例えば今でも稀に降り注ぐ攻撃衛星やら何やらの欠片が、居住区を掠めて大変な騒ぎになることはそう珍しいことではない。
覗き見ることは出来てもかつてのように到達する事の叶わなくなった月と地球の間には、大戦時に撒き散らされた残骸がそれこそ星の数ほど飛び回っていて、夜空に時折美しい軌跡だけを残して燃え尽きていく。
その中には辛うじて地表に到達するものも僅かながらに存在していて、このような形で旧時代の痕跡を目の当たりにする度に、多くの情報が揮発してなお爪痕を残す大戦の凄まじさというものが人々の胸中に様々な形で去来する。
今回もまた、第六ヘイヴンから遥か北西の大地に旧文明の痕跡が飛来し大地に大穴を穿った訳なのだが、この“飛来物”が世界政府的にとんでもないものであったらしく、旧第五ヘイヴンに建造されていた統合科学研究所に運ばれ研究者が集められた事が様々な噂を呼び起こしている。
「で、今度はテロ予告……か」
「エリア51じゃあるまいし、なあ」
輸送機内で装備を確認しながらジェイクはディーゼルに対しておどけてみせる。
統合科学研究所から流出したとされる噂の飛来物の画像が物議を醸し出す中でのことだ。
事実の公表と仮に真実であるならば飛来物の“返還”を求めてテロリストからの攻撃予告がネット上に拡散されており、研究所から“一応の”防衛依頼が各PMCへ送信されていた。
拡散画像もテロ予告も、共に信憑性皆無のソースであるため、それを依頼主も承知の上なのか、基本報酬額は少なく他の手当てが付いて初めてまともな額面になる事から興味を示す者は殆どおらず、二人は半ば野次馬ついでの極めて不真面目な心境でこのミッションに参加していた。
「どーだかねー、いちいち画像コラージュして作るような暇人がこのご時世で居るとは思えないし」
「だからこそ、なんでねーの」
「いやいや実際テロ予告とかされちゃってんじゃん、それがバレたら命が無ぇよ」
「マジか」
「マジだ」
ディーゼルがおどけて返したその直後、目的地に到着する旨のアナウンスが会話を一時的に中断させる。
「……例の画像共有できる?」
「おう、いいけど」
即座にディーゼルから画像ファイルの添付されたNOTICEが送信されてきた。
その画像に写るもの。
防護服の集団
焼け焦げた残骸
そのほぼ中心に横たわる
流線型の、宇宙人。
フィクションで良くある人口爆発とは無縁だった歴史の上で月面コロニーの建造は専ら宇宙開発の前線基地としての意味合いが強かった。
地球上から宇宙へ梯子を掛けると唱われ実行された“軌道エレベーター”の建造も、未だ技術が未熟な内から着手されたが為に思いの他コストが嵩み、完成時には既にスペースシャトルが十数機が打ち上げられたであろう金額が消しとんでいた。
当時のメディアが好んだ皮肉な表現を再現するとすれば“初の全国家共同宇宙プロジェクトの記念碑としては意味の在る存在”というのが高尚な科学への情熱ややんごとなき人々の思惑とは無縁の一般民衆の見解であったことは否定できない。
その曰く付きのエレベーター“VERTEX”を半ば国家の意地でフル稼働させ次なる全線基地、月の開発は行われた。
確かに月面まで物資を運ぶコストは明らかに少額で済み軌道エレベーターの建造意義は歴史上では無意味に終わらなかったが、既に国費を大分注ぎ込んだことに世論は完全に節約ムードに支配されていて、ならば月面にマスドライバーでも建造した方がより低コストで外宇宙を目指せるのではという意見が大半であり、予算の面でもそれは現実味を帯びていた訳だ。
こうして誕生した第一号月面都市は、建造中に偶然月のレゴリスの下から、地球上で極めて稀にしか発見できなかった特殊精製すると常温超電導物質化するレアメタルが高確率で発見、大量採掘されたり、それにより急成長した量子科学が事実上の惑星間通信を実用化したりと産業面でそれまでのネガティブな感情を十分に覆すに値する存在になっていた事から即座に数々の企業が流れ込む事になり、月面には地球の比にならない速度で次々と都市が作り出されていった。
月面都市からの光は地球からも容易に観測でき、十年も経った頃には蜘蛛の巣のように張り巡らされた物資輸送のためのパイプラインが月の影に美しく浮かび上がり、まるで月がひび割れたガラスのように見えるのが流行歌の中に歌われる程であった。
そんなロマンチックな情景の裏側で、月と地球との間では経済的な緊張状態が日増しに強まっている事に、地球に生きる一般人は誰一人と気づかなかった。
木星に送り込んだ無人のヘリウム3採掘艦が、最初の核融合燃料をラグランジュ点に在るマスキャッチャーへ電磁パチンコの通称で知られる巨大レールガンを用いて射出し到達する頃には、月と地球の関係はピークに達していた。
地球に先んじて政府より企業が強い力を持つようになり、また月面生活者の自給自足が僅かながら成り立つようになり、あたかもそれが当然であるかのように月は地球からの独立自治権を主張し始める。
無論この裏には地球との貿易によって巨額の富を得ようとする月面企業の単純な思惑があるのは明白だった。
そもそも飽くまでも“国際プロジェクト”のつもりであった世界政府にそんなつもりは毛頭無く、世界政府と企業の確執は徐々に地球人類と月面労働者の個人単位にまで飛び火する。
