6th-haven_FILE02:born_slippy

友人であった訳ではないのだが、冗談まじりにラッキーボーイなどと呼ばれていたバリーのバイタル消失はジェイクを僅かに動揺させた。
酒が入れば生身のときに脳に一発食らって死にかけた時の話を大笑いして語るような豪快な男だった。
PMCという身を張る商売をしている以上、ミッション中は常に死の危険と隣り合わせである。
もちろんそれはジェイクを始めほとんどの同業者が理解していることで、死んだバリーも重々承知していたことである。

だがやはり、顔見知りの死というのは十分衝撃的な出来事なのだ。
それでもジェイクは、感情的になることがより自身を死に向かわせることであることを承知している。
他の仲間もそうなのだろう、続いていた戦闘の音はその瞬間から僅かの間完全に止み、戦場を静寂が通り抜けていく。

その間にジェイクは一つ深呼吸して、残弾を確認し、頭部のパッシブソナーからの情報に集中する。
一方で、右肩に収納されていた超小型UAVを取り出して起動し、リンクを確立して真っ白な曇り空へ解き放った。
円形のリング型シュラウドの内部に反転プロペラを備えたUAVは瞬く間に空の中へ消えていき、自身が居る戦場を俯瞰でジェイクの脳に映し出す。

第六ヘイヴン112区画、旧軍事工業施設跡。

現場到着から既に三時間が経過していた。



始めは軍属だった戦闘用サイボーグの再雇用と高まる犯罪率、二つの問題の同時解決策として、世界政府からバウンティハンター業の要素を取り入れた新しい犯罪抑止策が交付された。
民間軍事企業(PMC)に属するサイボーグが目撃した犯罪現場をエクシアサーバにアップロードし、その犯罪性が認められれば自動的に“獲物”として登録され、即座に“狩り”を行うことが出来る。
しかし時には当人の予想より大きな“獲物”がその背後に控えている場合も存在する。

五時間前。
とあるPMC所属のサイボーグが10代と思しき貧民層の少女二人を所属不明のサイボーグが誘拐する様子を捉え、エクシアサーバにアップロードした。
もちろんそのサイボーグはその場で誘拐犯を仕留めるつもりだったのだが、エクシアから返ってきたNOTICEを確認して怖気づき、報復を恐れて少女を見捨てて逃げ出した。

誘拐犯の正体は宗教系テロリスト一派の末端だった。
若い“肉体組織”は医療系の裏企業で高値で売買されており、少女たちはそのために誘拐されたのだろう。

詳しいことは後回しにされ、情報は即座に各PMCに送信された。
しかし、彼らがどこに潜伏しているのかなどの詳細に関してエクシアはまったく触れようとしない。
追加捜査はすべて各PMCに一任している。

独自の操作網で一番先に尻尾を掴んだのが、大手PMCのひとつ“WARP”であった。

WARPのサーバ上に当該案件のIRCチャンネルが作成され、累積された情報から自動的に興味を持ちそうな登録者へNOTICEで“お誘い”が送信された。
チャンネルに早々にログインしてきたのが件のバリーである。
続いてモニカが名乗りを挙げ、それから三人がログインしたが一人は気が乗らず退出した。
それと入れ違いになるようにジェイクがログインし、参加意思は示すことなくただログを眺めていたが、スポンサーからの催促を思い出して参加することにした。


【NOTICE/MONICA_VALENTINE】
【hey、聞こえてるボウイ】

【>アイアイ、姉さん】

モニカからのNOTICEにジェイクは応じ、ついでにUAVが収集した情報を共有する。

【ラッキーボーイが死んだよ】

【>どんな奴がやったの、姉さん見た?】

【手慣れたやつさ、他は雑魚だが、一匹大物が居るよ】

UAVがモニカのデザートピンクカラーの筐体を捉えてその位置をインポーズする。
桃色の三角がモニカ、青色の三角がジェイク。
残る二人はモニカの側に居て、緑の三角で示されている。
画像上でモニカ達とジェイクの間には赤い三角がひとつ。
バリーの死体がそこにあるはずだ。

【>オレがやろうか、姉さん】

【ナメちゃだめだよボウイ】

【>数が足りないし、一番距離近いし、それでオレにNOTICEしたんじゃないの姉さん】

【そういうの良くないよボウイ、まあ、実際そうなんだけどね】

ジェイクは今回のミッションに参加している中でもっとも若い。
戦闘歴に関しては二人の新顔(ニュービー)に上回るが、その若さとスポンサー付きという立場に良い顔をする同業者は少ない。
面子の中では最も頼りになるモニカだけが、彼をその腕だけで評価している。

