羽根あり道化師

月の光と罪の名前②

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 俺は十五歳の時に軍隊に入隊し、その二年後、十七歳の時に軍隊隊長に任命された。
日々剣技や馬術、格闘などの 武芸十八般の特訓に明け暮れ、磨きをかけ、そして未成年にも関わらずこの地位まで上り詰めた。
 異例とも言える早過ぎる昇進。
周りの奴等には『猟犬』だの『狼』だのと呼ばれ、そして畏怖された。
 敵のものとも味方のものともつかない屍の山を築き、踏み越えて戦場を駆け抜け、剣を振るい、敵の心臓を貫き、首を撥ねた。
俺の剣技の前には、鋼の鎧などほとんど無意味だった。
 敵国の奴等には“血濡れの猟犬(ブラッディー・ハウンド)”だの“野獣(フォーヴ)”だのと呼ばれ、そして畏怖された。
 恐れる物など何も無かった。
 生に執着する人間の、死ぬ間際の恨みを孕んだ目。耳障りなほどに響く、人々の悲鳴や、哀叫。人を断つ感触。大量に吹き出て来る真っ赤な血液。
自分の死でさえ、俺は恐れてはいなかった。
 すべてを投げ捨てて、俺は戦っていた。

 ある日、俺は国王に呼ばれて城へと向かった。

「隊長に任命されたらしいな、ファド・ギルト。
――いや、今は“狼”と呼ばれているのだったか。確かに、お前の放つ空気は腹を空かせた狼のそれとよく似ている」
 少し冗談交じりに言う王の前で、俺は方膝を付いて頭を下げる。
「……それで父上、本日はどのようなご用件で?」
「父と呼ぶな。誰が聞いているとも分からんのだから。…全く、一体何の為にお前等母子に『ギルト』の姓を背負わせたと思っている」
「…ギルト。…罪(ギルト)、ね。母さんも良く言っていたよ、アンタに国から追放されて得た物は金と罪の名前くらいだとね」
 半ば呟きのように言って、俺は王を見上げた。これでもかというほどの金や銀、宝石の散りばめられた趣味の悪い豪奢な部屋。国民から掻き集めた血税の完成品だ。忌々しくて息が詰まる。
「確かに使用人に生ませたあんたの子だとバレたら大事だよな。だが俺は誰にバレても構やしない。お前の都合なんて知ったこっちゃない。それで、用件は?俺は早く帰って馬の世話をしてやらなければならないのだがな」
…ファド・ギルト。
運命の罪か、それとも罪の運命か。
自身に対する戒めか、それとも俺達母子に対する戒めか。
この男は自ら手を出した女に『罪』という姓と金を与えて国から追放した。
俺は立ち上がり、王を睨みつける。
…全く、見ているだけで殺意が湧いてくる奴なんてコイツだけだ。こんな奴が国を担っているのかと思うと反吐が出る。実に不快だ。不愉快極まりない。この男の息子として生を受けてきたことだけが、俺の人生で最大の過ちだ。
「最近エレイジアとの戦が終わり、国もある程度落ち着いてはきたんだが、今度は西のグノースの動きが不穏だ。それで、娘の護衛を頼みたくてな」
「娘?……あぁ、例のマリア王女様か。見たことはないが、なかなか美しい娘だそうだな。良いのか?俺などに任せてしまって。ともすればあんたへの腹いせに押し倒してしまうかもしれんぞ?
俺はもともと、産まれた時から人の道から外れているんだ。今更、何も躊躇う必要など無いからな」
俺はくつくつと低く笑い、王を見上げた。
…金鍍金でもされたような趣味の悪い髪と瞳。俺と同じ、鮮やか過ぎる金色。
最悪だ。
「…下衆が。口を慎め」
 王は苦々しいと言うように俺を見下ろした。…いや、見下した、という方が正確だろう。卑しいものを見るように、王は一段高くなった玉座から俺を見下す。
「ははっ、これはこれは随分と口の悪い。それで、どうなさるんです国王サマ?」
「なんてことはない。そうなったらお前を始末するだけだ。命が惜しかったら止めておくんだな。
――詳細はこれにまとめてある。来週までに返事をよこせ」
「はいはい」
 別に惜しむほどの命など持ち合わせてはいないけれど、と内心舌を出しながらやる気のない返事を返し、床に放られた封書を拾い上げる。
「それでは、失礼致します」
 心中で早く死んじまえと毒づきながらも折り目正しく頭を下げ、退室した。
 正直、引き受けるつもりはない。
 人を殺せない仕事など退屈だ。
俺は堂々と殺しが出来るから軍人になることを決めたのだから。殺しは、俺を心地よく酔わせる。麻薬にも似た快楽だ。
 人を殺せない人生など、きっと退屈だ。
 …だが。

 ――案外、面白いかもしれない。

 聞いたところによると、その姫君はまるで百合のように白く美しく、そして清らかな娘なのだという。
馬鹿馬鹿しい。
 そういう奴ほど手におえないのに、何を言っているんだか。
 百合。
確かに美しい花だ。それは認めよう。
大きな花びらが広がり、茎がすらりと伸びたその様は確かに華やかで美しい。花言葉も清純だの潔白だのとそれらしい意味合いのものが付いている。
 しかし、百合ほど皮肉な花はない。
白は清らかな色だ。だが同時に、白は何よりも染まり易い色でもある。
百合の花粉は強く香り、花びらや服につけば、それは得てして取れ難い。そしてその香りはむせ返るほどに甘く、どこか官能的ですらある。
 それはつまり、何かに溺れたときそこから抜け出せなくなるってことだろうが。
いくら白く清らかで純粋でと言っても、所詮は世間知らずのお姫様だ。口説き文句の一つ二つで簡単に落ちるだろう。
 精々遊んでやろうじゃないか、腹違いの我が妹よ。
 …はっ、お笑いだ。
 兄妹で、揃って道から外れるのだ。

 くつり、と俺は笑った。

 あのクソ親父の慌てふためく様を見るのもまた一興。
 引き受けてやろうクソ親父。
少し、本気を出してやるよ。

      ・

 …引き受けなければ良かった。
 今になって、心底そう思う。
 引き受けると返事をした次の晩、俺はこっそりと城内に忍び込んだ。憎き国王の一人娘、腹違いの妹、麗しのマリア王女サマとやらのご尊顔を拝むためだ。
もちろん、その姫君には気付かれない様に、だ。
 月の明るい夜。
 その人を見て、俺は息を飲んでいた。
 月が煌煌と差し込む城の一室。そこに、彼女はいた。

まるで夜の闇のような色合いの真っ直ぐな髪。
凛とした、端正な顔立ち。
磨き上げた琥珀を填め込んだような、鮮やかな金の瞳。
触れれば壊れてしまいそうなほどほっそりとした体つきに、白い肌。
月を見上げるその表情はただひたすらに楽しげで、わずかにやつれたような感じが彼女から幼さを消し、病的な美しさをかもし出していた。

それが二つ年下の、俺の妹の姿だった。

――まさか。

俺は頭を抱えた。

――まさか、本当に守ってやりたくなるとは…。

思ってもみなかった。
恋愛など、暇を持て余しているような浮ついた奴がするものだと、今までずっとそう思っていたのだ。恋愛など、暇人がやっていれば良いのだと。自分には関係の無い、縁の無いことだと思っていた。
それなのに、俺は見入っていた。
腹違いであるとはいえ、自分の妹に。
実際、自分の考えがこうも容易く揺らぎ、呆気なく覆ってしまうような物だとは思ってもみなかった。

『守ってやりたい』

この思いは、兄としてのそれではない。
一人の男としての思いだった。

…どうかしてる。

俺は一つ溜め息を吐く。
…まさか俺が色恋沙汰で悩むことになろうとは…。

…百合は、もしかしたら俺の方だったのかもしれない。
決して白くは無い。
けれど、何かに溺れたとき真っ先に沈んでいき、そこから抜け出せなくなるのは俺の方だったのかもしれない。
…きっと、今までそういうものが無かっただけなのだ。
そして、現れた。
決してそういう対象として見ては行けない人物が。

…本当に、どうかしてる。
これこそお笑いだ。

俺の妹、マリア。
頼むから、お前は百合のように、俺のようにはなってくれるな。
…出来ることなら、お前には気高く美しい棘を持つ者になって欲しい。
…そう。
汚れ無き純白の花びらと自身を守る棘を持つ、フィオナのような気高い女性になって欲しい。
その願いを込め、俺はマリアに純白の薔薇の花を渡した。
 『フィオナ』という名前の、気高く清らかな花。
 どうか願わくは、百合ではなくフィオナのような女性に…。

『私のフィオナ』

 そう言い残し、私はマリアの前から姿を消した。そしてそのとき以来、常に彼女の側に控え、姿無き守護者となった。
 姿を見せる事無く、彼女を守り続けた。

 …そして、今に至る。





第四章思惑の行方

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