羽根あり道化師

9章 俺サマと愉快な仲間たちと山登り

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俺たちの旅はまるでデタラメな旋律を奏でながら―ジャズ音楽をド素人が奏でるように―なんとか形を成し、そしてとうとう終盤へと近づいてきた。ここからがヤマ場―っつぅか本当に山登るんだけど―だから、気を引き締めなければならない。
俺はともかく、レオンやプリアラが命を落とさない保障はないんだから。



9章俺サマと愉快な仲間たちと山登り



「はぁぁぁら減ったアァァァァア!ちょっ、マジもうヴァイス君ギリギリだよ!いや、ギリギリ越したよ!メシイィィィィイイイ!」
「うっさいわねッ!我慢しなさいよ!っていうかその怒りを目の前にいるモンスターたちにぶつけてちょうだいッ!」
「なんなんですかこの数は~~!」

登山道で俺たちは格闘していた。かなりの数の獰猛なモンスターが群れを成して久方ぶりの新鮮な肉にありつこうと俺たちを付けねらっているからだ。世界は弱肉強食に支配される。考えろ、ヴァイス。頭に糖分が行き届いていなくても俺なら考えられる。思考しろ、あきらめるな。弱肉強食における食物連鎖のピラミッドで一番上にいるべき存在は誰だ?いやいやいや、植物は何も食さず草食動物は植物を食し、そして肉食動物は草食動物を食し、肉食動物を喰らうのは…

「この俺だアァァァァァァァ!メシイィィィ!なぜ逃げる!逃げるなァアアア!魔物どもがアァァァ!」
「わあああ、ヴァイスが狂ってますッ!プリアラ、とめてあげてくださいいぃぃ!」
「これは便利ね。魔物が逃げてくれているわ。今のうちに一気に進むわよ!」

危機的飢餓状態に陥っている俺をよそにプリアラとレオンはずんずん進む。こいつらは俺の正体について知っているはずなのに恐怖というものはないんだろうか。空腹状態の俺を連れまわすということは空腹状態の竜を引っ張っているようなものだ。むしろ俺のほうが二人を食べてしまわないかヒヤヒヤもんだ。

「ちょ…、マジ俺もう無理ッ」
「仕方ないわね…これ、わたしのおやつのつもりだったけどあげるわ。」
「神ッ!プリアラありがとう!…ってサンドウィッチ?お前おやつにサンドウィッチ食べるの?」

たしかプリアラってダイエッターじゃ…?

「やっぱり返してもらおうかしら?」
「いや、いただきまーす…」

プリアラに逆らうべからず。
触らぬプリアラにたたりなし。

「あら、そんなに青ざめちゃってヴァイスったら怖がっているのかしら?」
「ああ、まぁねー…」

お前を怖がってんだけどね。アレ、それとも確信犯ですか?

プリアラに脅されつつ歩みを進める俺たち。
道は徐々に険しくなるし、出現する魔物たちも魔界の者が多くなってきた。さすがに体力もなかなか続かない。

「なんか…つらくなってきましたね。」
「あぁ、これでもまだ下層なんだけどな…」
「だらしないわね、レオンはともかくヴァイスは特に。」
「うっせぇな、人の形を取ってるときは力も制限されるよ。そりゃ普通のハーフエルフよりゃ力あるけど。」
「あ、僕名案を思いつきました!」

レオンが突如ぱっと表情を明るくして語りだした。
その内容に俺は青ざめることになるんだけどね。

「ヴァイス、ドラゴンの姿なら空飛べるんでしょう?翼があるし。」
「…いやな予感。」
「変身して僕らを乗せ」
「だあああああああ、みなまで言うな!ていうかねぇ、空見てくんない!?一目瞭然だろーがアァァ!乱気流!空飛んでサガルマータにいけんなら、浮遊魔法で一発だろーがアァァァ!」
「あぁ…そこはヴァイスががんばれば何とか…」
「俺ががんばってもお前ら落ちるからね!あぁもう世間知らずなバカ王子はこれだからッ!」

俺とプリアラは肩を落としつつ先へ進み、レオンはその後を「なんでですか~!名案だと思ったのに~」と叫びつつ着いてきた。
しばらく歩いただろうか、風景がガラリと変わり、霧がかかってきた。さっきまでいっぱいあった草木(といえば聞こえはいいが実際は食肉花や化け物のような木だ)がぱったりとなくなってしまい、ごつごつとした岩肌がむき出しになっている地帯に入り込んだ。

「おいレオン、さっさとしろよ…。バケモノ植物が生えてねえってのは結構不吉な感じがする…」
「そうですね、水があまりない地帯ってコトですからね!」
「いや、そーなんだけど!それだけじゃねーだろ。バケモノ植物が生えられないってことはだな…」
「「!危ないっ!」