【ボウイ、しつこいようだがナメちゃいけないよ、生憎こっちはヒヨコの子守りでさ】

【>okay姉さん、うまいとこやるよ】

ジェイクはインスタントチャットを切断し、敵の陽動の為に立ち上がる。
幸いにも戦闘機動はそれほど長時間に及んでいないので身体のバッテリーにはかなりの余裕がある。
心配事があるとすれば残弾の少なさだ。
火器もおおよそ決め手に欠ける。
できるだけ仕事はスマートに片付けたい。



8年前。
第七ヘイヴンへの移住が始まったころ、ジェイクの父は難病に倒れた。
それは大戦期に使用された化学兵器に起因する遺伝子疾患であり、神経伝達を阻害し身体の自由を徐々に奪っていく。
顔中が痙攣し両手足をねじ曲げたまま伏す父の姿はまだ十代だったジェイクの心を強く傷つけた。
貧民だったジェイクの家族には高額なナノマシン治療を受けさせるだけの資金は捻出できる筈もなく、程なくしてジェイクの兄が発祥した。
母親はひたすら泣いた。
三男坊だったジェイクは必死に生活費を稼いでいたが、状況は悪くなるばかり。
家族のなかでの優先順位も自然と低くなり、彼は強い孤独を感じていた。

悪魔が囁いたのはそのときである。
職場の事故で片腕に重症を負い緊急搬送された先で、ジェイクにある企業が目を付けた。
企業と癒着していたその病院では、重症を負いかつ医療費の払えない患者に“モニター”になることを斡旋していた。
企業が開発中のサイボーグ体に患者を作り替え、そのデータをサンプリングすることで新規開発に役立てようという寸法である。
ボディが抱える未知の問題に起因する不具合の保証は一切無く、行動は逐一データ上で監視されることになるが、データを提出すればそれなりにボーナスが付くし、企業がスポンサーになっているPMCへの雇用斡旋もあるという。

家族のために選択肢は無かった。

戦闘用ボディを得たジェイクはよく稼ぎ、家族を治療し第七ヘイヴンへ送り出すこともできた。

だが機械の体に作り変わった息子に家族は冷たかった。

サイボーグへの偏見は今だ根強い。
“人間以外の不死のもの”という、誤った知識がそうさせるのだろう。
ジェイクの家族は彼を死んだものとして扱うことにした。
尤もこれは彼が当時そう受け取っただけで、家族には相応の葛藤があった。
それでもやはり、愛する家族の一人が機械になってしまったショック、特に父親の“そうまでさせて生き延びてしまった”事に対する自責の念は強く、ジェイクはより家族と疎遠になってしまった。

企業のサポートがあるとは言え、サイボーグの体は維持にそれなりの費用がかかる。
スポンサーの顔を立てる必要がある以上、ジェイクには派手な戦闘が求められる。
故に高難度のミッションを強いられてきたジェイクには叩き上げの戦闘能力が身に付いていた。
事情を知らない同業者はそれを最新型ボディの恩恵と考え、彼を貶しているが、すでに彼はそれをものともしない程度に心を閉ざしていた。


モニカが派手にやらかしているのだろう、ジェイクのルートはほとんど無人だった。

だが警戒すべき敵、恐らくバリーを葬ったであろうサイボーグはジェイクの動きを何らかの形で補足している。
その証拠にジェイクの進行ルートを予測して、その線上に確実に移動してきている。
UAVが捉えたシルエットから敵のボディは三年前にリリースされたZEUS社のヘラクラスtype-4をベースにしているのが判明している。
巧みに人工筋繊維を配し、トータルバランスが非常に優れた格闘戦向きのハイエンドモデルだ。
ZEUSの実動部隊にも採用されている現用機、仮に勝利できれば相当なボーナスが期待できるだろう。

対するジェイクのボディはモンスーノ社の試作型、タービュランスX-01β。
アスリート向けの義肢開発から業態を拡大してきたモンスーノらしい、軽量で引き締まったプロポーションのボディはネイビーとホワイトの二色使いで水棲哺乳類を連想させる。
特に頭部は鯱か、陸生哺乳類にまで範囲を広げれば狼のように張り出したバイザーを装備しているが、これは友人のレイアウトを真似たものでこの部品のみ純正品ではない。

