構える銃口はぶれることはなく、真直ぐと敵へと据えられている。
撃つ、と決めれば引金はすぐさま引かれ、銃声を街に響かせるだろう。
そこには迷いもなければ躊躇いもない。引金を引くことの重さは理解している。理解したうえで、躊躇を振り切っている。
逃避ではない覚悟の意志を持ってシノンはその敵に相対しているのだ。

「おお今こそ天罰の時。
 妻よ! 今こそ供物は掲げられるであろう!」
「クスクス ハヤク ハヤク」
が、対する敵はというと、そんなシノンの覚悟を嘲笑うかのように己の世界に興じている。
自己でその世界が完結している。その様はまさしく狂人だ。
今までの人生の内に、様々な殺意を身に受けたことのある彼女であるが、それにしたって目の前のピエロのそれは特殊だった。
死銃の黒く濁った殺意せよ、新川恭二の哀れにも歪んだ殺意にせよ、そして先の黒服の男の嗜虐的な殺意にさえ、外部への志向性、他者への攻撃性というものが感じられたのだ。

しかし、このピエロはというと、そういったものがない。
こうして銃を向けているシノンに対しても敵愾心といったものは感じられない。
排除の意志はあるのだろう、だけどそれは障害物をどけるような感じのようであり、自分は本質的には敵としてすら見られていない、そんな感じすらする。
こんなプレイヤーがVRMMOの世界に居るということ自体に驚きを禁じ得ない。先の黒服のようにこの場には一介のプレイヤーを越えた本物の殺人者というものが居るのだと肌で実感する。

「キニイッタ タベル ランルークン ミンナ タベチャウノ!」
ピエロの漏らした呟きに、隣りで緑服の少女、アトリが身を震わせるのが分かった。
どこまでも自己完結しているピエロ一行が、唯一外部へと興味を示すのが彼女を見る時であった。
だがそこに含まれた欲望が、食欲の類であることが分かるとシノンは戦慄で背中がぞうっと冷たくなった。
横で見ている自分でさえそうなのだから、実際にその対象として見られているアトリの心中は如何なるものであろうか。

「……大丈夫、です」
だがアトリは気丈にもそう口にし、逃げることを良しとしなかった。
その足が震えているのが見えた。きっと怖い筈だ。気持ち悪い筈だ。しかしそれでもこの敵を克服しようとする。
その意志を理解できるからこそ、シノンはアトリを無理に逃がそうとはしなかった。
きっと彼女にとってこの戦いは必要なものなのだ。かつて自分が抱えていた心的外傷――銃への忌避感のように、その克服の為には避けては通れない戦いというものがある。
ただ生きながらえるだけでなく、これから歩き出すためにも、アトリはここで戦うことを選んだ。そう理解できた。
シノンは何かしら声を掛けるべく口を開く。

「アトリ、貴方……」
「行くぞ!」
が、それを遮る形で黒い鎧を纏った大男が突進してきた。
その巨大な体躯は近くで見れば見るほど圧倒的で、身体の底から恐怖が渦巻いて湧き出ててくる。
そこから放たれる槍の一閃をシノンとアトリは地を蹴って避ける。槍を叩きつけられた石畳は轟音を立てて抉られた。
破壊の波及として吹く風圧を身に受けつつ、シノンは男の身体の側面にまで周り込み、精一杯の集中を込め狙いを定めた。
そして、

「…………」
撃つ。くぐもった銃声と共に、銃口は弾丸を吐き出した。
やや無理な態勢からの射撃であったが、その弾道は逸れることなく敵を捉える。
敵の眼がぎょろりと動き、針に刺されるような恐怖心が芽生える。
それに構っている暇はない。無視して連射する。身体に一発、頭部に二発。内一発は外れるのが撃った瞬間に分かった。

銃撃を受けた敵は一瞬だけ顔を顰めるが、しかし止まらず槍を再度突き出してくる。
その槍裁きに痛みによる乱れはない。そこにシノンは敵が既に人間の範疇でないことを再認識する。
驚くことではない。だってこの場はどこまでもリアルではあるが、しかしゲームの中なのだから。現実離れしているのは当然だ。

槍を必死に回避しつつシノンは思考を回転させる。
目の前の男のアバターはファンタジー系の意匠だ。どのようなVRMMOが基になっているのかは知らないが、恐らくはALOに近い世界観で構築されたアバターだろう。
今の自分のGGOアバターが銃撃戦に対応したアバターであるように、この敵は槍での接近戦に特化している。
問題はそれだけか、という点である。
ファンタジックな世界観というものは、単なる剣技だけでない、別の要素も戦闘に組み込まれていることが多い。
現実にはありえない特殊なスキル、魔法や魔術などと呼ばれるそれだ。