再三の要求をはね除け、再三の労働者のストライキに業を煮やした世界政府はついに月への経済制裁に踏み切り、あらゆる援助を停止。
そうすると月面企業の親会社である地球企業の多くがそれに反発。
そして企業に強く癒着していた当時の国家の多くが次々と連盟を離脱し、一つ屋根の元で宇宙開発を志していた国々は極度の緊張を以って再び分裂していく。
それでも辛うじて保たれていた月と地球のバランスは、月面で台頭してきた宗教系過激派組織からの地球攻撃によって崩壊する。
過激派組織によるマスドライバー施設の武力占拠。
核廃棄物を詰めた弾頭をマスドライバーで射出しての無差別地表爆撃。
そして地球は即座に配備されたばかりの宇宙軍を派遣し軍事報復を開始。
人類史上初の宇宙戦争の火蓋が切って落とされた。
「どうも、お世話になっております」
研究所のホールの床には、月と地球を包み込む天使の図案が戦中に撒き散らされた兵器の欠片を集めて作られたモザイク画で表現されている。
反戦の思いを込めたアーティストの作品であるらしいが、その思いはどこか少し的を外しているようである。
二人を出迎えた“さらりまん”風の研究員は、張り付いたような笑顔で会釈した。
「ネット上の嫌がらせで済めば良いのですが、万が一の時はお願いします」
さらりまん男の言葉の端々からも緊迫感は感じ取れない。
「結局あの画像は事実無根なワケ?」
「ええ、恐らくはコラージュでしょう」
「……そうかい」
好奇心が打ち破られたディーゼルは少々落胆した。
「結局のところ、飛来物って何だったんです?」
「守秘義務があります」
「防衛する側として、防衛対象の内容や規模、危険性等の明示が必要です、それにより守備範囲の集中などの戦術面でのプランニングを変更しなければなりません」
沸き上がる笑いを必死に堪えながら即席で用意した文面をジェイクが読み上げる。
「北棟地下三階の第二非破壊検査室が防衛対象になります。守秘義務がありますので詳細はお答えしかねますが……旧世界の兵器の主要部で強い放射線を放っています、そのため、検査室周辺は立ち入り禁止となっています」
「マジか」
「ならそう公表して誤解を解けばいいのに」
さらりまん男から笑顔が消える。
「放射性物質を含む兵器の存在など仄めかせば、それが喩え平和利用の為の研究であってもテロリズムの標的になります、当然のリスクマネジメントです。理由なんて、一つで十分ですよ」
男はそのまま踵を返して退室した。
その間、二人はさらりまん男の必死な営業スマイルに対してNOTICEでLOLの三文字を頻りに飛ばし合っていた訳だが。
「さあて、どうするべ」
「やることやるべ」
サイボーグ同士には見える感情アイコンが、二人の顔の横に子憎たらしいスマイルを浮かべていた。
統合科学研究所は旧時代に閉鎖されていたのを再稼働した原子力発電所に併設されている。
核融合発電が可能になった現在では発電所を攻撃されても大きな被害は生じないため、攻撃を受ける可能性は低いとして二人は件の北棟を主防衛拠点として設定した。
【NOTICE/JAKE_JETTISON】
【どうだい凝り性さん】
【>んーまあ、対空装備があるのはありがたいかな】
ディーゼルは警備主任から借用したビジター権限でセキュリティシステムにログインし、独自のAIプログラムを走らせる。
【>流石だね、穴だらけ】
【カバーは?】
【>手持ち装備でいけると思うよ】
物理身体に転じたディーゼルは、巨体を包む対爆コートの内側に仕込むケースを取り出した。
「おはよう子供たち、あとはヨロシク」
ディーゼルがケースを逆さにすると、直径3センチ程の黒い球体が十数個床に転げ落ちた。
球体は数度床を跳ねた後に、三本の脚を開いて着地。
球体頂部に備えられたカメラをクリクリと僅かに動かし、表面にコーティングされている人工色素胞をマイクロレベルで操作し、風景に馴染むようボディーカラーを変化させる。
それが終われば球体型プローブ(探査機)は、各々が脚を昆虫の如く巧みに用いて壁をよじ登ったり、通風口へ転がり込んだり、重心を巧みに変えながら床を転がっていき、ディーゼルが指示したセキュリティの穴へと配置されていく。
「……」
ディーゼルの意識が電脳界へ“転じ”、先程撒いたプローブのひとつにクローズアップする。
通気口からエアダクトを通り、セキュリティルームに到達したプローブは、巧みに機材の隙間を潜り抜け、静かに天井を伝いながら、メインコンソールへと歩み寄る。
警備担当者はそれに気づかないまま、拾い物らしいボロボロの表紙のポルノコミックを読み漁っていた。
十分な解像度が得られそうな場所にプローブは停止し、メインカメラをモニターに向ける。
ちらつくモニターのモアレを専用のフィルターにかけて除去すると、第二非破壊検査室内の映像が浮かび上がる。
丁度円形のスキャナの中から滑り出してくるその存在は、
まぎれもなく、件の画像に写し出されたあの“宇宙人”であった。
【NOTICE/DSL-0013】
【bull's-eye】
【>マジかよ】
すかさず画像が添付されてくる。
【>やべえ変な笑い出ちゃったLOL】
【流石にここからじゃ詳細までは探れないな】
【>首つっこむなキャトられるぞLOL】
【しかしまあこりゃガチだなあ、研究所は隠し通すだろうし、テロリストに】
【*!!CAUTION:飛翔体 接近中 約60秒後に最接近】
