羽根あり道化師

雪にまぎれて③

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「なっ、フィオナ!?」
 ファドはあたしを見るなり目を見開いて声を上げた。
「まぁ失礼ね、人の顔を見るなり大きな声を出したりなんかして」
 小さな、お世辞にも綺麗とは言えない宿の一室。あたしは自分の髪を一房抓み、クスクスと笑った。
ファドが買い物に行っている間にやったのだ。まあこういう反応だろうなというのはなんとなく想像していた。
「 ジョーか デラか、あたしはどっちなのかしらね。でもまぁどちらも賢者には変わりないわ。それとも、あたしに限り愚か者かしら?」
 腰まであった長い髪は、肩口までに短く切りそろえた。頭を左右に振ってみると、毛先がぱさぱさと顔に当たった。
「すごーく頭が軽いわ。これ、自分で切ったのよ。どう?初めてにしてはなかなかうまいと思わない?」
「そんな…どうして」
ファドはあたしの髪に触れ、呟く。
あたしはスプリングの弱くなったベッドに腰を降ろし、髪を首の後ろで一つにまとめながら答えた。
「あたしは国民に知られ過ぎているから。ほら、この髪って目立つでしょう?それに、国民の中では“王女は長い黒髪”って定着していると思うのよ。だから、この髪だけでもなんとか出来ないものかしらーって思って。それで切ったの。おかみさんに鋏を借りてね。
――式典とかの度にパーティーに参加させられるんだもの。あれって正直、すごく面倒なのよね」
お父様は成金趣味だから、と続けようとしたとき、不意にファドはあたしを抱きしめた。
「…すまない。私の為に…」
「大丈夫よ、あたしの髪、伸びるの早いんだから。そのうちまた元の長さに戻るわよ。それにね、あたし、一度でいいから髪を短くしてみたかったの。
…それとも、髪の長いあたしじゃなきゃ嫌?髪の短いあたしは嫌い?」
「そんなことは無いが…しかし…」
あたしはファドににっこりと笑いかけ、続ける。
「それなら何の問題もないわ。…やだ、そんな顔しないでよ。ねえファド、貴方に着いて行くって決めたのはあたしなのよ?あたしは自分で、貴方と生きていくって自分で決めたの。これくらいのこと、何でも無いわ。
そんなことより、これからの予定を決めちゃいましょうよ。明日にはまた出発するんだし、とにもかくにもまずは逃げ切らなくちゃ始まらないもの」
「そう…ですね」
 ファドはあたしから一歩離れると、口許に申し訳なさそうな笑みを浮べた。
「それからね、ファド」
「何でしょうか」
 あたしはファドの襟首を掴んで力任せに引き寄せ、視線の位置を同じにする。そして金の瞳を強く見つめた。
「そういうの、止めよう?そういう堅苦しい喋り方するの、止めて欲しい。それからね、『王女だから』とか『女だから』っていう遠慮もこれからは一切無用よ。城を飛び出した時点で、あたしは『王女』という地位を放棄しているの。あそこから逃げ出した以上、あたしはもう王女ではないの。それ、に『王女、王女』ってぺこぺこされるのはもう嫌なの。もう本当にうんざりしているの。鬱陶しくって。お願いだから普通にして。
あたしはね、対等の立場の人間として扱って欲しいの。良い?」
ファドに出会って、あたしは初めて自分で選択することを求められた。自分の意見をはっきりと言える場を与えられた。今ここで、ファドの意のままに動くお人形にはなりたくない。あたしは、変わりたい。もう“お人形”に戻りたくはない。
“対等の”人間として扱われないのなら、あたしは、ファドと一緒には居られない。どんなに愛されていたとしても、それだけは譲れない。…お願いだから、どうか、貴方まであたしをお人形にはしないで。
あたしはファドの襟首から手を離し、もう一度その瞳を覗きこんだ。
「………分かりました」
「だからっ!」
 もう一度襟首を掴んでやろうと手を伸ばすと、ファドはそれをひらりとかわし、クスクスと悪戯っぽく笑い出した。
「ファド?」
「分かったよ。…これで良いんだろ?」
 そう言って、あたしの頬に口付けをする。
…なんでだろう。
何だか、変に照れる。急に口調が変わったからかもしれない。初めてって訳じゃないのに、頬が熱くなったような気がした。ファドに背を向け、頬に両手を当ててみると、本当に少し熱くなっていた。
「ほら、これからの予定を決めるんだろ?さっき町で地図とか入り用な物を買ってきたんだ」
 ファドは朗らかに笑い、机に地図を広げてあたしに手招きをした。

         ・

「あたしはね、対等の立場の人間として扱って欲しいの。良い?」
 そう言って、真摯な瞳で私を真っ直ぐに見つめてくるフィオナに、私は少なからず驚いた。
 …ずっと、見つめていたのだ。
三年も前から、ずっと。
 だから私はフィオナのことはある程度把握しているつもりでいた。
 確かに、芯の強い娘だとは思っていた。
とはいえ、両親や祖父母、大臣達や使用人達にそれは大事にされ、蝶よ花よと育てられてきたお姫様だ。まさかこれほどまでだとは思わなかった。もしかしたら、どこかで差別していたのかもしれない。フィオナは、“女”で、そして“王女”だから、と。
 私の襟首から手を離し、じっと顔を覗きこんでくるフィオナを見て、何故だか少し意地の悪いことをしてやりたくなった。
…やつ当たり、なのかもしれない。私はいつからこんなに子供っぽい人間になってしまったのだろうか。心から好いている相手を正確に理解できていなかった、ということに対する自己嫌悪。そして、罪悪感。
それをその相手にぶつけてしまうなんて、今の私は酷く子供じみている。
…全く、以前の私からは想像も出来ない。
「………分かりました」
「だからっ!」
大人気の無い行為だと分かってはいるのだが、思わずやってしまった。こうなったらもう後には引けないので、調子に乗ってみることにした。
「分かったよ。…これで良いんだろ?」
 フィオナの顎に手を掛けて持ち上げ、その頬に口付けをした。気障な行為だと分かってはいるのだが…まぁ良いだろう。
 フィオナはもともと上気していた頬を更に紅く染めて私に背を向けると、それを隠すように頬に両手を当てた。その姿がやけに可愛らしく見えて、私は思わずクスリと笑いを漏らした。
以前にもしたことがあるはずだが、そのときはもっと平然としていたように思う。不思議だ。
「ほら、これからの予定をきめるんだろ?さっき町で地図とか入り用な物を買ってきたんだ」
 机に地図を広げ、フィオナに手招きをすると、フィオナは振り向いてにっこりと笑顔を向けてきた。私は慌てて緩みきった口許を隠す。
 …敵わない。
 私はこの笑顔に惚れたのだと再認識した。
 …本当に、フィオナには敵わない。
 そう思いながら、私はフィオナに気付かれないようにそっと溜め息を吐いた。
 …あの事さえなければ、と私は思う。
 それこそが私の最大の悩みであり、そして罪だ。…それさえなければ、と私は変えようのない事実に歯噛みする。

 あのことは…あのことだけは絶対に気付かれてはならない。

 私はもう一つ、フィオナに気付かれない様に溜め息を吐いた。

 …私の罪は、永遠に終わらない。
 私は、終わりようのない罪を背負っている。


 フィオナ。


私は、お前の――…






ジョー…オルコット著『若草物語』の登場人物
デラ…O・ヘンリー著『賢者の贈り物』の登場人物


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