祖国のとある地域。
そこに狂機人形の生前の姿があった。
その男は誉れ高き男であった。
その男は能力などなく超人的な身体能力を引き出し自身の肉体を弾丸とするしか能のない男。
むやみやたらに殺生はしない。女子供には決して手を出さない。
自分の意思を曲げることなど絶対にしない。
自身の正義に殉じる覚悟のある男。
弱者には進んで手を差し伸べる。
弱者を虐げる暴虐には正面から全身全霊で戦いを挑み、必勝する。
聞けば、見れば、素晴らしいと言っても過言ではない男。
そんな男はある日路地裏で―――『永久不変こそ芸術』
そんな妄執に取りつかれ人々を虐殺し、男には理解のできぬ『芸術』を作り出す傀儡と相対する。
その傀儡の名は
【外法傀儡】。永久不変を求め全否定され屠殺された哀れな傀儡。
「………くだらねぇ。芸術にする価値もねぇ」
傀儡は不愉快そうにそう吐き捨てた。顔は作り物。声も作り物。意思は人のもの。
身体を傀儡に変えたパラノイアは男の怒りと殺意と戦意を加速させるに申し分なかった。
「………貴様、何をしている?何故罪のない人々を殺した?」
声は静かに重々しく、頭は冷静に、意思は義憤により燃え盛り、それらを統括させると―――
―――十全な殺意が出来上がった。
―――完璧な戦闘態勢が出来上がった。
超人的な身体能力しか能のない男を品定めしその場から動かない傀儡。
何を考えているのだろうか?何を思っているのだろうか?
答えは―――
「………面白い。異能傀儡を作成しようか。」
「という訳だ。お前も俺の永久不変の芸術にしてやる。」
「大人しくしていりゃ極小の痛みに抑えて殺してやる。」
「次に血抜きをして、臓物をすべて抜き取り、俺のアトリエで体を再構築してやる。」
これである。無機質な体と声から発せられる「音」には熱がこもっていた。
「………パラノイアめ、貴様の妄執ここで断ち切ってくれる!」
「形あるものみな壊れる。だからこそ美しいのではないか!」
無機質な「音」で構成された芸術論を真っ向否定すると同時にそれは戦闘開始の合図となった。
まず先手を取ったのは義憤に燃えた男。
自身の身体能力を最大限に引き出し超人化した男は弾丸を置き去りにすることを可能にする速さで駆け抜け
傀儡と自身の中間点に到達した瞬間に跳躍する。光の速さに近い速度を以て脳内でそれを決定する。
狙いは背後を取り一撃で仕留めることである。
後手に回った傀儡は男が駆け抜け始めてすぐにバックステップで行き止まりまで移動しようとする。
その動作と並行して傀儡は―――
「………【椿】」
前進からナイフと麻痺毒の仕込み刃を射出できる高機動紙防御の傀儡を召喚し
自分の体を動かすかのような滑らかさを持つように傀儡を操作し、迫りくる男に向かって
全身から無数のナイフと数本の麻痺毒を一斉射出した。
一つ一つの威力は大したことはないがそれが無数となると話は別になる。
確実にどこかの箇所に命中し出血を強いられる。
ましてや今一人と一体が戦闘を行っている場所は路地裏。かなり狭い場所である。
サイドステップで回避するにはあまりに狭すぎる。
バックステップで回避するには路地裏は直線的でありそれを不可能とする。
「―――……チィ!」
予定よりも遠くの位置で飛ばざるを得なくなった男は飛翔することを止め
両腕で頭を防御しながら低空飛行の要領で突撃する。
ナイフと麻痺毒の刃が両腕に刺さり時間経過と共にその本数は増えていく。
「ぐうッ!!!!」
歯をかみしめ苦痛に耐えながら椿の懐へと入り込み椿の動力部分へと全力の右ストレートを入れ
椿の動力部分は見事粉砕され、椿は機能停止へと追い込まれる。
男の攻撃の間にも傀儡はバックステップで行き止まりまで駆けて行き、もうじき到達するところまで行った。
義憤に燃える男が椿を破壊する光景を目の当たりにしてほくそ笑む傀儡。
「………随分と活きがいいじゃないか。俺の創作意欲が促進される。」
「だがもう過剰だ。これ以上は俺の創作意欲が減退する。俺は殺すのを止めるから殺さないでくれ。」
と言ったところで背中が壁にぶつかり、それが行き止まりに到着したことを伝えてくれた。
即座に反撃をしようとしたが―――敢えて何も出来ない振りをした。
「貴様、この期に及んで命乞いか!そんな要求は却下だ。ここで罪を償う名目のもと死ね!」
咆哮とともに距離を詰めていく男。
その距離は飛翔からの飛び蹴りを可能にする限界であった。
そして飛翔。男は傀儡との距離を詰めて行きながら相手の姿を捉え直す。
傀儡の表情は変わらず。変わりようがないのだが。
だが雰囲気は命乞いとは正反対の位置にあった。本当に命乞いをしているとは思えなかった。
そんな違和感を感じながらでも攻撃はやめない。止めれない。
今いる自分の位置は空中で。そしてベクトルは前方に。この状態で後退することはできない。
だからそんな違和感を無視して攻撃するほかなかった。
傀儡はまだアクションを起こさない。
傀儡は機を見計らってアクションを起こすのだから。
じきに麻痺毒が体を駆け巡りきるだろう。その時、アクションを起こす時である。
違和感を無視し突撃した男は飛び蹴りの届く距離へと到達した。
「―――終りだ!」
その掛け声とともに男の宙天蹴りは傀儡の頭部へと襲い掛かり頭部を粉砕した。
―――男の体が麻痺しなければ、そうなっていた。
空中からの蹴りを放たんとした瞬間男の体が思うように動かなくなっていた。
動きにはぎこちなさが表れ始めていた。
「……毒の回った気分はどうだ?まぁ、その気分はすぐに終わるさ。」
―――【梔子】
男の蹴りが傀儡の頭部へと到着する前に障害物が置かれた。その障害物の強度は鉄以上。
男の蹴りは麻痺毒で弱体化しているとはいえ一般人ならばノックダウンできるほどの威力。
そんな両者が衝突すれば―――生身の方が壊れる。
当然その破壊には音が伴う―――身体が壊れる音と男の声帯から作られる絶叫が
男は重力に従い下落する。傀儡はその姿を見下し嘲笑する。
「無様だな。やはりくだらねぇ。だが安心しろ。その苦痛もすぐに終わる。」
「俺が傀儡にして永久不変に変えてやる。痛覚は無く、体が壊れても替えが利く。」
無機質で冷たい声が路地裏に響き、すぐに消える。
片足をつぶされた男の頭蓋へ鉄以上の高度を誇る梔子の飛び道具(=ロケットパンチ)が轟音を伴い牙をむく。
――――グシャ!!!
そんなあっけない音とともに誉れ高い、自身の肉体を弾丸に変える男の幕は下ろされた。
最終更新:2011年04月23日 00:49