局人間の勝手なのだ。

「……ダイスケ」

その声に慌てて顔を上げる。

「……コタツ……?」

靴も履かず、傘も差さず、ぐっしょりと濡れたコタツが、肩から微かに湯気を上げながら立っていた。

「……どうして……」

「……財布、忘れてた」

その手には確かに、僕の財布が握られていた。

「……そうか、そうだよね……コンビ二行くのに、財布忘れるなんて……」

「……」

「僕は、ばかだなあ」

コタツは何も言わずに、ただ目の前に立ち尽くしている。

「……ダイスケは、むずかしいな」

「……え?」

「おれは、ドロイドだから、ダイスケのこと、もっとわからないといけない」

「……」

「でも、ダイスケは、むずかしい」

コタツはそう言って、笑った。

「……うぅう……」

そんな顔をされたら、僕は泣いてしまう。
この感情が何かさえもわからないのに、自然と体が答えてしまう。

「ッ、どうした? ダイスケ、なんで泣いた?」

しゃがんだコタツが覗き混む。

「わかんない……」

嗚咽に溺れながらそう答えた。

「……ダイスケ、むずかしいな」

そう微笑んで、コタツはしゃがんだままくるりと背を向けた。

「帰ろう」

「……うん」

言われるがまま、僕はコタツの肩に腕を回した。

「……僕、重いよ?」

「おれの方が重い」

言うが早いか、コタツは僕を背負ったまま軽々と立ち上がり、上手に重心移動しながら歩き出した。

何十年ぶりだろう、こんなのは。

「コタツ、あったかいな」

何気なく呟いた言葉に、コタツは答えた。

「おれは、コタツだから」



帰路の間、いろんなことを話した。
僕の居場所を見つけられたのは、僕の携帯電話が紐付けされていたのでそのGPS情報を辿ってきたということ。
途中のコンビニで店内を一巡して危うく通報されかけたが事情を話してなんとか納得してもらえたらしいと言うことと、あのコンビニには二度と行けないと言うこと。

そして、コタツは自分の名前の意味をわかっているらしいと言うこと。

どうも言語野の最適化がまだまだ必要な様で、会話を続けていくに従ってたどたどしい言葉が段々流暢になってきている。
ものすごい勢いで学習しているのか。

「ちゃんと充電端子周り、しっかり拭いてね」

「おう」

濡れてしまったズボンは後回しにして、夏のパジャマにしていた甚平を改修する。
それからパンツにも穴を開けたが、こちらはすぐにボロボロになりそうで心許ない。
ケツ割れでも履かせた方がいいんだろうか、それもなんかなー……

「ダイスケ、寝ろ」

「うん、わかってる、明日バイトだしね」

とりあえず尻尾穴は開け終えた。

「夜まで帰らないけど、また勝手に出歩いたら駄目だからね、留守番、ちゃんと頼むよ」

「おう」

仕上がった甚平を履かせてやる。
自分で選んだとはいえ……やっぱりこの身体は、保養を通り越して目に毒だなあ。

「コタツさ」

「ん?」

「コタツは、どんな女の子が好きなの?」

「……オンナノコ……」

つい、ふと聞いてみた。

「わから、ない」

そりゃそうか。
そんなデータ入力はしてないし、コタツは生まれたて。
回答されたら逆にビックリする。
むしろ、ドロイドに恋愛感情はあるんだろうか。
受動的疑似恋愛のプログラムはあるだろうけど。

「……ッ」

……恥ずかしかったのか?
コタツはあぐらのまま背を丸めて俯いてしまった。

こ、これはかわいいぞ……

「ダイスケはッ!?」

「え、あ、僕!?」

突然の切り返し。

「ぼ、ぼ、ぼくも、わかんないや……」

そう言って、笑顔でごまかした。



コタツが起動して、初めての夜。
さすがにシングルベッドに巨体とふたりでは、密着してしまう。
なにも知らないコタツはそれでいいんだろうが、僕には問題だ。
コタツは優しいから、いや、そう出来ているから、なんでも僕の良いようにしてしまう。
それが嫌だから、僕はコタツを改造した。
今、僕らの距離は極めて近いけれど、コタツが自立してきたらまたちがう関係になるのかな。
きっと、その方がいい。

コタツが床で寝ると言い張るので、かえってベッドの寝心地が悪い。
ドロイドは充電のためにスリープを行う間、メモリーの最適化を行っている。
明日目覚めたら、またちがうコタツがいる。

少しだけ、寂しいかもな。

それでも、あのコタツの暖かさは、僕には暖かすぎたのだ。



自作派のデシデラータ02:はじめてお使いになる際に>>>END】


最終更新:2014年04月04日 13:32