MMR-マガヅンミステリールポルタージュ-

第拾七話

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
――窓ガラスが爆発した。

放課後、日が赤く染まる頃のことだった。
ひとり日直の書き換えをしていたマライヤは、教卓の影に飛び込んで身をかがめた。
ガラスの破片が夕日に照らされ、火の粉のように教室一面に散らばる。
一瞬後、教室全体を震わす振動と鼓膜を劈く破裂音。
破壊はそこで終わりを告げた。

……。

破片の突き刺さった教卓から、そっと顔を出す。
天井には全体の4分の1ほどのクレーターが出来ていて、ぱらぱらと木屑を降らせていた。

(さすがにこれは事故じゃないな)

マライヤは荷物も持たずに、教室から飛び出した。
中からは、新たにガラスを割る音が聞こえている。 攻撃は続いているらしい。
両隣の教室を覗いたが、無人の教室は相変わらずの日常を保っていた。

(私を狙ったのか。そして、あそこに私がいることを知ってた)

廊下を走りながら、頭の中を整理する。
攻撃者が誰かは分からない。飛んできたものも。
銃弾? ……まさか、ここは日本だ。
ではスタンド攻撃か。特殊な人間の多いこの学校、十分考えられることだ。

渡り廊下を走り、北校舎に向かった。
遠くから、今だ執拗にガラスを砕く音が聞こえてくる。

(こっちはあんなすごい武器は持ってないし、私のスタンド能力は……)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マライヤのスタンド――バステト女神。

敵を磁石化させるスタンド。 磁力は敵との距離と反比例する。
効果を発揮するには、自ら作り出した〝コンセント〟に敵がまず触れなければならない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


つまりこのスタンドは、戦闘が始まった現在では何の意味も持たない。

人が〝コンセント〟に触れたがるのは、好奇心があるからだ。
しかし、猫が狩りの途中に、毛玉に気を取られたりするだろうか?
猫はネズミだけを見ている。 恐らくマライヤを狙う誰かも。
好奇心は僅かな余暇から生まれるもの。

今はそれが無い。

(……始まっているから)

耳の隣を、何かが後ろから風を斬って突き抜けた。
教室の天井を粉砕した、あの何か。
マライヤの長い髪をはためかせて〝何か〟は目前のコンクリートの壁を砕いて弾けた。

(まだ教室への攻撃は続いていたはず!!)

振り返った。

「そんなびっくりしなくてもいいんじゃない?」
「と、豆腐……!?」
「そんな風に呼ばれてたっけねー。今はチャンプ?ミンプ?まあいいやどうでも」

豆腐の形をした何かがそこに立っていた。
顔の形も豆腐。背格好も豆腐。
しかし紫に光る瞳と背負った禍々しい殺気が、彼女を別の何かに見せていた。

「恨まれる覚えないわ」
「私、いやアイツか……」

陳腐は真っ赤なナップザックを肩に掛け、左手で紐のようなものを振り回している。
攻撃の正体はアレだろう。 何であるかは分からないが。

「アイツがなんで恨んでるのかなんて知らないよ
ただ分かるのは、アイツがこうしたかったってこと」

言い終わる前に、マライヤは廊下の曲がり角に飛び込んだ。
後方で破砕音が響いた。

「どうせ逃げられないからやめときなって。それよりさ、私が飛ばしてるのなんだか分かるー?」

誰もいない廊下で、陳腐の声は不気味に重なる。
マライヤは起き上がると、隣の階段を駆け上った。

(なんとかして反撃しないと……)

分からないことがあまりにも多すぎた。


アレは、本気で逃げ切れるとでも思っているのだろうか。
彼女のスタンドも、話に聞いた限りでは私の敵ではない。
磁力とやらがどんな風に発現するのかは知らないが、私がこの武器を使っている限りは問題あるまい。

いつの間にか日が沈んだようだ。廊下の蛍光灯が、手前から瞬いて光り始めた。
マライヤの足音は階段を上り続けている。 陳腐もそれを追いかけて走った。

屋上に向かっているのか。下に降りれば、ひょっとすると逃げられたかも知れないのに。
混乱しているのだろうか。突然クラスメイトに襲われれば当然のことか。
それにしても……。

「なんでアイツはアレを憎んだのかな」

気がつけば〝私〟になって、1人で街を歩いていたのだ。

「ゴミはチキンとゴミ箱に」

階段を駆け上りながら、頭に残っていた言葉を吐いてみた。頭の悪そうなセリフ。不思議と気分がいい。

「?」

上で何かが割れる音がした。
そしてドアを開き、閉める音。

「ガラス割ったのー? 私のまね?」

マライヤが壊したのは、屋上に続く階段の蛍光灯だった。
階段の奥は、吸い込まれそうな闇が続いている。

「デンキ消えてたら、ついて来れないって思った? 本気でぇ?」

手摺りを掴んで、陳腐は闇の中を進んだ。

「つっ!」

手の平で、青白い火花が弾けた。

「静電気? てか今のヘンな手触り何?」

陳腐は手を手摺りに戻すが、そこには何も無い。

「まあどうでもいいか。ただの静電気……」

手摺りは木製だった。


ドアが内側から蹴破られた。
そこから現れる、赤いナップザック、紫の目。

「もうワルアガキはやめなよ」

屋上には3つの貯水槽が並び、その下から水道管が伸びていた。
満月の夜。空にはもう星が瞬いている。

「私の武器はね、何だと思う?」

マライヤの足元に、何かが転がってきた。
コンクリートの角にぶつかって、止まった。

「石だよー、石コロ。意外でしょ」

マライヤの隠れた貯水槽が、轟音を発した。
穴から水の溢れる音が、反対側から聞こえる。 陳腐が穴を開けたようだ。

「私が持ってるコレは投石器。知ってるぅ?
アッシリア人が使ってた投石器は、400mも飛んだんだって!私はもっと飛ばせるけどー。
それに戦国時代の武田軍だって投石部隊を持ってたし、案外バカにできないっしょ?
でもこれを選んだ理由はそれだけじゃないんだよー?」

