アットウィキロゴ
羽根あり道化師
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

羽根あり道化師

氷の国②

最終更新:

ayu

- view
メンバー限定 登録/ログイン
        2


「ねえねえねえ、本当に?これ、ほんっとうにあたしが貰っても良いの?このブローチ、大切な物なんじゃないの?」
 真っ赤なずきんを被った“レッド・キャット”――本名をアリスと言うらしい――は、ちょこまかとラディウスにまとわりつく。その足元には、消炭色の猫がちょこちょこと付いて回っていた。少し歩きにくいななどと思いながらも、ラディウスはアリスに返事をする。
「うん、貰ってよ。足を洗えたお祝い。安物で悪いけどね」
 アリスはにっこりとして、ブローチを胸元に付けた。
「有り難う、うれしい!!」
「どう致しまして」
ラディウスもにっこりと笑みを返した。アリスはちょこちょこと足元を歩いていた消炭色の猫を抱き上げ、その額にキスをした。うにゃあと一つ、相槌を打つように猫が鳴いた。本当に返事をしているのならすごいよな、とラディウスはそれを眺める。
「ねえチェス、チェシー?聞いた?これ、あたしにくれるんだって!どう?素敵じゃない?」
 消炭色の猫は、名をチェシャと言うらしい。
しかし、アリスがチェシャと呼ぶことはほとんど無く、大抵は“チェス”や“チェシー”といった愛称で呼んでいた。愛称は親愛の証だから、と。チェシーはペットじゃなくてお友達なの。
 アリスは良くそう言っていた。
「『ここから飛び降りたら僕は鳥になれるだろうか』」
「…アリス?」
「弟がね、良く言っていたの。空を飛びたい、って。屋根に登って、下を見下ろして、両手を広げて、僕は鳥になりたい、って」
 空を見上げ、懐かしむようにアリスは笑った。
「『鳥は自由だ。鳥のように飛び立ち、風に身を任せて生きることは出来ないだろうか』ってね」
「君の弟は詩人なんだね」
 そうよ、と自慢げに頷いて、アリスは鳥のように両手を広げた。チェシャはぴょんと身軽く地面に着地する。
「あの子はとても賢くて優しかったわ。それに、夢を持っていた!いつも、どんな時でも、笑顔を忘れなかった!」
 弟のことを嬉々として語るアリスの姿がなんだか微笑ましくて、ラディウスはわずかに目を細めた。
「自慢の弟なの。もし本当に鳥になっていたとしたら、あの子はきっとこんな鳥になっていたと思うわ。綺麗な銀色で、日の光を体中に浴びて、自由に、世界を飛び回るの!瞳の色もね、この鳥と同じなのよ。とても綺麗な、湖の色をそのまま映したようなファウンテン・ブルー」
 一つ息を吐いて、鳥のブローチに指先でそっと触れながらアリスは続ける。
「……ねえラディ、あたしね、本当に嬉しいの。…分かってはいるのよ?普通だったら、ありがとうって言ってにっこりして、今度はあたしからも何かプレゼントするね、って、そのくらいで終わるものだって言うのはね。分かってはいるの」
 アリスは少し肩をすくめた。
「そんなことは無いと思うけど。でもまあ、自分で自分を抑える、っていうのは多かれ少なかれ誰にでもあるよね」
「ああ。違うの違うの。そういうことじゃないのよ」
 クスクスと楽しげに笑うアリスに、ラディウスはわずかに首を傾げた。その様子が可笑しかったのか、アリスはまたクスクスと笑い出す。
「あのね、あたし、こういうのって初めてなの。こうやって何かお祝いをしてもらったり、プレゼントを貰ったりっていうのは、初めてなの。だから嬉しくって。小さい時から、ずうーっと夢見てたの。
誰か素敵な人が現れてね、誕生日とかの記念日かなんかに、あたしのお祝いをしてくれるっていうのを。ラディのおかげで、夢が一つ叶ったわ」
 どんなにちっぽけな物でも、あたしにとっては百万ドルの宝物になるの。
 泣き出しそうな顔で微笑んで、アリスはそう呟いた。

