羽根あり道化師

真実を言及③

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
メンバー限定 登録/ログイン
         3




「月が明るくて良かったね」
 追っ手を巻き、あたしたちは森の中へと身を隠した。
 気付かれてしまってはいけないので焚き火はせず、目立たないように黒いブランケットを頭からかぶって大きな木の下に二人で身を寄せる。
 こんな時にこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、頭からブランケットを被っているファドはなんだか可愛い。
 靴のない足に、雪の冷たさがじんわりと染みてきた。
「…まさかこんなに早く見つかるとは…」
「うん…パロットさん、だよね」
「だろうな。…ごめん、認識が甘かった。あいつを少し、信頼し過ぎていた」
 ちらちらと雪が降り出した。少し寒いけれど、雪は足跡を消してくれる。あたしはファドの言葉に頷き、空を仰ぎ、気にしないで、と微笑んだ。半分に欠けてはいるけれど、月は明るく、煌煌と輝いている。
「ファドと共にいる限り、あたしは絶望なんかしない。『世の中には福も禍もない。考えよう一つだ』ってね。シェイクスピアもそう言っているわ」
「…考えよう一つ、と言われてもな」
 苦笑するファドの顔を覗き込み、やっぱり可愛いとあたしは頷いた。
「追われているけど、あたしは不幸なんかじゃないよ。ファドと一緒にいられて、幸せ。それに、そのお陰でブランケットを被って、雪ん子みたいになってるファドを見れたんだもの。ふふっ、可愛いよ」
 我慢できなくなって、あたしはファドの頭を撫で回した。そのついでにブランケットからはみ出している金髪も、ちょいと突いてみる。ファドは耐え切れなくなったように吹き出した。
「可愛い、か?」
「うん、とっても」
 はは、とファドは笑って、息を吐き口を開いた。
「――人を欺くには、って話。昼間にしただろ?」
 ファドは懐中時計を開きながらそう話し出した。懐中時計を覗くと、まだ二時半だった。あれからまだ三十分しか経っていなかったのか、とあたしは驚いた。もう二時間くらいたっているような気分でいたから。
「うん。まず自分を騙せば良いっていうやつでしょ?」
「あぁ。あれはもともと、パロットに聞いた話なんだ。…軍にいたときにね。…二人で組んで仕事をする事も結構あった。敵国の視察とかでね」
 あたしはこつん、と頭をファドの肩に置いた。ファドは横目であたしを見ると、また話を続ける。
「昔っから女癖が悪くて素行も悪くて性格も悪くて腕だけは良かったんだがある日突然飽きたから止めるとか言い出して辞表も出さず勝手に軍を辞めていった訳の分からない自由すぎる奴だった」
「……なのに、信頼してたの?」
 少しぽかんとして、あたしはファドを見遣った。
「それでも、仕事だけはきっちりやる奴だったから。今回も本当は仕事として頼んでいたんだ。…裏目に出てしまったけれどね」
「…そっか」
「あぁ。ごめん」
「大丈夫だよ。ファドと一緒に居られるのなら、あたしはどうなっても良いもの。ファドの傍に居られれば…、ファドがいれば全然怖くない。あたしはそれで幸せだよ」
 呟いて、あたしは周囲を眺める。
 …皆、どうか、あたし達を守って。追っ手を阻み、あたし達を守って。

「…あれっ?」

 あたしはもう一度周囲を眺める。
「どうした?」
 ――何も、反応してくれない。動物も、木も、星も、おしゃべりな風すらも応えてくれない。
「何も、応えてくれないの」
「え?」
 風に揺れて、木ががさがさと音を立てる。
 …お願い、静かに――

「マリア」

 その声に、ファドはゆらりと立ちあがる。あたしはその場に座ったまま、その人を見上げた。
「…おとう…さま」
 金色の髪。金色の瞳。あたしの、父親の姿。
「マリア、こっちに来なさい」
「い、いや!!」
 サク、と雪を踏み、王は歩み寄る。
「…ここには、“マリア”なんて人間はいない。この人は貴方の娘の“マリア”じゃない。私の恋人の“フィオナ”だ」
 静かに、ファドは言葉を紡ぐ。
「ファ、ファドっ」
 あたしはさっとファドの後ろに隠れた。ファドはお父様を思いきり睨みつけている。こんなところで、ここまで来て連れ戻されるなんて…、絶対に嫌だ。もう“お人形”には戻りたくない!ファドと別れたくない!!
「…」
 サクリ。サクリ。
 足音が近づき、ファドのすぐ前でひたと止まる。
「娘を返してもらおう。そろそろ、恋人ごっこにも満足しただろう?」
「遊びのつもりは一切ない」
 冷ややかに言い放って、ファドは剣に手を掛けた。
「帰れ」
「…マリア、帰るぞ。兄妹では何をやっても所詮は真似事にすぎん」
 …兄妹?
 あたしはファドの後ろから出て、お父様を真っ直ぐに見つめた。
「…フィオナ」
「…一体何を仰っているのですか、お父様。確かあたしは、一人っ子だったと記憶しているのですけれど。あたしにはお兄様なんて人はいないわ」
 わずかに目を細め、お父様は気だるそうに口を開く。
「使用人に産ませた私の子だ。ファド、そろそろ手を引け」
 お父様は緩慢な動作であたし達に背を向け、歩き出した。
「マリア、帰るぞ」
 着いて来い、とでも言うように少しだけ振り返り、そしてまた歩を進める。
「ファド、そんな…嘘、でしょ?嘘だよね?そんなの、…あたしとファド…が、兄妹…だなんて…」
「…」
 ファドは一歩後ろに下がり、左右に首を振る。
「――事実だ」
「そんなっ」
 それでも、とファドは呟く。
「それでも、フィオナは渡せない」
 静かに、お父様の背中に言い放つ。
「…ファド…」
 こんな時なのに、その言葉が嬉しくて思わず笑みがこぼれる。
 ぴたり、とお父様は動きを止め、あたし達を見遣った。
「ならばお前などもう用なしだ。――アギナルド」
 呟いて、誰かの名前を呼んだ。そして、複数の足音。
「後は頼んだ」
 それだけを言い置いて、お父様はもと来た道を帰っていった。
「久しいな、“狼(ウルフ)”」
 アギナルドと呼ばれた黒髪の人は、そう言って朗らかに笑った。親しげに、けれど冷酷な光を湛えた瞳は、なんだかぞっとする。着ているものから、スワラージの軍人だということが分かった。その後ろに控える三人の女性は、真っ直ぐにあたしを見つめている。
「…ファド?」
「…後ろに隠れていてくれ」
 呟いて、ファドは一歩前に進み出る。
「何があっても、フィオナだけは守り抜くから」







記事メニュー
ウィキ募集バナー