タービュランス型ボディは比較的軽量である事に加え超伝導を駆使した関節コイルで高い瞬発力を誇り、その速度に敵も警戒している様子である。
ただし、これらの技術は既にモンスーノ社の現行機種であるハリケーン型で既に実証されている。
開発中のタービュランスには未だ他企業の想像し得ない秘密が隠されていた。

【NOTICE/SEND>MONICA_VALENTINE】
【>heya、姉さんそっちどう】

【ボウイ最悪、子供たち使えない】

【>貧乏クジ引かされたかな】

【かもね、バウンサー(用心棒)だろうこっちも】

【>マジか】

【稼げるよボウイ、頑張ればね】

【>ポジティヴいいね、嫌いじゃないよ】

短いNOTICEのやり取りだが僅かに気は紛れた。
余裕が無ければこんなやり取りのひとつも出来ない。
彼女はクールだ。
ジェイクは彼女を強くリスペクトする。

【NOTICE/SEND>MONICA_VALENTINE】
【>RUN】

【okey、上手くやりな】

ジェイクは物陰から数発、まだ見ぬ敵に向けて発砲する。
続いて超伝導コイルの反発を利用して跳躍。
建造物の屋根に着地する。
このような三次元機動はまず生身の人間には不可能だが、それはすなわちジェイクの“生身の部分”に相当の負荷を強いる。

「……ッ」

三半規管を取り除き、ジャイロとソフトウェアで平均感覚を増強しても、脳には一定の負担がかかる。
特に急上昇に伴う脳血流の偏りは血管にマイクロポンプを設置することで強制的に回復できるが、根本的な解決には至っていない。
それでも現状のソフトウェアの反応速度はジェイクの慎重さでカバーできる程度までは早くなっている。
その上、脳の表面には衝撃を吸収し脳震盪を抑制するカーボンベースのフレームが埋め込まれているという身の毛も弥立つような話も聞かされている。
無論脳そのものには相当な負担がかかっているのかも知れないが、今のところ目立った異常は無い。

ジェイクが瞬間的な目眩から立ち直った直後、下方からの銃撃で建造物のコンクリートが削られた。
確実に姿を捉えられている。
飛ばしているUAVからの視覚が自身と敵の位置関係を知らせてくる。
実戦叩き上げの無駄がない均整なシルエット。

「雇われバウンサーだな……だいぶ金のかかった身体じゃねーか」

対サイボーグ戦では予想外の事態が起きやすい。
特に相手の装備が目視で充実しているところが認められるのであれば、更に内蔵式の火器を隠している可能性は十二分にある。
相手の大柄さから、最大の急所が何処かも検討を付け難い。
自分のような運動性重視のタイトなボディなら脳が収まるべきスペースは頭部にしかないのだが、ある程度大型の筐体であれば比較的装甲の厚い胸部や、下腹部という信じられない場所に脳を納めている場合もある。
残弾はすでに心許ない、ジェイクは仕掛けるしかなかった。

最後のグレネードのトリガーに指をかける。

その前に。
ジェイクは徐に、電脳内のミュージックプレイヤーを起動した。
戦闘中に音楽を聴くというのは相当の危険行為なのは言うまでもない。
しかし今の彼には、リズムと、スリルと、グルーヴが必要だった。

ポン、という気の抜けた音と共に、白煙が敵の隠れる建屋に向かって走っていく。
敵は間違いなくこの“音”で次の行動に出ている筈だ。

跳躍。

続いて視野には、建屋から飛び出す男の姿。
都市迷彩色のボディビルダーのごときマッシブなプロポーション。

爆風。

予測される敵の着地点に向けてマシンガンの残りをお見舞いする。

敵は動じなかった。
空中射撃がまともに当たる訳がないことを敵は当然心得ている。
そして、敵はこちらの落下起動をすでに計算し終えている。

男は丸太の様な左腕を突き出した。
このような“仕込み”はZEUSのお家芸だ。
“骨”として振る舞うことを一時的に止め、巧みに分割された筋の隙間から顔を出したその超硬合金製の“発射筒”は確実にジェイクの胸を捉えている。

ポン。

気の抜けた音。
突き抜ける白煙。

閃光。

一瞬のホワイトアウト。

……違う。

グレネードの爆炎とは異なる“閃光”に男は警戒した。
そして目を疑った。
確実に機動を捉えていたはずの相手の身体が、落下機動から大きく左へ“ズレている”。
蒼いボディの男……ジェイクは一瞬、身体を丸めて回転する。