 その日の夜、二人は小さな宿屋に泊まった。部屋を分けようというラディウスの言葉に、アリスはお願いだから一つの部屋にしてくれと言ってきた。
「ねえ、お願い。あたし、一人じゃ恐くて眠られないのよ。誰かの気配があれば安心してうつらうつら出来るんだけど…。いつもならチェシャが一緒に居てくれるんだけど、今日は何故かどっかに行っちゃったし、…どこに行っちゃったのかしら」
「…でも」
 口篭もるラディウスに、じゃあせめてあたしが寝つくまで傍に居てくれとアリスは言った。
「…分かったよ。だけど、アリスが寝ついたら部屋に戻るからね」
「うん」
 ラディウスは安心したようにほっと息を吐いたアリスの頭をくしゃりと撫で、同じ部屋へと入って行った。広くは無いが、こざっぱりとした奇麗な部屋だ。部屋の隅々まで掃除が行き届いているし、真っ白なシーツには清潔感がある。
アリスは荷物を降ろすと、ぽふんとベッドに腰を降ろした。赤いずきんも脱ぎ、膝の上に置いた。ラディウスも耳当て帽を脱ぎ、ベッド脇に鞄を下ろす。
「ねえ、ラディはどうして旅をしているの?」
 手近にあったクッションを抱くと、アリスは大きな青い目を不思議そうに細めてそう問うた。
「…あたしには、訳ありみたいに見えるんだけど。ただ単に旅が好きだからって訳じゃないでしょう?」
 ラディウスはどうして分かっちゃうのかなあと、困ったように笑った。
「だって、凄く真剣なんだもの。わざとお気楽に振る舞ってるでしょ」
 そういうのって結構分かるものなのよ、とアリスはラディウスを見た。
「…実は探し物をしていてね。何が何でも、どんな手を使ってでも、全部掻き集めなくちゃならないんだ。…一つでも、欠けちゃならないんだ」
 アリスは訝しげに眉を顰めた。ぎしと、古びた椅子をわずかに軋ませてラディウスは腰を降ろした。そして鞄を引き寄せる。
「あたしで良かったら、協力するよ」
「早く帰りたいんじゃ無かったの?」
 くすりと笑って少し茶化すように言ってみた。アリスは肩を竦めて、何を捜しているの?とラディウスの言葉を無視して言う。ラディウスは頷き、鞄から“ココロのカケラ”を取り出した。
「これだよ。ここの、少し欠けているところがあるだろ?ここにぴったりと填まる欠片を捜しているんだ」
「……それ」
口許に指を当て、アリスは首を傾げた。
「…まさか、見覚えが?」
「…昔、おじいちゃんが持っていたような気がする」
「本当に!?」
「あの、…もう、亡くなったんだ、けど…」
だんだんと、声が尻すぼみになる。
「…そっか」
こくん、とアリスは頷いた。
「今度は、アリスのことを聞いても良いかな?」
「何?」
 わずかに逡巡して、ラディウスは口を開いた。
「何をそんなに恐れているの?」
 アリスは笑った。
屈託無く、声を上げてあははと笑った。けれど、その笑い声はだんだんと乾いた物となり、最後には沈黙が訪れた。
窓の外では、夜空に月が輝いていた。
「…夢をね、見るの」
「…え?」
「夢を見るの」
 聞き返すラディウスを無視して、アリスは続ける。クッションに口元を埋めているため、少しくぐもった声がする。
「…どうしてか良くは覚えてないんだけどね、あたし、多分悪い子だったんだと思うの。お母さんね、いつもあたしのこと怒ってた。たまに殴られたりもしたの。…あたしも、それに弟も…」
 アリスは一体、誰に語り掛けているのだろうか。
そう考えてしまうほどに、アリスの瞳はぼんやりとしていた。どうしてだろう。ぼんやりと、『今』では無い何処かを見つめているように見える。
真っ直ぐに前を向いてはいるけれど、その視線は、何もない虚空に向いていた。ラディウスは思う。その青い瞳には、何が写っているのだろうか、と。
ラディウスは無言のまま、アリスを見つめた。
「おじいちゃんだけが、あたし達を庇ってくれたの。二人は何もしていないだろうって…。あたしは…あたし…ありすは…ね?いつも、おじいちゃんの膝の上で、お話をしてもらっていたの」
 口調が、急に幼くなる。
「…闇の深い夜こそ、しゃんとしないといけないよ。闇には魔物が潜んでいるから」
 ぐずぐず泣いていたら、おっかない魔物にくわれちまうよ。
年老いた老人のような声色で、アリスはぽつりと呟いた。
「しっかりと前を見て、背筋をピンっと伸ばしてにこにこして笑ってりゃあ、魔物だって取って食おうって気にはならないだろうからね…。おじいちゃんはねえ、ありすたちにいつも、お話してくれたの…。それに、お守りもくれたの…」
アリスは目を擦り、ぬいぐるみを抱いて眠るまだ幼い少女のようにクッションを抱えたままベッドに横になった。うつらうつらと目を瞬かせる今のアリスに、あの婀娜っぽい少女は見えない。
ラディウスはアリスに布団を掛けてやり、その目元を優しく撫でた。
「……ありす、まだ眠たくないよ」
「…もう遅い。寝る時間だよ」
 時刻は、午後八時。十七、八の少女が眠るにはまだ早い。けれど寝かせてあげようと、ラディウスは部屋の電気を消し、呟いた。
「お休み、アリス」
 うん、と分かるか分からないかくらいの頼りない返事をすると、アリスは静かに目を閉じた。
 つうと一筋、涙が零れる。
「……ごめんね。…お姉ちゃんだけ…逃げ出したりして……」
 ラディウスはアリスの手を取り、ベッドの脇に座った。そして共に、ゆっくりと目を閉じた。

          ・

アリスの国は、乾いた木枯らしが威圧的に吹き付けてきて、とても寒かった。そして何だか、寂れたような国だった。まるで氷で閉ざされてしまっているみたいで、入りにくかったな。
何年ぶりになるの?って聞いたら、もう三年になるって言ってた。アリスは何でも無い、って平気そうな顔をしていたけど、辛そうだったな。あの鳥のブローチを握り締めて、ずーっと振るえてた。
…本人は寒さのせいだって言っていたけれど、それでもやっぱり、強がっているようだった。
それで、あんまり辛そうだったから無理して逢いに行くこと無いんじゃないかって言ったんだ。だけどね、アリスは凄く気丈だった。あたしは弟に逢いたい、逢わなきゃいけない。どうしても会って謝らないといけないんだ、って。真っ直ぐに前を向いて、しゃんと背筋を伸ばして、進んで行くんだ。まるで魔物たちを威圧するように、真っ直ぐに。
…祈りを捧げないといけないんだ、ってアリスは言ってた。
真っ赤なずきんを被ったその横顔がすごく綺麗で、僕は思わず見惚れていた。あの時、彼女の婀娜っぽさはすっかり消えて無くなっていた。





記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー