羽根あり道化師
5章 俺サマと愉快な仲間たちはどこいった?
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ナイフを用いず、かつ、ロープを使うこともなく、そしてー自らの手を使わずに誰かを死に至らせるには。
簡単だ、そんなこと。そいつを、一切のものから切り離してしまえばいい。
人間は脆い。孤独では生きていけない。俺は孤独だ、と己の孤独をかみ締めて生きるものほど、弱い。
そして、そういう奴ほど他人に依存しているもんだ。だから、生きている。
理屈でわかっていても、心がわかってくれない。葛藤、葛藤、葛藤の渦。
この心の牢獄のような迷宮を抜ける日は、来るのだろうか。
5章 俺サマと愉快な仲間たちはどこいった?
幻影の砂漠の一件以来、俺は少し考え事をしていた。してしまっていた。といっても、ロレーヌとの練習の合間はそんなことを考える暇もなかったし、考えさせてくれるような余裕もなかったんだけど。どんな人にもある心の闇、とか不安材料っていうものの人体に及ぼす影響について考察すればきりなんかないし、っていうか人知を超えている。かといって思考を停止することはすなわち頭脳の死を意味するわけで、そんなことに俺は無論耐えられない。外見はこのとおり考えナシ、大雑把、もし考えるとしてもメシのことだけ、とそんな感じだが・・・これでも長く生きてる。思考は年寄りに近いのかもしんない。その様子を知ってか知らずか、レオンはこのところずっと俺にどうしたの、やら何かあったんですか、やら聞いてくる。適当にごまかして流したり、ギャグで返してみたり、聞こえないフリしたりしてみたが、あいつはしつこくまとわりついてきた。そんな、ある日のことだった。だいぶ南東へ歩いただろう、間もなく(といっても2,3日後)ハイトバーグへ着くという辺りの森の泉で俺たちは野営の準備をし始めた。プリアラの魔力も手伝って、簡単に組み立てられていくテントをレオンはぼーっと見つめていたようだが、俺の腹の虫が騒ぎ出すと同時に食事の準備に取り掛かってくれた。プリアラに水を汲んできてくれる?と恐々頼む声が聞こえた。
「んだよ、レオン。それくらい俺がいくぜ?」
「そうよそうよ。ヴァイス行くって言ってるじゃない。」
「そうよそうよ。ヴァイス行くって言ってるじゃない。」
プリアラは不満そうだった。だが、レオンはなおも静かに言葉を続ける。
「ごめん、プリアラ。ヴァイス、ちょっと調子悪そうですから。」
「別に俺は―」
「ヴァイスって、こう見えて結構痩せ我慢しますから。」
「レオ」
「します、よね。」
「別に俺は―」
「ヴァイスって、こう見えて結構痩せ我慢しますから。」
「レオ」
「します、よね。」
レオンの鋭い眼光が俺を捕らえた。こんなに鋭い瞳をして見せたレオンは初めてじゃないだろうか。俺は少しレオンを見くびっていたらしい。こいつは思ったよりもずっと敏感で、ずっと強い。そして、かなり思慮深い。・・・局所的にだけど。普段はボケボケしいしな。だからといって、いつもボケてるわけじゃなかったんだ。突然のことに、黙ってしまった俺にプリアラが気を使うように笑いかけてくれた。
「もう、仕方ないわねっ!いいわ。行ってきてあげるからゆっくり休んでいなさい。だけど、調子悪いならすぐ言ってくれないと困るわよ。私たち、たった3人で旅しているんだから。」
「悪い、プリアラ。ありがとな。」
「気をつけて!」
「わかってる。」
「悪い、プリアラ。ありがとな。」
「気をつけて!」
「わかってる。」
プリアラの足音が夕闇に消えていくと、レオンは野菜を切る手を止めて、案の定俺に歩み寄ってきた。口はまったく開かないが、何をいいたいかなんて誰でもわかる。いつものように、何かあったのかを聞きたいに決まってる。
