しばらくの期間、少年は寮の空き部屋で静養していた。
寝台で休んでいる間、退屈だろうということで、
赤いヒーロースーツを連れた少女が、図書室で借りた本を持ってきてくれた。
適当に本棚から引っ張り出したのか、小説、歴史書、詩集、図鑑、啓蒙書等、ジャンルは様々であった。
しかし、能力者の学校ということもあり、戦闘教則本や、能力分析書なども多かった。
赤マントの少年は、この手の本を最も好んで読み、寮長にリクエストをした。
元々好奇心の強い性格だったのも高じて、少年は、寝台で本を読み漁る日々が続いた。
「はっはー! 勤勉だね~!
うちの生徒でも、そこまで熱心に本読む子、なかなかいないよ~?」
部屋に入るなり、寮長が言った。
この日も例の如く、怪談は読書をしていたのだった。
隣の赤いヒーロースーツは、新しく借りた本11冊を、出前蕎麦の如く片手で持っている。
少年は二人を一瞥し、唇を開いた。
「熱心にならざるを得ないだろう。
生きるか死ぬかがかかっているからな」
「あ~……、怪談的な意味で?」
「そういうことだ。
他者を襲撃し、生き延びるためには、もっと知識が必要なんだ
……経験もな」
言いながら、本を閉じて、サイドテーブルに置いた。
そこには、14冊の本が積み上げられていた。
ヒーロースーツが、新しい本をそこに置き、返却分を回収。
怪談が新たに手に取った本は、
一対多でどう生き残るか、という戦法を綴った書籍であった。
すぐさま読み始める怪談を見て、寮長が溜め息を吐いた。
「……お堅いねぇ、
もっと人生楽しめばいいのに」
「悪いが、おれは楽しむために産まれたんじゃない。
赤マントの“怪談”は人を殺戮するために産まれたんだ」
「……重い。
空気が重いよ、この子~」
「きみはいろいろと軽すぎる気がする」
「……わーん! 褒められてる気がしないよぉ~!」
そんな日常が数日続いた。
傷の治療は良好、寮長とも幾度となくかわされた。
しかし、平和な日々は唐突に終わりを告げる。
「きみは、赤、青、白、どれが好きだ?」
怪談が、空腹を覚えたからだ。
襲撃対象、シーカーズ寮女子生徒。中等部3年。
選択色、赤。
「ひっ、いやあああ!」
泣き喚きながら、足をもつれさせながら、女子生徒は夜の廊下を走っていく。
おさげの髪を振り乱し、ただただ恐怖に顔を歪めていた。
身体のそこかしこに、切創が出来ており、血が点点と床を汚す。
「逃げても無駄だ。
血の痕で分かるし、すぐに追いつく」
赤いマントを羽織った軍服少年が、走りながら言った。
両手の鉤爪が、窓から洩れる月光を受けて、閃いていた。
赤の俊敏性で、どんどん相手と距離を詰め、
逃げる背中に、右の鉤爪を突き立てようとした時――
横から赤い人影が飛びこんできた。
弾けるような金属音が廊下に響く。
突きだした鉤爪が、二メートルはある大剣によって、受け止められていた。
「ちょっとぉ~、怪談くん、何してるのかな?」
赤い人影は、赤いヒーロースーツを身に纏った寮長であった。
剣と、鉤爪が、ぎりぎりと金切り音をあげる。
「見て分からないのか? 襲撃だ」
「見て分かるから言っているのさ」
剣を押しこむように腕に力を入れれば、少年が後方に弾き飛ばされた。
ヒーロースーツの寮長は、背後の女子生徒に顎をしゃくって、逃げるよう促した。
女子生徒が、涙を流すまま小さく頷いた後、廊下を駆けて行った。
怪談は、それを逃すまいと走りだそうとするが、寮長に立ちふさがれる。
「どけ」
「お断りだね」
「何故だ?」
「私が“寮長”だからさ」
「ならば――、容赦はいらないな」
鉤爪を交差して構え、相手に接近。
俊敏性を駆使して、斬撃を連続で浴びせる。
しかし、そのどれもが大剣によって防がれ、弾かれ、遮られる。
二者の刃がぶつかり合う音が、廊下に反響した。
「流石だな、剣の扱いはなかなかのものだ」
「初めて褒められた気がするねぇ~。
でもぉー……、そんなこと言ってる余裕無いんじゃない!?」
突如、寮長が剣の柄で、怪談の腹部を打った。
「……っぁ!?」
少年が、舌を突きだし、苦悶の表情を浮かべる。
腹部を左腕で押さえながら、半歩後退。
されど、右手の鉤爪で、相手の胴を突こうとした。
しかし寮長、不敵に笑う。
「駄目じゃないか~。本で読まなかったの?