【*!!CAUTION:飛翔体 からの攻撃を確認しました】
【*!!CAUTION:CIWS ACTIVE>交戦開始】
二人のホットラインの間にセキュリティシステムからの緊急通知が挿入されてくる。
同時にジェイクは頭上で響く爆発音と僅かな振動を関知した。
【NOTICE/DSL-0013】
【やっこさん本気で来ちまったぜ】
【>墜とせるか?】
【たぶん無理、ていうか】
【システム上ですげー勢いで攻撃受けてるんだよね】
ディーゼルは自前の防壁迷路を研究所警備システムの処理限界ギリギリで走らせたが、敵は極めて装備の充実した、その上でかなりの能力を持つハッカーらしい。
対するディーゼルも敵飛翔体……大型の輸送ヘリが腹に抱える、侵入に使用しているらしきパラボラアンテナにアンカーし、逆探知に努めてはいるが、敵もかなり分厚い防壁を展開しており突破は難しい。
恐らくこの敵に立ち向かうには要塞級の防壁が必要で、無論テロリスト相手にそれほどの警戒をする人間は居ないだろう。
「ッ!?」
防壁デッキが処理限界で回路から白煙を吐くと同時に、身代わり囮(デコイ)のニューロチップが焼ききられる。
セキュリティシステムは即座に掌握された。
【*!!CAUTION:レベル 5 通信障害発生中】
【*周辺 1 km 圏外の電波通信不可】
【NOTICE/SEND>ALL】
【>此方WARP.PMC! 敵ハッカーの攻撃によりセキュリティが制圧された! 下手に動いたら死ぬぞ!】
同時に隔壁が勝手に作動し、ディーゼルは通路に幽閉された。
【NOTICE/JUNICHI_OGASAWARA】
【どういうことかね君!】
【>不測の事態だ、無理に抵抗するな!】
【/kick:JUNICHI_OGASAWARA】
状況の混乱の元と判断したディーゼルはチャンネルからさらりまん男を蹴り出した。
【NOTICE/KARNAL_DEEN】
【こちら警備主任、隔壁の鍵が書き換えられた、どうしたらいい!?】
【>独自ラインのカメラ映像を共有する】
【>現在扉の鍵を特定中、アンカー次第連絡するから所員の安全を確保】
【>隔壁はアテにするな!】
【了解した】
【NOTICE/JAKE_JETTISON】
【敵の降下を肉眼で確認】
入れ違いでジェイクからの通知。
【>数は?】
【二人】
【派手にやる気はないみたいだぜ】
【>バックにハッカー、クールな奴】
【>大分不利だな】
【とんだ貧乏くじだぜ、やることやんねーと損害賠償だ】
【>警備はザルだし、やってらんねえよ】
ディーゼルは意識下で敵とのデータ上書き合戦の進捗を一別する。
幸いにも敵はすでに侵入した部隊のサポートにリソースを割き始めたようだ。
「なるだけやりたかねーけどな」
そう呟いてディーゼルはプログラムを走らせる。
突然開きだした隔壁にジェイクは一瞬困惑する。
【NOTICE/DSL-0013(forALL)】
【隔壁の制御中枢に強制リンクして掌握】
【所員の避難ルートイメージ転送】
【警備主任あとは任せた!】
【NOTICE/DSL-0013】
【ジェイク、此方で隔壁を操作して敵と所員を分断した後、制御システムを破壊してリンクを強制切断するぞ】
【ルート構築イメージ転送、ヨロシク!】
ディーゼルからのイメージファイルがリアルタイム転送されてくる。
「【censored】ッ、無茶やりやがる!」
通路を疾走するジェイクの後ろで防火隔壁が再び閉じ始める。
どのルートの隔壁が閉ざされるのかはディーゼルから転送されてくるイメージで何となく理解できる。
自分の頭のなかでちがう人間が念じた通りに隔壁が閉じていくのは非常に気味が悪い。
疑似クオリアプログラミング技術でこの様にファジーで曖昧な感覚をも共有出来るようになったことは科学として喜ばしいことかも知れないが、まるで友人の生き霊が取り憑いたかのようなこの感覚はやはり何処と無く不気味だ。
「ちぃッ」
隔壁の開いている通路から、黒い小さな飛翔体が高速で数機飛び込んできた。
ダクテッドファンに電磁ニードルガン無理矢理くくりつけた、ジェイクの使用するUAVの従兄弟のようなものだ。
興奮したスズメバチよろしくフラフラと飛び回りながら、帯電した針を装甲の隙間を狙って撃ち込んでくる。
携行弾数は少ないだろうが、神経系をやられたらただではすまない。
このドローンと通称される兵器系統は対費用が割安でかつ有効な奇襲手段であるため、テロリスト御用達の代物だった。
「本格的じゃねえか【censored】ッ!」
足を止めればたちまちドローンの餌食だ。
サブマシンガンで弾幕を張りつつ、ジェイクは駆ける。
【NOTICE/DSL-0013】
【左3ブロック先からドローン第二波】
ディーゼルの言葉を信じ、次のドローン群を誘い出す様にジェイクはルートを構築する。
そして振り向き様、合流し十数機の大群と化したドローン軍に向けて一発の爆弾を投げつけた。
爆弾は確かに破裂したが火炎などを撒き散らすことなく、それでいてすべてのドローンを墜落させた。
炸裂と同時に放射された電磁パルスが電子機器を中から破壊したのだ。
旧世紀ではこの効果を得るためにわざわざ核爆発を用いていたそうたが今ではそれが馬鹿らしくなるほどクリーンな方法で十分な結果を得ることができる。
【NOTICE/DSL-0013】