「レオン。言っておくが俺には―」
「・・・何もないとは言わせませんよ。」
「・・・はぁ、それじゃあ自白を強要する夕方のサスペンスドラマの悪い刑事と同じじゃねーか。」
「サスペンスドラマの悪い刑事だろうがはぐれ刑事だろうが純情派だろうが構わないんです!僕は君の力になりたい。」
「後ろ二つはいい刑事だろーが。っていうかねぇ、いるんだよな・・・そうやって『人の力になってあげたい』って押し売りする奴。」
「・・・!」
「・・・何もないとは言わせませんよ。」
「・・・はぁ、それじゃあ自白を強要する夕方のサスペンスドラマの悪い刑事と同じじゃねーか。」
「サスペンスドラマの悪い刑事だろうがはぐれ刑事だろうが純情派だろうが構わないんです!僕は君の力になりたい。」
「後ろ二つはいい刑事だろーが。っていうかねぇ、いるんだよな・・・そうやって『人の力になってあげたい』って押し売りする奴。」
「・・・!」
言葉が過ぎた。まずい、ついむきになっていってしまったこの言葉を今更引っ込めるわけには行かないし、弁解すればレオンになおさら恥をかかせる。だからといってこのまま突き進めばレオンを傷つけることがわかりきっている。気まずい沈黙がしばし流れた。プリアラはまだ帰ってこない。それどころか、足音1つなく、さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声や風の音、川の音も全くなくなってしまった。この空間にひたすら無という音だけが響き渡っていく。その無に耐え切れなくなり俺は言葉を続けた。
「いいかレオン。お前はいずれ、国王になる身だ。なら、俺の言葉から逃げることはせずに聞いて欲しい。」
「・・・僕は逃げませんよ。逃げたりなんかしません。」
「そうか。・・・なら、言うけど、お前はそうやって積極的に人に関わることが、『人の力になる』ということが、尊いことだと思うのか?」
「思います、尊いことです。僕は過去そうやって生きてきたし、そう教わりました。」
「・・・僕は逃げませんよ。逃げたりなんかしません。」
「そうか。・・・なら、言うけど、お前はそうやって積極的に人に関わることが、『人の力になる』ということが、尊いことだと思うのか?」
「思います、尊いことです。僕は過去そうやって生きてきたし、そう教わりました。」
レオンの目は相変わらずまっすぐだった。それはやっぱりそのとおりに生きてきたということの裏づけであるし、疑う余地は微塵もない。君主になる可能性をもつ者が受ける教育としては何ら間違ったことなどない、立派な言葉だった。しかし、理論だけで世を語れるほど、この世界は甘くなかった。
「そうだな、『人の力になる』・・・か、尊くないことだとは、俺も思わない。だけどな、それだけじゃ人生まかり通らないんだよ。『人の力になる』ということは、その人が行使すべき、乗り越えるべき壁の前に1つの階段を組み立ててやることと同じだ。その階段を使えば、簡単に壁を乗り越えていくことは出来るだろう。その階段に名前を付けるなら、友情だとか、親心、だとかそんなトコだろーな。だけど、階段を組み立ててしまうとその人が本来自力で乗り越えられたはずの壁も苦労しないで乗り越えてしまう。もっといえば、自力で乗り越えなければならなかったはずの壁を自分の力なしで乗り越えてしまう。」
「どうしてですか?人は、大きな苦しみを味わったとき、誰かに助けてもらうことがとても嬉しいでしょう。そんなことみんな知ってる、のに!君はどうして、それを必要としないんですか?簡単に苦しみを乗り越えたほうが、ずっとずっと楽なはずなのに!」
