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羽根あり道化師
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羽根あり道化師

夢の国②

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ayu

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部屋の四隅には蝋燭が青い炎を揺らしている。魔女は白い陶器の器に水を入れた。そしてそれを清めるため、その中に水晶の欠片を幾つか落とした。
見せて、と呟くと、その中に一人の少女が姿を現す。
中性的な顔立ちに白くて細い身体、鮮やかな金色の瞳。服装によって男とも女とも取れるその姿は、何故だか人ではないもののようにも見える。…それとも、本当に妖精の取りかえっ子なのだろうか。
水鏡の向こう側で“ココロのカケラ”を捜し歩いている少女を眺めて、魔女はそう思考する。
無言の水面にふうっと息を吹き掛けると、少女の姿は波紋の中に溶け込み、消えていった。
…あの子は、気が付くだろうか。
そのままでは、全てを揃えることは決して出来ないのだということに。人のココロは、決して幸せにばかり向いてはいないのだということに。
…あの子は、気が付くことが出来るだろうか。
「…ヒントはあげたからね」
魔女は暗い夜空を見上げ、呟いた。

         ・

寂れたバーで小金を稼ぐと、ラディウスは飲み掛けのカクテルもそのままに、その場を後にした。
あのような場所に長居をすると、汚れてしまうような気がするからだ。あんな不正な手段を使って金を稼いでいる自分は、もう十分汚れてしまっているのだ。だから、もうこれ以上汚れたくはない。出来るだけ、ああいう場所から離れた場所にいたい。
「――このような物を見たことはありませんか?」
いつもと同じ。
とにかく片っ端から聞いていく。道行く人全てに声を掛け、全ての家の扉を叩く。永遠とも思えるこの作業を続け、“ココロのカケラ”を集めてきた。“ココロのカケラ”は必ず誰かの手元にあるから。
…あと一つ。あと一つなのに、それが見つからない。
「うーん、ごめんなさい。知らないわ」
夕暮れ時に訪れた不信な客人にやんわりと微笑んで、その人はそう言った。アルコールの臭いに気付いたのか、その人の笑顔がわずかに引き攣った。
うんざりするくらい、この台詞を聞いた。
「そうですか。有り難う御座いました」
出来る限り礼儀正しく丁寧に頭を下げて、また別の家の扉を叩く。こんな単調なことを、もう四年と六ヶ月も続けている。ラディウスはひとつ溜め息を吐くと、よし、と自分に気合を入れて視線を上げた。
成せば成る、成さねば成らぬ何事も、だ。
「――あ」
視線を上げたその先、そこにあったのは少し洒落た小料理屋。ラディウスの腹がぐうと何かを訴えた。さっき、バーで口にしたものと言えば安いカクテルを一杯と半分だけだ。そんなもんじゃ腹は満たされない。
腹が減っては軍は出来ぬ。
少し良い訳をするようにそう呟いて、ラディウスはその小料理屋へ入って行った。
カランカラン、と景気の良い音がした。
「いらっしゃいませー」
そう言って微笑んだのは、
「…どうして…?」
「いらっしゃいませ、どうぞ、こちらのお席に」
そう言って微笑んだのは、
「…どうして、こんな所に…?」

あの時の、魔女だった。

         ・

「あはは、そっかー、それで固まっていたんですか」
ころころと屈託なく笑う店員に、ラディウスもははっと乾いた笑いを漏らした。
「すみません、その…あまりにも同じ顔をしているものだから、つい」
「いや、良いですよー。今、お客さん切れてて退屈していたところなんですよ。お客さんとだったら楽しい時間が過ごせそう。
あ、あたし、キトリっていいます。お客さんは?」
「ラディウスです」
陽気で明るい少女、キトリ。
歳は十八くらいだろうか。黒い瞳はくるくると良く動いて可愛らしい。燃えるような赤毛は黒いリボンできゅっとポニーテールにまとめている。
そう言えば、魔女は黒髪だった。それに、もっと嫌らしい笑みを浮かべていたような気がする。ラディウスはカウンター席に着くともう一度キトリを見た。
…それにしても、とラディウスは思う。
「ラディさんね。なに食べます?何でも作りますよー」
「あー、何かお勧めとかありますか?」
「んー、そうですねー、今日は新鮮なお魚があるから魚介盛りだくさんリゾットなんていかがでしょう?」
全く、人とは表情一つでここまで印象が変わってくるものなのか、とラディウスは驚いた。
あの思い出すだけでも腹が立つ、人を小馬鹿にしたような表情を浮かべる魔女。それと同じ顔の少女がからからと口を大きく開けて笑うのだ。なんというか…、とても不思議な感じがする。
じゃあ、それでと答えるラディウスに、キトリはにっこりと笑って、腕によりを掛けて作るからねと腕まくりをする。ん?と、ラディウスはかすかに眉根を寄せる。わずかな違和感。…魔女の姿を重ねて見ている所為だろうか。間違い探しをしているような感覚がした。
何だろう、とキトリを眺めてみたが、特に可笑しな所は見受けられない。ラディウスはその違和感を追い払うように軽く頭を振った。 
それにしても、ここまで屈託なく親しげに振る舞える人間もなかなか居ないが、あの魔女がそうやってキトリのように笑っているところはもっと想像できない。顔は同じなのにおかしなものだ、とラディウスはクスリと笑った。
「ん?どうかしましたか?」
「いや、何でも無い。ただね、そのさっき言った知り合いがキトリのようににこやかに活動しているところって言うのを全然想像できなくて。人って言うのは表情一つで随分かわるものだなあ、と」
「ふうん。だけど、なんか面白いですね。そんなに似ている人が居るなんて。一度逢ってみたいかも」
「逢わない方が良いかと思いますが…」
あはは、とキトリはまた口を大きく開けて笑った。
――カランカラン。
「あ、いらっしゃいませー」
その異様な風体の客達を見て、ラディウスは思わず目を見開いた。
ぬるり、ぬらり。
彼等は黒い体をうねらせながら店内へと入ってきた。陽炎のように揺らめきながら席に着く。
「キトリ、彼等は…」
「ああ、彼等は――」
キトリは、にっこりとした。

「彼等は、“影”ですよ」





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