終章・始まりの場所
一人だった僕たちは出会い、二人になった。
二人になって、一人ではできなかった遊びをたくさんした。おそらく、ほとんどの人が幼い時に経験したであろうたくさんの遊びを。
二人になって、一人ではできなかった遊びをたくさんした。おそらく、ほとんどの人が幼い時に経験したであろうたくさんの遊びを。
お前なんかいらないよ。
そう言って、私は影を手放した。私の行動にことごとく反発し、私の意志とは違う意思を持ち、自由になろうともがくから。
そう言って、私は影を手放した。私の行動にことごとく反発し、私の意志とは違う意思を持ち、自由になろうともがくから。
あたしは役目を終えたよ、どうすればいい?
愚かな魔法使いは飛んで行った白鳥を追い、姿を消した。あたしはこれからどうすればいい。叫ぶあたしを一人残して。
愚かな魔法使いは飛んで行った白鳥を追い、姿を消した。あたしはこれからどうすればいい。叫ぶあたしを一人残して。
慈鳥は目を細め、空を見上げた。
星の瞬く闇の空。目を細め、見つめる先は見しらぬ明日。
星の瞬く闇の空。目を細め、見つめる先は見しらぬ明日。
・
「お帰り、良く帰ったね」
親しげに、その人は笑った。
「さあ、王子様(ディストレス)がお待ちかねだよ」
親しげで、朗らかで、屈託なく笑うその様は、まるで――
「――キトリ?」
心の結晶を握りしめ、ラディウスはその人――おそらく魔女だろうが――を見詰める。魔女は、ははっと大きく口を開けて笑った。それはまるで、旅の途中で出会った一人の少女のように。
「“キトリ”は私の半身さ。私の名は“ドルシネア”。…そうか、あんた、キトリに会ったか」
ドルシネアは爪先で二度、影を叩いた。ゆらりと、ドルシネアの影は揺らめき姿を変える。その姿に、ラディウスは目を見開いた。
『 』
赤毛の少女は笑って、消えた。影の中に、溶け込んだ。ドルシネアは笑う。
「あの子は私の影だよ。自由になりたいって何度も逃げようとするから、放してやったのさ。ピーター・パンみたいに靴に縫い付けてやっても良かったんだけど、それも面倒だったしね」
『怖くて堪らないんです』
キトリの言葉を思い出し、ラディウスはドルシネアを見上げた。
「…それじゃあ、貴方は…」
「…私が本体だよ。あの子は影。……そう、私は気付かなかったんだ。“自分”と“影”、そして“光”と“影”の関係性に。私は“影”に、お前なんかいらないよ、なんて暴言を吐いてしまってね」
光がなければ、影は存在しない。影がなければ、光の存在は証明されない。そんな簡単なことにも人々は気付かず、気付こうともせずに暮らしている。
人々は皆、ただあくせく働いて、充実した日々を送っているような気になって、自信を痛めつけている。
「半身を失って、魔力が半分になってしまってね。“影”が居れば、こんな間怠っこしいことしなくても良かったんだけど。…影を探すのに、かなりの時間が掛ってしまった。――ラディウス、“ココロ”を寄越しな」
「…はい」
真紅の結晶をドルシネアへ渡すと、隣の部屋へ通された。四方がステンドグラスで作られた、色鮮やかな部屋。眩暈を起こしそうなほど精密な幾何学模様。赤い絨毯が敷かれたその中央には、ガラスの棺が据えられていた。
「…ディストレス」
棺の中で眠りに落ちる、一人の青年。横たわるその人は、もうすでに“少年”ではなく“青年”となっていた。その成長が、彼が死んでいるのではないということを証明している。ただ、一切の表情を持たないそれは変わらずに、美しい。ドルシネアがガラスの覆いを外すと、長く伸びた栗色の髪が床に流れた。ドルシネアは柔らかく微笑み、ディストレスの胸に赤い結晶を置いた。
「お前のココロを返してやろう」
赤い結晶に手をかざし、何か呪文のようなものを唱える。
…ずっ。
それはトクントクンと脈打ち、淡く発光しながら胸の中に沈んでいく。静かに、静かに、ゆっくりと飲み込まれていく。ディストレスはわずかに呻いた。
「…ディストレス」