閃光。



「……ッ」

“踵落とし”の機動は間違いなく敵の頭を捉えていたが、敵の反応速度は予想以上だった。
咄嗟の防御に使われた突撃銃はジェイクの加速された踵落としでフレームから歪んで使い物にならなくなった。

しくじった。

敵はまだ混乱しているようだが、一撃で仕留められなかったと言うことは手の内を一つ明らかにしたことに等しい。
しかもこれは出来るだけ使いたくなかった“奥の手”だ、状況は最高に不利である。

リズミカルに着地し、複雑にステップを踏み、任意のタイミングで電磁コイルで鋭さをブーストした蹴りを打ち込む。

グルーヴ、そしてリズム。
状況に反して脳内に流れるフェイバリットチューンは最高潮に達している。

「こいつ……ッ!?」

敵は上手くそれを防御しているが、妙なリズム感の攻撃に些か圧倒されつつある。
“カポエイラ”などという極めてマニアックな格闘技を実戦に組み込んでくる相手は想定していなかった。
脚のリーチは長く、間接部からの加速で十分すぎるほどの“斬れ味”を誇る。

「ッ!!」

男が鋭い左ストレートを放った瞬間、再び閃光。

衝撃。

ランチャー仕込みの左腕は肘関節からもぎ取られた。

「……何だと!?」

たとえ常温超伝導素材の反発力を用いたとしても、これほどのインパクトを産み出すことは難しい。
視覚に焼き付く敵の“足の軌道”。
急上昇するイオン値。
それらの状況証拠から、敵はそのカラクリを瞬時に分析し理解した。
そして同時に戦慄した。

度々彼を襲う閃光の正体、それはジェイクのボディ、タービュランスX-01βの四肢と背中、計六ヶ所に仕込まれていた。

アークジェットスラスター。

本来は人工衛星の軌道制御などに使われる代物だ。
大電流で推進材を電離しプラズマ化させ、ローレンツ力で強制排気することで推力を得る。
しかしこれはあくまで無重力の世界で物体を動かすための手段であり、瞬間推力に乏しく重力下では殆ど推力は得られない筈なのだが、モンスーノ社は超伝導と独創的なノズル形状を駆使した独自技術でサイボーグ程度の質量の物体に瞬間的な加速をもたらすことに成功した。
それがタービュランスX-01βの真価である。

「……【censored】ッ!」

男も鋭い蹴りを繰り出すが小さく加速したジェイクを補足できずに空を斬る。
だがジェイクも焦っていた。
各スラスターの推進剤である水素が残り少ない上、またこの機構は電力を食い過ぎる。
さらに言えば、スラスター内で推進剤をプラズマ化して圧縮加速するにも時間がかかる。
“弾込め”に手間取っているのに気づかれれば一貫の終わりだ。

事実、ジェイクが焦っているのはこの男が隙を見せないからだ。
ここまで格闘戦が長引くのは初めてのことで、研究者は泣いて喜ぶだろうがジェイクには堪ったものではない。

次の一撃で仕留める必要がある。

だが、何処を狙えば……!?

「……ッ!」

跳躍。

そしてジェイクは祈るような気持ちで、右腕を敵に突き出した。

おののいた敵は顔の前に手を翳す。

だが、ジェイクはそのまま地に手を突き、電磁加速した脚で敵の腕を払い除け回転。

アークジェット噴射。

超加速した脚が敵の防御の速度を僅かに上回り、高い対弾性を物語る丸い頭部の側面目掛けてギロチンの如く打ち落とす。



インパクト。



瞬時に人工筋サスペンションが衝撃を外部に逃がし自体崩壊を防ぐ。
一方で防御を崩された敵の首はあらぬ方向へ曲がり、青白い火花を散らしながらフレームから脱落する。
“恐らく”中にあるだろう敵の脳はチタン殼の中に発生した衝撃波でミキサーに掛けられた様に破壊されているはずだ。

半ば捨て身の賭けだった。
跳躍し右腕を突き出した瞬間、敵は何らかの内蔵火器による攻撃を予測したのだろう。
だがこれは完璧なブラフ(はったり)だった。
仕込まれてもいない武器による攻撃に対し、張り詰めていた敵の“生の部分”は咄嗟に自分の“急所”を庇ってしまった。
無論、それが神経反射であった以上、庇った場所は“元・脳あるいは知覚のあった場所”である可能性は否定できない。

