第1話 遅刻娘と運命と
――遅刻少女がパン咥えて走ってるなんて、ベタすぎない?
ふとそう思って、私はおかずの高野豆腐を咥えて家を飛び出した。
――3秒で後悔した。
「ひふははへはふぅぅぅ!!」(汁がたれますー!!)
お母さん特製のおいしいだし汁が、1年生であることを表す白いタイを染めていく。
思いっきり仰け反っても、流れは止まらなかった。
思いっきり仰け反っても、流れは止まらなかった。
「ひほふひはいはふほへぇぇぇぇぇ!」(遅刻しちゃいますよねー!)
仰け反ったままぷるんぷるん揺れる高野豆腐と格闘しながら、下り坂をめいいっぱいに走り抜ける。
あと10分で校門をくぐらなければならない。 VIP_MMR学園の門番、怪鳥ペットショップは、
門限を1秒でも破ると絶対に通してはくれない。
こっそり抜けようとした悪化君が氷漬けにされた話は、親友の神無月から聞いている。
あと10分で校門をくぐらなければならない。 VIP_MMR学園の門番、怪鳥ペットショップは、
門限を1秒でも破ると絶対に通してはくれない。
こっそり抜けようとした悪化君が氷漬けにされた話は、親友の神無月から聞いている。
「ほはぁぁぁぁっ!!」
天地がひっくり返った。
慣れないことはするもんじゃない。 鞄の中身をぶちまけて、見事にぶっ転んでしまった。
汗に濡れた髪を抜ける、爽やかな夏の風が憎らしい。
慣れないことはするもんじゃない。 鞄の中身をぶちまけて、見事にぶっ転んでしまった。
汗に濡れた髪を抜ける、爽やかな夏の風が憎らしい。
「うう、痛い……高野豆腐潰れちゃいました」
「おい」
「おい」
自転車のサドルから伸びた長い足が、倒れた私の目の前にあった。
「……はい?」
「はいじゃないよ、大丈夫か?」
「はいじゃないよ、大丈夫か?」
学園の制服をきた男の人だ。 日焼けした精悍な顔、背は結構高い。少し長い髪は、後ろで1つにくくっている。
隣には私と同じ1年、白いタイの女の子。名前はええと、確か……。
隣には私と同じ1年、白いタイの女の子。名前はええと、確か……。
「マライヤは先に行ってろ、立てるか?」
そうだ、マライヤさんだ。
「ん」
こっちを振り向きもしないで、さっさと言ってしまった。 愛想のないこと。
男の人は、私の腕を取って引き起こしてくれた。
腕から手を離すと、その手でポケットから白いハンカチを取り出す。
男の人は、私の腕を取って引き起こしてくれた。
腕から手を離すと、その手でポケットから白いハンカチを取り出す。
「顔、ひどいぞ」
「ええっ!!」
「ええっ!!」
そりゃ私も美人ってワケじゃないけれど、いきなりそんなこと言われるなんて思いもしなかった。
じゃあ取り出したハンカチも、私なんかに触っちゃったからとかそんな感じ?
助けてくれたし、ちょっとかっこいいなと思ったら結構イヤな人だ。
踵落としを一発おみまいしてやろう。 そして自転車を奪って……。
じゃあ取り出したハンカチも、私なんかに触っちゃったからとかそんな感じ?
