羽根あり道化師

1章 俺サマと王子サマ

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混沌の世界、アドヴェント。
いくつかの王国からなるこの時代、魔物が各地をはびこってはいるものの、世界は均衡と平和を保っていた。
だが近年、古の預言者の残した書物が発見されたことによりにわかに世界は動きつつある。
野望の石、神の遺産。天地創造の際、神が故意にかはたまた忘れていってしまったのか、その力の一部を世界に残したそれが浮遊大陸サガルマータに確かに存在しているのである。と・・・。
幾多の冒険者達が旅立った。
幾多の物語が始まった。
そして。
幾多の冒険者達がその命を失った。
幾多の物語に終末が訪れた。

だが、未だそれを得たものはいない。

それでも人々は夢を見る。

彼らもまた例外ではない。
一人は自分の国と自分の定めの為に
一人は自分の自由の為に
一人は自分のみの知る暗黒の為に



1章 俺サマと王子サマ




アドヴェントと呼ばれた世界の中心に浮かぶサガルマータから見て南東の方角に、ミルディアンという国がある。
この国の名前を聞く時、現在この世界の人々はとりあえず「ワイン」というだろう。肥沃な土地であり、さまざまなフルーツを栽培するためにこの国の名産品はワインだ。
あるいは、「魚」というかもしれない。豊富な海産資源をも所有するためにこの国において漁業は活発。港町は常に活気づいており、新鮮な魚をどの店も自慢げに並べている。こんな光景は、たとえ商業都市ライーダに行ったとしてもお目にかかれないことだろう。
もしも、過去にこの世界に生きていた人々がミルディアンという国の名前を聞いたなら、なんといっただろう。
おそらく、彼らはこう呼んだのではないだろうか?「騎士の国」と。
ミルディアン人は、魔力をもたない。それゆえに、武術に長けるより他に国交を平等に行うすべはなかったのだ。武力に置いて優位な国は、劣った国に対して不平等な条件での同盟締結や契約を強いるもの。それを防ぐために、と彼らはいつしか世界一の騎士の国となっていたのだ。

さて。今その騎士の国には2人の王子がおり、王位を争うための準備を着々とすすめていた。この国では年功序列という考えよりもむしろ弱肉強食の色が強く、このように複数王位を継ぐ権利を持つものが現れた場合は何かしらの競争を行ってきた。だがそれにしても、今回の戦いは熾烈を極めるであろうと国民は予測している。今回争うことになる王子たちはお世辞にも仲の良い兄弟とはいえなかったし、その内容も無理難題そのものである。国王が彼らに言い渡した言葉、それは『神の力を得たものに王位を譲る』というもの。これはもはや競争中に命を落としたものが敗者、落とさなかったものが王だというようなものである。神の力などという伝説の代物を―あまたの冒険者を破滅へと導いたそれを―探せというのだから。

「父上は僕に弟を殺せとでも言うのか!それとも、僕が死ねと?冗談じゃない」

第一王子、カームは側近から兜を受け取りながらわめき散らした。彼の口から発せられた言葉は、大切な弟を殺したくないという意味では決してなく、殺人行為が忌々しい、というだけのこと。さらに言えば弟が黙っていて死ぬような腕前の者とは思えない。悔しいが、彼は自分の実力よりも弟の実力が勝ることを知っていた。いや、もし自分が弟を本気で暗殺しようとしても逆に殺されてしまうであろう事は目に見えている。だからといって、自分が死ぬことなど言語道断だ。彼が悔しさに歯軋りをしたそのときノックの音が部屋に飛び込んできた。

「兄上、レオンです。」
「・・・・・・入れ。」

軽く舌打ちを―レオンと呼ばれた者に聞こえるように―してドアを側近に開かせると、のんびりとした笑顔を浮かべた青年が入ってきた。彼に警戒心は全くないと見える。それすらも、カームの逆鱗に触れる材料にしかならなかった。

「大変な競争内容ですねぇ、神の力など。」

内容とは裏腹に何か嬉しそうな色を帯びた声に、カームはフンと鼻を鳴らした。昔から、彼はお世辞や綺麗事で固められたような弟の言葉を嫌っていたのだ。

「ああ・・・互いに険しい旅になるだろうな。」

カームなりに冷静な切り返しをしたつもりであったが、語気の荒さはぬぐえない。側近は一歩退いていたが、相変わらず弟の方はというと能天気な反応を返してくる。

「でも、僕の夢でもあることです。父上には感謝しているんですよ・・・夢を追わせて貰えて。」
「お前は気楽でいいな。僕はもう旅立つ。お前も旅の準備をしたらどうだ。」
「あっ、そうですね。そうします。では失礼!兄上、道中お気をつけて!」

