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【赤い鏡を貰った話】



 「ねえ、心はどこから生まれると思う?」



 立派な屋敷だった。
 赤煉瓦造りの洋館。屋根の瓦はさらに深く濃い緋色。
 庭には小さな池と、手入れがほどこされた花壇。芝の緑が目に眩しい。

 金木犀の大木の下には、白いテーブルと椅子二脚。
 そこに、女学生と軍服青年が、向かい合って腰かけていた。



「……君、“怪談”がそれを知っていると思うのか?」
「思わなければ口にしないわ」



 “怪談”と自身を呼ぶ青年は、外した軍帽を、テーブルの上に乗せている。
 背には、羽衣のように薄い、透明なマント。
 鴉の濡れ羽のような黒い髪。前髪は伸び気味だが、後ろ頭は短く切ってある。
 精悍な顔立ち。鼻の左隣にほくろが一つ。目は虚ろで光が無い。

 青年は、テーブルに頬杖をつき、池の方に視線をやる。
 波と、魚の背が、時折光を反射した。青年は抑揚のない声で、最初の問いに答える。



「知らないさ、知る由もない」
「でしょうね、やっぱりそう思った」
「……じゃあ、なぜ聞いた」



 青年は目線だけ動かし、訝しげに女学生を見た。

 臙脂色の袴。小振袖は山吹色。桜の花弁の模様が、両袖と胸元に散っていた。
 茶色がかった瞳。長く黒い髪を、瑠璃色のりぼんで結っている。
 口元は、常に微笑をたたえている。その薄桃色の唇が、わずかに開く。



「――私が聞きたいのは正解じゃない。貴方個人の考えよ、赤マントさん」



 その双眸は、聡明な光に満ちていた。意志の強い明瞭な声。
 怪談の脳に、一寸の虚が生まれる。

 テーブルの上にはグラスが二つ。
 ソーダ水に浮かぶ氷が、りりんと、鈴に似た音を立てた。





 女学生に初めて出会ったのは、能力発動時だった。

 真夜中の街道にて、憲兵らしき男に質問。選択色、赤。相手は軍刀で応戦。
 赤の効力――高い俊敏性を駆使して太刀を回避。男の臍の位置に右の鉤爪を突き立てた。

 男は、かふりと血を吐いた。構わず、胴に埋まった鉤爪を、手首を捻って半回転させる。
 鈍く生々しい手応え。食道を直に絞ったような呻き声が、間近に聞こえた。
 上向きになった鉤爪の刃を、そのまま抉るように引き抜いて、腹を縦に裂く。
 男は口の端から、血の色をした泡を吐いていた。

 さらに、反対の鉤爪で、頸動脈を切り裂く。
 相手は、血まみれになって、膝をついて後方に倒れ、血溜まりが首と腹から広がっていく。
 赤色のマントが、風を受けて大きくたなびいていた。



 「…………」



 相手の身体が、痙攣する様子を見つめる。
 笛の音のような呼吸に聞き入る。

 やがて、憲兵らしき男は、最後の息を吸いこみ、吐かなかった。
 眼球から生気が失せ、死亡を確認。
 脈を見るまでもない。

 軍靴の爪先で、動かなくなった相手を、蹴り転がす。
 血溜まりに濡れた男の背中は、赤いマントを羽織ったかのように真紅。



 「襲撃、完了……」



 直後、背後で物音。振り返る。
 街灯の下に、袴姿の女学生が立っていた。

 女学生は、口元を押さえ、目を一杯に見開き、震えている。
 一歩近づくと、糸の切れた操り人形のように、倒れてしまった。
 無理もない。死体はあの有様だし、怪談は、返り血を浴びていた。
 辺りに物音は無い。草木が眠る丑三つ時であった。



「……、う」



 しばらくし、女学生が目を覚ました。
 街道の石畳に、うつ伏せに倒れこんでおり、両手をついて上半身を起こす。
 その眼に、軍靴の爪先が見えた。



「…………?」



 顔を上げると、返り血を浴びた軍服青年が立っている。
 赤いマントが、夜風にたなびいていた。
 青年は先ほどの位置から、動いた気配は無い。



「君、一つ質問をしたいんだがよろしいか?」



 赤いマントを羽織った青年が、尋ねかける。
 と、女学生。右手を遮るように出す。



「すみません、ちょっと、お待ち、を……」



 そこまで言って女学生、口を押さえて、下を向き嘔吐。
 胃液やら何やらが、石畳と、女学生の顎と袴を汚した。
 無理もない。目の前の惨状と血臭は、それをするに値する。



「…………」
「ぅぇ、っ……、すみません、お見苦しい、ところを」
「いや、君が謝ることじゃないだろう」
「ぅぅ……、確かに、ああ喉が、痛」



 口元を手首で拭う女学生に、怪談は話しかける。



「ところで、質問なんだが」
「ぁー……、その前に、私も質問したいんだけど」
「……なんだ」



 淡々とした声で、相手の質問を促す。
 女学生は、下から青年を見上げて言う。



「なぜ……、私をすぐ殺さなかったの?」



 その双眸が、聡明な光を湛えた。
 怪談は、違和を感じていた。
 今まで襲撃した者たちとは、違った印象を女から感じていた。



「殺す前に、質問をしなければならないからだ」
「じゃあ、質問するために、私が起きるのを待っていたのね」
「そういうことになる」

「となると、つまり貴方は、怪人赤マントってことかしら?」
「ご明察」
「ご明察も何も、最近すごく噂になってるじゃない。新聞沙汰にもなったみたいだし」



 女学生の言うとおりであった。
 赤マントの怪談は、姿形を得たことで、さらに人間の恐怖を得やすくなった。
 怪談は、怪談の通りに、襲撃し、死に触れ、より存在を強固にしようと、活発に動いていたのだ。



「それで、貴方の質問は何かしら」



 女学生は、しゃがみこんだまま尋ねた。怪談は、また違和を感じる。

 何故逃げないのだろう、怪談が目の前にいると分かったのに。
 何故怖がらないのだろう、すぐにでも殺されるかもしれないのに。

 赤色のマントが、音もなくはためく。
 両手の鉤爪には、血がこびりついている。
 怪談はややあってから、口を開いた。



「君は――、こんな夜更けに、何をしていたんだ?」



 その日初めて怪談は、色に関すること以外の質問を、人間にしたのだった。


      ―― 続 ――


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最終更新:2012年06月22日 12:23
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