勝負に焦りは禁物だよっ!」
言いながら寮長は大剣を手放し、右腕を、相手の突きだした腕の下にもぐりこませる。
そのまま腕を上にあげると、鉤爪は寮長の身体に届くことなく、天を向かされた。
「――!?」
少年が面を喰らっている隙に、寮長は次なる行動に移る。
腕を上げて晒された相手の右腋に、左腕で貫手を放ったのだ。
「く、ぁあ!?」
衝撃の直後、少年は全身が痺れたような気がした。
否――、実際に麻痺したのだ。
腋の下には、神経が集中している。
ゆえに、そこを効果的に打てば、全身が麻痺することとなる。
案の定、怪談は身体を動かせなくなり、その場にしゃがみこんだ。
寮長は、ヒーロースーツと分離。
制服を着た黒い髪の少女が、月の光に照らされる。
「んん~っ! 今日も寮の平和は守られた!」
両手を腰に当て、笑う寮長。背後で、ヒーロースーツは決めポーズをしていた。
「……何故、邪魔をするんだ」
しゃがみこんだまま、苦々しげに言う少年。
寮長は、振り返り、髪を書きあげながら言う。
「邪魔をしたんじゃないよ。守るために戦った」
「守る……、何を?」
「うちの大切な寮生さ! みんな可愛くて仕方ないからね!」
「……理解、できないな」
怪談が呟いた。
軍帽のつばで、目元が隠れていた。
寮長は笑いながら言う。
「誰かを守りたいって気持ちは理屈じゃないからね。
理解するとかそんなんじゃない。
気がつきゃ身体が、勝手に動いているものさ」
怪談は、その言葉を聞いていた。
理解しようと頭を働かせたが、できなかった。
寮長が歩み寄る。
「さ、傷の手当てだ。痛めつけてごめ――」
差しだされた手を、怪談がはじいた。
寮長が目を丸くする。
腋下神経への貫手、あるていど手加減はしていたが、回復が早い。
“怪談”という人外を侮っていた。
怪談の少年は、よろけながらも立ち上がる。
後退しながら、答えた。
「もう、ここにはいられない。
ここにいたんじゃ、おちおち襲撃もできない。
君に邪魔されてしまうからな」
「ちょっと、そんなこと言わないで手当てくらい……」
「これ以上、君から恩を受ける心算は無い」
言いながら、左肘で、背後の窓を割った。
硝子片が、夜空に輝いて落ちる。
窓枠に足をかけ、振り返る。
少年の顔の輪郭が、月の光に照らされていた。
「一つ言い忘れていた。
……助けてくれて有難う」
そう言って、少年は窓から外へと飛びだした。
寮長が怪談を見たのは、それが最後だった。
後に、アカデミーに出没した怪人赤マントは、事件として新聞記事にとりあげられた。
それがきっかけで、多くの人々が“怪談”を認知し恐怖を覚え、
12歳程度の少年の姿だった怪談は、20代後半の青年の姿まで成長を遂げた。
――3年が経った。
寮長とヒーロースーツが、シーカーズ寮の屋上にてオセロを挟んで対面している。
「あの怪談くん、元気にしているかね~?
まだ、あかあおしろー、とかやってんのかなぁ?」
笑いながら、白黒の駒をひっくり返している。
ヒーロースーツは、顎をつかみながら思案する仕草。
「もしかしたら、もう分かったかもしれないね。
――自分以外の誰かを守るってことを」
微笑みながら言う。直後、ヒーロースーツが黒い駒を、角の一つに置いた。
「うわー! ストップ、タンマ、ウェイト~~~!」
寮長の絶叫が、青空に響いた。
アカデミー・シーカーズ寮は、今日も平和であった。
―終―
最終更新:2012年06月22日 12:59