羽根あり道化師

序章 高原の国の少年姫

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vice2rain

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ガネティア王国という国に、見目の美しい王族の子供がおりました。

金色に輝く長い髪。小柄な体格。そして、半分にかけた不思議な紋章の浮かび上がった緑色の瞳。

加えて、剣の腕はほとんどの者を圧倒する程。

美しい声で歌われる詩歌を聴いた貴族の娘は誰でもうっとりとした表情になってしまう。

絵に描いたような、そんな王族が本当に絵に描いたものであったなら。

残念ながら彼女は王子ではない―



序章 高原の国の少年姫



「姫様アァァァァァっ!今日こそ!今日こそはこのドレスを!!どうかっ!!」

ドタドタと走る初老のメイド長のはるか前方に、一つにまとめた長い金髪をはためかせて走る高貴な子供が一人。

「ううぅぅあ!ムリっすーーー!だってそんなの着たら走れないじゃないかー!」
「王族がムリっすなんて言葉を使ってはなりませんッ!!」
「うおおおお!メイド長かけっこ早くなってきたあぁぁぁ!!」

本来ならば王子の着る服を纏っている見目の麗しい姫。
その名は、エリザベスという。
もはや、彼女はこの国の名物となっており、その性格のためについた呼び名は「少年姫」。美しいドレスを纏いさえすれば、おそらく気品あふれる姫となるのであろうが、彼女は全くドレスに興味を持たない。それどころか、言葉遣いも粗野なものが多く、公式の場でも決して女性の言葉遣いをしない。本人が言うには、「なんか、こっぱずかしいじゃんか」。

そんな少年姫とメイド長の毎日行われている鬼ごっこを見て、くすりと笑う女性が一人。ウェーブのかかった桃色の髪を高い位置でリボンで結び、丈の短いスカートローブを纏っているが下品な印象はまったくない。
彼女がメイド長へ向かって指をすっと伸ばすと、メイド長の動きはぴったりと止まってしまった。非難がましい目線を向けるメイド長に軽く手を上げて頭を下げる女性はツカツカとハイヒールの音を響かせてエリザベスの元へ向かった。

「ま、姫様はこういう格好をしているほうがらしいからねェ。応援したげる」
「おおー!話がわっかるなあ!サンキュー、メイプル!」

嬉しそうな瞳でくしゃりと笑うエリザベスと対照的に、メイド長は呆れ顔だ。

「メイプル様、そのようなことを・・・!このままではエリザベス姫様はご結婚も出来ずガネティア王家はこのまま滅亡の一途をオォォォォ!!」
「あー、ないない!アハハ、良い嫁さんもらっちゃったりしてね!・・・って、メイド長!倒れんなよぉ、冗談に決まってるっしょ!」

ぱたりとその場に倒れてしまったメイド長に悪戯っぽい笑みを向けるエリザベスに、メイプルはふう、とため息をついて生暖かい目線を向けた。

「アンタもいい加減に結婚のこと真面目に考えなさいねぇ」
「だいじょーぶ!別に僕が王様になるつもりはないしね。だってホラ!クリスにも王位継承権あるっしょ?っていうか、女の僕よりもクリスが王様になったほうがいいじゃんか!」

からからとした調子で投げかけられる言葉にメイプルが一瞬言葉を詰まらせた。それに気づきもしないエリザベスは「そういうことだし!」とだけ言い残すとその場からさっさといなくなってしまった。大方、騎士達に混じって剣の稽古をしにいくのだろう。今、ガネティア国内には騎士団長が不在である。エルフの隠里への視察のためだった。それをいいことに、普段は出入りが禁止されている騎士団の練習場へ向かうのが最近のエリザベスの主な悪事なのである。
それをただ見送ったメイプルは傷みをこらえる様に瞳を閉じ、深呼吸をした。

「・・・そうだよね、アイツも王位継承権持ってるんだっけ」




「やっほー!稽古しにきたよ!誰でもいいから僕の相手お願い!」

ぶんぶんと手を振って木刀を持った少年姫に相手を申し込める者など誰もいまい。
それは相手が姫であり、ケガをさせてしまってはただではすまないという理由なのではなく、彼女があまりにも強いためである。怪我をさせるなどとんでもない、むしろ自分達がケガをさせられるだろう。

「なんだぁ、遠慮せんでいいってばー!」
「では遠慮なく行かせて貰うぞ」

凛とした声が響き渡った。あまり低くは無いものの、落ち着いた大人の男性の声である。顔を引きつらせてギギギという効果音が聞こえるような動作で振り返ったエリザベスはしまった!と小声で言った。
そこに立っていたのは、黒髪の青年。透き通るような氷の瞳に、長い弓を背負って腰には双剣を携えている。
彼こそ、つい先ほどまで国を開けていたガネティア騎士団長クリストファーであった。

「あ・・・はははは・・・クリス~・・・おっかえりぃ・・・・・・いつのまに帰ってきたのー?」
「つい先ほど。さあ、試合がしたいのだろう?」
「・・・あれ~?僕そんなこと言ったかなあ!」
「白々しいぞ、リザ!フフフ・・・本気で来い」
「うっげぇー、骨おらないでよねー?」
「さあな、手加減するつもりではあるが」

ニッ、と端整な顔が歪んだ。途端に弓を足元において、双剣を鞘のまま構えてエリザベスめがけて走り出す。
振り下ろされた一つ目の剣を受け流すエリザベスであったが、たて続けに振り下ろされた第二の太刀を受け止め、後退。が、すかさずなぎ払われる剣は危うくエリザベスを掠めるところであった。余裕げなクリストファーに反撃を試みるエリザベスは高くジャンプして木刀を振り下ろした。力を上手く使ってクリストファーの剣を弾くつもりであった。