助けてくれたし、ちょっとかっこいいなと思ったら結構イヤな人だ。
踵落としを一発おみまいしてやろう。 そして自転車を奪って……。
「拭けよ」
「あ、そうだ!」
「あ、そうだ!」
頬っぺたを触ってみた。 潰れた高野豆腐が張り付いている。
「すいませんありがとうございます!」
「謝るか礼言うか、どっちかにしろって」
「はい!」
「謝るか礼言うか、どっちかにしろって」
「はい!」
タオル地のハンカチは、だし汁をぐんぐん吸い取ってタイと同じ色になった。
ちょっと痛くなるぐらい顔を擦ると、後は丸めてスカートのポケットにつっこむ。
ちょっと痛くなるぐらい顔を擦ると、後は丸めてスカートのポケットにつっこむ。
「あ、鞄はいいです、じぶんでやりますよ」
「君、徒歩で通学してんの」
「……自転車持ってないんです」
「君、徒歩で通学してんの」
「……自転車持ってないんです」
散らばった教科書を拾いながら、私は嘘を付いた。
家には、お父さんが買ってくれたピカピカの自転車がちゃんと置いてある。
私が乗れないだけで。
家には、お父さんが買ってくれたピカピカの自転車がちゃんと置いてある。
私が乗れないだけで。
「後ろ乗れよ」
「へ?」
「チャリの後ろ。 鞄下敷きにすれば尻痛くないから」
「へ?」
「チャリの後ろ。 鞄下敷きにすれば尻痛くないから」
彼はひらりと自転車にまたがって、手招きした。
「い、いいですよー! 大丈夫です」
「早く乗ってくれ、俺も遅刻する。 遅れたらペットショップの囮になってもらうからな」
「い、イヤですわかりましたっ」
「早く乗ってくれ、俺も遅刻する。 遅れたらペットショップの囮になってもらうからな」
「い、イヤですわかりましたっ」
氷漬けは絶対イヤだ。
言われた通り、後ろに鞄を敷いて横向きに座る。
お尻の下で、サンドイッチが潰れた。
言われた通り、後ろに鞄を敷いて横向きに座る。
お尻の下で、サンドイッチが潰れた。
「とばすぞ」
「とばさないで下さい」
「囮」
「とばしてくださ……いっ!?」
「とばさないで下さい」
「囮」
「とばしてくださ……いっ!?」
言い終わる前に自転車は急発進、急な坂を猛スピードで駆け下りる。 耳元で風がごうごうとうなった。
「怖いぃぃぃ!」
彼の肩をがっちり掴む。 甘いワックスの香りがした。
「君、何年生?」
「へ?」
「そのタイじゃ分かんなかった」
「へ?」
「そのタイじゃ分かんなかった」
そうだった。 私のタイは濃い口醤油のだしのせいで、渋木染めみたいになっている。
レモンでも咥えてくれば、3年だって嘘をつけたかもしれない。
レモンでも咥えてくれば、3年だって嘘をつけたかもしれない。
「1年です」
「マライヤと一緒か。 友達?」
「いえ」
「マライヤと一緒か。 友達?」
「いえ」
友達だったら、あんな風にさっさと行ってしまったりはしなかっただろう。
「俺は2年のもえニラ、君は?」
2年生か。 そういえば、学校のグラウンドで見かけたことがあるような気がする。
「私?」
「名前だよ」
「名前だよ」
唸る風のせいで、大きな声を出さないと言葉は聞こえない。
「羊羹です! 友達からは豆腐って呼ばれてます!」
「羊羹で豆腐な、覚えとこう。 俺、1度覚名前覚えたら忘れないんだ」
「羊羹で豆腐な、覚えとこう。 俺、1度覚名前覚えたら忘れないんだ」
自転車はますますスピードを上げていく。 揺れる彼の肩は少し筋肉質で、がっしりと大きい。
おそらく運動部だろう。 陸上部かな?
おそらく運動部だろう。 陸上部かな?
私も名前を忘れられそうに無い――。
そのころ先に行ったマライヤは―――――
いつものようにペットショップに急所をロック・オンされながら
始業12分前に校門通過
下駄箱で上履きにはきk―――
始業12分前に校門通過
下駄箱で上履きにはきk―――
「マライヤ・・・高1から咥えパイプは止めておけ」
「ん」
「ん」
と、いつものように先生に禁煙パイプをボッシュートされる・・・が
数秒後 胸ポケットから取り出したパイプを咥え教室に入る
数秒後 胸ポケットから取り出したパイプを咥え教室に入る
「マライヤさんおはよー」「おはようございますぅ」 女子にも人気があるらしい
「ん」
「ん」
この一文字だけで済ませるマライヤ・・・恐ろしい子・・・・
これからも観察を続けることにしようと思った。(○月×△日天気:晴)