レオンが叫んで俺とプリアラを突き飛ばした。
その瞬間俺とプリアラのいた場所に突如断層が現れ、レオンはその対岸に取り残されてしまう。徐々に断層は広がっているようだった。

「レオンッ!」
「駄目!落ちてしまうわ!」
「僕のことはかまいません!何か手立てを探して追いつきますか…」
「志村!後ろ後ろ!」
「志村ってなんですかアァァァァ!って、あ…兄上エェ?!」

暗い霧の中レオンは目を見張ったに違いない。自分の兄(レオンがいうには実力が乏しい)がこんなところで現れるとは思ってもいなかったのだろうから。手には1mほどありそうな長剣を持っており、深々と断層の端にそれが突き刺さっていることからこの断層を作ったのはカームであることが明白だった。

「ちょっとレオン!あなたのお兄さん実力がないんじゃなかったの?!」
「ぼ、僕のしっている兄上は剣なんてもてないくらい弱いんですけどね・・・?ってうわっ」
「レオン!とりあえず魔法で援護するから―」

俺は指をカームに向け小さく詠唱をしたがなぜか術が発動しない。ふと横を見るとプリアラが苦しそうに息をしていた。

「プリアラッ?!」
「……なんか……苦しい…?!」
「レオン!カームから目をそらすな!お前も命の危機イィィィ!くそ…魔法が発動しねぇってことは…魔力がない空間なのかこれは!やっぱいやな予感があたりやがった…。プリアラ!立てる…わけねぇよな?くそ、どうすれば…」
「ヴァイス!」
「んだようるせぇー!」

レオンはカームの太刀をなんとかかわしながら俺に叫ぶ。その表情にはわずかに笑みが浮かんでいた。

「いそいでプリアラをつれて魔力のあるところへ!僕はすぐに追いつきますから。」
「…!……了解だ、バカ王子。」
「バカはいらないわアァァァァ!今僕格好いいこと言ったのに!」
「お前のことは忘れねえぜバカ王子!」
「何いぃ?!僕死ぬこと決定イィィ?!」

レオンの後押しを受けて、俺はプリアラを担ぎ走る。黒い霧がまだあたりに立ち込めていてプリアラの息は徐々に小さくなっていく。

「死ぬなよ!このやろ…ッ」

人の死、なんてもうたくさんだから。

やっと、やっとのことだった。黒い霧を抜け出すと突然青い空が広がり、雪が舞い散るところにきた。プリアラは荒い息をしていたが、さっきよりは楽になったようだ。顔を上げて、薄く笑い「ありがと」と短く言った。

「レオンのやつ、大丈夫かな」
「大丈夫よ…これで死んだら史上最悪にかっこわるいバカ王子ね。」

プリアラ、てめぇ血も涙も―
ちがった、プリアラは強気に言ったけど表情はこわばっていた。
カームのあの強さに多少驚いてはいたのだろう。
それにしても。

「…あの空間、本当に魔力がない空間なんだよな…?」
「そうじゃない?私、もう少しで死ぬところだったし。」
「……人工的に作ったものじゃ…ねぇのかな」
「さあ、ね。でもサガルマータにこういう空間があるかもしれないなんて想定済みよ。さぁとにかく先に進みましょ。足跡があればレオンもきっと追ってこれるわ。」
「そーだな、行くか…」

俺とプリアラは氷の迷宮へ向かって走り出した。
雪が吹き付ける中、ノースリーブでずんずん進むプリアラはたくましいな、と心のそこから思った。

「プリアラ、こっちだ!」
「えぇ、わかって―…」

紫色の霧が立ち込めてきた。俺の脳裏に一瞬、過去が浮かび上がる。しまった、これがナイトメアフォッグなのか!?迷宮と一緒に現れるなんてひどくないか?!
いや、いやいやそんなこと問題にしている暇はない!プリアラが黒い手のようなものに捕まっている!助けなければ!

「プリアラッ…いま、助け…る……」
「ば、バカねッ…!私なら大丈夫よッ!ナメないでよね…。それよりあなた…過去にいろいろあったみたいでしょ。…こんなとこでグズグズしてたら…また廃人になりかけるわよ?!」
「だけど……お前…」
「レオンが後から追っかけてきてくれてる。それに…私の力、信じられないの?!」
「…プリアラ!悪いッ!」
「フフ、ちゃんと頂上で待っててよね!」

後ろで黒い手に引きずられるプリアラを振り返らずに俺はナイトメアフォッグから急いで引き上げた。迷宮をなんとか抜け、雲を抜けた上層部に俺はもうたどり着いたんだ。かなりの高度だから風もつめたいが、太陽の熱があったかい。はるか下に雲があって、上空にはただ青い空が広がっていた。