【右の】
【>ENCOUNTER】
ディーゼルの言葉より早く敵の存在を彼のイメージから感じ取ったジェイクは、即座にグレネードのトリガーに指をかけて加速した。
アークジェット点火。
閃光と共にジェイクの身体は跳ね飛び、閉じる隔壁に向け飛び出した。
すかさず彼は背を丸め、垂直に壁を蹴り、曲がり角の敵に向けて飛びかかる。
再点火。
彼の身体は空中で鋭く回転し、その遠心力は彼の蹴りを降り下ろされた斬首斧に変える。
しかし。
「ッ!?」
あたかも敵はその予測不可能の回転を読んでいたかのごとく、容易くその軌道から逃れ、優しく撫でるような体術にそぐわぬ手振りでそのベクトルを偏向してしまう。
力の軌道を曲げられたジェイクは斬り揉み回転し、その運動エネルギーで床に叩きつけられる。
「……な……」
それがあまりに静かで突然であった為にジェイクは一瞬戸惑いを見せてしまった。
そしてその一瞬を“致命的な隙”にまで延長してしまった。
その敵の姿に。
「……命乞いをするか」
敵は問うた。
「……“その必要があるのであれば”」
抵抗したサイボーグの警備主任が四肢を奪われた以外は所員に怪我もなく、さらに降下してきた四人のテロリストにより研究所は制圧された。
無関係のPMCであるジェイクとディーゼルは、装備を奪われた上で別室に軟禁された。
「賠償保険、下りるかなあ」
「下りるだろ、発端は研究所側のリスクマネジメントの問題だし」
「……緊張感の無い連中だな」
灰色の男がぼやく。
「大体、なんでこう短い期間で遭わなきゃなんねえんだよ、ヴィクターさんとやら」
「え、知り合い?」
ジェイクが声を掛けた灰色の男はクスクスと肩を揺らした。
「ちょっと前のミッションで顔合わせたバウンサーだよ」
「“あの時は”だな。今は本業だ」
かく言うヴィクターも異様にリラックスした様子だった。
勝利者の余裕なのか、死者の諦念か。
「……お喋りな奴だな」
「目的はほぼ果たしている。無駄な破壊行為の必要はないし、無意味な主張も無い」
武器を構えたままの姿勢ではあるが、ヴィクターの口調は物腰柔らかく紳士的である。
それがテロリストとしてかえって不気味だった。
「だが我々は我々の目的の障害に対して無慈悲である。余計な口出しで命を失う前に静かにしていることだ」
「おーこわ……」
ディーゼルはそう呟いて省電力モードに移行した。
それからの静寂。
【NOTICE/VICTOR_D_MEDVEDEV】
「ぶッ」
「何だ?」
「なんでもねえよッ」
突然の通知、或いは敵の意味不明の茶目っ気にジェイクは面食らった。
【NOTICE/SEND>VICTOR_D_MEDVEDEV】
【>何でオレのチャンネル知ってるんだよ!】
【以前、貴様が俺を倒した際にwhoisさせてもらった】
【>いい加減オレをオモチャにするのを止めろ】
【LOL】
直接の敵では無いとは言え、二度も襲撃してきた相手に冗談半分でNOTICEを送信してくるヴィクターの正気を疑う。
いや、始めから、首なしの状態でアプローチしてきたその時から、この男の感覚は既にズレていたのだろう。
【気にならないか】
【>何がだ】
【我々のことだ】
【我々の組織、我々の目的】
【>気味の悪い奴め】
【>生憎オレたちは悲しきプログラムさ】
【>ただ、指示された通りに、指示された結果を出力する】
【>CALL and RESPONSE】
【>ただ、そんだけ】
【詩人だな、お前は】
その身の毛の弥立ったであろう程の表現をそっくりそのまま返してやりたかった。
【でだ、我々のことが知りたくはないか?】
【>聞きたくないと言ってもどうせ語りだすんだろ】
【よろしい、ならば話は終わりだ】
【-OFFLINE-】
蛍光灯が微かに放つノイズすら煩わしく感じるほどの静寂。
【NOTICE/SEND>VICTOR_D_MEDVEDEV】
【>このサディストの *censored* 野郎め】
【LOLOLOLOL】
ジェイクは自身の野次馬を御せなかった。
【>好きなように語るがいいさ、お前ら、何者なんだよ】
そのNOTICEが受信された少しの後に、ヴィクターは蜘蛛を彷彿とさせる強面の頭部をジェイクに向けた。
【我々はREUNION-CAMAL、我々の目的は“月への帰還”である】
石油燃料が枯渇し経済的にも政治的にも不安定になっていた中東の国々は、その打開策を宇宙に見いだした。
VERTEXを通じて次々と月面を開拓し、そのレゴリス砂から最初のヘリウム3を採取し、さらに常温超伝導鉱原石を発見して世界に夢の核融合エネルギーをもたらしたのは彼らであり、中東の目論見は成功であったと言えるだろう。
だが、月での労働生活は地上からの需要が増えれば増えるほど過酷さを増していき、次々と労働者が送り込まれ急激に人口密度は上昇、トラブルも増えていく。
しかし、その中でも憲明な人々は、労働者達を団結させ閉ざされた月面で逞しく生き残るために尽力を惜しまなかった。
最も手っ取り早い方法が宗教だった。
そもそも熱心な宗教家が多く、表現の仕方は異なれど同じ神を崇拝する者同士であれば手を取り合わせるのは然程難しい課題ではなかった。
地上で生活してきたころから様変わりしたライフスタイルに合わせて教義のディテールも変化した。