苦しげに呻くその姿を、ラディウスは凝視した。何故だか、目を離してはいけないような気がしたから。ずっと、その姿を見つめていた。
親しげに、その人は笑った。
「さあ、王子様(ディストレス)がお待ちかねだよ」
親しげで、朗らかで、屈託なく笑うその様は、まるで――
「――キトリ?」
心の結晶を握りしめ、ラディウスはその人――おそらく魔女だろうが――を見詰める。魔女は、ははっと大きく口を開けて笑った。それはまるで、旅の途中で出会った一人の少女のように。
「“キトリ”は私の半身さ。私の名は“ドルシネア”。…そうか、あんた、キトリに会ったか」
ドルシネアは爪先で二度、影を叩いた。ゆらりと、ドルシネアの影は揺らめき姿を変える。その姿に、ラディウスは目を見開いた。
『 』
赤毛の少女は笑って、消えた。影の中に、溶け込んだ。ドルシネアは笑う。
「あの子は私の影だよ。自由になりたいって何度も逃げようとするから、放してやったのさ。ピーター・パンみたいに靴に縫い付けてやっても良かったんだけど、それも面倒だったしね」
『怖くて堪らないんです』
キトリの言葉を思い出し、ラディウスはドルシネアを見上げた。
「…それじゃあ、貴方は…」
「…私が本体だよ。あの子は影。……そう、私は気付かなかったんだ。“自分”と“影”、そして“光”と“影”の関係性に。私は“影”に、お前なんかいらないよ、なんて暴言を吐いてしまってね」
光がなければ、影は存在しない。影がなければ、光の存在は証明されない。そんな簡単なことにも人々は気付かず、気付こうともせずに暮らしている。
人々は皆、ただあくせく働いて、充実した日々を送っているような気になって、自信を痛めつけている。
「半身を失って、魔力が半分になってしまってね。“影”が居れば、こんな間怠っこしいことしなくても良かったんだけど。…影を探すのに、かなりの時間が掛ってしまった。――ラディウス、“ココロ”を寄越しな」
「…はい」
真紅の結晶をドルシネアへ渡すと、隣の部屋へ通された。四方がステンドグラスで作られた、色鮮やかな部屋。眩暈を起こしそうなほど精密な幾何学模様。赤い絨毯が敷かれたその中央には、ガラスの棺が据えられていた。
「…ディストレス」
棺の中で眠りに落ちる、一人の青年。横たわるその人は、もうすでに“少年”ではなく“青年”となっていた。その成長が、彼が死んでいるのではないということを証明している。ただ、一切の表情を持たないそれは変わらずに、美しい。ドルシネアがガラスの覆いを外すと、長く伸びた栗色の髪が床に流れた。ドルシネアは柔らかく微笑み、ディストレスの胸に赤い結晶を置いた。
「お前のココロを返してやろう」
赤い結晶に手をかざし、何か呪文のようなものを唱える。
…ずっ。
それはトクントクンと脈打ち、淡く発光しながら胸の中に沈んでいく。静かに、静かに、ゆっくりと飲み込まれていく。ディストレスはわずかに呻いた。
「…ディストレス」
苦しげに呻くその姿を、ラディウスは凝視した。何故だか、目を離してはいけないような気がしたから。ずっと、その姿を見つめていた。
「…ん」
苦しげな呻き声が消えてからしばらくして、ディストレスの目が薄く開いた。
優しい緑の瞳がわずかに笑んだ。ラディウスの瞳から一筋、涙が零れる。旅に出て、女であることを捨て、泣くことを禁じた。自身に課した戒めが一つ流れ落ちた。
「…ラディウス」
ゆっくりと体を起こし、ディストレスは想い人の名を呼んだ。懐かしいその声にラディウスはディストレスに駆け寄り、手を取った。
「…ラディウス、ありがとう」
「だから…っ、いつも“ラディ”って呼んでって言ってるでしょ…っ?」
ディストレスに抱きつき、ラディウスは笑った。
「“ラディウス”なんて、まるで…っ、男の子みたい、じゃないっ」
嗚咽を漏らしながら、ラディウスは笑う。そしてやはり、ディストレスは以前と同じようにこう言った。
「…ラディウスって名前、可愛いと思うよ。僕は結構気に入っているんだけどな」
