目覚めると、電話ボックスの中にいた。
アクリルガラスで囲われた、狭い狭い四角い空間。
外は、雨が降っていて、水滴が透明な壁に密集している。
自分は何者だろうか。
考えながら、硝子壁を見つめる。
透明なマントを羽織った、軍服姿の少年が映っていた。
年頃は12歳ほどだろうか。
鴉の濡れ羽のような黒髪。左頬にほくろが一つ。黒い目に光はなく、虚ろであった。
軍服に包まれた未熟な体躯は、体育座りをして、右側の壁を見つめていた。
おれは、 だれだ
疑問を呟こうとした時、背後から、何かを叩くような硬い音。
雨音に混じるそれを聞きとり、振り返る。
警官らしき男が、電話ボックスの扉をノックしていた。
「キミ、こんなところでどうしたんだい?」
温和そうな声が、硝子越しに届く。分厚い眼鏡をかけた警官だった。
おれの方が聞きたい、と少年は思った。
目が覚めたらここに居た、と言ったらどんな顔をするのだろうか。
そもそも、自分でさえ、何故ここにいるのかなんて分からないのに。
「とりあえず、名前と住所を教えてもらえないかな」
ドアを開かれ、雨音が鮮明に耳に入る。
微かに、空気が肌寒い。
嗚呼、そんなことよりも、今は――。
「ほら、出ておいで。寒いだろ?」
差し伸べられた手をとること無く、警官を見上げていた。
嗚呼、嗚呼、今は、とにかく――、
「……きみは、」
「ん?」
声変わりもしていない幼声は、
「赤、青、白、どれが好きなんだ?」
空腹を訴えるよりも先に、質問を優先した。
――雨が降っていた。
雨滴を全身に浴びながら、自分が何者なのか分かった。
軍服は雨と血で濡れそぼり、透明なマントは、赤色に変わっていた。
選択色、赤。
高い敏捷性を駆使して、相手の頸動脈を鉤爪で引き裂いた。
警官は、血の泡を吐いて、後方に倒れこむ。
夥しい血が溢れ、警官は数度痙攣した後、死んだ。
少年の餓えが、満たされた。
己がやるべきことが分かった。
己が何者なのか分かった。
「おれは、」
雨空を見上げると、瞼と頬と唇を、冷たい雫が打った。
「――赤マントの“怪談”なのか」
赤いマントを背負った少年が、呟いた。
以降、姿を持ったばかりの怪談は、自身の本能のままに人間を襲撃した。
赤を選べば、鉤爪で引き裂いて血まみれにして殺し、
青を選べば、縊り殺して顔面蒼白にし、
白を選べば、全身の血を抜いて失血死させ、
どれでも無ければ、己の全力を持って相手を死に至らしめる。
そうやって殺していくにつれ、怪談赤マントの名が世に知れ渡って行った。
怪談は、順調に、恐怖と死を刈り取って行った。
だが、それも長くは続かなかった。
赤マントの怪談が広まるにつれ、討伐隊なるものが出現したのだ。
怪談が姿を持って一ヶ月、すでに9名殺傷していたゆえであった。
深夜、外見年齢12歳の怪談は、能力者達に追われ劣勢であった。
身体のそこかしこに負傷、それでも逃げのび、追手を撒いた。
建物の影にしゃがみこみ、息をひそめ追手をやり過ごす。
喧騒が過ぎ去った頃、疲れ果てて壁にもたれて気絶した。
生温い夜風が、少年の頬を撫で、前髪を揺らした。
――そこへ、一人の少女が歩み寄る。
制服を着た黒髪の少女であった。
年頃14歳程度、姫カットにされた長い髪。
少女の背後に、赤いヒーロースーツが、腕を組んで佇んでいた。
「…………」
少女は、壁にもたれて気を失った少年を、眺めていた。
傷の状態、出血量をつぶさに見つめる。
膝を折って、少年の前にしゃがみこみ、その頬に手を添えた。
起きる気配は無い。
「――何か良いことでもあったのかい?」
口の端を持ち上げて、少女が尋ねた。
当然、返答は無い。
しかし、少女は満足そうに笑った。
背後のヒーロースーツに顎をしゃくって合図する。
ヒーロースーツが少年に歩み寄り、その小さな体躯を抱き上げた。
少女と赤いスーツが、真夜を歩いて行く。
辿りついた先は、アカデミー・シーカーズ寮であった。
―続―
最終更新:2012年06月22日 12:46