彼にこれといった特徴はないように思えた。
金髪の人間など、ガネティアどころかミルディアンにも、最近はサザンタームにもいる。
緑色の瞳の人間も、あまり珍しいものではない。
そして、傭兵という職業もこの世界ではありふれたものであるし、その中で目立った腕を持つという訳でも決してない。だからといって極端に弱いわけでもない。
しかしたった一つ彼に刻まれた異彩を放つ特徴は、その瞳に半分だけ刻まれた紋章であった。
1章 なんてことはない、ただの傭兵
「…マズイっすー。非常にマズイっすー。そろそろ新しい仕事ギルドで貰わないとのたれ死んじゃうよ。でもオレ程度の実力じゃあB級クエストくらいが妥当だよな。そうなったら貰える報酬も持って1週間ってトコだろうし」
少年はぶつくさと独り言を言いながら、空腹に顔を顰めて街中をとぼとぼと歩いていた。背に背負った槍は安物の割に随分と使い古されており、役目を終わる時をもうじき告げるというところである。武器を持っている以上武人であることは一目瞭然であるが、彼の身を守る防具と言えば肩をカバーする部品が片方だけつけられた胸当てのみである。胸当てにもいくつか傷やへこみが見られることから、戦いを多く経験してはいるものの、あまり強いというわけではないという様子が容易に見て取れた。
事実、彼は長く傭兵稼業で生きてきたのである。多くの傭兵たちは自分の名声と富を築きあげるために無理をして自分の力量以上の仕事に手を付けるものであり、そうして命を散らしていく―ただ、それでも仕事をこなしたものは勇者と名乗ることが許されている―しかし、この少年には少なからずこのような野望は全くなかった。彼の望むものと言えば温かい寝床と美味しい食事。できればデザートがつくといいな程度である。その無欲さと言えば聞こえはいいが、無難を求める慎重さが災いして、彼は報酬の高い仕事を引き受けることなく常に軽めの財布を持ち歩かなければならない生活を送っているのである。
事実、彼は長く傭兵稼業で生きてきたのである。多くの傭兵たちは自分の名声と富を築きあげるために無理をして自分の力量以上の仕事に手を付けるものであり、そうして命を散らしていく―ただ、それでも仕事をこなしたものは勇者と名乗ることが許されている―しかし、この少年には少なからずこのような野望は全くなかった。彼の望むものと言えば温かい寝床と美味しい食事。できればデザートがつくといいな程度である。その無欲さと言えば聞こえはいいが、無難を求める慎重さが災いして、彼は報酬の高い仕事を引き受けることなく常に軽めの財布を持ち歩かなければならない生活を送っているのである。
「ああうっ!あの料理うまそー…でも残金が…100,200,300…う、400リィムかー。宿代で200リィム飛ぶだろ、それから…」
地べたに座り込み、砂ほこりの舞い散る道もなんのそので指を使って地面に金の計算をし始める少年を周囲の瞳が冷たく―いや、もうすでに悲しい瞳で―見つめていたことに彼は気づくはずもなかった。
「…う、やっぱムリっすね。しゃあないな。あきらめるか。それより早くギルドに行かないとね。今日1日休んで仕事の手続きしたらまた旅をしなきゃならなくなるぞー!できればどっかの商隊の護衛とかがいいなー。ご飯出るし寝床あるし」
彼は荷物を背負いなおすと再び道を歩き出した。傭兵ギルドまではあと少しの道のりである。それはつまり、彼の食事の時間もまた近づいているということであった。しかし、上機嫌で鼻歌など歌いつつギルドを目指す彼の肩を乱暴に叩くものが一人。
「オイてめぇ…今テメェの槍がかすめたぞ!」
「えぇ?アンタがデカイ図体してる上に避けようともしないでズカズカ歩いてるからだろ!道の真ん中歩くなよな!」
「えぇ?アンタがデカイ図体してる上に避けようともしないでズカズカ歩いてるからだろ!道の真ん中歩くなよな!」
見るからに警邏たちの世話になっていそうな、大柄な男がいまにも斧を振りおろしそうな勢いでにらみを利かせている。しかし、少年も全く引く気はなかった。これくらいのチンピラを相手にするくらいの腕は、彼にもあると自覚しているのだろう。
「んだとコノ…ッ!」
(ああでも相手は斧かぁ。ぶっちゃけ武器の相性はよくないよなー…ま、弱そうだし一人だし、ここ街中だし、作戦をいろいろ練ってれば!)
(ああでも相手は斧かぁ。ぶっちゃけ武器の相性はよくないよなー…ま、弱そうだし一人だし、ここ街中だし、作戦をいろいろ練ってれば!)
ニッ、と少年はほほ笑むと槍を構えたのだった。二人の武器が耳を劈くような金属音を立ててぶつかる。力では少年に勝ち目はない。しかし、少年も伊達に地味な傭兵をしてきたわけではないのだ。名声をあげすぎると無茶な仕事が舞い込むのはわかっているために、目立たず、常にひっそりと作戦を練り上げて上手く勝利をつかんできたのだ。その力を使う場所は何も仕事の時だけとは限らない。
「ほらほら、どっち向いてるんだよ、オジサン!」
「テメェ!どうやら俺を本気にさせてぇらしいな!」
「テメェ!どうやら俺を本気にさせてぇらしいな!」
ドスン、という音を立てて斧が地面にめり込んだのを見て少年の顔は青ざめた。反対に、チンピラと思っていた男の顔には余裕気な笑みが浮かび上がっている。
(やっちゃったあああ!!こいつただのチンピラじゃなかったんだ!うっわ、逃げないと殺される~!)
即座に逃げようと決断した少年はもはやなりふりなど構わない。その辺に置いてある酒樽だろうが木箱だろうが、なんでも投げ散らかして一目散に背を向けた。
しかし、大男も全く動じることなくそれらを真っ二つにして少年を追いかける。もはや顔面蒼白。あれだけ重量のある斧を持ち、筋肉質で大柄な体でありながら少年の走るスピードについてくるのであるから、その恐怖は尋常ではなかった。
しかし、大男も全く動じることなくそれらを真っ二つにして少年を追いかける。もはや顔面蒼白。あれだけ重量のある斧を持ち、筋肉質で大柄な体でありながら少年の走るスピードについてくるのであるから、その恐怖は尋常ではなかった。
その騒ぎを聞きつけた警邏が、とたんに騒ぎ出す。わらわらと集まりだすが、自ら捕まえに行こうという勇敢な者はいなかった。口々に「騎士じゃないとムリだ」、「騎士でも無理なんじゃないか」などと弱気な言葉を交わし、ただただ慌てふためいた瞳で少年を見守ることしかできない。その様子を見かねた青年がふぅ、とため息をついた。
「…諸君らには市民の安全を守ることの尊さがわかっていないらしいな。まあ…私も諸君らの命を守る者としての責任があるから、咎めはこの程度にしておこう。命が惜しいのなら即刻この場より後ろへ離れよ」
短い黒髪にが風に靡き、ツンととがった耳が見えた。いつの間にか、警邏たちの前にエルフの民族衣装をまとった青年が弓を構えてすらりと立っていたのである。
「あ、あんたこそ危ないよ…!あの男はねぇ、国の騎士たち3人がかりでようやく捕まえた…」
「私がその騎士たちを束ねる者だ。何…私ならば騎士たちを8人相手にしても勝利できよう」
「ま…まさか」
「クリストファー・ファルセット…陛下の勅命により任務の途中である。私の邪魔をせぬように」
「は、はっ!」
「私がその騎士たちを束ねる者だ。何…私ならば騎士たちを8人相手にしても勝利できよう」
「ま…まさか」
「クリストファー・ファルセット…陛下の勅命により任務の途中である。私の邪魔をせぬように」
「は、はっ!」
クリストファーが弓を打つと、その軌道は光を残しながらたちまち男を貫いた。男の怒りが今度はクリストファーに向けられる。走りつかれた少年はその場にへたりと座り込んでしまい、茫然とクリストファーへ視線を向けた。
「最初に言っておくぞ。…このような場のため、非礼をお許し下さい。説明している暇はない…とにかく君はどこかに避難していなさい」
「てめぇ…ッ!この弓は覚えてるぞ!クリストファー・ファルセット!あの時の糞生意気な貴族のガキだな!」
「今は成人している上に騎士団長の職を賜っている。フ…年寄りの言葉はどうも若者と年月の感じ方の違いを見せてくれて困るな」
「クソッ!あの時の恨みを晴らす!」
「フン、相手にもならん」
「てめぇ…ッ!この弓は覚えてるぞ!クリストファー・ファルセット!あの時の糞生意気な貴族のガキだな!」
「今は成人している上に騎士団長の職を賜っている。フ…年寄りの言葉はどうも若者と年月の感じ方の違いを見せてくれて困るな」
「クソッ!あの時の恨みを晴らす!」
「フン、相手にもならん」
カラン、と乾いた音がした。
クリストファーの手から弓が落とされたのである。時が止まったような感覚、そして次にドスンという鈍い音。男がうつぶせに倒れ、しばらくしてからどろりと赤い血が地面に滴った。弓は最初に打った一本の他、ひとつも刺さっていない。
「連れ帰って処刑しても良かったが、任務中に発生するあらゆる制約・および害をなす要素を取り除く許可はいただいている。どのみちお前は賞金首だからな…こうさせてもらうぞ」
「…うっひあー…強!めっちゃ強!すごいですね、おにーさん!オレ、感動しましたよ!弟子入りさせてください!」
「…話を聞いていたか?君は…まあいい、君は…エリウッドという名前ではありませんか」
「…うっひあー…強!めっちゃ強!すごいですね、おにーさん!オレ、感動しましたよ!弟子入りさせてください!」
