3
慈鳥が飛んだ。
一声鳴いて、済んだ夜空に黒い染みを作る。
一声鳴いて、済んだ夜空に黒い染みを作る。
『――ドルシネア』
慈鳥は木の上にある小さな家の中に入ると、魔女の名を呼んだ。穏やかなテノールの声に、魔女は振り返り笑みを浮かべる。
「お帰り」
外見からは全く想像できないほど広い室内。蝋燭の青い炎だけが室内を照らし、わずかに揺らめく。
魔女が手を伸ばすと、慈鳥は赤い瞳をわずかに細めた。そしてふわりと手の上に降り立った。
「それで、どうなってるの?」
魔女は、そう問いかける。
「教えて?」
慈鳥は魔女を見つめる。
「あの子達の、未来を――」
「お帰り」
外見からは全く想像できないほど広い室内。蝋燭の青い炎だけが室内を照らし、わずかに揺らめく。
魔女が手を伸ばすと、慈鳥は赤い瞳をわずかに細めた。そしてふわりと手の上に降り立った。
「それで、どうなってるの?」
魔女は、そう問いかける。
「教えて?」
慈鳥は魔女を見つめる。
「あの子達の、未来を――」
・
「彼らは、“影”ですよ」
キトリはそう言って笑った。
「……“影”?」
「はい。ほら、いつも同じ人の後ろを引っ付いて歩いていたら誰だって疲れてしまうでしょ?だからたまに、こうやって休みに来るんです。このお店は“影”の皆さんのお休み処なんですよ」
だからラディさんみたいな“人間”のお客さんは珍しいんですよと言いながら、キトリはラディウスの前に湯気の立つリゾットを出した。
「はい、どうぞ」
「あ、有り難う御座います」
キトリはラディウスが食べ始めるのを見てから、“影”の所へと注文を取りに行った。相変わらずころころと笑いながら“影”と話をし、戻ってきた。
「あのお客さん、今日は“人間”がいるんだね、だって」
スプーンを口に運びながら、ラディウスは口元にかすかな笑みを浮かべた。キトリはとんとんと手際良く野菜を切り始める。
「……ちょっと前までは夜に来ることが多かったのに…」
「そうなんですか?」
ラディウスはくいと首を傾げた。
「ええ、でも、最近は夜でも明るいでしょう?だから夜に休めなくなっちゃったみたいなんですよね。皆、明るいからっていつまでも起きてるし」
ふうと一つ溜め息を吐き、キトリは続ける。
「活動時間が増えて充実した生活が出来るようになったって気になって、結局自分を追いつめて、苦しめているの。…光りと影、影と自分との関係性に、ほんの少しも気付かないの。
…光りが強くなれば、その分闇は濃くなる。皆、そんな簡単な事にも気付こうとしないんだから」
酷いよね、と呟きながら、キトリは切った野菜を炒め始める。
「…最近、“影”の無い人が増えたと思いません?」
「…」
ラディウスはわずかに眉を顰め、分からないと言うように左右に首を振った。キトリは自嘲するようにわずかに口角を上げた。目だけは、寂しげに俯いている。
「…まあ、あたしも“影”を無くした一人なんですけどね」
「――え?」
キトリはラディウスの視線を避けるように“影”の所に料理を運びに言った。確かに、キトリの後ろについて歩く黒い“影”の姿はどこにも見当たらない。先程の違和感はこれだったのだろうかと、ラディウスは思考する。
戻ってきて、キトリは言った。
「…恐くて堪らないんです。自分の“影”が消えてしまったことに気が付いてから、何もかもが恐くて堪らないんです。…そのうち、“身体”の方までこの世界から消えてしまうんじゃないかって。…考えるだけで、本当に恐い」
右手で左腕を撫でながら、影のくっきりと浮き出る明るい店内を眺め影のない少女は呟いた。
「だから、あたしはこのお店を始めたんです。…帰ってきてくれる保証なんて、何処にも無いのに」
呟くその姿は今にも消えてしまいそうだった。
ラディウスは食事を終えると、キトリに礼を言って店を出た。まるで夢物語のような出来事。なんだか店自体が消えてしまいそうな気がして、ラディウスは後ろを振り返ることが出来無かった。
キトリはそう言って笑った。
「……“影”?」
「はい。ほら、いつも同じ人の後ろを引っ付いて歩いていたら誰だって疲れてしまうでしょ?だからたまに、こうやって休みに来るんです。このお店は“影”の皆さんのお休み処なんですよ」
だからラディさんみたいな“人間”のお客さんは珍しいんですよと言いながら、キトリはラディウスの前に湯気の立つリゾットを出した。
「はい、どうぞ」
「あ、有り難う御座います」
キトリはラディウスが食べ始めるのを見てから、“影”の所へと注文を取りに行った。相変わらずころころと笑いながら“影”と話をし、戻ってきた。
「あのお客さん、今日は“人間”がいるんだね、だって」
スプーンを口に運びながら、ラディウスは口元にかすかな笑みを浮かべた。キトリはとんとんと手際良く野菜を切り始める。
「……ちょっと前までは夜に来ることが多かったのに…」
「そうなんですか?」
ラディウスはくいと首を傾げた。
「ええ、でも、最近は夜でも明るいでしょう?だから夜に休めなくなっちゃったみたいなんですよね。皆、明るいからっていつまでも起きてるし」
ふうと一つ溜め息を吐き、キトリは続ける。
「活動時間が増えて充実した生活が出来るようになったって気になって、結局自分を追いつめて、苦しめているの。…光りと影、影と自分との関係性に、ほんの少しも気付かないの。
…光りが強くなれば、その分闇は濃くなる。皆、そんな簡単な事にも気付こうとしないんだから」
酷いよね、と呟きながら、キトリは切った野菜を炒め始める。
「…最近、“影”の無い人が増えたと思いません?」
「…」
ラディウスはわずかに眉を顰め、分からないと言うように左右に首を振った。キトリは自嘲するようにわずかに口角を上げた。目だけは、寂しげに俯いている。
「…まあ、あたしも“影”を無くした一人なんですけどね」
「――え?」
キトリはラディウスの視線を避けるように“影”の所に料理を運びに言った。確かに、キトリの後ろについて歩く黒い“影”の姿はどこにも見当たらない。先程の違和感はこれだったのだろうかと、ラディウスは思考する。
戻ってきて、キトリは言った。
「…恐くて堪らないんです。自分の“影”が消えてしまったことに気が付いてから、何もかもが恐くて堪らないんです。…そのうち、“身体”の方までこの世界から消えてしまうんじゃないかって。…考えるだけで、本当に恐い」
右手で左腕を撫でながら、影のくっきりと浮き出る明るい店内を眺め影のない少女は呟いた。
「だから、あたしはこのお店を始めたんです。…帰ってきてくれる保証なんて、何処にも無いのに」
呟くその姿は今にも消えてしまいそうだった。
ラディウスは食事を終えると、キトリに礼を言って店を出た。まるで夢物語のような出来事。なんだか店自体が消えてしまいそうな気がして、ラディウスは後ろを振り返ることが出来無かった。
第五章独りの国へ