マライヤは、砕けた天井を思い出した。それに背後の貯水槽。
石コロでこれだけの威力。――化け物だ。

「あなたのスタンド能力は磁気でしょ? じゃあナイフもダメ、刀も斧も。
銃弾は……鉛って磁石にくっ付いたっけ?まあいいや、どうでも。
だからさ、だからさ、石コロって最高のチョイスだと思わない? ね? ねーッ?……ね……ね?」

やっとバステト女神の効果が出てきたようだ。

「なに……これ……」

陳腐の全身が磁力を帯びる。
呆けた顔のまま体を大の字にして、背後の貯水槽にへばり付いた。

「気付いたのよ」

マライヤはもう1つの貯水槽の影から姿を現し、陳腐の前に進み出る。

「好奇心が生まれないのならば、触れずにいられない状況を作り出せばよかった。
こんな方法は初めてだけどね」

彼女が階段で触れたのは、スタンドのコンセントだったのだ。
蛍光灯を壊したのは、暗闇で手摺りに触れさせるようにするため。

「壁を伝って上るとは考えなかったの?」
「急いでるときに階段の外側を走る人間がいるかしら?」

陳腐はなんとか手足を動かそうともがいている。
ナップザックを落として、中の石コロが濡れた地面に散らばった。

「〝もうワルアガキはやめなよ〝……フフ」

陳腐は怒りに狂う紫の瞳で、彼女を睨み付けた。

マライヤは後ろの貯水槽にもたれて、ポケットから小さいナイフを取り出した。
お守りに持っていたエジプトの工芸品だ。

「私を殺そうとした理由は? 答えなければ、このナイフを離すわよ。あなたに向かって真っ直ぐ飛んでくわ」

陳腐は、バステト女神が彫られた小さなナイフをじっと見つめた。
そして――突然、大声で笑い出した。

「……狂ったの?」
「ヒャハハハハ!そりゃ飛んでくよ、飛んでく!! 飛んでくってば!!!
でも私にじゃないよ? そのナイフ、どっちに向かってる? 随分強く握ってるようだけど!?」

そこでマライヤは気付いた。

手の中のナイフの異変に。

「な!?」

切っ先がマライヤの心臓に向いていた。

「貯水槽同士は、水道管で繋がってんだよねー。水道管は鉄でできてるっしょ?
磁石にクリップがどんだけくっつくかって、やってみたことあるー? 間に切った折り紙挟んだりしてさー。
磁石は私、1つ目のクリップはこの貯水槽、2つ目は水道管、3つめはアンタの後ろの貯水槽。
4つ目は? 4つ目は? よっっつっめっはぁぁぁぁあああ?」

マライヤは円柱状の柄を必死に体から離そうとした。
しかし、ナイフは不気味に振動しながら磁力を増していく。

「アンタ腕力ないでしょー?
自分の武器で死ぬってサイテーじゃない?
スタンド解除しなよー。なら石コロで死ねるわ。
この距離なら投石器なんて使わなくても頭カチ割れるよ」

陳腐は貯水槽に張り付いたまま、首を不自然な方向に曲げてケタケタ笑っている。

(一度バステト女神を解除したら、陳腐にもう一度〝コンセント〟を触らせなければならない。でもそんなこと……)

陳腐が穴を開けた貯水槽からは、まだ滝のように水が溢れ続けている。
水はあたり一面に広がり、2人の上靴を濡らしていた。

(そうだ!)

――スタンド解除。

陳腐は左に大きく跳躍し、角張った石をマライヤに投げつけた。
マライヤは右に飛び、紙一重でそれをかわした。
貯水槽に新たな穴が空く。水が噴き出し、地面にこぼれる丁度そのとき。

「バステト女神ッ!!」

マライヤはスタンドを発動しつつ、空に開放されたナイフを放り投げた。
地面にコンセントが出現する。

そして――。

「私が触れるとで……も?」

コンセントからの蒼い火花が、濡れた地面を這って陳腐の足へと走った。

「な、なんでッ!?」

陳腐の体に再び強力な磁力が発生した。
小さな背中は、再び貯水槽に縫いとめられる。
空中のナイフは陳腐に向きを変え、まっすぐ突き進んだ。

「貯水槽に穴を開けたのはあなた。ここを水浸しにしたのはあなた。……水場のコンセントは漏電注意ッ!!」
「しまっ」

陳腐は言い終わる前に、外れた金属のドアが顔面に叩きつけられ、そのまま気を失った。
ナイフはドアの取っ手の隣に突き刺さった。

「ドアを蹴破ったのもあなた……か」

マライヤは濡れるのも構わず、その場にへたり込んだ。
結局狙われた理由も分からない。
それに、あのとき教室を攻撃し続けていたのは誰だろう。

(彼女に協力者がいたのなら、ここに駆けつけるかもしれない)

アヒル座りのまま、空を見上げた。


――貯水槽が爆発した。




to be continued...

第拾七話後編に続く!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー