羽根あり道化師

思惑の行方③

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ayu

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「ゆーぅきーやこんこ、あーられぇーやこんこ、ふってーもふってーも、まーだふーりやぁーまぬぅー…」
 俺は窓から顔を出し、この季節お馴染みの歌を口遊んでいた。決して上手いとは思っていないが、歌うのは好きだから。
 しんしんと、しんしんと雪は降る。
 そして、それはやがて全てを覆い尽くし、世界を真っ白に染め上げる。月は雲に隠されて、朧な影を落としていた。
 町のはずれにある、小さな煉瓦造りの家。童話かなんかにでも出てきそうな、可愛らしい造りの家だ。
「…“お月様”はまだ来ないのかな、ねぇ、リバティズ」
 その中で、俺の頭の上を陣取っている一羽の鴉に語り掛ける。
鴉は退屈そうに一声鳴くと、開け放たれていた窓から何処かへ飛び立って行った。その姿は夜の闇の中に飲み込まれ、すぐに見えなくなる。
「…ちぇー。なんだよ、勝手に中に入って来たクセにさ。あーあ、野生の鴉に名前なんか付けるんじゃなかった」
 ま、別にいいケドさと呟き、窓を閉める。
「退屈凌ぎにはなったし。それに…」
 火の弱くなってきた暖炉に、薪をくべる。パチパチと、木のはぜる音がした。

「よう、久しぶりだな」

「それに、待ち人も来たみたいだし。ネ、“お月様”」
 俺はわずかに軋んだ音を立てた扉の方に視線を向けた。待ち人二人。相手は、懐かしい元同僚。
「――それから、美しいお嬢さん。いらっしゃい二人とも、待っていたよ」
 俺は目を細め、にこやかにそう言った。
 いつの間にか雲は風に流されて、月が明るく光っていた。
柔らかな月明かりはじんわりと輝き、冷たい雪を暖める。

