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羽根あり道化師
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羽根あり道化師

御伽の国③

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ayu

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「あれ?旅人さん、鞄のボタン取れちまったんですか?」
宿の主人にそう呼びとめられ、ラディウスはわずかに苦笑した。
「ええ、もう随分前に。その代わりにブローチを付けていたんですけど、それもさっきスられてしまって」
ああ、そういうことかと主人は頷いた。どこか楽しげで、お前もか、というような訳知り顔。
「ご存知なんですか?」
「ああ、この辺じゃあ有名ですよ」
クスクスと笑って、主人は続ける。
「“レッド・キャット”、でしょう?いやあ、一度で良いから顔拝んでみたいもんだよ。噂じゃあ、とんでもない美少女だって振れ込みですからね。
『チェリオ!』って威勢のいい声が聞こえて赤い服が翻ったと思ったら、もうスられてる。だーれも顔見たこと無いんです。全く、猫みたいな奴ですよアイツは」
昼寝の時間だって油断は出来ませんよ、と主人は悪戯っぽく笑む。
「起きたら金品なくなって、テーブルの上にゃあ『チェリオ』って書かれたキレーな花柄の便箋が置いてあるんだ。まあ金持ちの家しか狙わねえから別に良いんですけどね」
ウチとは縁のない泥棒サンだ、と主人はからから笑いながら言った。ラディウスはときょとんとして主人を見た。
「見ましたよ?顔。声掛けられました」
それに、盗られたのは安物のブローチだ。
そんなに価値のあるものではない。また、ラディウス自身、そんなに金を持っていそうな身なりをしている訳ではいない。いつも清潔にしてはいるが、むしろ質素と言っても良いくらいの身なりだ。光物を身に付けているわけでもない。どう頑張っても金持ちには見えないだろう。
「へえー、そりゃあ珍しいこともあるもんですねえ。それで、どんな娘だった?どんなことを話したんですか?」
好奇心に薄茶色の瞳をきらきらと輝かせて、熊のような巨体をラディウスにぐいと近づける。ラディウスは思わず二歩ほど後ずさりした。
「まあ、そんな大したことは話してませんよ。ただ、髪を触っても良いかと言われただけです」
言いながら、耳当て帽をきゅっと被った。つま先で床をコンコンと叩いて、ずり落ちそうになった鞄を肩に掛け直す。
「へえ、そう言えば旅人さん、綺麗な髪をしてるもんなあ。太陽でも被ってるみたいだ。それより、お出かけですか?今日は旅人さん以外にお客が居ないから、案内でもしましょうか?」
「有り難う御座います」
それじゃあ、お言葉に甘えて、とラディウスは鞄の中に手を突っ込んだ。
「実は、捜しているものがあるんですよ。……もう少しで、完成するんです」
ラディウスはブローチの無くなった鞄から真紅の玉を取り出した。それはまるで、ガーネットのような深い赤。良く見ると、わずかに欠けている部分がある。
それを見ると、宿の主人はんんー?と、目を細めて首を傾げ、ちょっと待ってろと言うように手で示して早足にどこかへ駆けていった。
「…どうしたんだろう」
しばらくすると、小さな宝石箱のような物を小脇に抱えて熊のような巨体がのっそりと帰ってきた。
「なあ、旅人さん。もしかして、その旅人さんの捜し物ってのは、これのことじゃないですか?」
宝石箱の中から、太い指で何か赤い欠片を摘み上げると、主人はラディウスの鼻先にそれを突き出した。
「……それは…」
「何年か前に、うちのかみさんがどっかから拾ってきたんだ。良いもん見っけたー、って言ってな。そうか、これ、旅人さんのだったのかあ。ああ、そこの窪んでいるところ、ちょうど嵌りそうですね」
ラディウスはふと、壁にかけられた写真に目をやった。明るい栗色の髪をしたとても綺麗な女の人と、熊のような主人が二人で並んでいるとても幸せそうな写真。見ているだけでこっちまで幸せになれそうな写真。普通の人ならば、それを見るだけで自然と笑みが零れてくることだろう。そう、何も知らない普通の人ならば。
けれど、ラディウスは知っていた。これを所持していたということの意味を。これを所持してしまったということの不運を。ラディウスは知っていた。目を細め、ラディウスは無理矢理に笑顔を作った。
まだ間に合いますようにと祈りながら。
