羽根あり道化師

第五章 真実を写す砂漠、馳せ参じるは炎の獅子

最終更新:

vice2rain

- view
メンバー限定 登録/ログイン
一行は幻影の砂漠へと足を踏み入れていた。激しい砂嵐に加えて、あらゆる幻影で旅人を苦しませるこの砂漠に近づくものはあまりいない。西の果てへと続いているこの砂漠には魔術師がひとりいるのみで、それ以外には何も無いのだから。
しかし、彼らにとっては重要な場所だ。この地に住む熱砂を操る魔術師が、サガルマータへの鍵を持っているからである。
サガルマータへの道を開く封印解除の宝玉、星界の封印―それを求め、彼らは先へと進むのだった。

「…すごい砂嵐ね。王子、レオン、だいじょうぶ?」
「ああ。俺は平気だぜ。それにしても…魔物の幻影なのか、ホンモノなのかがわからねーから、戦いづらいな。」
「そ、そうですね…僕も、なんだか…ヘンな幻影をたくさん見ます。」

レオナルドの碧い瞳に、不思議な光景が映っていた。少し遠い場所に見える、おそらくは幻。ぼんやりと、かすむように見える。

「…竜?」

かすんで見えるのは、黒龍だった。酷く傷つき、血を流している。竜など、恐怖の対象でしかないはずなのに不思議とレオナルドは冷静だった。黒龍は、赤い瞳をレオナルドに向ける。何かを訴えかけるような、辛そうで、しかし厳しさを失っていない瞳が突き刺さる。しかし、突如黒龍を砂嵐が飲み込み、幻は消えてしまった。

「な、なんだったんだろう、今のは…?」
「おい、レオン!なにやってんだよ!さっさと行こうぜ。もうすぐ、着く筈だ!」
「は、はい…」

―レオン君っ

今度は、少女の声が聞こえた。
上品な、しかし茶目っ気のある少女の声。その声にレオナルドは目を見開いた。

「っ!サラ?!」

勢いよく振り向いたレオナルドの瞳に、黒龍が再び映る。しかし今度はレオナルドのすぐ目の前に、凄まじい威厳と恐ろしさをもって、こちらをにらんでいた。
プリアラもレオナルドを振り向いて、叫ぶ。

「…逃げましょう!こんなの、相手にしていられないわ!」
「逃げません。」
「レオン?!」
「逃げては…ならない。」

ほぼ無意識に、レオナルドは口を開く。遠くから、ヴァイスとプリアラの叫び声が聞こえるが、それも頭には全く入ってこなかった。

「逃げたりなんか…できるでしょうか。しかし…!」

負けたりも、しません!そう叫んだ瞬間、竜の幻は消え去った。ヴァイスが目を見開き、レオナルドに駆け寄っていこうとした瞬間、レオナルドの体も崩れ落ちた。

「レオンーッ!」
「いけない、王子!レオン、精神力を使い果たしているわ!ここにいるのは危険よ!急がないと!」
「俺が担ぐ!いくぞ!」

プリアラが風魔法を駆使して砂嵐をしのぎ、3人は砂漠を抜けることに成功する。オアシスにたどり着いた瞬間空は晴れ渡り、温かみのある造りの家が一軒だけあるのみだ。今まで歩いて見てきた光景が嘘のように、穏やかである。

「ここ、か?」
「ええ、そうよ。西の魔術師がいるはず…」

プリアラが言いかけた瞬間、鋭い咆哮がとどろいた。肩を震わせて、振り返り、ヴァイスは剣を、プリアラは杖を構える。炎を身に纏った獅子が一匹、そこにいたのであった。

「武器を収めなさい。あなたたちは何故ここにきたのです!」

獅子が唸る。とはいえ、声は女性のものであり、ヴァイスは困惑した。

「え…?なんなんだ?!こいつ!」
「王子、もしかしたら…」
「そうです、私が西の魔術師、ガエリレル…。あなたたちは……そう、あなたたちも星界の封印を求めてきたのね。」

突如、獅子の姿が燃えるような赤い髪の女性の姿に変わった。すらりとした長身の女性で、ヴァイスは目を丸くする。

「…西の魔術師なんていうから、とんでもねぇバァさんだと思ってたぜ。」
「ちょっと、王子ッ!」
「……あなたの担いでいる方、少し危険な状態ですね。とにかく、家へお入りなさい。」

