四面楚歌
中国の古事から発生した諺。
絶体絶命の修羅場のこと。
絶体絶命の修羅場のこと。
- 古事
秦の政治に不満を持った複数の叛乱勢力は、見事に秦を滅ぼしたが、その勢力の中で、最大の2勢力であった、楚の項羽と、漢の劉邦とが対決し、最後のクライマックスを迎える事となった。
漢軍は50万と圧倒的な兵力を持っていたが、楚軍の最後の8000人の兵は、項羽の故郷出身の虎の子の兵団だけあって、包囲したのに強すぎて全然勝てない。
その状態を打開する為に、彼ら兵団の故郷の歌を歌い、望郷の念に浸らせ、戦意を喪失させようとした。
包囲した4面から、楚の歌を合唱したことで、楚軍には脱走者が相次ぎ、1000人足らずまで減ってしまう。
結果として絶望的な状況に陥った項羽は、劉邦に敗れ、天下の覇権は漢に定まる事となる。
漢軍は50万と圧倒的な兵力を持っていたが、楚軍の最後の8000人の兵は、項羽の故郷出身の虎の子の兵団だけあって、包囲したのに強すぎて全然勝てない。
その状態を打開する為に、彼ら兵団の故郷の歌を歌い、望郷の念に浸らせ、戦意を喪失させようとした。
包囲した4面から、楚の歌を合唱したことで、楚軍には脱走者が相次ぎ、1000人足らずまで減ってしまう。
結果として絶望的な状況に陥った項羽は、劉邦に敗れ、天下の覇権は漢に定まる事となる。
ちなみに、この作戦の時、項羽は、虞美人とドエロしていて気付かず、将がいなかった為に、兵の脱走を抑えられなかった。
虞美人とは、中国3大美女に数えられているが、女のおかげで、絶望的な状態に陥るという意味も、この諺にはあるとか無いとか。