翼人の伝説
英雄。それは自分を指すものだった。
幾多もの戦場に軍隊を引き連れ赴き、無敗。
仲間には、
「奴は、気持ち悪い。」
「何を考えてるのか分からん。」
などと言われた。
自分は、軍隊を引き連れるものの才覚を持つ代わりに、人と付き合うことがとても苦手だった。
だが、信用のない監督、というわけではなかった。
政府は、「彼についていけば勝てる」と言うくらいの信用っぷりであった。
いや、信用とは少し違う。
ただ、自分の神懸かり的な力に縋っているだけだった。
ゆえに、友など一人としていなかった。
だが、愛する者はいた。
彼には妻がいたのだ。
トロッツィ、という山村に住む素朴な村娘だった。
彼女はとても優しく、自分を愛してくれていた。
彼自身もまた彼女をもちろん愛していた。
そんな愛し合った二人の間には、一人の男の子がいた。
とても幸せな暮らしだった。
このまま三人でゆっくりと老いて逝きたい、と思っていた。
だが、現実はそうはいかなかった。
戦争が始まり、自分は戦争に駆り出された。
妻と子を村に残して。
彼は、必ず生きて帰る、と妻に誓った。
そのためにも、早く、戦争をおわらそうと努力した。
いくつもの兵を破り、
いくつもの街を占領し、
いくつもの国を打ち破った。
そして、いつしか自分は、「英雄」と呼ばれるようになった。
戦争が終わるなら、妻と子にいつか会えるなら、と、言われた任務は全て遂行した。
戦争は一向に終わらない。
それでも、妻と子に会える日を夢見て、戦争が終わらない理由になるものを片っ端から片付けた。
それでも、戦争は終わらない。
彼の心は枯れきっていた。
ある日、とんでもないことを耳にした。
妻と子が住んでいる、トロッツィに、賊が襲いに来たと。
その日は自分が率いる軍隊が相手国と総力戦をする日だった。
だが、噂を聞いた瞬間、馬に飛び乗っていた。
がむしゃらに馬を走らせた。
トロッツィに近付くにつれ、真っ赤な炎が見えて来た。
彼の不安は頂点に達しようとしていた。
トロッツィに着いた瞬間、叫びたくなった。
腰に刺した短刀を引き抜いて首に刺そうともした。
賊によって全ての家は焼き払われ、賊はもう去った後だった。
だが、だからといって妻と子が死んだと分かった訳じゃない。
一縷の望みをかけて村を探す。
辺り一面が大火事の村は地獄の釜のように熱かった。だけどそんなことよりも妻と子の安否が気になった。
そしてかつて家だった場所に辿り着く。
激しく燃え上がる家。
人の気配なんて全くしない。
そして悟った。
妻と子は、もうこの世にはいない。
喪失感しかなかった。
涙も出ない。口をついて出るのは。
子供に歌ってあげていた子守歌。
「ねーんねーんころーりーよ・・・」
もう一度でいいから、あの妻の優しい顔が見たい。
もう一度でいいから、あの子の可愛い顔が見たい。
子守歌を歌い終わる。もしかしたらそれで自分は眠ったのかもしれない。
ふと、思ったことを口にした。
「二つの・・・たった二つの、大切なものを守れなくて何が英雄だ。ただの無様な一人の人じゃないか。」
そして、空を見ると、涙を流さない自分に代わって空が涙を流し始めた。
そうして空を見上げているとある思いが込み上げてくる。
「この空を超えたら・・・妻と子がいるんじゃないか?」
そう言ってみた。そして、それを試したくなった。
後ろを振り返ると、自分の背中から真っ白な翼が生えている。
なんでだろう、とも思わなかった。
ただ、その翼を使って空の向こうに行こうとした。
羽ばたく。空の向こうへ。
もう国と国との争いなどどうでもよくなった。
そんなことをする意味がなくなった。妻と子はこの空の向こうに。
そうして見つけた。
ずっと見たかった、優しい顔。
ずっと見たかった、可愛い顔。
でも妻は、その顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
彼は彼女に問う、
「どうして泣いてるんだ?こうやってかつての暮らしが戻ったじゃないか。」
だが彼女は答えることなく、
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・・」
というばかりだった。
よく見れば、妻の背中にも真っ白な翼が生えているし、息子にも生えている。
それを不思議に思いながら、またも問う。
「僕は戦争から帰って来た!喜ぶところじゃないのかい?」
だが彼女は、
「ごめんなさい・・・あたしのせいで・・あなたが・・・ごめんなさい・・」
と泣き叫ぶばかり。
こりゃだめだ、落ち着くまで待とう、と思う。
足下をみれば、息子が自分の足に縋っている。
ここには自分を気持ち悪いとも思うものもいない、人死にもない。
あるのは家族といる幸せだけ。
息子を抱きかかえる。
戦争に駆り出されて二年、赤子だった息子はとても重くなって成長していた。
ここまでになったのも妻のおかげ、と妻を見る。
妻は泣くのをもうやめていた。
そして、
優しく─────ゆっくりと、妻は自分に微笑みかけ、こう言った。
「お帰りなさい、あなた。ずっと一緒に、暮らしましょう。」
彼の目から涙が流れる。そして、
「ただいま。」
と言った。
完
最終更新:2007年10月03日 18:38