羽根あり道化師

真実を言及②

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 気が付くと布団が掛けられ、すぐ横でフィオナが寝息を立てていた。少し焦りながら、けれど平静を装いながら立ちあがり、フィオナを寝台に寝かせ、布団を掛けた。
 …今、何時くらいだろうか。
 そう思い、部屋の隅に置かれた小さな時計に目をやる。
 午前二時。
 …どうにも、もう寝つけそうにない。何故だろうか、異常なほど目が冴えてしまっている。
 ――ぞわ。
 一瞬、何かが背筋を這うような感覚。

 …これは、予感?

 いや、違う。どこか確信に近い。
 扉の向こうの複数の気配。
 すぐに分かる。
 この感覚。…懐かしいとすら感じる。
 かつて軍人だったとき、最も身近に感じていた感覚。戦場では、誰もがそれを剥き出しにして剣を振るっていた。
 戦場での記憶が蘇る。
 久しぶりの感覚。
 これは…殺気だ。
 静かに剣を抜き、神経を研ぎ澄ます。
 …三人。
 …いや、四人か。
 しかし扉越しでも動きが雑なのが分かる。殺気ばかり一人前で気配の消し方も何もなっていないし、足音すら消していない。足を踏み下ろす度にカツ、コツン、と音を立てる。ぼそぼそと話し声まで聞こえてくる始末。わざわざ剣を抜く必要はないだろうと、私は剣を鞘に納めた。
 …誰かに雇われたヤクザか何かだろうか。しかし、だとしたらこいつ等は一体誰に雇われたんだ?まさか、居場所がバレた?バレのなら、一体誰が?…それが可能なのは、アイツくらいだが…、しかし…。
 …いや、まあ良い。扉越しでも気配が分かるくらいだ。どうせ雑魚だろうし。
「…フィオナ」
「…ん。…何?」
「しっ、静かに。――少しの間、布団をかぶって丸まっていて。極力動かないで、声も出さないで。すぐに済むから」
 寝台の隅に座らせ、頭から布団をかぶせた。決して出て来ないようにと言って、扉の方に向き直る。
「…それでは一つ、お手並み拝見といきましょうかね」
 呟いた直後、四人の男達が怒声を上げ、勢い良く扉を蹴破って中に入ってきた。こんな優男なら容易いな、と口角を上げ余裕の笑みを浮かべる彼等を見据え、私はクスリと笑う。
「…寝込みを襲うのなら、静かに入ってくるのが常識でしょう?」
 突進してきた一人の腹を蹴りつける。
 そいつが二人の男の方によろめいたのを横目で見ながらもう一人の男の腕を引き、首筋に手刀を落とした。昏倒したそいつを足許に転がし、後ろから振り下ろされた剣をかわして鳩尾に膝を叩きこむ。
 そしてその勢いのままに最後の一人の頭部を蹴りつけると、そいつは後ろの棚に頭を打ち付けてその場に倒れ伏す。ビクリと一度痙攣すると、その男は動かなくなった。
「…まさか受け身すらまともに出来ないとは思いませんでした」
 うつ伏せになっている奴を足で転がして仰向けにさせ、四人全員が気を失っているのを確認してフィオナに駆け寄った。
 布団を剥がし、笑顔を向ける。
「大丈夫か?」
「うん。あたしは大丈夫。…あの、この人たちは?」
「分からない。だけど、早いうちにこの街から出た方が良いな」
 フィオナは違う!と叫び、私の服を掴んできた。
「そうじゃなくてっ、この人達、…ちゃんと生きてる、よね?…死んでたり、してないよね?」
 本気で心配そうに聞いてくるフィオナに、私は思わず吹き出した。戦った後、敵の安否確認まで行われるものだとは思わなかった。
「ねぇ、ファドってばっ!」
「大丈夫だ。全員、気絶させただけだから。死んじゃいないよ。そんなことより、早く逃げよう。…多分エントランスの方は見張りがいるから…」
ちらと、フィオナに視線を向けた。
「…あそこか」

         ・

「…見張りは居ないな」
 ファドは部屋の窓から頭を出し、周囲を見回した。
「二階だし、まぁ、なんとかなるか」
 独り言のように言って、ファドはあたしの方を振りかえる。
「フィオナ」
「何?」
 ファドの傍らに寄り、顔を覗く。
「何があっても、フィオナだけは守り抜くから」
 そう笑って、ファドは人一人がようやく通り抜けられる程度の大きさの窓から軽やかに飛び降りた。
 スタンっ、と小気味良い音を立ててファドは地面に着地すると、あたしに向けて 両手を広げた。おいで、と言うように。
「行くよっ」
「あぁ」
 窓枠を蹴り、飛び降りた。
 唐突な浮遊感。直後の、急速に戻ってくる重力。
 容易く、ファドはあたしを抱きとめる。ファドはゲームを楽しんでいるかのような笑みを浮かべて走り出した。
「このまま運ぶよ」
 あたしを抱いたまま馬小屋へ走る。セレンダインの背にあたしを乗せ、ファドもあたしの後ろに乗ろうとした。
「おい、居たぞ!」
「えいっ!」
 後ろからのガサツな声。剣を構えてこっちに走ってきたその人に向けて、あたしは靴を思いきり投げつける。
「うわっ!」
 顔に当たり、その人は一瞬動きを止めた。
「やるじゃんフィオナ。――セレンダイン、行け!」
 一声いなないて、セレンダインは駆け出した。後ろの方で、また誰かが叫ぶのが聞こえた。怒声があちこちで響き、街は半ば地獄絵図のようになる。
 あたしはもう片方の靴も追ってくる人達に向けて思い切り投げつけた。
 その時、あたしの視界に入ってきたもの。
 …似顔絵入りの指名手配書。
 それが街の至るところにべたべたと貼り付けられている。

 ――この二人を捉えし者に金一封贈呈――

 細部まで確認することは出来ないが、おそらく彼らの反抗心を煽るような内容がかかれているのだろう。反抗心の強い人間の多い国だ。『こんなことも出来ないのか?』というようなことが書かれていたら、すぐに乗ってくるだろう。
 昼間、街に入った時にはこんなものは貼られていなかった。
 …街に入ったのを確認してから貼った?ということは…まさか…。
「ファドっ。もしかして、パロットさんって…!」
「分かってる。おそらく、フィオナの想像通りだ。だけどその話は後で。取り敢えず今は――」
 横に接近してきた馬の脚を切りつけて転倒させ、正面から来たもう一人の男には小型のナイフを投げて足に傷を負わせる。
「――逃げ切るのが先決だ」







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