羽根あり道化師

2章 貴族兼時期族長兼騎士団長兼パティシエ兼教育係兼…

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vice2rain

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ガネティア城に現れた新しい要素は特に彼に影響をきたすというほどでもない。

騎士団長として騎士たちを取りまとめ、やんちゃ盛りの姫をずるずると引きずっていき、公務に出かけ、貴族たちとの語らいをしなければならず、かといってエルフの里をおろそかにする訳にもいかないし、自分の趣味である菓子作りを欠かすなど言語道断―

それらを特に問題なくこなしてきてしまった彼にとって、ずるずると引きずっていかなければならない者が一人増えたくらいでは、どうということはないのだ。



2章 貴族兼時期族長兼騎士団長兼パティシエ兼教育係兼…



エリウッドがガネティア城に戻ってすでに1週間が経過する所であった。国王が直々に彼と会い、話をし、過去に起こった出来事や魔術師による検証と照らし合わせたところ、やはり間違いなくエリウッドがガネティアから突如失踪した王子であったことが判明し、急遽彼に王位を継がせるためのあらゆる準備が始められたのである。
しかし、残念なことに十数年ぶりに、いや初めて顔を合わすようなものである双子の妹、エリザベスの性格が災いし、二人は哀しいほどまでに意気投合してしまったのだ。あらゆる悪戯を考えては二人で実行し、城の中を駆け回る始末。エリザベスの行動力は、エリウッドの帰還を契機にさらに拡大していったのであった。

それに始末をつけられる者は、もはや彼しかいまい。

「リザー、どこいったんだー?…例の隠れ扉かな」

エリウッドはあたりをぐるりと見まわし、人がいないことを確認すると壁にかけられた絵画をひとつ避けて石の壁を2回ノックした。すると聞こえる、エリザベスの声。

「そもさん!」
「せっぱ!」
「オーケェーイ、エリーだねっ!もーメイプルとかクリスじゃないかってビビっちゃったよー」
「マジにあの二人ならここ見つけそうだもんなー。特にクリス、クリスに見つかったら…」
「ほう、私に見つかったら…?」

二人の背後に黒い影。氷の瞳はまっすぐに二人を射抜き、口元だけが笑っていた。
一度振り返った顔をまた前に向け、逃げる態勢に入る二人であったが容赦なく飛んできた弓の威嚇射撃によってあえなくお縄となった。本日6回目の逃走は、やはり失敗に終わったのである。

「いいか、エリザベス!お前は仮にも一応姫だ。そして、エリウッド!まだ環境になじめないのはわかるが、お前は次期国王だ。お前たち二人には王族にふさわしい知識と礼儀をつける義務がある!でなければ、国民からただ税金を巻き上げ悪戯に日々現を抜かして他国からバカにされるだけのニートが出来上がってしまうだけだ!そんなことをこの私が許すとでも思っているか?とにかく今日分の勉学の時間は昨日のロスタイム含め、あと6時間28分だ。グズグズしていると延長時間をさらに加えるからな」
「ムリっすー!マジにムリ!オレ勉強とか全然してないし!」
「クリスー!いつからそんな鬼になっちゃったかなー!前までそんなにキビしくなかったっしょー!」
「ちょうどいい機会だからな。おまえたちをどうにかしないと国王陛下もそろそろブチ切れる頃合いだ」

首根っこをつかまれ、ずるずると引きずられていく二人はそれぞれに猛抗議をしているが、クリストファーの言い分は正しいし、彼らを見過ごす理由もなかった。とくにエリウッドはゆくゆく国王になるというのに、まだ王族としての暮らしをして日が浅い。今は問題なくとも、今後国家を揺るがしかねない問題となるであろうことは明白である。それでなくても、彼が姿を消した理由がわかっていないのだ。クリストファーは眉をひそめて無言で彼らを私室へ放り込み、机に座らせると仁王立ちして彼らが黙って勉強にはげむよう目を光らせていた。