レオンは去っていった。やはりこういうところが気に食わない。人のことを完全に信頼して、大切に思っているような顔をして、自分がどう思われているのか気づいているわけもない。その純粋さがカームには疎ましかった。側近に命じて馬を用意させるとそれに跨りそして何かを側近に呟く。側近は怪しく微笑んだ後、カームを見送った。



思えば人生退屈なことなんてなかったかもしれない。
いや、日々のリアルを痛感して生きてきたといえば聞こえはいいだろうな。むしろこっちの意味で俺はとらえたかった。っていうか、退屈に耐えられないんじゃないか…俺は。手に入れたひとかけらの平和っていうものは、どこか偽物じみていて目に見えるすべてのものからこう言われているような気さえするんだ。「お前、場違いだよ」と。
それくらい、俺に「退屈」という言葉はにあわなかった。良くも悪くも、退屈と感じたことはこれまでなかったはずだから。
今も、きっと「退屈」というわけではないんじゃないかなあ、とも思う。だけれど、…そう、たとえば親を亡くした行き場のない子どもの面倒を見てみたりとか、神の教えを説いてみたりとか、誰かのけがをいやしてみたりとか、祈りをささげてみたりとか…日常、普通の生活の場面の中に俺がいるということに違和感を感じずにはいられなかった。目に見えない、俺自身の声すらも聞こえる気がした。「俺、場違いじゃない?」

「・・・なあゼクス。」
「あんだ?」

訛りの激しい俺の友人、ゼクスの営む田舎の孤児院を手伝って早7年。俺に取ってはそう長い時間でもない。というのも、俺はハーフエルフという寿命の長い種族の身。人間にとっての7年と、俺たちにとっての7年とはわけが違う。
だけれど、ずっと感じていた違和感と自分の中での葛藤を考えたら、たった7年でさえ長く長く、それは永遠のように感じられたのだから不思議でたまらない。
ずっと昔は、7年なんて本当に一瞬だったのに。
だから、俺はもう少し自分の居られる場所を探したい。それを、ゼクスに伝えることにした。私物を持たない俺にとって、旅に出ることはそう難しいことでもないのだから。

「俺旅にでる。」
「あんでよ?」
「…別に。何か理由があって動く男だっけ?俺は」
「あぁ…んなことあったら、熱あんのかぁって思うわなぁ」
「だろ?ただの気まぐれだよ。土産に神の遺産でも持って帰ってきてやる」

 遠くから聞こえるのは何も知らずに遊びまわる子供の声と、ゼクスの訛った応援の言葉、丘を俺と一緒に駆け下りる風の音が聞こえ、空は澄み渡った青。このあたりにはモンスターもあまり生息しては居ない。少し離れただけだというのに、やはりこの場所はとてものどかで、何もなく、だからこそ多くのものがある…そんな場所だったんだと痛感する。もちろん、その場が俺の居場所になるかというと、それはまた別の話でもあるけれど。さて、多くの冒険者が命を落としつつも、誰もが憧れる秘宝、神の遺産。それを追い求めてみるというのは単なる思いつきにしかすぎなかったが、それくらいの規模の目標でもなければ、俺には物足りなかったのだろう。これはちょうどいい、と思いつつも何も考えずにサガルマータを目指すのはあんまり利口じゃないと思案。とりあえずは近くにあるミルディアン城下町によって情報収集するなり、旅の準備を整えるなりしようかと考えた。ただ、それにはミルディアン東部にある森を通らなければならないから少々気をつけなければならない。
 なんといっても、その森は暗殺やら山賊のアジトやら、闇商売やらロクな噂を聞いたことがない。いかに、世界の中で治安の良さに定評のあるミルディアンといえど、警邏の目の届く範囲には限界がある。そんな管理の行き届かない場所を見た目16,7そこらの俺が通ったんじゃ厄介なことが起こるのは容易に想像できるだろう。もしも襲いかかってこられたとしても返り討ちにして、むしろ金品すべて奪ってやることすらできるのだろうけれど、それでは山賊どもと同じ程度になり下がってしまう。罪を憎み、ひとを憎むな。と、しらじらしい言葉も呟いてみつつ。