即座にジェイクは倒れた敵へと向き返る。

「はあ、はあ」

過度のアドレナリンを分泌し興奮状態にある脳が欲するだけのガス交換が自動的に行われている。
各部の過熱も酷く、残電力はセーフモード直前の容量しかない。

敵は動かなかった。

「はあ、はあ……」

緊張が解けたあたりでNOTICEを送信する。

【NOTICE/SEND>MONICA_VALENTINE】
【>CLEAR】

【よくやったボウイ、こちとら残勢力と交戦中、損害1】

【>行った方がいいかい】

【ガス欠寸前で何言ってんだか。すぐ終わるから目標の回収に行きな】

【>アイアイ】

ニュービーが一人死んだようだが、これもまた致し方が無い。
今のジェイクは戦闘マシーンの如きメンタルで心身をコントロールしている、センチメントは後回しだ。
呼吸も落ち着いてきたところで、ジェイクは踵を返そうとした。

直後。

【EMG-NOTICE/Ц│?Ц│?Ц│2Ц│?Ц┌┴Ц│└Ц│?】
【DISTANT>>>VERY NEAR】

緊急通知、発信者□□□□□(情報破損)
発信源、ごく近い。

サイボーグには緊急時、例えばボディのバッテリー切れを含む再起不可能な不具合であったり、生理部分の異常で生命に危険が及ぶ場合にこのような緊急通信を発信することができる。
だが、今ジェイクが受け取ったこの通知は、発信者がマスキングされている。
明らかに救難を意図したものではない。

「……【censored】」

ジェイクは残された電力を可能な範囲でセキュリティに割り振り、回線を開いた。

【EMG-NOTICE/Ц│?Ц│?Ц│2Ц│?Ц┌┴Ц│└Ц│?】
【強いじゃないか】

【>そらどーも】

【良いセンスをしている。久々に遊びすぎてしまった】

旧世紀のIRCを祖先にもつ通知システムNOTICEは、言語野で記述した文章イメージを相手に送り込む。
受信した電脳はイメージファイル通りに言葉を再生し、それに添付された合成声紋データを加えて脳に直接送り込む。

【>おっさん? おねーさん? わかんねえけど、アンタ、生きてるの……?】

【残念ながら男だ、それに生きている】

【>だろうね、まあ、女だとして嬉しかねーけど】

【LOL】

古き良きネットスラングを会話に織り込むのはファッションとしては極めてクールだ。
文章データ上ではアルファベット三文字に過ぎない含み笑いもジェイクの脳内では神経をくすぐるようにクスクスと表現されている。

【>それで? オレはもう降参だぜ】

【此方もだ、知覚と補助電脳をすべて持っていかれて再起不能さ】

【>じゃあアレか、命乞いか】

【その必要があるのであれば】

【>冗談、そんな趣味はねえよ】

【LOL LOL】

付き合いきれなくなったジェイクは踵を返した。

【ヴィクター】

「……あ?」

思いがけない敵の名乗りにジェイクは物理的に発声する。

【貴様の名は】

僅かの間の思索。

【>ジェイク】

【また遭える日が来るのを楽しみに待つことにしよう、ジェイク】
【-OFFLINE-】

ヴィクターと名乗る男は一方的に回線を切り、再び死体のように動かなくなった。




「来ないで!!」

ジェイクの姿を見た少女は予想通りの反応を見せた。

「あー、エクシア代行だ、助けに来た」

「嘘よ、サイボーグは嘘つきだもん」

「なんだそりゃ……」

二人の少女のうち、饒舌なのは幼い方だ。
年上、姉と予想される方は青ざめたまま震えて動かない。

「サイボーグは顔がないから平気で嘘を吐くって」

「一理あるな、とはいえ嘘じゃない、何のために灰色オバケやっつけたと思ってんだよ」

「……彼が死んだの」

姉の方が口を開いた。

「……や、死んでねーけど」

「……そう」

姉の表情は強ばったままだ。

「優しかったわ彼、あの人だけが」

「マジか」

「あの人言ってた、手違いだって、目的と私たちの誘拐は関係ないって」

ジェイクは首を傾げる。

「でも嘘よ、優しくしてたのは私達が商品だからでしょ、サイボーグは何でも簡単に壊せるんだから」

サイボーグ。
その言葉、その視線はジェイクに向けられている。

「母さん、言ってたわ。サイボーグが人間だなんて嘘よ。人間以上の力を手に入れて。心まで機械になってしまったって」

「……」

言いたいことは多々あったが、少女の目がまだ何かを訴えたがっているのを察してジェイクは口を嗣ぐんだ。
僅かの間の後に、 少女は震える声で絞り出すように言った。

「母さん、殺されたのよ。何年も前に……機械になった父さんにね」



帰社したジェイクの持ち帰ったデータは随分と有用であったらしく、モンスーノの担当研究員は気前良くフレームメンテナンスまで無料で引き受けた。
新素材の樹脂ダンパーと軽量鋼の複合材で構成されたフレームはあれほど激しい格闘戦でも殆ど損傷無く、ダンパーは来月にも流通することになりそうだ。