結局、6時間以上もの勉強時間を終えてエリザベスとエリウッドは白目をむいて泡を吹き、そして全身の筋肉が弛緩しきった状態で机に突っ伏した。それをただじっと見ていたクリストファーも多少疲れを覚えたようであり、小さくため息をついた。結局今日は全く騎士団に顔を出さなかった上に、趣味の菓子作りもできないままとなってしまった。

「全く・・・手間のかかる従兄弟たちだ」

苦笑を浮かべると、パタリと本を閉じてブランケットを持ってきて二人にかける。まだ少年の域を脱していない二人をほほえましげな表情で見ていると、ノック音が耳に入った。この特徴のある、すばやく3度叩くノックの仕方を彼は記憶している。

「もう王子たちの勉学の時間は終わっている。入ってくるといいさ」
「そうかィ、じゃあお邪魔しようかね」

部屋に響くヒール音。優しく、暖かい笑顔を浮かべた桃色の髪の女性―メイプルがティーセットを持って部屋へ入ってきたのであった。クリストファーは黙って椅子を引くと、メイプルが照れくさそうに笑った。

「あはは、アタシは貴族なんかじゃないんだからさ・・・貴族のアンタがあたしにこんなことしちゃダメじゃないか」
「階級なんて、治安を維持するためのものでしかない。人の扱い方をそんな枠で縛るなんて無粋なことを私はするつもりはない」
「そーかィ。このコらも同じようなことを言うんだろうね」
「ああ。・・・もっとも、ガネティア王家には私は敬意を示しているつもりだがな。この国の王家の人々は人間として尊敬できる。仕えるべき主君だと実感できる方々だと思うよ・・・」
「そうだね、アタシみたいな平民にも―」
「・・・メイプル、話を聞いていたか?」
「あ。悪い悪い」

紅茶を啜りながらくすりと笑うメイプル。クリストファーは暫く黙っていたが、おもむろにティーカップを置くと真面目な眼差しで口を開いた。

「・・・魔術騎士団長メイプル。今より君の友人としてではなく、ガネティア精鋭騎士団長クリストファー・ファルセットとして話をさせてもらいたいのだが」
「・・・あたしはかまわないよ」
「エリウッド王子のことだ」
「・・・そうだね、はっきり言ってあたしは暗殺されたんだと思ってたよ。殺されないにしても、一生王子だとバレないようにどこかにかくまわれるか・・・それくらいのことにはなるはず」
「そう、しかし・・・エリウッド王子は長く傭兵として旅をしていたという。一体、何が目的で王子はさらわれたのか」
「・・・・・・単純に考えれば、身代金。だけれど、脅迫はなかったね」
「王位継承権を自分の身内のものとしたい貴族の仕業―とは考えられんな。その場合にはエリザベス王女も姿を消していたに違いない」
「ねぇ、ガネティア王家に伝わる予知能力を狙って・・・ってことは?」
「・・・ふむ・・・しかし、現国王陛下の代よりその力が突如消えたことは、予知能力のことを知っているものならば、それも知っている筈だ」

険しい表情で黙る二人。二人とも頭の中で恐ろしく早い思考回路を巡らせていたのだが、その作業は双子によって中断されることとなる。

「「・・・ハラ減ったッス~・・・・・・」」
「何ッ!それはいけない!」
「ちょ・・・クリス!」
「あっれ~、メイプル遊びに来てたんスね」
「もしかしてオレたちジャマ?」
「馬鹿だねアンタ!あははっ、アタシをからかおうなんて1万年早いさ!」
「料理長ーーーッ!厨房を貸せ!これより私が菓子を作るッ!」

程なくして作られた焼き菓子を頬張るいとこたちに目をやり、その隣でにこにこと笑って、やはり美味しそうに菓子を口にするメイプルへと視線を向ける。
満足げな表情でエプロンをはずしながら彼は心に誓った。

・・・ガネティア騎士団長の名にかけて、何があろうとガネティアをこの先も守っていく、と。


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