「…サガルマータの上層部か…。ここまで来るような人間はなかなかいないんだろうな。」

レオンは無事だろうか、あいつのことだ。トドメをさせるような状況になっても、情に流されて逆にやられる可能性だってある。プリアラも心配だ。あれからもう15分は経つ。あいつの力にだって限界はあるんだ。無事でいてくれているような保障はない。
だけど、信じるしかない。
あの二人には俺なんかかなわないくらいの力がある。
魔力とか、腕力とかじゃなくて、精神力が。

俺も強くなりたいから、二人を信じよう。
二人を信じることができたなら、きっと少しだけ強くなれる。
そんな気がするから。俺は歩みを進めよう。

雪原に足跡をつけながら俺は再び走り出した。
前だけを見て、もうそろそろたどり着くであろう頂上に思いをはせて。
青い空と白い雪が俺の目にはただ眩しいだけだった。
その澄み切った蒼と白のなかを進んで、雪に覆われた岩をよじ登り、やっとの思いで乗りあげたところはまるで祭壇のようなステージ状の台座だった。そうはいってもかなり大きい。縦横10mほどだろうか?

ん、ちょっとまて…まんなかに誰かいる。

って…

「ヴォローザかよオォォォォォ!いや、話の流れ的にここでサシの勝負が待ってるかもって思ったけどやっぱりかよオォォォォ!」
「ホッホッホ、相変わらず威勢がよろしいですね。それにしてもなぜ裏側から登ってきたのです?奇襲をかけるつもりではなかったようですね。」
「は?裏側?」

ヴォローザの隣すれすれを歩くのはなんとなくおっかないので、台座の端っこを歩いて俺が元いた位置から対象の場所へ歩いていった。徐々に、何かが見えて…

「階段があったのかよ!何?俺のあのアイスクライミングは無駄だったってのかよ!」
「そのとおりです。」

ちょっとヘコんだ。

「ホッホッホ、さて……もう一度この間のお話の続きをしましょう。あなたのお友達二人をはじめ、多くの人間というものには生きる価値などありません。生きているということだけに自己満足している虚しい存在でしょう。それがあがこうが、ワタクシたちにはなんら影響はない。ですが、ですがね…あなたのように才能に満ち溢れた方は、大変価値があるのです。このままでは価値が損なわれてしまうでしょう?ワタクシはあなたのためを思って言っているのです。ワタクシたちと手をとりませんか?」
「カチカチカチカチ、カチカチ山ですかお前は!Noだっつってんだろーが。俺たちに価値なんてつけていいよーなたいそうな存在かっつーんだよ、お前は!もしも、神がいたとして、神から俺に何か言葉があったとしても、俺は一度その言葉を考えて何が正しいかは俺が決める!他人に流されてられっかってんだよ。」
「あくまでも…抗いますかな。」
「ったりめーだ。」

ヴォローザは姿をあの道化師のような姿に変え、そしてまるで何かマジックのショーでも始めるかのような動作でお辞儀をした後、指を高く上げ、鳴らした。
すると、後ろから二人の人影が現れる。一人はほっそりとした女、一人は金髪の青年―

「最後にもう一度だけ」
「いらねーよ、バカですかお前は。何回言わせる気だ?っつかねぇ…フィルシアに…本物のカーム…こっちにいたわけね。」

そう、今わかった。
ここでフィルシアとカームが出てきたことですべての合点がいった。
最初にレオンと別れたあそこで発生した魔法の使えない空間。あれは実は魔法が全く使えない空間というわけではなかった。
事実、あのカームは魔法で作り出したものだろう、かなり強力な力を付属させただろうが。
あれは、闇属性の魔術師だけが魔法を使える結界の一種だったにちがいない。プリアラは使い魔。すべての属性の魔力を源に生きる存在だから、闇だけ供給され、ほかの魔力が著しく減少すれば生死をさまよう淵に立たされるのも当然。そして、俺は光魔術がメインの魔術師だから、当然闇だけは使えない。
さらに、プリアラが黒い手に捕まったあの氷の迷宮。
文献にあんなものは載っていなかったからおかしいなと思ってはいたんだ。だが、あんなに大きな氷を長時間出現させられるわけはない。氷属性の四大魔術士フィルシアを除いてはな。
すべてのシナリオはこのためにあったんだ。
レオン、プリアラを引き離し、俺一人でここまで来るように仕向ける―

「ちょっとちょっとォ、おたくらの弱点が光と炎ってコト忘れてませんか~?」

ニヤ、と薄笑いを浮かべて俺は手をかざした。激しい光を伴った炎が一面にほとばしり、三人を襲う。まだまだ容赦なく俺は魔術を使い続けた。

「どぉーだよ、ケケケッ!…ておわ!」
「どうした、貴様の相手は一人ではないのだぞ!」
「由緒正しきミルディアンの王子が悪の魔術師に肩入れした上に奇襲とはね!ミルディアンは終わったな!お前かあのバカ王子が王様になったら三日で国が滅亡するぜ?!」
「言いたい放題言うんじゃねえー!」

アレ?!どこにしまったっけ、ロレーヌからナイフをもらったはずだ!おいおいおいどこだどこだどこだ?!