僕は泣かないと決めたんだと自分に言い聞かせながら。
「奥さん…。あの人ですか?すごく、きれいな人ですね」
「ああ、美人だろう?俺にはもったいないくらいの器量良しだ。…ま、先月死んじまったんだけどな。風邪をこじらしたと思ったら、そのまま逝っちまった」
「あ…、済みません」
…間に合わなかったか。
分かってはいたけれど、実際に聞かされると胸が痛い。
ラディウスは心からの謝罪を述べる。辛いことを思い出させてしまって申し訳ない、という理由ではなく、別の理由で。
写真の中で微笑む女性を愛しそうに見上げながら、気にしなさんなと主人は豪快に笑った。その横顔が凄く優しくて、穏やかで、ラディウスは妙に悲しくなった。
「あいつとの日々は、本当に楽しかった。掛替えのない、幸せな時間を過ごせた。たとえ一緒に入れた時間が一週間だけだったとしても、俺は悔やんだりなんかしなかったと思う。そのくらい、俺達は充実した毎日を送ってたんだ。アンタが気にするようなことじゃないさ。まぁ確かに、少し寂しいなとは思うけどな」
何もかも全部、僕の所為なのに。この人は、なんて優しい…。
ごめんなさい、とラディウスは心中で呟く。
「そんで、これは一体何なんだ?」
主人は赤い欠片を手の平の上で転がしながら、ラディウスにそう問う。ラディウスは少し困ったように口元を歪めた。ややあって、ラディウスは呟く。
せめて、事実を語ろうと。
「…“ココロのカケラ”」
ラディウスは、静かに続ける。
「僕の友人の、…とても大切な人の“ココロのカケラ”です。…僕が、壊してしまったから。だからこうやって、集めているんです」
とても孤独な人だったから、ぬくもりを求めている。
とても不器用な人だったから、そのぬくもりを自ら壊してしまう。
とても孤独な人だったから、暖かい人の元へと散っていった。
とても不器用な人だったから、その人を自ら壊していった。
「んー…、なんだか良く分かんねえけど…まあ、良いや。やるよ。俺が持っていても仕方が無いからな」
だから、あなたの奥さんは亡くなってしまったんです。
その言葉を飲み込んで、ラディウスは二人の写真を見上げた。幸せそうな二人の笑顔が、見ていて辛かった。
「…旅人さん、名前は?」
「…ラディウスです」
無理矢理に口角を上げ、笑顔を作った。
「ラディウス…。ラディか。俺はバルカローラってんだ。女みたいで柄じゃないから、皆にはバークって呼んでもらってる」
そう言って、バルカローラはラディウスの手に赤い欠片を握らせた。落とさないように、しっかりと。バルカローラの手は、とても大きく暖かかった。
ラディウスは有り難うと呟くと、紅い玉の欠けた部分に“ココロのカケラ”をかちりと填め込んだ。その継ぎ目を指でそっとなぞると、それは脈打つように二、三度光ってひとつになった。
バルカローラは驚いたように目を見開いたが、すぐ優しげに目を細めた。
「ラディの事情は俺には良く分かんねえけど、あんまり落ち込むなよ。これはアンタにくれてやるからよ」
わしゃわしゃと、小さな子供にするようにラディウスの頭を帽子の上から撫でまわし、ニッと笑った。
「その代わりと言っちゃあ何だが、今夜、晩酌に付き合ってくれねえか?
そうすりゃあ、後になってからやっぱり返してくれ、なんて無粋なことは言わねえからよ」

          ・

ごめんね、僕は君との約束を破ってしまった。
君の“ココロ”が、誰も傷つけることの無いようにするって約束していたのに…。誰も傷付けたくはないと、君はそう願っていたのに。間に合わなかった。もう少し早ければ、最悪の事態にはならなかったかもしれないのに。…人の命は、なんて、重い。あの人のために、一体どれほどの人が涙を流しただろうか…。
本当に、ごめんね。僕がほんの少し遅れてしまったばっかりに、少なくとも二人の人を傷つけてしまった。そしてきっともっと、たくさんの人を傷つけた。君が一番、恐れていたことだったのに…。優しい君が、絶対に望まないことだったのに…。ここまで来て、ついにあの約束を破ってしまった。
ああ、悲しいけれど、もう時が来てしまったみたいだ。“時”はもう僕を待ってはくれない。君の“ココロのカケラ”はまた誰かを傷つけることになってしまう…。悲しいけれど、きっと…。
だけどほら、見てよ。もう少しだ。もう二つか三つ集めれば、完成するんだ。もう少しで終わる。これが完成すれば、ようやく、君に会うことが出来るよ。だから…、もう少しだから、待っていて…。




第二章氷の国

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