「どうしてですか?人は、大きな苦しみを味わったとき、誰かに助けてもらうことがとても嬉しいでしょう。そんなことみんな知ってる、のに!君はどうして、それを必要としないんですか?簡単に苦しみを乗り越えたほうが、ずっとずっと楽なはずなのに!」
レオンは声を荒げた。かなりの強みを伴った、激しい声。さっきの目線とあわせて、こんなレオンを見ることになるとは俺は思わなかった。だが今はそれに対する驚きよりも俺の言いたい主張が勝っていて、俺も負けじと目線を強めた。レオンとは対極的に、冷気を帯びた視線を。
「レオン。お前は幸せな奴だ。独りで乗り越えなければならない壁を経験していない。もしかしたら経験することもないかもしれない。甘いんだよ、お前は。所詮、これが王族と平民の違いだ。」
「・・・ヴァイスッ!」
「お前に俺の考えを押し付ける気はない。だから、お前も俺にこのことで関わらないでくれ。俺は一生をかけてこの問題と向き合っていかなきゃならないんだ。嘘言って悪かったな、何でもなくはないんだ。」
「・・・ヴァイスッ!」
「お前に俺の考えを押し付ける気はない。だから、お前も俺にこのことで関わらないでくれ。俺は一生をかけてこの問題と向き合っていかなきゃならないんだ。嘘言って悪かったな、何でもなくはないんだ。」
それだけ言うと俺は逃げるように、いや、逃げている―テントの中へもぐりこんだ。レオンは闇の中呆然と立っていた。依然として空間には無の音だけが広がりつづけている。レオンは一度もテントを空けようとする素振りを見せなかった。しばらくするとプリアラが戻ってくる音、そして肉の焼けるいい匂いとスープのいい香りが漂ってきたが、俺にはそんなこと関係なかった。レオンとプリアラはなにやら楽しげに話しこんでいる。
『久しぶりだな。』
何が、久しぶりだというのか。レオンとプリアラの声ではない声が直接頭の中に響いてくるような感じがした。だが、確かに久しぶりだという気もする。
『いや、もしかしたら久しぶりではないのかもしれないな。』
そういわれると、なんとなくつい最近だった気もする。
『いや、違うな。数百年?数千年?』
たしかに、俺は百年、千年という単位を超えて生きている。
『・・・いつものことだろうか。』
もしかすれば、そうかもしれない。
『そうか・・・そうだな、僕もそう思うよ。』
お前がそう思うなら、きっと俺もそう思うんだろう。だれのものかわからない声、あるいは俺の心の生み出した幻聴か、これは俺の心をまさしく映し出していた。
『孤独だ。』
仕方ないだろ、俺には―
『罪そして罰。』
夜が更けた。2人は寝静まったようなので、静かにテントを抜け出すと俺の分の食事だけが寂しくおいてあった。手をつけることはしない。食事は大切だと思うけど、こんなときに食べられるほど俺は強くはなかった。レオンと話したあの時とは打って変わって、風が容赦なく駆け抜けていった。俺の髪は長いからバサバサ広がって、少し痛い。ため息をついたらなんとなく喉が渇いて、泉まで歩きに出た。
風の所為で波紋が広がる泉にゆらゆらと月は揺れる。短く生えた葦も風に揺さぶられ、ざわざわと騒ぎ立てていた。こんなにも、世界には音があふれている。だのに、どうしてあの時は何の音もなかったんだろう。
そのときだ。また音が消えた。月が照らし出されていた湖の上に、音が消え、風が消えたにも関わらず波紋が出来た。とはいえ、波紋が出来たというだけで、波紋は広がることなくそのまま留まっている。どういうことだ?なんだ?と思って俺はその波紋の上を見てみた。泉には映っていないのに、人影が、そこにある。北の魔女じゃないだろう。こっちは南の魔法使いの領土だから。じゃあいったい・・・?