ガエリレルに連れられ、家の中へ。家の中の様子で、手芸が得意だという印象を受ける。手作りのベッドカバー、テーブルクロス。クールな外見と裏腹に、西の魔女は家庭的なようだ。

「マルラ、この方の看病を。」
「マルラ?」
「私の使い魔です。」

丸々と太った猫が現れ、レオナルドに甲斐甲斐しく世話をし始めた。それを不思議そうな瞳で見ていたヴァイスをプリアラが小突き、ガエリレルに向き合うようにとささやく。わぁったよ、と頭をひっかきながら、ヴァイスは向き直った。

「質問をさせてもらいます。まず、あなた…ミルディアンの第二王子…ヴァイスですね?」
「そうだ。王になるためにサガルマータにいかなければならない。星界の封印とやらが必要だとかで、ここにきたんだ。」
「……たしかに、ミルディアンの王子たちが受けた使命はサガルマータへ到達すること…そして、そのためには星界の封印が必要です。ですが…あなたたちは、どこで、どのようにそれを知ったのですか?」
「どこで…?………」

プリアラが黙り込んだ。ヴァイスもまた、口をつぐむ。その二人の様子を見て、ガエリレルは静かに、再び語り掛けた。

「やはり、ですか…。あなたたちは、言いたくないのではなく、思い出せないのですね?」
「ああ。でも、どうしてそれがわかったんだ?」
「私は人の心を読むことが出来ますから。」
「でも、なぜ『やはり』と?」
「…違和感です。」

違和感。具体的であり、まったく実態をともなわない答えだった。プリアラは深く考え込み、ヴァイスは思考を放棄してしまっている。そこで、やっとレオナルドが意識を取り戻し、むくりと体を起こした。

「…う、ここ…は…?」
「あ、気がついたのね。」
「よかった、無事だったんだな。」

一向に収まらない頭痛にレオナルドは瞳を細くした。そして、ヴァイスとプリアラの向かいに座る女性を見て、つぶやく。

「あなたが西の魔女…ガエリレルですね?」
「そうです。今、プリアラさんとヴァイスさんからお話を伺っていました。サガルマータを目指すということを…。…あなたは、一体なぜサガルマータを目指すのですか?」

レオナルドは黙り込んだ。ヴァイスとプリアラも顔を見合わせる。たしかに、目的が見当たらない。ヴァイスは自分が王になるため。プリアラは、そのヴァイスの補佐。
しかし、レオナルドは?たしかに、ヴァイスとプリアラと出会い、彼らは仲間になった。しかし、理由がどうしても思い出せない。ヴァイスが口を開く。

「み、ミルディアンの郊外でこいつが倒れていた!だから、俺達が助けて、それから…と、とにかく!俺についてくんだよ!」
「…ヴァイス王子、それは本当にそうだったのでしょうか?」
「俺が嘘をついているとでもいうのか?」
「いいえ。そうではないのです。でも、そうともいえるかもしれません。」
「どういう、ことですか…?」
「先ほど、私は違和感といいましたね。」

三人は黙って続きを促す。

「私が感じたのは、特にヴァイスさん、レオンさん。あなたたちのことです。私にも、プリアラさん、あなたにも感じるのですが、あなたたち二人にはとてつもない違和感を感じます。」
「どういうことだ!確かに、俺は日ごろから王子らしくないとか、言われるけどな…」
「いいえ、そうではありませんよ。私が言いたいのは、この世界に違和感を感じるということです。」
「世界…?」
「…先ほど、あなたたちが砂漠を通る時、黒龍を目にしませんでしたか?」
「あ、はい!見ました。一度目は、酷く傷ついた黒龍…二度目は凶暴そうな…」
「では、おそらく一度目が真実、二度目は虚無でしょう。」
「意味がわからん。」
「王子はいつもそうね。」
「うるせー。俺は考えるのが苦手だ。」

そんなプリアラとヴァイスのやりとりも耳に入らず、レオナルドはただガエリレルの話に耳を傾ける。

「私にもこれが真実なのかはわかりません。この世界はゆがんでいます。-真実が葬り去られ、全てが反転し…そう、鏡のように。今はまだ、これも幻。しかし、時が経てばそれも真実へと。」
「…それは、僕らのいるこの世界が、本当のものではない…と?」
「そうです。」
「ば、バカを言うな!俺達はたしかにここにいる!」
「ええ。そう思わされていますね。私も、…私も本来の姿ではないのでしょう…」