もとより神性視されていた月面で暮らすことを歓びとして教え、労働者に自信と安らぎを持たせるよう努めた。
こうして彼らは、長い歴史の中で初めて宇宙で生まれた神聖なる教義のもと、過酷な環境下で自身を切磋琢磨する素晴らしい修験者として生まれ変わった。
だからこそ、母なる祖国、母なる地球に裏切られた時の彼らの怒りは大地を汚す放射性物質弾による地上爆撃にまで燃え上がり、それが月と地球の血で血を洗う抗争に発展する。
明確な戦力差に粛清は一瞬で完了すると地球の人々は考えていたが、月面には世界的に重要な生産設備が密集し、月の民がそれらを盾に応戦し、また地球軍の宇宙戦艦の配備数が明確に少なく、それらも月面テロリストの捨て身の自爆攻撃に成す術無く沈められていった。
さらに地上では、彼らの同志であった中東系企業のエネルギー輸出停止と武力介入、どさくさに紛れてこの戦争を聖戦であるとして蜂起し手前勝手な主張を始めた過激派組織によるテロリズムなどに飛び火し、情勢は瞬く間に悪化していく。
宇宙でも、軍事転用を予見した地球からのハッキングにより木星のヘリウム3採掘艦が自爆し、エネルギー面で有利だった月面は未来の“経済的武器”を失う。
互いに追い詰められ緊張がピークに達した時、遂に地球は“人類史上最悪の脅迫”を行うに至る。
そして、最悪の結果が訪れた。
最後の宇宙戦艦に搭載されようとしていた七発の“最終兵器”は、戦略衛星基地の爆発に巻き込まれ、制御を失った戦艦と共に地球の重力に囚われた。
そのうちの四発は軌道上で衛星基地もろとも爆発し、真夜中の太陽の如く地表を照らし、オーロラと共に観測された。
残る三発は戦艦と共に大気圏に突入。
焼かれた重装甲から脱落した最初の一発は成層圏で爆発し大陸の半分を死の世界に変え、残る二発も原型を留めないまでに焼きただれた戦艦から順番に地表へ落下し、一瞬で大陸を抉り取った。
そのときの光景は、地表に三つの太陽が生じたようだ、と記録には形容されている。
月の敬虔な宗教家達はこれを神の怒りに準えた。
戦争どころか人類の存亡に係る問題に発展した地球人類にそれ以上の戦闘行動を継続する余力は当然無く、また帰る場所をなくした月の民は静かに停戦を受け入れた後、地球とのあらゆる連絡を断って喪に服すかの様に沈黙した。
荒廃し、降り注いだ放射性物質で汚染された大地で、怯えるように生き残った人々は寄り集まり、いくつかの集落ができた。
ある企業連合がヘイヴンなる大規模集落を作り出すと、自らの舵を取ることすら放棄してしまった人々は惰性でそこに吹き溜まった。
月は何も言わずにただ地球の黄昏を見つめていた。
【NOTICE/SEND>VICTOR_D_MEDVEDEV】
【>月への帰還?】
【左様】
【>なんで? ていうか、理解が追い付かない】
【戦時中、月からは何人もの同志が地球へ降り立ち、様々な工作や諜報を行ってきた】
【だが、Allahの怒りが地を焼き、月への帰還が困難になり、同志は穢れた大地に取り残された】
【我々はその末裔である】
【>末裔ってもさあ】
【>いや、気持ちはわからないでもないけど】
【>なんつーか、メリットが無いんじゃないかなあ】
ジェイクには上手く胸中の引っ掛かり、去来する違和感を言語化することが出来なかった。
【>だってさ】
【>取り残されたってことはさ】
否、彼の経験情報からそれを表現することは可能だった。
だからこそ、ジェイクは相手を激昂させることの無いよう慎重に成らざるを得なかったのだ。
【言うがいい】
【我々の信念は揺らがない】
NOTICEからは流石にヴィクターの胸中を窺い知ることは出来ない。
【>スケールからしたら大した事じゃないんだけど】
【>オレも家族の為に稼ぐのにサイボーグになったとたん、家族から拒否されてたりするからさ】
【>なんつーか、和解するにも時間が掛かりすぎたかなって】
数十秒の間。
【>なんてね】
そう付け加えることで表現を柔らかくしようと試みたが、ヴィクターは応じない。
しかし。
「……ジェイク=ジェットソン」
「へ?」
「我々の導師(グル)に逢わせる」
「……おいおいおい待てって」
突然の発言にジェイクは慌てふためいた。
その様子にディーゼルも思わずスリープを解く。
「怒らせるつもりは無かったから、そんなつもりは」
「これは導師の決定である」
「えっ何ッ、オープンチャンネルだったのかよッ、流石にそれはッ」
「来い」
ヴィクターはジェイクに銃口を向けた。
「……あのー、おれは?」
「狗はそこで寝ていろ」
「イッ!?」
ディーゼルが驚愕の声を挙げると同時に、別のサイボーグが入室して彼に銃口を向けた。
それに入れ替わるように、ヴィクターはジェイクを連れて部屋を出た。
【NOTICE/SEND>DSL-0013】
【>ノッてるかい?】
【一応ね】
歩くジェイクのカーゴパンツの尻ポケットに、ディーゼルのプローブが噛みつきぶら下がっている。
これは軟禁されていた部屋の死角に仕掛けられていた一機で、敵に気づかれないうちに取り付いていたのだ。
【あんまりサポートには期待するなよ】
【さっきクールなハッカーが居るって言ったろ】
【恐らくおれたちの通信から登録してある素性まで丸々全部お見遠しだぜ】
【>*censord*】
二人のサイボーグは黙々と歩みを進めていく。
「なあ」
発声したジェイクをヴィクターの複眼が睨む。
