下校中のお話
「部長、今帰りですか?」
帰り道、聞きなれた声に振りかえる。聞きなれた声の主は見慣れた演劇部部員。抜群の演技力で王子やらナイトやら、そういう格好良い役所をさらりと持っていく一つ下の男の子に、私はやんわりと笑顔を向けた。
「君も今帰りなの?今日の部活、出てなかったのに」
「先生に呼び出されてしまったんです。ピアス、ばれてしまって」
「ああ、それで」
男の子にしては少し長めの髪に隠れるようにある小さめの耳。そこには、小さな銀色の物が鎮座していた。丸っこいスペードの形が彼によく似合っている。
「馬鹿だねえ、もう少し年齢にあった悪事を選びなさいよ」
「例えば?」
そうねえ、と私は呟き、授業中にばれないようにメールをするとか音楽を聴くとか、と答えを返した。そんなものは悪さの内にはいらないもんと嘯く彼の腹に、私は軽く肘を打ち込む。
「あんたが『もん』とか言っても全然可愛くないわ」
「知っていますよ。でもクラスの女の子たちにはなかなか好評でして」
そう、存外もてるのだ。女の子たちの間で『王子』と呼ばれるくらいに。彼の傍には必ずと言っていいほど可愛い女の子がいる。見るたびに若干いらついたりしているのはコイツには内緒だ。恥ずかしすぎる。
「ああ、でもアレです。一番は部長です」
「はぁ?」
「…あー、そんなあからさまに嫌そうな顔しないでくれませんか?」
「え?あ、ごめん」
うわぁ、今、無意識だった。
「ああ、そうだ。僕、すごく試してみたい悪事があるんですよ」
「『試してみたい悪事がある』とかそう言うのは普通誰にも言わないもんよ。何かあったとき怪しまれるから」
良いじゃないですか、とからから笑う彼に私は一つ溜め息を吐く。
「で、何がしたいの?煙草?酒?」
「煙草も酒も臭いから」
そうか、なら何がしたいんだろうこの男は。
「僕ねぇ、一度でいいから部長の事名前で呼んでみたいんですよねぇ。あ、もちろん下の名前ですよ」
無邪気に笑う彼に、私は頭を抱える。これだったら煙草や酒と答えられた方がまだ良かったのに。聞くんじゃなかった。
「…絶対イヤ」
「良いじゃないですか、何度も恋をしてきた仲ですし」
「劇中でね」
この懐き様、どうにかならないものだろうか。
「現実でもお付き合いしてくれたりしませんかね?」
あぁもう、この男は。
「あり得ない」
言っても、コイツの私への態度は変わらない。犬みたいに尻尾を振って寄ってくる。女の子たちの前で大人ぶっている彼とは大違い。男の子なのにこんなにカワイイなんて、絶対に嘘だ。
「冷たいなぁ」
笑顔のまま言う彼はいつもよりずっと幼くて、どうしたのと構ってあげたくなる。
…だから取り敢えず、今日は右手を貸してあげましょ。
そう思って繋いだ手は、酷く熱を持っていた。
帰り道、聞きなれた声に振りかえる。聞きなれた声の主は見慣れた演劇部部員。抜群の演技力で王子やらナイトやら、そういう格好良い役所をさらりと持っていく一つ下の男の子に、私はやんわりと笑顔を向けた。
「君も今帰りなの?今日の部活、出てなかったのに」
「先生に呼び出されてしまったんです。ピアス、ばれてしまって」
「ああ、それで」
男の子にしては少し長めの髪に隠れるようにある小さめの耳。そこには、小さな銀色の物が鎮座していた。丸っこいスペードの形が彼によく似合っている。
「馬鹿だねえ、もう少し年齢にあった悪事を選びなさいよ」
「例えば?」
そうねえ、と私は呟き、授業中にばれないようにメールをするとか音楽を聴くとか、と答えを返した。そんなものは悪さの内にはいらないもんと嘯く彼の腹に、私は軽く肘を打ち込む。
「あんたが『もん』とか言っても全然可愛くないわ」
「知っていますよ。でもクラスの女の子たちにはなかなか好評でして」
そう、存外もてるのだ。女の子たちの間で『王子』と呼ばれるくらいに。彼の傍には必ずと言っていいほど可愛い女の子がいる。見るたびに若干いらついたりしているのはコイツには内緒だ。恥ずかしすぎる。
「ああ、でもアレです。一番は部長です」
「はぁ?」
「…あー、そんなあからさまに嫌そうな顔しないでくれませんか?」
「え?あ、ごめん」
うわぁ、今、無意識だった。
「ああ、そうだ。僕、すごく試してみたい悪事があるんですよ」
「『試してみたい悪事がある』とかそう言うのは普通誰にも言わないもんよ。何かあったとき怪しまれるから」
良いじゃないですか、とからから笑う彼に私は一つ溜め息を吐く。
「で、何がしたいの?煙草?酒?」
「煙草も酒も臭いから」
そうか、なら何がしたいんだろうこの男は。
「僕ねぇ、一度でいいから部長の事名前で呼んでみたいんですよねぇ。あ、もちろん下の名前ですよ」
無邪気に笑う彼に、私は頭を抱える。これだったら煙草や酒と答えられた方がまだ良かったのに。聞くんじゃなかった。
「…絶対イヤ」
「良いじゃないですか、何度も恋をしてきた仲ですし」
「劇中でね」
この懐き様、どうにかならないものだろうか。
「現実でもお付き合いしてくれたりしませんかね?」
あぁもう、この男は。
「あり得ない」
言っても、コイツの私への態度は変わらない。犬みたいに尻尾を振って寄ってくる。女の子たちの前で大人ぶっている彼とは大違い。男の子なのにこんなにカワイイなんて、絶対に嘘だ。
「冷たいなぁ」
笑顔のまま言う彼はいつもよりずっと幼くて、どうしたのと構ってあげたくなる。
…だから取り敢えず、今日は右手を貸してあげましょ。
そう思って繋いだ手は、酷く熱を持っていた。
甘ったるいです。
部長は後輩君が可愛くてしかたないんです。後輩君の方も部長に構って欲しくてしかたないんです。だけど部長は実は恥ずかしがり屋なので顔にも言葉にも出さないんです。でも態度には出す。
いきなり手を繋がれた後輩君は心臓飛び出しそうなほど嬉しいんです。
で、この後はひたすら無言で歩く。
可愛いお付き合いを続けて行くんです。
部長は後輩君が可愛くてしかたないんです。後輩君の方も部長に構って欲しくてしかたないんです。だけど部長は実は恥ずかしがり屋なので顔にも言葉にも出さないんです。でも態度には出す。
いきなり手を繋がれた後輩君は心臓飛び出しそうなほど嬉しいんです。
で、この後はひたすら無言で歩く。
可愛いお付き合いを続けて行くんです。