しかし、きらりと光る氷のような瞳―

「貰った!」
「ういえぃえええ?!!!」

ガキン、という鈍い音とともに木刀が折れた。全く剣を抜いていないというのに鞘が当たっただけで折れたぼくとうの破片をがっくりとうなだれて見つめるエリザベスを尻目に、クリストファーは騎士たちへ視線を向ける。

「諸君らも姫君ほどの根性をつけよ。今、姫が何をしようとしたかわかっているな?僕の剣を叩き落とすつもりだっただろうな・・・僕の頭に木刀が直撃しても」
「う・・・バレてる」

どっと沸きあがる笑い声。しかし、クリストファーが静まれ、と低い声で言うと水を打ったように辺りは静まり返った。

「とにかく、諸君らは稽古を続けよ。姫は国王陛下の元へ連行する」
「うっわー!やっぱりかっ!ムリムリムリっ!マジにムリっすー!!」
「問答無用だ。それに・・・少々報告したいことがあるしな」
「うぇ?じゃあ僕はさっさと部屋に戻ってるよぅ」
「フン、見え透いた嘘を。また貴族の娘をたぶらかしに行くだけだろうが」
「そんな言い方!ただ友達になろうとしてるだけだってー!」

バタバタと暴れるエリザベスの首根っこをつかまえてずるずる引きずって行く騎士団長を呆然と眺めていた騎士達は彼らの姿が見えなくなると苦笑を浮かべて再び稽古に打ち込んだのであった。



長い廊下をツカツカと歩いていくクリストファーに、依然として引きずられていくエリザベス。その二人の姿を見つけたメイプルはすぐに彼らに駆け寄った。
表情は明るく、喜びの色がありありと見える。

「クリス!アンタいつ帰ってきたんだい?」
「ああ、メイプル。久しぶりだな。つい先ほど帰ったばかりだ。これから陛下に少々報告せねばならないことがある」
「そ、そうかィ。仕事お疲れ」
「ありがとう。・・・そうそう、里から持ってきたフルーツを使って新作のケーキを開発しようと思っていてな。出来上がったらまた試食頼むぞ」
「ああ、楽しみに待ってるからね!」
「ではな」

微笑を残して再びエリザベスを引きずって歩き出したクリストファー。エリザベスが不思議そうな顔で見上げて問いかけた。

「メイプルにいっつも試食させてたの?」
「ああ。甘いものが好きだというから」
「いいなあ、僕も食べたいよ」
「また今度作ってやるさ」
「僕も試食したいのにー」
「ちゃんとしたやつを差し上げるさ」
「ちぇ」

クリストファーは困ったような笑みを浮かべて黙っていただけだった。




「国王陛下!ガネティア騎士団団長クリストファー・ファルセット、エルフの里の視察より帰還いたしました!」
「うむ、大儀であった」

朗らかな表情でねぎらう国王の言葉にクリストファーは頭を下げ、一呼吸おいて口を開いた。

「・・・陛下、報告したいことが。エルフの隠里に、先日人間が迷い込んだようなのです。そして、その人間の特徴なのですが・・・緑色の瞳に半分だけ紋章が浮かび上がったような・・・そして、金髪の少年であったと」
「・・・何?それはまことか」

国王の表情が一転する。そして、エリザベスへと目線を向け。

「・・・な、何・・・ですか、父上」

真剣な視線に少々後ずさるエリザベスは視線が泳いでいた。しかし、国王はそれも気にすることなく再び口を開く。

「ふむ・・・エリザベスよ。私の目には完全な紋章が浮き上がっておるな」
「そーですね」

平坦な口調で、こっくりと頷くエリザベス。

「この紋章の意味することは『ガネティア王族』であったな」
「そーですね」

先ほどと同じような口調でまたも続けたことに、国王は訝しげな表情を浮かべたが言葉を続ける。

「そして金髪の少年・・・そなたの特徴と一致する」
「そーですね」

三度目にはさすがに国王も声を荒げた。バン、と手すりに手を振り下ろして立ち上がり、エリザベスに指を差して怒声を上げる。

「・・・笑っ●いいともか!ふざけるのは対外にせい!」
「あ・・・わかってくれた?」

降ってくる怒声もなんの、エリザベスはにやにやとだらしない笑みを浮かべてまるで悪戯が成功した子供のような様子を見せた。クリストファーが苦笑する。

「ちょっぴり嬉しそうにしてるでない!全く、不謹慎な娘で困る・・・。・・・コホン、良いか。今までお前には言っていなかったのだが、お前には双子の兄がいたのだ」
「へー・・・へぇ・・・?マジっすか」
「マジである。名前はエリウッド・・・しかし、産まれたその日に行方が知れなくなった。犯人はいまだ知れぬが、もしかするとクリストファーの得た情報・・・その少年がエリウッドかも知れぬ」
「そーですね」
「もうその反応はいいわ!」
「繰り返しはギャグの基本です!父上!」
「話が進まん。よいか、クリストファー!そなたに命ずる。なんとしてもその少年を見つけ出し、王宮へつれて参れ!」
「はっ」
「兄ちゃんかー。剣強いかな、僕の相手になればいいけどねー!」

楽しげに笑うエリザベスは、まだ知らなかった。
その少年がもたらすものと、ひっそりと蠢く巨大な悪の気配に―


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