「よう」

「……ん」

“友人”はラボの外で待っていた。

「浮かないカオしてんな」

「かわんねーだろ、顔」

「雰囲気でわかるよ」

ディーゼルは相変わらずあっけらかんと答えた。
対するジェイクに表情を作るような顔の構成要素は無い。
友達同様の張り出したバイザー、マイクロ複眼型光学カメラ、顎の後ろには試験中の電磁波関知式非光学カメラのインテーク。
そしてその流線型の頭部には至るところに対弾ポリマー装甲の小さな傷を修復するナノパッチが貼り付けられ、子供が玩具のロボットに絆創膏を貼り付けたような滑稽さが滲み出ているだけである。

「で、なんか用かい、凝り性(アーティスト)さん」

「ハルコネンマシナリー・モンスーノが骨幹ダンパーの新作出すって噂聞いてサー」

「え、あ、うん、今モニターしてるけど……」

「やっぱりなー、そんな気はしてたんだよなー」

ジェイクは少しだけ、何か気の利いた言葉でも飛び出すんじゃないかと期待していた。
だがその素振りも見せないディーゼルに小さく肩を落とす。

その落とした肩に、ディーゼルは静かに手を添えた。

「呑みいくぞ、ほら」

「……え、なんでまた」

「浮かないカオしてるから」

僅かの間。

「……何か気ィ使ってる?」

「それなりに」

その率直さに再び肩を落とす。

「いいよ別に、帰って寝るし」

「そうかい」

「……」

「……」

「……なあ」

ジェイクが切り出した。



「オレたちさ、何で生きてんのかな」



ディーゼルは少し戸惑った。

「流行りのゼンって奴?」

「ちげえよ」

いつになく、鋭くも力無さげな語気にディーゼルはわずかに恐縮する。

「……さぁてねえ、おれなんか人工生物だし、勝手に造られて勝手にノーミソいじくられてるし、わかんねえや」

「……すまん」

「いや別に。現状には満足してるし」

恐竜のような足を曲げてディーゼルは友の隣に座る。

「いいんじゃないの、生きればさ、生まれちまったからにはさ」

「そう言う問題?」

「火は着けば燃えるし水は滴れば流れる。生まれたからには死ぬまで生きる、おれは、そんだけ」

「……簡単なやつ」

「生きるってさ、生まれてさえこれりゃあ誰でもできるんだよ、てめえらで難しくしてるだけでさ」

「……」

ディーゼルは夜空を見つめる。
厚い排ガスの雲間から、“ひび割れた三日月”が覗いていた。

「……生まれて当たり前のように生きられないやつは“生まれそこない”なのさ、誰かが“生かしてくれる”って思っててめえのケツもフケねえうちは、まだかーちゃんのハラん中さ」

「生まれた先が幸せじゃねえ奴もいるぜ」

「それとこれとは別問題さ、生まれてこなけりゃ不幸にもなれねえ」

「……そらそーだなあ」

「だからよ」

諭しながらもディーゼルは尻のスタビライザーを揺らしていた。

「“生まれた”ヤツは、てめえから幸せに成る努力をして初めて、“生きてる”ってことになるんじゃねーかね」

「……」

押し黙ったジェイクの顔をディーゼルが覗きこむ。

「……たぶんオレ、今夜ベロベロになるから独りで帰れなくなるぞ」

「おー、構わねえよ」

相手が引き下がらないのをジェイクは解っていたし、一度引かなければ誘い出せない偏屈な相手であることをディーゼルは知っている。
腐れ縁というのはこうもメソッド化されていてもどうやら機械化には至らないらしい。

それがなんだか可笑しくなって、ジェイクは小さく鼻で笑った。



【file//:6th_haven#02"born_slippy".mnq>END OF LINE】
【>exit】


最終更新:2019年08月01日 15:26