「…話を聞いていたか?君は…まあいい、君は…エリウッドという名前ではありませんか」
クリストファーが彼に問いかけると少年はあっさりと頷いて口を開いた。
「ああ、たしか俺を拾ってくれた人が…俺の手に握られてたペンダントに書いてあった名前から取ってエリウッドって…」
「…やはり。エリウッド、帰るぞ」
「帰るぞ。って…えー?どこに?!つか、おにーさんオレの知り合いなの?」
「簡単にいえば従兄にあたる。…が、とにかく今は黙って私についてきてくれないか。説明しているといろいろ面倒なことになりそうでな…。とにかく君は重要な人物なのだ」
「いや、なんてことはない、ただの傭兵っ」
「いや、違う」
「…やはり。エリウッド、帰るぞ」
「帰るぞ。って…えー?どこに?!つか、おにーさんオレの知り合いなの?」
「簡単にいえば従兄にあたる。…が、とにかく今は黙って私についてきてくれないか。説明しているといろいろ面倒なことになりそうでな…。とにかく君は重要な人物なのだ」
「いや、なんてことはない、ただの傭兵っ」
「いや、違う」
エリウッドの首根っこを捕まえ、足早に歩き出すクリストファー。砂ほこりを巻き上げてズルズルと引きずっていく中、エリウッドは捨てられた小動物のような瞳で、小さく呟いた。
「うぅ…ハラ減ってるのにー…」
「何!」
「何!」
その呟きを聞いたのか、ピクリとクリストファーの長い耳が動く。そして、凍りのように冷たい瞳がいまは炎が燃えたぎっているように熱く見開かれた。
「……そのような言葉を聞いては…!どなたかキッチンを貸して下さる方はいらっしゃらないか!」
クリストファーのあまりの剣幕か、それとも持って生まれたエルフゆえの美貌のためか、多くの女性がキッチンを貸すと申し出た。その中で一番近くにあった民家のキッチンにクリストファーが立つと、彼は荷物の中から緑色のエプロンとあらゆる調理器具を取り出し、さらには調理の材料まで出してしまったのである。
「た、卵まで!腐っちゃわないの?!」
「ふ…ははっ、まさか。低温に保っている。エリウッド…君の格好を見ればわかるが傭兵をしていたのだろう?この技術も使わずに生きてきたのか?」
「使うも何も…知らなかったんだよ」
「…しばらくはカルチャーショックに悩まされるだろうな」
「かるちゃー・・・?」
「ふ…ははっ、まさか。低温に保っている。エリウッド…君の格好を見ればわかるが傭兵をしていたのだろう?この技術も使わずに生きてきたのか?」
「使うも何も…知らなかったんだよ」
「…しばらくはカルチャーショックに悩まされるだろうな」
「かるちゃー・・・?」
疑問符を浮かべながら首を傾げるエリウッドの座るテーブルに、カタリと皿が置かれた。上には上品にデコレーションされたフルーツタルトが置かれている。そして、フォークとナイフを差し出すとクリストファーは(少年が彼と会ってからほとんど時間はたっていないが)見たこともないような満面の笑みを浮かべる。
「さあ、食べてくれ」
「…イカすよ!にーさんめっちゃイケてるよーーー!」
「…あ、キッチンをお借りした礼と言ってはなんだが、貴女にも」
「まあ…!」
「…イカすよ!にーさんめっちゃイケてるよーーー!」
「…あ、キッチンをお借りした礼と言ってはなんだが、貴女にも」
「まあ…!」
ティータイムを終えたクリストファーは、先ほどまでの笑顔はどこへいったのか再びエリウッドの首根っこをひっ捕まえるとズルズルと引っ張り出した。先ほどまでのように歩いてではなく、今は走っている。しかも、エリウッドの足が宙に浮くほどに高速で。
「なんでにーさんこんな早く走れんのオォォーーーーー!」
「風の初級魔法だっ!これは便利で良い…旅には欠かせん」
「つぅか怖いッスーーー!!!!」
「お前の双子の妹もいつもそんな調子だよ…」
「…え?」
「風の初級魔法だっ!これは便利で良い…旅には欠かせん」
「つぅか怖いッスーーー!!!!」
「お前の双子の妹もいつもそんな調子だよ…」
「…え?」
急ブレーキをかけると、手をぱっと離してエリウッドを地面に転がり落とした。クリストファーは腕を組んで大きな城門を見上げている。その白い扉に刻まれた紋章は、半分だけであるがエリウッドの瞳に刻まれた紋章と同じであった。
「…ここ…城じゃねっすか?」
「ああ」
「…場違いじゃね?」
「場違いじゃない」
「…お呼びでない?」
「お呼びだ」
「こりゃまた失礼しました」
「…ネタが古いッ!」
「ツッコミがおそいっ!」
「虹組きら●か!貴様は…ああ、やはり双子なのだな」
「ああ」
「…場違いじゃね?」
「場違いじゃない」
「…お呼びでない?」
「お呼びだ」
「こりゃまた失礼しました」
「…ネタが古いッ!」
「ツッコミがおそいっ!」
「虹組きら●か!貴様は…ああ、やはり双子なのだな」
語気を強めて言いながらも、クリストファーの表情は確かに笑っていた。