ディストレスはラディウスの背に腕を回し、華奢な肩に顔を埋めた。抱き合い、再開を喜び合う二人を見て、ドルシネアはくすりと笑い、ラディウスの頭をくしゃりと撫でた。
「ご褒美だ。アンタはよく頑張ったからね」
「…え?」
肩に掛かる柔らかな金髪。それはもとの、背の半ばあたりまでの長さに戻っていた。癖のないまっすぐな金髪は、まぎれもなくラディウスの髪だった。
「これ…」
「旅立ちの前に、自分で切っただろう?このくらいの褒美はあってもいいだろう」
愛でるように髪を撫で、ドルシネアは言った。
「……ありがとう」
目を見開いて呆然としているラディウスの代わりに、ディストレスはドルシネアに礼を言った。お前がそれを言うのはおかしくないかと可笑しそうに笑うドルシネアに、僕はラディウスの髪が好きなんだとディストレスは答える。
もちろん髪だけではないけれど、とラディウスは強く抱きしめられ、今更ながらわずかに赤面した。
「さぁて、と」
首を一つ回し、ドルシネアはくうっと伸びをする。
「そこのお二人。盛り上がってるトコ悪いけど、ハッピー・エンドにゃ役者が二人ばかり足りないね」
パチン、と指を鳴らす。小気味よい音が響き、ドルシネアは少し芝居じみた口調でこう言った。
「こっちも感動の再会といこうじゃないか。――さぁ、おいで」
どこからか、一羽の慈鳥が現れ、ドルシネアの肩に舞い降りた。黒い羽が一枚二枚、空を舞う。ひらりひらりと落ちる羽。その一枚が赤い絨毯の上に着いた時、ステンドグラスの一面がぐにゃりと揺らいだ。
現われたのは、一人の少女。長い黒髪と黒のドレスがふわりとなびく。
「…ここ、は?」
「“魔女の家”さ。いらっしゃい、悪魔の子オディール」
オディールは驚き目を見開いて辺りを見回した。
「…アンタは?」
「わたしはドルシネア。――魔女だ」
慈鳥は赤い目を細め、オディールを見つめる。そしてドルシネアの肩から床に降り、深く頭を下げた。まるで何か、許しを請うように。
「――オディール」
呟き、慈鳥は目を閉じた。
ぶわりと、風が吹いた。それと同時に黒い羽が視界を遮る。ただ一面の黒。目を閉じ、庇うように腕で顔を覆う。
風が止んで、腕を降ろしゆっくりと目を開くと、そこに居たのは一人の老紳士。ロマンス・グレーの髪に茶のアスコット・タイがよく似合っている。
「…貴方は……」
わずかに眉を顰め、オディールは一歩後ろに下がる。
「…なんで、こんなところに?」
紳士は赤い瞳を悲しげに伏せ、オディールを抱きしめた。オディールはそれを拒みはせず、甘んじて受ける。
「ありがとう……。生きていてくれて…」
「…どうして」
紳士の腕の中で、オディールは呟く。
「…どうして、あたしを一緒に連れて行ってはくれなかったの?」
「殺してしまいそうだった…。何もかも全てをなかったことにしようと躍起になったいた…。お前まで…自分の、娘まで……」
「…そっか」
紳士の背に腕を回し、ぎゅうと抱き返す。そして、初めて受ける暖かさにオディールはわずかに微笑んだ。
「…これからは、父様の為に生きるよ」
「自分のために生きてくれ。…どうか、自分の幸せの為に…」
「……うん」
二人は共に笑った。
本当に、仲の良い親子のように。
「これでハッピー・エンドだ」
ドルシネアは朗らかに笑った。ラディウスと、ディストレスも。喜びは皆に伝染する。
「さぁ、皆久しい人との再開は果たしたね?それでまず、何をしたい?」
腰に両手を当てて問うドルシネアに、ラディウスとディストレスは顔を見合わせ同時に言った。
「取り敢えず、皆でかくれんぼかな?」
苦しげな呻き声が消えてからしばらくして、ディストレスの目が薄く開いた。
優しい緑の瞳がわずかに笑んだ。ラディウスの瞳から一筋、涙が零れる。旅に出て、女であることを捨て、泣くことを禁じた。自身に課した戒めが一つ流れ落ちた。
「…ラディウス」
ゆっくりと体を起こし、ディストレスは想い人の名を呼んだ。懐かしいその声にラディウスはディストレスに駆け寄り、手を取った。
「…ラディウス、ありがとう」