「怒るなよ、同情はしてるんだぜ」
「そうではない、導師は純粋な興味の上でお前との邂逅を希望している」
「マジか……それって勧誘?」
「貴様がそう捉えるのであればそれで良い」
「マジか……」
一階エレベーターホール。
そこに座す者に、ジェイクは僅かな“威圧感”を覚えた。
「……“彼”かな」
「そうだ」
一瞬、その“人物”をどの様に形容するべきか戸惑った。
おそらくは重機に由来するであろうイエローオーカー色の巨大な筐体。
背部(に相当するだろう場所)には、身体の大部分を占める厳しい半球型シルエットの謎の機関が昆虫の様に張り出し、それを支える二対のシンプルな脚が飛び出している。
最も近い言葉で表すならば、蜘蛛型の重戦車を連想する。
「……」
四本の脚で丁寧にステップを踏みながら、機械蜘蛛がこちらに向き返る。
扁平な頭部の向かって左側に二対のカメラ。
何処と無くだが、非対称のデザインがレトロなロボットを連想させる妙に味わい深い顔つきだった。
パーツマニアのディーゼルがその場に居たら大変な事になっていただろう。
だが完全に人としてのアイデンティティを放棄したその姿に、同じ全身機械のジェイクは胸中に寒々しい畏怖の感情を覚えた。
『度重なる非礼を詫びよう、ジェイク=ジェットソン』
抑揚の無い、機械的で均一な、それでいて楽器のような印象も受ける特徴的な合成音声。
『君の同席を望んだのは単にわたしの我儘だ、他意はない』
「勘弁してほしいとこだよ」
『全くだ、だが、君にとっても貴重な体験になるのは間違いないだろう』
機械蜘蛛の真意は隣で黙すヴィクター以上に計り知れない。
つくづく不気味な集団である。
だがこういう物事に関して言えば、恐らく昔からこうなのだろう。
訳のわからないまま連れ出され、訳のわからないまま拘束される。
そして訳のわからない演説を聞かされながら、訳のわからないままカメラの前で殺されるのかもしれない。
「あのさあ」
ジェイクの胸の高さにある蜘蛛の頭が彼を見上げる。
「そう思うならせめてアダ名くらいは教えてくんないかな、コミュニケーションしづらいんだよ」
『如何にもだ』
機械蜘蛛は応じた。
『わたしはアラム=アルハザート=アズラエル、リユニオン=カマル月面帰還戦線の代表である』
「アラム……」
アラムはヴィクターを促し、再びジェイクの背に銃口を向けさせる。
『では向かうとしよう、君には真実の証人になって頂く』
こうしてジェイクはされるがままにエレベーターホールから地下へと向かった。
北棟地下へ向かう巨大なエレベーターは斜めに穿たれた正方形の空間を忍び足で下っていく。
ジェイクの相棒が頭のなかに秘めている件の“魔神の眼”をより大がかりで巨大なものにしたような設備がこの地下にはあって、得体の知れないものを少ない刺激で探ることができるのだそうだ。
月面帰還戦線を名乗るこのテロリストと件の宇宙人の関連はわからない。
一緒に宇宙に帰るつもりなのか、はたまた彼が乗って来たのだろうアダムスキー型円盤的な未知の飛行物体が目当てなのか。
「あー、ミスタ・アラム?」
不意にジェイクが発声した。
「別にさ、答えなくてもいいんだけど……」
銃を向けようとしたヴィクターをアラムは制した。
「大したことじゃないよ、なんで、オレだったのかなって」
ごうごうと鈍く響く風の音がその後から追いかける。
『わたしは、君たちと交戦している間にWARP.PMCのサーバから君たちの情報を失礼ながら閲覧させてもらった』
「まあ……そんな気はしてたけど」
『君にとっては傍迷惑な話だろうが、君のプロファイルに我々は協調できうる部分があった。理由としてはそんな所だ』
「勧誘はお断りだよ、断ったら殺すかい?」
『その心配は無い、我々は無用の破壊を行わない』
ジェイクは怪訝な心境だった。
『市民登録名ジェイク=ジェットソン、十中八九は偽名だろうが……今となっては身を捨て名を捨て、新たに生まれ変わるのは決して忌むべき行動ではない』
「まぁ、あんたもそうだろうけど」
『わたしは君のセンスを評価する、経歴に対する皮肉を名乗るのはなかなかデカダンで美しい』
「やめろよ寒気がする」
アラムは微動だにせず冗談を吐く。
ヴィクター共々、彼らの悪趣味は共通するらしい。
『……着いたな、では、見せてあげよう』
巨大エレベーターが遥か地下に存在していた第二非破壊検査室に鈍い金属音を響かせながらたどり着く。
「導師、私はここで」
ヴィクターはパネルを操作して分厚いシャッターを開き、アラムへ一礼した。
『さあ、行こう』
アラムの四脚の先端に突き出す細い円筒形ステークが回転し、滑るように機械蜘蛛が暗い通路を進んでいく。
歩幅で言うなら一、二歩後ろへ離れた辺りにジェイクが続いた。
『警告、第二非破壊検査室は現在、ランクA以下の職員の入場を制限しています』
『入場認証を行って下さい』
アラムは喋る扉を一瞥した。
『管理者(アドミニストレータ)権限を確認しました』
『警告、隔壁を解放します』
『危険ですので隔壁が完全に停止するまでその場でしばらくお待ちください』
警報音と共に分厚い壁がゆっくりと開き始める。
隙間から均一な光と、気圧差で僅かに冷たい空気が吹き出してきた。
徐々に明らかになっていく白い立方型の部屋の中央には、見覚えのあるドーナツ型の機材と、何処と無く棺を連想する重々しい黒いシリンダーが鎮座していた。