「さっき、鴉にフラれたところなんだ。慰めてよ」

      ・

 栗色の髪。
 空色の瞳。
 女性のようだとも言われる顔立ち。
首筋から鎖骨にかけて彫られた、緑色の翼の刺青。
取り敢えず女に不自由しない程度の外見。
 これが俺、“鸚鵡”の姿。
「ねぇセレネちゃん、ルナみたいな甲斐性なしなんかやめて俺にしない?ルナなんかよりも優しくしてあげるよ?お金もあるから不自由させないよー?」
 俺はセレネちゃんに紅茶とパウンドケーキを出しながら話しかける。え、えぇ!?と明らかに狼狽しているその反応が新鮮で、思わず手を出したくなる。
「ルナぁー、セレネちゃん俺にちょーだいよ」
「誰が渡すものか」
 ちっ、即答かよ。
「セレネちゃんは俺とルナ、どっちが良い?」
「ルナ」
 こっちも即答かよ。…よし。少し苛めてやろうっと。
「…そんなつれないコト言わないでさァ、少しくらい…ねェ?」
「え?」
セレネちゃんの座っている椅子の背もたれに手を掛け、誘うように後ろから耳元でささやき掛ける。ちらと、ルナに視線をやる。
 …あー、怒ってる怒ってる。
 気にしてません怒ってませんって振りしているけど、バレバレ。目が釣り上がってきている。昔はこんな表情することなかったんだけどな。ここまで惚れ込んでるとは予想外。いやはや全く、人って変わるもんだねェ。
「こんなヤツ、やめちゃいなよ」
 もう一度、耳元でささやく。
「や、止めてください!何なんですか貴方は!」
 セレネちゃんは勢い良く立ち上がり、壁際まで逃げる。けれどこの行動は俺にとっては返って好都合だったりする。
「…俺のこと、キライ?」
 セレネちゃんがこれ以上逃げられないようぐっと体を近づけ追い詰める。
「…綺麗な髪だね」
よく手入れされた艶のある黒髪に唇を当てると、セレネちゃんはびくりと肩を振るわせた。泣きそうな顔も可愛らしい。この世慣れしてない感じがまた…。
 全く、分かってないなあセレネちゃんてば。こんなに可愛い反応されちゃったら、余計に苛めたくなるじゃないか。
「…パロット」
 不意に、後ろからルナの声がした。
「何だよ、邪魔すんな。これからなんだからサ」
「死相が出てるぞ」
 ヒヤリ。
 直後、喉元に冷たい感触がした。
そう言えばパウンドケーキを切り分けたナイフがテーブルの上に置きっぱなしだった、ような、気が、する。
あらら。たーいへん。久しぶりに会った元同僚のせいで大ピンチ?命の危機?絶体絶命?
うーわー、旅券だって用意してやったのにー。今まさに匿ってやってる真っ最中なのにー。薄情者めー。血も涙もなんにもないな、ルナの薄情者。
んー、でもまぁ仕方がないか。愛しい人の為だもんね。仕方がないよね、諦めてあげるよお月様。
「…あー、はいはい、分かったよ」
 両手を上げて降参宣言。
「ル、ルナっ」
セレネ嬢はルナの後ろに逃げ込み、俺を睨みつける。
あーあ、おっかない顔しちゃってー。そんなにほっぺた膨らまして唇尖がらせていちゃあ美人が台無しよお嬢さん。
 いや、でもさ、それにしたってさぁー…。
「…ちょっと遊んでいただけなのに喉にナイフ当てるなんてヒドくねぇか?」
「ナイフ?」
 ルナはからかうようにクスリと笑って手を開き、それを床に落とした。キン、と高い金属音を立てる。
それを見て、俺はほっと一つ息を吐いた。
「…ルナぁー」
「当てたのはフォークの柄だ。当てたところで死にはしない。そんなに怒るな。
…そんな瑣末なことは置いとくとして、お前は一体いつから他人の女にまで手を出すような見境のない奴になったんだ?確かにお前は以前から女好きだった。だがそれにしたってもう少し大人しかったぞ」
「だからゴメンって。今のはホントに冗談なんだからサ。…てゆーか、ルナこそどういう心境の変化なの?」
「は?」
ルナは眉を寄せ、首を傾げる。そしてその表情のまま椅子を引き、セレネちゃんを座らせた。ありがとうと笑みを浮かべるセレネちゃんに、ルナも穏やかな笑みを返す。
あらあらまあまあ、しばらく見ない内に紳士役板に付いちゃってるじゃないの。やるねぇルナってば。
いや、やるのはルナをここまで紳士にしたて上げたセレネちゃんか。それにしてもホントに仲睦まじいな羨ましいなおい。
「『恋愛なんか暇を持て余していて、尚且つ浮ついた性格のヤツがするもの』なんじゃなかったっけ?」
「…昔の話を持ち出すな」
 ルナは不機嫌そうに呟き、セレネちゃんは何故か俺を凝視する。
「何?どうかしたのセレネちゃん。俺に乗りかえる気にでもなった?」
「…羨ましいな、と思って」
「え?セレネちゃん今俺の質問無視しなかった?うっわー、ひっどいナー」
「昔のルナのこと、たくさん知っているのね、パロットさんって。昔のルナってどんな人だったの?」
 耳に手を当ててわざとらしく聞き返すが、セレネちゃんは何もかも全てを聞かなかったことにして話を進める。ここまで無視されるなんだか悲しい。
おにーさん悲しみのあまり泣いちゃうよ?泣き叫ぶよ?ねぇ。
あぁ、にっこりとしたその表情が、『あたし何にも聞いていません』と言い張っている。
 分かりましたよ。昔のルナのこと話せば良いんだね。分かったよ。
「…昔のルナねェ。頑固で礼儀知らずで無礼でにこりともしない、可愛げのないつまんねーヤツだったよー。こんなにころころ表情変わんなかったし。女なんか訓練の妨げにしかならないなんてことも言ってたもんな。そんなルナに愛しい人が出来たなんて素晴らしい変化だね。これはきっとセレネちゃんの功績だよ。
とにかく昔のルナは今のルナとは全く正反対。それが、まさかこうなるとはねェ、って感じ。ホント、意外だなー。人って変わるもんだよねェー」
「…一体何が言いたいんだお前は」
「べっつにぃー。随分とご執心ですネーってコトだ。…あぁ、そうだ。この家、部屋数ないから二人同室ネ。イイ?セレネちゃん」
「えぇ」
「あれー?もっと動揺するかと思ってたんだけど」
 セレネちゃんは一瞬きょとんとするが、すぐにまたにこりとした。
「今までだってそうだったもの。気にするようなことじゃないわ。それで、どこのお部屋を使えば良いの?」
「あ、あぁ。階段あがってすぐの部屋」
 …俺が動揺してどうする。しっかりしろよ俺。ていうかルナってばいつからこんなに手が早くなったのさ。
「ありがとう。それじゃああたし、先に休ませてもらいますね。ケーキ、ご馳走さまでした」
 ぺこりと礼儀正しく頭を下げて、セレネちゃんは部屋に入って行った。
「じゃあ、私も休ませてもらう。今日はありがとな」
 カタン、と静かな音を立ててルナは立ちあがる。そしてセレネちゃんの後を追うように歩き出した。
「なぁー」
「何だ?」
 階段の途中で足を止め、振り向く。相変わらずの整った顔に俺は尋ねる。
 俺はからかうようにニッと笑った。
「いつから一人称『私』になったの?」
「…セレネに、出会ってからだ」
「ふぅん」
 俺は呟く。
「何が言いたい?」
「別に」
 紅茶を一口すすり、ルナを見上げる。
「しっかり守ってやんなよ」
「言われなくとも」
 そう言って、ルナも部屋に入って行った。






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