桜
バイトに行く時、僕はいつも桜の綺麗な公園の前を歩いて行く。
桜の咲き始めはすごく綺麗だ。桜特有の儚さはあまりなく、生命力にあふれているような気がする。生きよう、生きようと枝を張り、花を咲かす姿はとても美しいと思う。
ああ、桜が咲いている。もう満開だ。
僕はこの季節が一番嫌いだ。この光景を見るくらいなら真冬の桜を見る方がいくらかマシだ。おそらく、満開の時よりは上だろう。
僕は、はあと溜め息を吐く。
まったく、花見とは名ばかりのどんちゃん騒ぎ。本当に桜を見ている人なんて一人もいやしない。どこぞのオヤジが酒に酔ってぶっ潰れ、どこぞの学生が意味の分からない叫び声を上げる。
おい桜、お前もいっそストライキでも起こしてみてはどうだ。一年や二年くらいなら花を咲かせなくても良いんじゃないか?こんな煩いところにいたら身が持たないぞ。
――ん?
ただ一人、桜を見ている人を見つけた。
…桜の木の合間から不自然に覗く赤い髪。うっとりと桜の木に身をゆだねている一人の女性。タンクトップにショートパンツ。そしてその上に桜の柄の浴衣を羽織っている。酷くちぐはぐなその様はとても超然としていて、悠然としていて…。
何故だろう。酷く、不安になる。
ただ通り過ぎるだけだったはずの公園の中に僕は入っていった。なんだか、その女性から目を離せなくなった。…少しでも目を離したら消えてしまいそうで、けれど、声を掛けることもできなくて、怖くて、僕は桜の木の下で立ち尽くしていた。
「――おい」
声を掛けられた。それがすごく意外で、僕は思わず息を呑む。
「おいお前、見えているのなら返事をしろ」
「え、あっ、はい!」
返事をすると、その女性は少し驚いたように目を見開いた。
「…そうか」
呟くと、彼女はすっくと立った。木の枝に手をかけることもせず、木の上に立ち上がった。
「…お前には、見えているのか」
そして、盛大に笑った。
「そうか、お前には見えるか!ははっ、愉快愉快!まだアタシを見る人間が居たとはね、長生きはするもんだねまったく!」
桜の木の上で、彼女は笑う。本当に、心底楽しそうに笑い声を立て、腹を抱える。
「はははっ、実に愉快だ!気に入ったぞ少年!」
この人は、一体…?
「おい。少年!」
「は、はいっ!」
思わず、ぴしりと背筋を伸ばす。
「あんた、幾つ?」
「じゅ、十九歳」
へえ、と彼女は呟きにっこりとした。
「アタシはサクラ。来年、またここに来な。旨い酒を飲ましてやるよ!」
楽しげに言って、サクラは消えた。
桜の咲き始めはすごく綺麗だ。桜特有の儚さはあまりなく、生命力にあふれているような気がする。生きよう、生きようと枝を張り、花を咲かす姿はとても美しいと思う。
ああ、桜が咲いている。もう満開だ。
僕はこの季節が一番嫌いだ。この光景を見るくらいなら真冬の桜を見る方がいくらかマシだ。おそらく、満開の時よりは上だろう。
僕は、はあと溜め息を吐く。
まったく、花見とは名ばかりのどんちゃん騒ぎ。本当に桜を見ている人なんて一人もいやしない。どこぞのオヤジが酒に酔ってぶっ潰れ、どこぞの学生が意味の分からない叫び声を上げる。
おい桜、お前もいっそストライキでも起こしてみてはどうだ。一年や二年くらいなら花を咲かせなくても良いんじゃないか?こんな煩いところにいたら身が持たないぞ。
――ん?
ただ一人、桜を見ている人を見つけた。
…桜の木の合間から不自然に覗く赤い髪。うっとりと桜の木に身をゆだねている一人の女性。タンクトップにショートパンツ。そしてその上に桜の柄の浴衣を羽織っている。酷くちぐはぐなその様はとても超然としていて、悠然としていて…。
何故だろう。酷く、不安になる。
ただ通り過ぎるだけだったはずの公園の中に僕は入っていった。なんだか、その女性から目を離せなくなった。…少しでも目を離したら消えてしまいそうで、けれど、声を掛けることもできなくて、怖くて、僕は桜の木の下で立ち尽くしていた。
「――おい」
声を掛けられた。それがすごく意外で、僕は思わず息を呑む。
「おいお前、見えているのなら返事をしろ」
「え、あっ、はい!」
返事をすると、その女性は少し驚いたように目を見開いた。
「…そうか」
呟くと、彼女はすっくと立った。木の枝に手をかけることもせず、木の上に立ち上がった。
「…お前には、見えているのか」
そして、盛大に笑った。
「そうか、お前には見えるか!ははっ、愉快愉快!まだアタシを見る人間が居たとはね、長生きはするもんだねまったく!」
桜の木の上で、彼女は笑う。本当に、心底楽しそうに笑い声を立て、腹を抱える。
「はははっ、実に愉快だ!気に入ったぞ少年!」
この人は、一体…?
「おい。少年!」
「は、はいっ!」
思わず、ぴしりと背筋を伸ばす。
「あんた、幾つ?」
「じゅ、十九歳」
へえ、と彼女は呟きにっこりとした。
「アタシはサクラ。来年、またここに来な。旨い酒を飲ましてやるよ!」
楽しげに言って、サクラは消えた。
――消えた?
『アタシはサクラ』
…サクラ。
桜?
桜?
『旨い酒呑ましてやるよ!』
僕はふと、周囲を見回した。
花見とは名ばかりのどんちゃん騒ぎ。本当に桜を見ている人なんて一人もいやしない。
そうか、と僕は少しだけ笑った。
つまりこのどんちゃん騒ぎは…
サクラの笑顔を思い浮かべ、僕はもう一度笑った。
花見とは名ばかりのどんちゃん騒ぎ。本当に桜を見ている人なんて一人もいやしない。
そうか、と僕は少しだけ笑った。
つまりこのどんちゃん騒ぎは…
サクラの笑顔を思い浮かべ、僕はもう一度笑った。
つまりはアイツの差し金か。
第二章・椿へ