「ここだアアアアア!」

キン、という金属音が一帯に響き渡った。
カームはおろか、フィルシア、ヴォローザまでも驚くべきまなざしでこっちをみている。まさか魔術師がいっぱしに剣を使えるとは思うまい。してやったり、と思い俺は顔を上げた。

「なんだコレえぇ!」

…俺は、ペロペロキャンディーの柄の部分でカームの十拳剣を受け止めていた。結構、いや、かなり間抜けなシーンだろう。後ろで耐え切れなくなったのだろうか、ヴォローザがケタケタと笑いやがった。

「えぇい笑うなそこ!マジにどこやったんだよ俺のナイフ~!」
「ここです。」
「は?」

俺の頬をナイフが掠めた。カーブを描いて投げられたそれは深々とカームの足に刺さり、あたりを血で染め上げてしまう。
驚いて後ろを振り向くとレオンが立っていた。かなり傷だらけにされ、マントはボロボロになっているし髪もぼさぼさになっているし、息は切れているしで最初一瞬はわからなかったが、たしかにレオンだった。

「レオン!生きてたんだな!ていうかなんでお前がナイフを」
「どうやらあのナイフに込められてる魔法は、あれを本当に必要とした人間の手にわたるという魔法のようです。これがあったから生き延びられました。」
「へぇ…お前のせいで俺はこんな屈辱を…いや、なんでもねー。それよりプリアラは…」

後ろで氷が砕け散ったような音がした。プリアラだろう、きっと。
勝気な笑みを浮かべつつ、可憐に宙に舞い上がって勢いよくヒールでフィルシアの顔面を蹴飛ばしている。

「…そりゃ無事だよな。」

俺がつぶやいたのを聞いてレオンは苦笑してうなづいてた。
だがそんなに穏やかに話をしているような余裕なんてない。
蹴りをいれられたことで激怒したフィルシアが大魔術を唱え始めたのだから。

「私の美しい顔を足蹴にした罪を償ってもらうわ!」
「うわぁああ、こいつナルシーすぎっしょ!」
「あたりまえよ!こうでなきゃマスターでないわ!」
「っていうかどうするつもりですかこれ!ぜんぜん攻撃当たらない!」

カームは動けなくなっているものの、ヴォローザがまだいる。
このままでは三人まとめてやられるのがオチだろう。
それに

「俺の相手はお前っきゃないだろ!俺の悪役!」

ヴォローザを指差して宣言した後、急いで結界を張った。大体真ん中くらい、ステージ上に。結界をはさんで俺とヴォローザ、向こう側にレオン、プリアラとフィルシア。

「そっち片付けといて。」
「「簡単に言うなーーーーーーーー!」」

レオンとプリアラにダブルで怒られなんか惨めな気持ちになりつつ、ヴォローザを倒すべく走りだすのだった。
ヴォローザは依然、怪しげな笑みを浮かべてただ佇んでいた。
それだけ余裕があるということだろう。
だけど、負ける気がしない。
根拠のない自信とか、そんなあやふやなものじゃなくて本当に負ける気がしないんだ。
根拠その1、それはヴォローザがどんなに強い魔術師でもただのエルフでしかないということ。わかりやすく言おう。竜の遺伝子をもつ俺は肺機能が以上に発達しているため、どんなに高い場所に上ろうがとくに疲れはしない。が、あいつは今まだ余裕をかましているが、(年だろうし)すぐに息を切らすに違いない。
根拠その2、ここが光の領域に限りなく近いこと。この世界にいろいろな属性を持つ魔術師がいるが、光の場をもつ魔術師だけはいない。なぜか?簡単だ。光の場にたどり着いた者がいなかったから。そんな場所はこの世界でここしかない。光の場では闇魔法は弱くなり、光魔法が増強されるのは容易に想像できるだろう。
つまりここは俺のかなり有利な地形!
だが、ひとつ計算し忘れたことがあった。

そういえば、レオンもただの人間だった。

「…苦しい……」
「ちょっとレオン!へたってないで立ち上がりなさいよ!」
「立て!立つんだー!」
「ジョーとかいったら…訴えられますよ……ちょ、この高度は無理ですよ…」
「あきらめんじゃねえ!…プリアラ、レオンがこの高度になれるまで踏ん張ってくれ!」
「わかったわ!」
「そんな早く慣れられるかアァァァ!」

俺たちの最後の戦いはレオンの絶叫ツッコミのもと、始まった。



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