と、考えているうちにあたりが薄暗くなった。そう、東の森。生い茂った木々が日差しを遮るから、昼間でも森の中は薄暗い。そのうえ、この森は天然の迷路といっても過言じゃない。複雑に入り組んでいるから、木をかきわけてミルディアンを目指すよりほかはないだろう。頭上で怪鳥の飛び立つ音がした。やはり、このような樹海には少々血気盛んな魔物がすみついているもの。とはいえ、こっちからしかけはしない。極力目立たないように―全身黒ずくめの俺ならこういうところではあまり目立たないが―気をつけながら先へ進み、食人植物を払いのけ、狼を眠らせ、そしてもうそろそろミルディアンへ着くであろう場所へ無事に来たと思ったら、そこで人に出くわした。金髪の落ち着いた感じの男。細身の割には大きな剣を背負って、身なりは悪くない。むしろ身分の高い人ではなかろうか。だけど、どうも注意力が不足しているらしく俺に気づきもせずあたりをきょろきょろしたり地図を広げたりしている。もしかして道に迷ったのか?と思って声をかけようとしたら、男の後ろに短剣を構えた賊がいるのを俺は見つけた。声をかけるより早く俺は賊に襲い掛かる。思いっきり蹴りをかましてやると賊は思わず短剣を落として低く唸った。すかさず呪縛の魔法をかけてやるとそいつは動きが完全に止まり、畜生!と悔しそうに吐き捨てた。ここで俺は男に振り返る。男は唖然として俺を見つめていたが、口を開いた。

「・・・君、大丈夫?」

 は?それはこっちの台詞だ!と口に出したかったが、呆れていう気にもならない。まさかとは思うが、こいつ、もしかして自分が狙われていたって気づいていない?あまつさえ、俺が狙われていたとでも思っているのか?

「もしかして迷子かな?それともまさか人身売買から逃げて・・・?だから今の怖いおじさんに追われていたの?」
「俺がそんなにガキに見えるか!17なんだけど。」
「・・・あ、ごめんね。17歳なら大人だよね。」

 こんにゃろ、俺のこと完全にガキ扱いしていやがるな。とはいえ、この話は不毛すぎる。少なくとも、この世間知らずな人に現実というものを突き付けてやるのが善行というものだ。と、信じてオブラートに包まずスパスパと思った事を言う事に決定した。

「ていうか、俺が狙われていたんじゃねえよ。今のは地図を見てきょろきょろしていた隙だらけのあんたを狙ってた。このあたりじゃ暗殺は珍しいことじゃねー事くらい知ってんだろ?お前も身分の高そうな感じだし、別のルートとか探せねえのか!大体こっから向こうは田舎町。あんたみたいな奴が行く場所じゃねーぜ。」

 俺が早口にそういうと、ぼんやりしていた男は一瞬表情を曇らせ、しばらく考え込んだ。痺れを切らして俺が再び口を開こうとするとその前にこいつは口を開く。な・・・なんかむかついてきた。

「ああ!そそっかしいなあ、彼間違えた道を僕に教えたのかもしれない。教えてくれて有難う。君、名前は?僕はレオナルド・ミルディアンっていいます。」

 ・・・レオナルド・ミルディアン?まさかこいつ、ミルディアン王国の王子か?こんなすっとぼけた奴が?!…噂によると俺と同じ目的地を目指してミルディアンの王子が2人旅立ったらしい。って…こいつ、大丈夫なのかな。

「俺はヴァイスと申します。・・・あー、レオナルド様?あなたミルディアン王国の王子なのでしょう?あの『神の遺産』を目指しているとの噂の…」
「レオンでいいですよー・・・って、えっ?!なんでわかったんですか!」

ああ、律儀に敬語を使った俺がバカだった。王子という肩書がなければ、これほど使えない人間はいまい。頭の中にはきっとお花畑が広がってるのではなかろうか。

「ド阿呆ゥ、お前の身なりと名前ききゃー誰でもわかるわ!…なぁんか、そそっかしい奴だな…。まぁ俺も同じ目的で旅してるんだけど、これでもなかなか旅人暦は長い。俺でよかったら世話してやるよ?」

もしかしたらこいつの顔を利用していろいろな情報を聞けるかもしれないし、と…そんな下心もあったわけだが、純粋にこいつの行く末が心配だという理由もある。利害の一致、という点で悪い話ではないからいくらこの王子がお花畑な人間でも、断るようなことはしないだろう。

「本当ですか?!わあー、旅の仲間ができてよかった!これから、よろしくおねがいしますね!・・・バイス?」
「ちっがーう!もっと口をすぼめてヴァ!」
「・・・ばッ!」

なんだろう、この不安は。たしかに、俺が追い求めていたのは非日常。
だというのに、このなんとも言えない不安。
…少し考えて俺は理解した。自分の人生がどうなるか、というよりも…自分の近くに存在する人間の人生がどうなるかということのほうが、実は人の神経を蝕むということ。自分ならば自分の思う通りに修正できるけれど、何分こっちは自分の思い通りにならないからたちが悪い。ええい、俺の言う事を聞け!俺の言うこと黙ってやってりゃ普通でまっとうな人生送れる筈だから!といったところで、こいつは首をかしげて正反対の事をやるような…初対面の瞬間からそう時間はたっていない筈なのに、そんな様子が安易に想像できるあたり、俺はこいつにかなりの不安を覚えたのであった…



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