『“彼”はあの中にいる』
アラムは表情の欠片もない口調で、その棺を見据えていた。
『管理者権限を確認しました』
『検体保護容器を解放します』
システム音声と共に、シリンダーから白色のガスが排気される。
そして、聖骸布に包まれた死せる救世主をつまびらかにするかの様な厳粛さで、その蓋が音もなく開き、その中身を二人の前にさらけ出す。
『やはり我々の予想は正しかったようだ』
「……ッ」
その“身体”は、基部となる台座に横たえられ、その上から高伸縮性の透明なフィルムであたかも真空パックされているかの様に固定されていた。
四肢や胴は細長く、均一で起伏少なく、だが皮膚というよりは硬い外殻といった印象を受ける体表面はやや淡いブルーの反射光を放つメタリックの光沢を持ち、それでいて可動部が見えないため、目視ではこれが硬い物体なのか柔らかい物体なのか想像がつかない。
強いて言うなら左側頭部に、恐らく致命傷になったらしい焼け焦げた裂傷が存在するが、詳しく覗き込むには透明フィルムの反射光が邪魔をする。
顔らしい顔は無い、眼窩に当たるであろう部分にはそれらしい膨らみとスリットが存在するが、瞼と言うよりは古代の遮光器のような無機質な印象を受けた。
後頭部はそれらしく長く延び、涙滴型か砲弾型と形容して問題ない形態をしている。
そしてその付け根、人間で形容するなら 頸椎に相当する部分には、いくつかの等間隔に並ぶ小さなジャックが埋め込まれ、その一つにはまだ千切れたままのケーブルが刺さっていた。
何より印象深かったのが、額、両掌、そして下腹部の計四ヶ所に、現在でも通用する二次元コードらしき紋様が印字されていたことだ。
実際に自らの目でそのディテールを確かめる程に、宇宙人というワードに縛られていた認識が揺らいでいく。
明らかにこれは人工物だ。
そして、ジェイクは、そのディテールに何故か親近感を覚える。
『……“彼”をどう思う?』
アラムが問う。
「……なんつーか……これって……」
無貌の目をジェイクが見つめる。
「……サイボーグ……なのか……!?」
そう答えたジェイクにアラムは頷いた。
『見ての通り……“彼”は地球の技術水準をわずかに上回るテクノロジーをその身に保有している』
「うん、まあ」
『これは、戦前に開発されていたEVA(宇宙船外活動)に対応したサイボーグ体だ。ナノレベルで宇宙線対策の施された外装、長時間の無呼吸状態を維持できる循環型特殊心肺……』
「じゃあ、これは戦死した……」
『いや、このボディは戦前に理論が確立した所で戦争が始まり、生産どころかしっかりとした開発もされていなかった。彼は戦後にこの身体を得たと考えた方が筋が通る』
ジェイクの脳はその情報を素直に飲み込めない。
「作業用のロボットなんじゃないのか?」
『可能性は無くはない、だが、そうするにはこの肉体は非効率的なデザインをしているし、宇宙線への対策も過剰すぎるとは思わないか』
「……」
ジェイクはアラムの語る真実を認めざるを得なくなった。
「……月のサイボーグ……月の……“人間”……」
そう思うと背筋が凍った。
仕事柄、死んだサイボーグなどいくらでも見てきたが、それとはまた違った畏怖の感覚がある。
今、目の前にあるものの意味を考えた。
世界政府が、あたかも“無いようにしてまで”隠そうとしたもの。
さも冗談であるかの様にして無きものにしようとしたこれは、下手を打てば月と地球の新たな争いの火種に成りかねない。
そして、その重要性に反してぞんざいに扱われ、科学の免罪符の裏で奇異の目に曝されているこの身体は、それでもあくまで“故人”なのだ。
少なくとも、彼を隠し通そうとした人間は、彼を人間扱いしていない。
まるで気まぐれに落とされた飴玉に群がる蟻の集団のように、貪欲に彼を切り刻み、その技術を奪い取らんとしているのか。
「……あんた達、月に帰るんだろ……その……連れ帰りに、来たんじゃないのか」
『そうだ……やはり、プロファイルの通り優しい男だな』
「優しかねえよ。さっさとやってくれ、オレはあんた達に荷担しないし、下手すりゃ同罪になりかねないんだからな」
『よろしい、では、離れてくれたまえ』
「は?」
アラムの虫のような背から垂直に飛び出す二本のブレードアンテナが回転を始める。
同時に、立方型の部屋の上方四隅に据え付けられた四基のパラボラが一斉に月サイボーグの遺体へ向いた。
「……!?」
一分程が経過した後、サイボーグの遺体は微かに振動し始めた。
その直後、頭の裂傷や関節部から夥しい量の火炎が吹き出し、火柱に部屋が警報に包まれる。
「おいィ、一体……!?」
『目的は果たされた。これ以上彼の肉体が地球の人間に辱しめられる事の無き様、SQUIDを用いてアンダーソン局在を人為的に引き起こし、その身体を葬送した』
「な、なんでだよッ、連れ帰りに来たんだろ!?」
『彼の“メモリー”は確かに回収した。彼の記憶はわたしと共に在る……』
「……え……?」
アラムはハッキングで耳障りな警報を止め、スプリンクラーの雨の中未だ燻り続ける葬送の火を見つめながら答えた。
『わたしの脳には……旧時代の量子サーバーが直結されている。その中には、我らの同胞……地上に降り、志半ばで倒れた月の戦士達の硬電脳に残されたメモリーが蓄積されている』
「メモリー……」
