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羽根あり道化師
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羽根あり道化師

御伽の国②

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ayu

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人が居ない。
誰一人として、外を歩いている人が居なかった。人の気配すらしないというのが、何とも不気味だ。カラスが一羽、気怠げに鳴いて飛び立った。
宿屋の場所を聞きたいのに、これじゃあ聞きようが無いじゃないか。困ったな、とラディウスは呟いて、がしがしと乱暴に頭を掻いた。耳当て帽が、少しずれた。
直しもせずに、ラディウスはひとつ溜め息を吐く。ひょいと、近くにあった家の塀の中を覗いてみた。庭木の手入れも花壇の花の手入れもきっちりとなされている。街自体もとても綺麗だ。
廃れてしまっている訳ではなさそうだが、この閑散とした有様は一体どうしたのだろうか。子供のいないしぃんと静まり返っている公園に入り、ラディウスはベンチに腰を降ろした。

「――キレイな髪ね」

唐突に後ろから聞こえてきた声に、ラディウスは驚いて振り返り、立ち上がった。
「とってもキレイ。お日様みたいな金色ね。触っても良い?」
そこに居たのは真っ赤なずきんを被った女の子。年の頃は、十七歳か十八歳くらいだろう。丈の短いスカートから、すらりと長い足が伸びている。少女は大人びた笑みを浮かべて、耳当て帽からわずかに零れるラディウスの金髪にそっと手を伸ばした。
目鼻立ちのはっきりとした綺麗な女の子だったが、その妙な婀娜っぽさゆえか、白いレースで縁取りされた赤いずきんが、なんだか酷く、不釣合いだった。
「…君は?」
前髪を撫でてくる手を払いもせずに、ラディウスは問うた。少女は眉をひそめ、わずかに唇を尖らした。
「んー…、人には“レッド・キャット”なんて名前で呼ばれたりしてるけど。でもあたし、その呼び名はあんまり好きじゃないのよね。だって、“赤い猫”だなんて気持ち悪いでしょ?」
ラディウスは苦笑して小さく頷いた。
確かに真っ赤な猫なんかが居たらなかなか気持ち悪いかもしれない。そんなの、安っぽいホラー映画でも出て来やしない。
「だから好きなように呼んでくれて構わないわよ。あなたは?」
真っ赤なずきんが、酷く不釣合いだった。似合わないのではない。良く似合っていると言っても良いくらいだ。ただ、違和感があった。ただ、不釣合いだった。
「僕はラディウス。…ところで、どうしてここには誰も居ないのかな?庭木の手入れとかはちゃんとされているようだし、誰もいないって訳じゃないだろ?もしかして、戒厳令でも出てるの?」
「まさか。そんな物騒な場所じゃあないわよ、ここは。出ても精々スリくらいなものだもん。今はね、お昼寝の時間なの。この国では、一時から二時までの一時間、お昼寝をする事が義務付けられているから。法律でそう決まっているの。…なんて、この国の王様がね、昼寝の時間が欲しいって子供みたいに駄々こねて、無理矢理この法律を作ったのよ。笑っちゃうでしょ?」
ラディウスは懐中時計を取り出して時間を確かめると、ふうんと呟いた。時針は一、分針は六を指している。じゃあ後三十分は誰も出てこないんだね、とラディウスは少女に視線を向けた。
「君はどうして眠らないの?赤ずきん」
赤ずきんか。それ良いねえ、と少女は青い目を細めて呟いた。
「皆の眠っている時間があたしの稼ぎ時なのサ」
ニカっと懐っこく笑うと、ラディウスに背を向けてまるで猫のような軽やかさで駆けていった。
ぴょこんと身軽く塀の上に飛び乗ると、赤ずきんはヒュウと一つ口笛を吹いた。するとどこからか消炭色の猫が現れ赤ずきんの後を追った。
「チェリオ!」
赤ずきんがそう叫んだのと猫がにゃあと鳴いたのはほぼ同時。すぐに、一人と一匹の姿は見えなくなった。
「――あれ?」
取れてしまったボタンの代わりに鞄に付けていた銀色のブローチが無くなっていた。まあ、紛い物の安物だったから別にどうってことないけれど。
「…気に入ってたんだけどな」
瞳にファウンテン・ブルーの硝子玉が填め込まれた、銀色の鳥のブローチ。何の鳥なのかは知らないけれど、愛嬌があって気に入っていた。
…それにしても、彼女はどうして懐中時計を狙わなかったのだろうか。あんな誰が見ても安物と分かるような物よりも、確実にこっちの方が値打ちがあるのに。
悪戯っ子のような、赤ずきんの淡いブルーの目を思いながら、ラディウスはひとつ息を吐いた。
「でもまあ、あの子にはぴったりか」
瞳の色、同じだったし。
心の中でそう付け足して、ラディウスはわずかに口角を上げた。
猫を連れた赤ずきん。
奪い去るは、鳥のブローチ。

          ・

盗られたのがアレや財布じゃなくて良かったよ、全く。『出るのは精々スリくらいだ』なんてまるで他人事みたいに言うもんだから、僕もすっかり騙されてしまったよ。まあ、大した被害じゃないから別にどうってこと無いんだけどね。
それから二時になって、町の人々がちらほら活動をし始めてから安い宿を取って、僕はアレを探しに行った。…いや、正確には探しに行こうとした、かな。なんとね、僕が泊まった宿屋の主人がアレを持っていたんだよ。とても大切に保管してくれていてね、それには本当に驚いたなあ。
その主人はすごく気さくな人でね、訳を話したら快く譲ってくれたんだ。まあ、その代わりに晩酌に付き合ってくれって言われて、しこたま飲まされてしまったんだけどね。僕はそんなにお酒に強い方じゃないって何度も言ってるのに、ほら飲めそら飲めってどんどん勧めてくるんだ。あれにはちょっと参ったなあ。
その人、バークさんって言うんだけど、大きくて、まるで熊みたいな人だった。背がとても高くって、もしかしたら二メートルくらいあったかもしれないな。とにかく、縦にも横にも大きな人だった。たまに敬語が抜けるところが馴染み易くて、表情のころころ変わる面白い人だったな。
壁にバークさんと綺麗な女の人のとても幸せそうな写真がかかっていたから、奥さんですか?美しい人ですね、って言ったんだけど、最近病気で亡くなってしまったんだって。悪いこと聞いちゃったな。






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