傷みをこらえるような言葉に、声を荒げたヴァイスも思わず黙り込んだ。

「…星界の封印は差し上げましょう。しかし…先ほどの黒龍は、砂漠の幻を通して、私達に訴えかけていました。サガルマータにはいかないように、と。何か…何か、外部からの働きかけがあるのでしょう。レオナルドさん。あなたは、異質な存在…なにかを感じませんでしたか?外からあなたを呼ぶのは誰ですか?」
「……」
「レオン?」

サラ、ではない。プリアラもちがう。兄、カームでもなければ、

―バッキャロゥ!テメェ、さっさとこっちに戻ってきやがれ!それ以上お前のバカにはつきえねーッつぅの!

「…!こ、れ…は?!……!ヴァイス!」
「あ?」
「ちがう、君じゃないよ…君じゃないヴァイスだ。」
「…俺じゃない、俺…そうか、俺も幻なのか?」
「…じゃあ、レオン。私もそうなのかしら。」
「…はい。今わかりました。本来の姿が―僕は、僕はこの鏡で、この世界に迷い込んだ…。でも、なぜなのかわからないんです!せめて、ヴァイスが助けてくれれば…」

レオナルドは俯く。その肩に、手がかけられた。

「ばああぁあぁぁか。俺サマがいるだろ。生憎魔法はつかえねぇが、俺は俺だ。幻でも、なんでも。お前の力になってやるって気持ちは変わらないぜ。」
「私も。だって、本当の世界でも私たちは仲間なんでしょう?」
「ヴァイス…プリアラ…。…あははっ、ありがとう!そうですね、でも…でも、君たちは…僕が元の世界に戻れば、もしかしたら君たちは消えてしまうかもしれないんですよ?」
「覚悟の上だ。俺は嘘をつかないってのがモットーだからな。それに、俺達は完全に消えるわけじゃねぇさ。」
「そうね…レオン。あなたが覚えていてくれればいいわ。」
「…そう、ですか?」
「…真実を目指しなさい。あなたがたの道は、あなた方の力と、真実を知る者の働きかけで切り開かれるでしょう。」

ガエリレルからの激励を背に三人は再び砂漠へ向かって歩き出したのだった。




「…いってぇぇぇぇえええええ!ベルク!痛いっつーの!」
「が、我慢してくださいよ~、魔法で治す力なんて残ってないじゃないですか。」

ミルディアンからだいぶ離れた山奥の教会の中で、包帯だらけになったヴァイスにベルセルクは向かっていた。まだ治療の終わっていない左足のやけどに、ベルセルクは薬を塗っていくが沁みるらしく薬が塗られるたびに悲鳴をあげる主君にベルセルクは苦笑する。

「うぅ…イシュナードのヤツ…俺の力が戻ったらフルボッコにしてやるからな…。それよりよー、レオン…気づいたかな。」

不意に、不安そうな表情を浮かべるヴァイスに、ベルセルクは答える。

「気づいているといいですね…。もし、彼らがサガルマータへ着いてしまったら…」
「…まずいな。この活発僧侶ヴァイス君ってキャラが崩壊する。」
「それどころか、俺とか消えるかもしれないですよ。ヴァイス様がそうなったら。」
「……非常にまずいな。どうしよう
、俺もあの鏡の中に入れればよかったんだけど、もう魔力もほとんどなくなってる。…イシュナードに正面きって勝負挑むのはムリだろうな。」
「…はい。世界が少しずつゆがんでいますね。さっき、ヘンなことが起こっていました。ミルディアンで王が行方不明になっているって噂ですけどね、ミルディアン国民がみんな、王の名前がヴァイスだって…」
「……際限なくまずいな。どうしよう、王様って呼ばれるのもちょっと捨てがたいと思っちゃったじゃねえかコノヤロウ。」
「ああ、それはやばいっすね。だいじょうぶです!俺は何があったってヴァイス様がただの不良僧侶だと覚えていますから!」
「わかったわかった、ありがとよ。」

ベルセルクの言葉にヴァイスは苦笑し、包帯を巻きなおしたのだった。


記事メニュー
ウィキ募集バナー