「だから…っ、いつも“ラディ”って呼んでって言ってるでしょ…っ?」
ディストレスに抱きつき、ラディウスは笑った。
「“ラディウス”なんて、まるで…っ、男の子みたい、じゃないっ」
嗚咽を漏らしながら、ラディウスは笑う。そしてやはり、ディストレスは以前と同じようにこう言った。
「…ラディウスって名前、可愛いと思うよ。僕は結構気に入っているんだけどな」
ディストレスはラディウスの背に腕を回し、華奢な肩に顔を埋めた。抱き合い、再開を喜び合う二人を見て、ドルシネアはくすりと笑い、ラディウスの頭をくしゃりと撫でた。
「ご褒美だ。アンタはよく頑張ったからね」
「…え?」
肩に掛かる柔らかな金髪。それはもとの、背の半ばあたりまでの長さに戻っていた。癖のないまっすぐな金髪は、まぎれもなくラディウスの髪だった。
「これ…」
「旅立ちの前に、自分で切っただろう?このくらいの褒美はあってもいいだろう」
愛でるように髪を撫で、ドルシネアは言った。
「……ありがとう」
目を見開いて呆然としているラディウスの代わりに、ディストレスはドルシネアに礼を言った。お前がそれを言うのはおかしくないかと可笑しそうに笑うドルシネアに、僕はラディウスの髪が好きなんだとディストレスは答える。
もちろん髪だけではないけれど、とラディウスは強く抱きしめられ、今更ながらわずかに赤面した。
「さぁて、と」
首を一つ回し、ドルシネアはくうっと伸びをする。
「そこのお二人。盛り上がってるトコ悪いけど、ハッピー・エンドにゃ役者が二人ばかり足りないね」
パチン、と指を鳴らす。小気味よい音が響き、ドルシネアは少し芝居じみた口調でこう言った。
「こっちも感動の再会といこうじゃないか。――さぁ、おいで」
どこからか、一羽の慈鳥が現れ、ドルシネアの肩に舞い降りた。黒い羽が一枚二枚、空を舞う。ひらりひらりと落ちる羽。その一枚が赤い絨毯の上に着いた時、ステンドグラスの一面がぐにゃりと揺らいだ。
現われたのは、一人の少女。長い黒髪と黒のドレスがふわりとなびく。
「…ここ、は?」
「“魔女の家”さ。いらっしゃい、悪魔の子オディール」
オディールは驚き目を見開いて辺りを見回した。
「…アンタは?」
「わたしはドルシネア。――魔女だ」
慈鳥は赤い目を細め、オディールを見つめる。そしてドルシネアの肩から床に降り、深く頭を下げた。まるで何か、許しを請うように。
「――オディール」
呟き、慈鳥は目を閉じた。
ぶわりと、風が吹いた。それと同時に黒い羽が視界を遮る。ただ一面の黒。目を閉じ、庇うように腕で顔を覆う。
風が止んで、腕を降ろしゆっくりと目を開くと、そこに居たのは一人の老紳士。ロマンス・グレーの髪に茶のアスコット・タイがよく似合っている。
「…貴方は……」
わずかに眉を顰め、オディールは一歩後ろに下がる。
「…なんで、こんなところに?」
紳士は赤い瞳を悲しげに伏せ、オディールを抱きしめた。オディールはそれを拒みはせず、甘んじて受ける。
「ありがとう……。生きていてくれて…」
「…どうして」
紳士の腕の中で、オディールは呟く。
「…どうして、あたしを一緒に連れて行ってはくれなかったの?」
「殺してしまいそうだった…。何もかも全てをなかったことにしようと躍起になったいた…。お前まで…自分の、娘まで……」
「…そっか」
紳士の背に腕を回し、ぎゅうと抱き返す。そして、初めて受ける暖かさにオディールはわずかに微笑んだ。
「…これからは、父様の為に生きるよ」
「自分のために生きてくれ。…どうか、自分の幸せの為に…」
「……うん」
二人は共に笑った。
本当に、仲の良い親子のように。
「これでハッピー・エンドだ」
ドルシネアは朗らかに笑った。ラディウスと、ディストレスも。喜びは皆に伝染する。
「さぁ、皆久しい人との再開は果たしたね?それでまず、何をしたい?」
腰に両手を当てて問うドルシネアに、ラディウスとディストレスは顔を見合わせ同時に言った。
「取り敢えず、皆でかくれんぼかな?」
END