羽根あり道化師

記憶の扉②

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ayu

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格好良い、と思う。
ゆうちゃんは、ほんとうに格好良い。背が高くて、顔も整ってる。彼女がいないのが不思議なくらい格好良い。優しいし、料理も上手。小さい頃から病気がちだったあたしと、ずーっと一緒に居てくれる。自慢のお兄ちゃん。
入院中のあたしに勉強を教えてくれたのも、寝る前に本を読んでくれたのもゆうちゃんだった。髪を梳かしてくれたのも、髪を結ってくれたのも、初めてカメラを買ってくれたのも、いつもゆうちゃん。
『どうしてあたした達にはお父さんもお母さんもいないの?』
昔、あたしはゆうちゃんにこう聞いたことがある。『お星様になったんだよ』とゆうちゃんは笑って答えた。空に居て、俺たちを守ってくれているんだ、と。
…あたしには、入院前の記憶がない。親の記憶も、友達の記憶も。覚えていたのはゆうちゃんの事と、ただなんとなく、赤かったな、と。覚えているのはそれだけ。何度かあたしの幼馴染だという子がお見舞いに来てくれたけど、あたしはその子のことを覚えてはいなかった。
目が覚めたら真っ白い部屋に居て、包帯でぐるぐる巻きにされてて、体中が痛くて、すごく怖くて、あたしはゆうちゃんを呼びながら泣いていた。
何処にいるの。
ここはどこなの。
誰か来て。
ゆうちゃん、早く来てよ。
今では考えられないくらい、泣き喚いていた。泣き疲れて眠っていたら、ゆうちゃんが来てくれた。すごく疲れた顔をして、学校をやめてきたと言った。バイトを始めたんだ、と。あたしの頭を撫でて心配しなくていいよ、と笑った。
あたしは何故かご飯が食べられなかった。食べようとすると喉が焼けつくような感じがして、体が食べ物を受け付けなかった。口に入れられるのは水やジュースなどの液体のものだけだった。
心配しないで。
そう言って、あたしは笑った。
あたしは大丈夫だから。
決して大丈夫ではない状態だったのに、あたしはそう言った。それが余計に心配させることになることも知らないで、幼いあたしはゆうちゃんに笑いかけた。腕には数本の点滴。やせ細った体。誰が見ても、大丈夫な状態ではなかったのに。
ベッドの上のあたしの世界は、白い病室と窓から見える空の色。
――空が、青かった。
白い雲がふわふわと、流れていた。
この空が、この部屋いっぱいに広がってくれればいいのに。

「…ねえ、カメラ欲しい」

そうして、あたしは空を手に入れた。
白一色の病室の壁に、沢山の青空の写真を張り付けた。部屋全部が、まるで青空みたいに見えるように。








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