『彼らのプロファイル、機械化初期設定、そして、mnq形式で圧縮保存された記憶……わたしの中には、彼らの“意伝子(ミーム)”が現在に至るまで保存されている』
アラムはジェイクに向き返った。
『我々は、彼らの“願い”をミームとして受け取った。我々はそれを叶える。我々の、彼らの、“人間”であることの証明(ヒューマン・ビヘイビア)として』
「……」
ジェイクは、何かを言い返そうとした。
アラムの言葉に釈然としない想いがあったからだ。
だが、彼が背負う、自らに課した使命のスケールが遥かに巨大であることが、次に発すべき言葉の選択を阻害した。
信念の否定は、人の身体を捨てた人間の否定である。
ジェイクには、風車に槍で挑む程の強い思想や信念を持ち合わせては居なかった。
「……!?」
そのわずかの静寂を警報音が切り裂いた。
【NOTICE/DSL-0013】
【世界政府から通達、安保理協議に基づき研究所施設の爆撃が決定】
【>マジかよ】
【何が理由なんて一つで十分だ、奴等世界政府にまで詳細話さず企業に技術情報を売りさばこうとしてたんだ】
【政府は核兵器がテロリストに奪われたと思い込んでるぜ、都市部で使われる前に爆撃して無かったことにするってさ】
【>*censored*】
【法規上10分前に告知するそうだが多く見積もってあと30分ないだろう】
【こちとら職員を避難させる、そっちもうまい具合に逃げてこいよ】
「だってさ、覗き見してんだろ」
『地球人類の愚かさの極みだ』
「導師!」
流石のヴィクターも飛び込んできた。
『目的は果たした、我々は帰還する』
「……どうせ職員は見殺しなんだろ」
背を向けたアラムが制止する。
『……我らは道を違えた。我らにとっては地球は飽くまで人に穢された地上の獄である。我らの悲願は我ら月の戦士の魂の救済である。穢れた民の救済ではない』
「……なるほど、ね」
ジェイクは落胆したようにそう呟いた。
「やっぱりオレ、なんかお前たちのこと好きになれねェよ」
そして、拳を握り、腰を落とし、
「オレさあ、自分の都合ばっかで、他人の都合が考えられない奴」
足場を堅め、正面を見据え、
「何よりもムカつくんだよ」
アークジェットを点火した。
「導師ッ!!」
薄暗い通路内が炸裂したプラズマの光で眩く照らされ、弾け飛ぶ蒼い身体は飛びかかる猛禽の姿勢で空中を駆ける。
両腕を上げて空気抵抗を味方につけながら、上昇点の頂で背を丸め鎌のように膝を曲げ、視界にインポーズされる着地点目掛けて落下していく。
その落下点、アラムの背中の量子サーバを庇ってヴィクターは身を乗り出した。
防御の為に突き出された腕はジェイクの総重量と加速度を受けて折れ曲がり、ジェイクはそこを起点に再び跳躍。
二人のテロリストを飛び越えた三度目の着地点でアークジェットを点火し、鋭い軌跡を残してエレベーターホールの先へと消えた。
「……ご無事ですか」
『ああ』
彼らの電脳にも、一斉送信された世界政府の爆撃予告が受信された所だろう。
「奴め……あそこでアークジェットを吹かしていれば俺を焼けただろうに」
『優しい男なのだろう、諦観するには未だ若く、希望を信じる男なのだろう……』
地上へ続く通路を見上げ、数度の光の瞬きを確認しながら、アラムは抑揚のない声で唱えるようにそう応えた。
都市部から飛来した爆撃機が墜とした数発の金属ヘリウム弾頭ペネトレイター爆弾によって研究所は地下施設ごとただの瓦礫の山に姿を変え、夕日に黒く影を落とすその光景はどこか戦争をイメージさせる。
WARPがディーゼルの通報を受けて急行させた大型輸送機の中、責任者オガサワラは国家反逆の罪で逮捕された所で意識を失った。
英雄二人には残念ながら報酬が支払われることは無いが、国際安全の秩序を一応は守り、研究所の不正を暴きつつ、全員の命を救ったことで恩赦を与えられた。
だが、テロリストは逃げ仰せ、科学を一世代以上躍進させる神様の贈り物は炎に消えた。
窓の外を静かに見つめるジェイクにとっては、その方が遥かに良かったのだが。
「お前のセンチメンタルなとこ、好きだぜ」
「気持ち悪いな、お前は」
寄り添うようにして立ったディーゼルにジェイクは言い放つ。
「……すげえよな」
「なにが?」
「あそこにさ、さっきまでオレたち居たんだぜ。ただの穴だ、今じゃ」
「……」
「あんなのよりもっとすげえのが地球に落ちて……帰る場所をなくして……すげえよな本当、馬鹿馬鹿しいくらいだ」
自棄気味にそう吐き捨てたジェイクの肩をディーゼルが抱き寄せた。
「だから気持ち悪いっての」
「どうせ帰ったらまた呑みに行くんだろ、帰れなくなるまで呑むんだろ?」
「う、うるせえよ」
「いいぜ今夜は、腕枕もしてやりてえ気分だよ」
「ワンコ野郎め」
まるでひとつの時代が終わったかのような永い一日の終わりは、それでも普遍的で、さも日常的に終わろうとしている。
ジェイクの胸中には、そんなディーゼルの優しさを甘受できない引っ掛かりが未だ取れずにいたのだが、それもきっと相棒の腕のなかでは忘れられるのだろう。
それを幸せと呼ぶかどうかは、また別の問題として処理をすることにして。
【file//:6th_haven#03"ultravisitor".mnq>END OF LINE】
【>exit】
最終更新:2017年10月27日 16:47