語り部は切と語る
静かな夜だった。
…いや、静か過ぎる夜だった。
風の音も、星達の瞬きも、何もかも全てが凍りついてしまったような夜だった。
そろそろ秋も終わり、冬が訪れようかという季節。いつもならば冷たい風が唸り声を上げ、軽やかにその身を翻している季節だ。
なのに、この静けさは一体どうしたことだろうか。
夜陰に紛れて飛び遊ぶ蝙蝠の羽音も、闇に溶ける梟の歌声も、何もかも全てが消えてしまった。
…いや、静か過ぎる夜だった。
風の音も、星達の瞬きも、何もかも全てが凍りついてしまったような夜だった。
そろそろ秋も終わり、冬が訪れようかという季節。いつもならば冷たい風が唸り声を上げ、軽やかにその身を翻している季節だ。
なのに、この静けさは一体どうしたことだろうか。
夜陰に紛れて飛び遊ぶ蝙蝠の羽音も、闇に溶ける梟の歌声も、何もかも全てが消えてしまった。
『約束よ』
その人は、細い人差し指を唇に当てて全てのものに語りかけた。
『あたしがここを出ていくこと、どうか、秘密にして』
お願いね、とその人は笑む。
無言のうちに、全てのものはそれを承諾した。
だからお喋りな風も、星も、動物達も、全ては口を噤んだ。
何かの弾みで、間違っても溢してしまわないように。
全てのものが、口を噤んだ。
無言のうちに、全てのものはそれを承諾した。
だからお喋りな風も、星も、動物達も、全ては口を噤んだ。
何かの弾みで、間違っても溢してしまわないように。
全てのものが、口を噤んだ。
――夜の帳が、物語を紡ぎ出した。
良い月夜。
煌煌と、鮮やかに光るあの月のいやはやなんと美しいこと。
んん?おや、これはお美しいお嬢さん。こんな遅い時間にどうなされました?
ほう、月が明るくて寝つけないと?ああ、確かに確かに。貴方の大きな瞳はまだきらりきらりと月のように輝いていらっしゃる。
それではお嬢さん、わたくしめの物語などいかがでしょう?
そうですねえ、この月夜に相応しい、恋の物語など如何で御座いましょうか?
まだまだ未熟なわたくしの物語とて、貴方の暇つぶしくらいにはなりましょう。おや?そちらにいらっしゃいます気高き紳士殿。どうなされました?なんと、貴方も月が明るくて眠れないと、この語り部の話を共に聞いてもよろしいか、と。えぇ、それはもう、勿論で御座いますとも。お客様は多い方が良いものですからね。大歓迎で御座います。あぁ、そんな後ろではなくこちらの方へ。ずずいずい、と。
それでは皆様、お静かに。今宵は月がとても美しいとは思いませんか?
ほら、御静聴下さいませ。そうっと耳を澄ましてみると、優しく柔らかな月のささやきが聞こえてくるようでは御座いませんか。
あぁ実に、それ程までに美しい。
さて、皆々様のお時間を、ちょいと拝借して語りまするは、それは儚き物語。
美しき月夜を舞台にこの物語。わたくしめのような若輩者が語るのもどうかと思いますが、どうかどうか、最後までお付き合いくださいまし。
煌煌と、鮮やかに光るあの月のいやはやなんと美しいこと。
んん?おや、これはお美しいお嬢さん。こんな遅い時間にどうなされました?
ほう、月が明るくて寝つけないと?ああ、確かに確かに。貴方の大きな瞳はまだきらりきらりと月のように輝いていらっしゃる。
それではお嬢さん、わたくしめの物語などいかがでしょう?
そうですねえ、この月夜に相応しい、恋の物語など如何で御座いましょうか?
まだまだ未熟なわたくしの物語とて、貴方の暇つぶしくらいにはなりましょう。おや?そちらにいらっしゃいます気高き紳士殿。どうなされました?なんと、貴方も月が明るくて眠れないと、この語り部の話を共に聞いてもよろしいか、と。えぇ、それはもう、勿論で御座いますとも。お客様は多い方が良いものですからね。大歓迎で御座います。あぁ、そんな後ろではなくこちらの方へ。ずずいずい、と。
それでは皆様、お静かに。今宵は月がとても美しいとは思いませんか?
ほら、御静聴下さいませ。そうっと耳を澄ましてみると、優しく柔らかな月のささやきが聞こえてくるようでは御座いませんか。
あぁ実に、それ程までに美しい。
さて、皆々様のお時間を、ちょいと拝借して語りまするは、それは儚き物語。
美しき月夜を舞台にこの物語。わたくしめのような若輩者が語るのもどうかと思いますが、どうかどうか、最後までお付き合いくださいまし。
切。
語り部は、小弦を爪弾く。
儚き調べは風に乗り、月明かりに溶けた。
それでは、前置きはこの辺に致しまして、そろそろ始めると致しましょうか。東の空が白み、鮮やかな紅に色付き始める前に、話を始めてしまいましょう。
これは、夜の物語。
お日様には少々悪いのですが、きらきらと眩しい日の光の下では趣も何もありゃしません。淡い淡い、柔らかな月明かりの下でこそ映える物語。月のような、儚い光の下でこそ映える物語。
儚き調べは風に乗り、月明かりに溶けた。
それでは、前置きはこの辺に致しまして、そろそろ始めると致しましょうか。東の空が白み、鮮やかな紅に色付き始める前に、話を始めてしまいましょう。
これは、夜の物語。
お日様には少々悪いのですが、きらきらと眩しい日の光の下では趣も何もありゃしません。淡い淡い、柔らかな月明かりの下でこそ映える物語。月のような、儚い光の下でこそ映える物語。
それでは皆々様、ごゆるりと。
第一章 月の瞳と闇の髪へ