羽根あり道化師

第六章 失われゆくは旧友、第四の場所にて覚醒

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vice2rain

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ヴァイスは肩で息を吸い込み、そして吐き出した。荒い呼吸がとまらない。治療中のままであるやけどの跡は消えていなかった。彼の周囲で風が巻き起こり、魔力が収束していくのが見てとれたのではあったが、それ以上のことは起こらなかった。この魔法が一体なんだったのかも理解できない。ヴァイスの魔力は徐々に薄れていっているらしく、それを自覚した彼はがっくりと肩を落とし地面を見つめて、こぶしを振りおろした。

「…ちくしょうっ…!ちくしょうちくしょうちくしょう!」

つい先ほどまでいたはずのベルセルクの姿はなくなっていた。それどころか、そのことに少しの間ヴァイスは気づいてすらいなかった。なぜ自分が王宮にいないのかと考えていて、ようやく思い出したのだ。自分が王ではなく、ただの修道士だということを。

「このままじゃまずい…!」

再びこぶしを握り締め、それを大地に何度も叩きつけるが何の解決法も思いつかない。こうしている間にも魔力は徐々に衰え、思考も泊まりかけているのを顕著に感じている。

「…レオン。頼む…!」
「情けないわね、王様。」

突然背後から聞こえた声に振り返り、絶望的な瞳を声の主に向けた。藍色の髪の乙女―プリアラだった。彼女さえも自分を王と呼ぶのか、ヴァイスは首を横に振る。

「俺は王様なんかじゃない。」
「冗談のつもりよ。私がこれくらいの魔法に引っかかるとでも思うの?」

先ほどの冷たい響きを持った言葉とは一転しプリアラはいたずらっぽい笑みが浮かべていた。ヴァイスも少し安心したらしく、ふと微笑してよろよろと身を起こした。

「…お前はまだ無事なのか…。俺はこのザマだ。ベルクも消えちまったよ。さっきなんか、俺が何者なのかもわからなかったんだ。魔力なんか、もうないんだよ。」
「……それは、ヴァイスがレオンと変換させられている当事者だからよ。仕方ないわ。私はあまり変化がないから。」
「なあ、俺はたぶんイシュナードから鏡を取り返して魔法を解こうとしていたんだと思うんだ。プリアラ―」
「わかってる。協力してあげるわよ。どこまでいけるかわからないけれど。」

自信満々な笑みとは裏腹に言葉からはかすかな不安が感じ取れた。しかし、不安のために立ち止まっている暇はない。ヴァイスは力なく笑うと立ち上がり、ミルディアンへ向けて歩み始めるのだった。




その頃レオナルドは砂漠を抜け、たどり着いた街でとった宿の一室で思案をめぐらしていた。隣の部屋にはヴァイスが、そしてその向こうにはプリアラの部屋がある。二人に相談しようという気持ちにはあまりなれなかった。これからの行動で、二人は消えていくのだ。それを思うと、相談など出来るはずもない。

「…この鏡に、魔法の力を込めて僕の世界に戻れないだろうか?」

徐々に魔法の使い方がレオナルドにもわかるようになってきていた。もうプリアラと互角なほどになっている。

鏡をとりだし、集中する。指先を鏡に向け、瞳を閉じて念じる―魔力を戻すように―

「……うーん、ダメだ…。」
「レオン、入るぜ。」
「あ、どうぞ。」

ドアをノックすることすらせずに、ヴァイスが部屋へ入ってきた。そしてレオナルドの隣に座り込んで鏡を見る。

「何か思いついたのか?」
「あ…うん、まあ…。でもダメみたいだった。僕じゃあまだ、魔力が足りない…」
「魔力か…しかし、信じられないな。俺が魔法を自在に操っていたなんて。レオン、お前の知っている俺はそんなにすごかったのか?」
「すごいなんてものでは…。ああ、でも…君はたしか『本来は俺の魔力なんかじゃない』って言っていたような…」

レオンは自分の記憶をたどるが、記憶だけではどうしても答えが見つからない。何か別の方法で見つけるしかないのだろうか。そもそもこの世界では記憶すらも徐々に移ろいで行くのだから、考えても仕方がないのかもしれない。

「本来は自分の力じゃない?どういうことだ。魔法の力はそんな簡単に人の間でやりとりできるものじゃないんだろ?」

ヴァイスの言葉にレオンは小さくうなずいた。いまや魔法の原理はすべてわかる。魔力の受け渡しを行うことがどれだけ危険なことか、またその力が大きければ大きいほどリスクが増えていくことも。ヴァイスがもともと強大な力を持っていたのであれば、この世界のレオンもまた強大な魔力を持つはずだが、レオンにはそのような力がない。ならば、何者かから魔力を譲り受けたのだとしか考えられないのである。結局、考えは堂々巡りだった。

「…うーん…。そうなんだよね。僕もだいぶ魔法をつかえるようになったと思うけれど、僕が知っているヴァイスに比べたら全然かなわない。何か秘密があるのかもしれないね…」
「……そうか。うまく、いくといいよな。俺は部屋に戻る。」
「ありがとう、ヴァイス」

ヴァイスは笑みを浮かべて部屋を出て行った。再び訪れた静寂にレオンは魔術書を開き、視線を落とす。そして、精神を集中させると膨大な魔力の出所を調べるべく難解な文字を追い始めたのだった。

「…王子、だいじょうぶ?」

ヴァイスがレオンの部屋から廊下に出たところで、プリアラが囁くように言葉をかけた。ヴァイスは力なく笑って、肩をすくめる。

「プリアラにはお見通しか。正直、未だに戸惑ってる。」
「…私も。」
「なぁ。レオンがこのまま修道士になってもいいだろって思わないか?俺は王子っていう立場をあまり好きじゃないが、ミルディアンが好きだ。一生かけていい国にできるように力を尽くすつもりだ。この決意も全部幻なのか?幻なら、消えていくものだろうが、この世界は消えるどころか―…レオンの様子、見ていてわかっただろ。俺たちだってそうだ。レオンが、別次元のやつだなんて思えなくなってった。だんだん自然の姿にもどっているみたいに、だ。幻が真実になるなら、何が悪いんだ…って俺は思ってしまうんだ」
「私だって…思うことはたくさんある。だけど…だけど、レオンはやっぱり困っているし、元の世界に戻りたがっている。ねぇ、王子。レオンが元の世界に戻りたい理由、わかるかしら?」
「…それは、自分が元いた世界だから…」
「それも少しはあるかもしれないけれど、ちがうわ。断言できる。何かを心配しているような…そんな心が読み取れるの。」
「心配している心…?」
「そう。記憶が徐々に変わっていくから、漠然としているものだけれど…すごくあせっている。そんな気がするの」
「…そうか。仕方がないな、いつか…なるようになるんだろうな。」
「ええ。王子はあまり考え事をしないほうがいいわ。慣れないことをすると頭から煙が出るんだから」
「あーあーわかりましたよ。そろそろ寝るか。おやすみ」


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