「・・・誰だ?」
「無だ。全だ。」
「相容れない二つだな。」
「無だ。全だ。」
「相容れない二つだな。」
質問の答えに満足いくわけないし、もともと俺は機嫌も悪い。ふてくされたように吐き捨ててみた。声の主はけらけらと笑う。そいつは背の高いひょろりとした男だった。普通の旅芸人のようだが、不思議なことに声色がころころと変わる。実際、『無』といった声と『全』といった声はまるで違った。
「そう、相容れない。それでいて」
「同じ、か?」
「そう、同じ。」
「くだらねぇ。んな事があってたまるかよ。神様気取りですか、こんにゃろー。」
「神様・・・ね、だとしたらどうする。」
「同じ、か?」
「そう、同じ。」
「くだらねぇ。んな事があってたまるかよ。神様気取りですか、こんにゃろー。」
「神様・・・ね、だとしたらどうする。」
ひょろりとした男は異常なほど白く輝く歯を剥き出しにして笑った。さっきまであんなにも離れた距離に居たのに今は、目の前にいて俺は少しぎくりとした。
「知らね。生憎俺はカミサマとやらを心底憎んでるから。・・・どこの一座の者かは知らないが、俺のこと放っておいてくんない?芸人がこんな夜更かししちゃだめだろ。」
「子供が夜更かしするのもいただけないな。」
「俺は大人だ。」
「どうかな。見た目は子供だろう。」
「でも、俺は大人だ。」
「相容れない、それでいて、同じ。」
「そういうことだ。」
「では君は。」
「子供が夜更かしするのもいただけないな。」
「俺は大人だ。」
「どうかな。見た目は子供だろう。」
「でも、俺は大人だ。」
「相容れない、それでいて、同じ。」
「そういうことだ。」
「では君は。」
視線をそむけた俺の目の前にまたしても男は張り付いてきた。近寄るな、というように俺が後ずさりすればするほどその男も前に歩み寄ってくる。声は不気味なほど高くなったり低くなったりしている。
「集団に属しながら孤独であるのだ。」
「・・・ッ!」
「それも相容れない、それでいて同じ。そういうことです。」
「・・・貴様・・・は・・・」
「孤独というものを、知っているか。」
「・・・ッ!」
「それも相容れない、それでいて同じ。そういうことです。」
「・・・貴様・・・は・・・」
「孤独というものを、知っているか。」
突如目の前が暗くなった。不気味な男の姿ももう見えない。ただ頭の中に「孤独というものを、しっているか。」と何度も何度も響くばかりで俺は気が狂いそうになる。大きな声を出してもそれは自分にすら聞こえないし、ましてや聞いてくれるものもいないんじゃないかとそうら思えた。もうやめてくれ、そう思った瞬間ついに何度も響いていた声がぴたりと止まり、俺はただ闇の中を落下しつづけた。最初のうちは、その闇に安堵しつつ落下していたけど、段々不安が募ってくる。それは落下に対する恐れじゃなくて、『無』に対する恐れだった。ないものに、どう恐れろというんだろうか?ほとんどの人はそう思うだろう。だけど良く考えて欲しい。なぜ人が死を恐れるのか。それは今『在る』自分というものが消える、すなわち『無』になるという恐れではないだろうか?そう考えると、人生で最大の課題であり、恐れるべき物『無』の境地に立たされた俺の恐怖を少しはリアルに感じてくれることと思う。とにかく、狂ってしまったほうが楽に違いないというくらい俺は苦しんだ。とうとう、このまま命を絶とう、と俺は自分の首を絞めようとしたが上手くいかない。舌を噛み切ろうかと思ったが、それもできない。そうだ、ロレーヌにもらったナイフ。これなら・・・だが、アクセルのナイフはそれを許さなかった。ナイフにかけられた魔術がナイフをさやからぬけないようにしている。
「―くそッ!殺せ!俺を殺してくれ!この孤独!闇!そんなもの、もうたくさんだ!死などもう恐れない!頼む・・・から・・・ッ!いっそ・・・殺してくれ・・・!」
やっぱりこの声は自分の耳にすら届かない。なぜ自分がこうなったのかも、そしてどうすればいいのかなどわかるはずもなく俺はまだ落下を続ける。やがて、落下はとまった。何かに俺は打ち付けられ、小さく唸ったと思ったが、その声もなかった。痛いな、と思いながら自分の体が無事かどうかを確かめようとしたが、それはできなかった。闇の所為じゃない。確かめるための、体はなかった。これが無だというのだろうか?しかし、この『思考する有』が在る。俺には、もう何がなんなのかわからない。
「どうだ、ここの居心地は。」
声が聞こえてくる気がした。耳があるわけじゃないから、きっと精神に呼びかけた声なのだろう。それは声帯を通すものじゃないから、いったい誰のものなのかなんて皆目見当もつかない。
「・・・最悪、だな。」
だけど内心ほっとしていた。いままで何もなかった中に声がしたんだ。もしかしたら俺の妄想かもしれないが、安心する。
「これをなんだと思う」
「無。」
「違うな。」
「・・・違う、のか?」
「無。」
「違うな。」
「・・・違う、のか?」
ではいったいなんだというのか。教えてくれ、といおうとしたところで、俺の意識は途切れてしまった。もう、あとには何も残らなかった。
このときの俺に、きっとレオンとか、プリアラのことを考える余裕はなかったように思える。
このときの俺に、きっとレオンとか、プリアラのことを考える余裕はなかったように思える。