第二章・雪にまぎれて
1
城下町を抜け、私たちは山間の小さな村に入った。
この国、スワラージは活気があり賑やかだと言われているが、それはほとんどが大きな町に入ればの話だ。小さな村に入ってしまえば人口も少なくなり、閑散として少し寂れたような感じすらしてくる。
「ねぇ、ファド」
朝方、そろそろ疲れただろうか、とフィオナの体温を感じながら宿を探していた。馬も少し休めなければといけないから厩のついた宿がいいか、などと考えていると、不意に後ろから声が掛かった。
「何でしょう、フィオナ」
ちらちらと、静かに雪が降り出してきた。それが余計に、この村の寂しさを引き立たせる。
「この馬、名前はないの?さっきから聞いているんだけど、分からないって言うの。ファドもこの馬のこと“お前”とか“コイツ”ってしか呼ばないし」
馬と会話をしているかのようなその言い方にわずかに首を傾げながら、ああ、と私は呟いた。
「私達軍人は、馬に名前を付けたりしないんですよ」
「どうして?名前がないなんて…名前で呼んでもらえないなんて、そんなの寂しいじゃない。可哀想よ」
私は馬の毛並みを撫でながら答える。
「私達軍人は戦場で戦います。そのとき、馬が傷を負って動けなくなったりした場合、やむを得ずその場に置いていかなければならない。自分の身に危険があれば、おとりにすることもある。
…どっちにしろ、見殺しにすることになってしまいます」
ファドは言葉を切り、自嘲するように笑った。
「けれどそのとき一瞬でも躊躇えば、こっちが命を落とすことになる。たとえほんのわずかな時間であっても命に関わる。躊躇ってはいけない。だから、私達軍人は自分の馬に名前を付けないんです。
…名前を付けてしまっては、情が移ってしまいますから」
「…ふぅん」
少し、悲しげな声。
「…貴方が、付けますか?」
「え…?」
「名前です。こいつに、名前を付けてやってください。…私はもう、これからは戦場に立つことは無いでしょうから」
「いいの?」
驚いたようにフィオナは言った。
「ええ。こいつにぴったりで、とびきり縁起の良いものをお願いします」
小さな宿屋を見つけ、私はそちらに目を向けながら言った。
「それじゃあ“セレンダイン”が良いわ!」
うーん、としばし悩んで、フィオナは言った。明るく弾んだ声だ。
きっと私の後ろで花のような満面の笑みを浮べているのだろう。その顔を見ることが出来ないのが残念でならない。
「セレンダイン?……あぁ、金鳳花、ですか?」
「そう!ねぇファド、金鳳花の花言葉って知ってる?」
「…いえ」
あのね、とフィオナは少しもったいぶったように言う。
「“来るべき喜び”っていうの!」
…来るべき、喜び。
「…セレンダイン。…うんっ、すごく良いわ。ねぇファド、あたし“セレンダイン”がいいわ!」
「…“来るべき喜び”、か。良い名前だ」
「ほんと?やったぁ!」
楽しげに、フィオナは笑う。
「これから宜しくね、セレンダイン」
楽しげに、フィオナはころころと笑っていた。“セレンダイン”も、嬉しそうに一ついなないた。
この国、スワラージは活気があり賑やかだと言われているが、それはほとんどが大きな町に入ればの話だ。小さな村に入ってしまえば人口も少なくなり、閑散として少し寂れたような感じすらしてくる。
「ねぇ、ファド」
朝方、そろそろ疲れただろうか、とフィオナの体温を感じながら宿を探していた。馬も少し休めなければといけないから厩のついた宿がいいか、などと考えていると、不意に後ろから声が掛かった。
「何でしょう、フィオナ」
ちらちらと、静かに雪が降り出してきた。それが余計に、この村の寂しさを引き立たせる。
「この馬、名前はないの?さっきから聞いているんだけど、分からないって言うの。ファドもこの馬のこと“お前”とか“コイツ”ってしか呼ばないし」
馬と会話をしているかのようなその言い方にわずかに首を傾げながら、ああ、と私は呟いた。
「私達軍人は、馬に名前を付けたりしないんですよ」
「どうして?名前がないなんて…名前で呼んでもらえないなんて、そんなの寂しいじゃない。可哀想よ」
私は馬の毛並みを撫でながら答える。
「私達軍人は戦場で戦います。そのとき、馬が傷を負って動けなくなったりした場合、やむを得ずその場に置いていかなければならない。自分の身に危険があれば、おとりにすることもある。
…どっちにしろ、見殺しにすることになってしまいます」
ファドは言葉を切り、自嘲するように笑った。
「けれどそのとき一瞬でも躊躇えば、こっちが命を落とすことになる。たとえほんのわずかな時間であっても命に関わる。躊躇ってはいけない。だから、私達軍人は自分の馬に名前を付けないんです。
…名前を付けてしまっては、情が移ってしまいますから」
「…ふぅん」
少し、悲しげな声。
「…貴方が、付けますか?」
「え…?」
「名前です。こいつに、名前を付けてやってください。…私はもう、これからは戦場に立つことは無いでしょうから」
「いいの?」
驚いたようにフィオナは言った。
「ええ。こいつにぴったりで、とびきり縁起の良いものをお願いします」
小さな宿屋を見つけ、私はそちらに目を向けながら言った。
「それじゃあ“セレンダイン”が良いわ!」
うーん、としばし悩んで、フィオナは言った。明るく弾んだ声だ。
きっと私の後ろで花のような満面の笑みを浮べているのだろう。その顔を見ることが出来ないのが残念でならない。
「セレンダイン?……あぁ、金鳳花、ですか?」
「そう!ねぇファド、金鳳花の花言葉って知ってる?」
「…いえ」
あのね、とフィオナは少しもったいぶったように言う。
「“来るべき喜び”っていうの!」
…来るべき、喜び。
「…セレンダイン。…うんっ、すごく良いわ。ねぇファド、あたし“セレンダイン”がいいわ!」
「…“来るべき喜び”、か。良い名前だ」
「ほんと?やったぁ!」
楽しげに、フィオナは笑う。
「これから宜しくね、セレンダイン」
楽しげに、フィオナはころころと笑っていた。“セレンダイン”も、嬉しそうに一ついなないた。
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