「供物を天高く掲げ飾るべし!」
と、そこで男はそう叫びを下げ、あろうことか己の身体に対しその槍を突き立てた。
厭な音がして、身体を貫通した槍が背中から覗いた。
シノンは目を見張るが、同時にはっとして後ろへ下がろうと、

「くっ……!」
する最中、不意にその胸に鋭い痛みが突き刺さった。
外傷ではない。自分の内側からせり上がってくる異質な斬撃、とでも表現すべきか、とにかく異様な痛みであった。

(なるほど……ね)

だが痛みに貫かれつつ納得もしていた。
恐らくあれがあの男の使う「魔法」あるいは「スキル」なのだ。
現実ではありえないがここでならそういったものの存在もあり得る。
自らを突き刺すという、あの常軌を逸した動作は定められたモーションなのだろう。

そう自分なりに解釈できたこともあり、シノンはダメージを受けつつも取り乱すことなく、すぐさま次撃への回避行動に移ることができた。
痛みは引かず続いているが、困惑で身を固めるということはない。この攻防でそのような隙を見せれば、即死に繋がる。
槍による攻撃は続いている。隙を見ては反撃を決めようと窺っているのだが、中々そのタイミングは掴めなかった。

「シノンさん!」
と、そこで自分を呼びかける声がした。

「アトリ? 前に出ちゃ――」
それまで後ろに下がっていたアトリの姿が見えた。彼女は武器も持たず男の前にやってきて、目を瞑り口を開いた。
その細い唇から何か呟きが漏れた。

が、それで何も起こらず、アトリは男の槍を受け吹き飛ばされた。

「ああ……!」
痛ましい叫び声にシノンは思わず顔を背けたくなるが、それをぐっとこらえ急ぎアトリの下へと近づく。
男とピエロへの警戒は勿論怠らない。
「アトリ!」と吹き飛ばされ煉瓦の壁に叩きつけられた彼女へと呼びかける。

「ごめん、なさい。また私……」
その身を案じた言葉であったが、アトリの口から洩れたのは弱々しい謝罪の声であった。
自らの痛みよりも何よりも罪悪感を滲ませている。その様子が何より痛ましくシノンには思えた。

「馬鹿……! 貴女、そんな風に戦っても……」
「すいません。足手まとい、ですよね?」
「私が言いたいのはそういうことじゃ……」
「でも、違うんです。私だって本当は戦えるんです。だから待ってください、早く、早く何とかするんで……」
項垂れるアトリに対し、シノンは歯噛みした。それでは駄目なのだ。
心の壁を乗り越えると言うことは、単純に戦いに勝つということではない。そのことを自分はもう知っている。
だがそれを自分が伝えたところで意味はないだろう。結局のところ、それはアトリが自ら気付かなくてはならないのだから。

「クスクス キャハハハ!」
と、不気味な笑い声がそこに割り込んできた。
あのピエロだ。異形のピエロはタガが外れたように笑い、うねうねと身体をくねらせている。
彼女の立ち位置も不気味であった。戦闘に関しては槍男に一任しているのか、自分からは全く関わろうとはしない。
単純に考えれば槍男が前衛を務め、彼女は後衛、補助に回っているのだろうが、それにしてはあまりにも男任せだ。

そもそも二人の関係がシノンには掴めなかった。
どちらもロールなどでなく真に狂っていることは分かる。常人には全く理解できないものでも、彼らなりに会話が成り立っているのだから。
それ故の連携なのだろう。会って数時間の関係にはとても見えない。
つまり、このバトルロワイアルに呼ばれる前からの知り合いで、偶然早期に合流できた為にこうして共に戦っている、ということだろうか。
しかしルール上、何時かは敵対し合う筈だ。そこを利用して潰し合わせれば、などと一瞬考えはしたが、敵には確かな信頼関係があるのか槍男もピエロも後ろから撃たれることを気にしている素振りは全くない。
せめてまともな会話ができればそこから情報を取り出すことも可能なのだが、この相手にそんなことを試みるだけ無駄であろう。

とにかくピエロは戦闘に介入する様子はなく、またアトリも力を出せない現状、戦闘は実質シノンと槍男の一対一になっていた。
FN・ファイブセブンとSTR-AGI型ビルドの敏捷性の高いアバターを武器に、シノンは何とか槍男の猛攻を凌いでいる。
男の槍は威力こそ高いが大振りであり、集中すれば一つ一つの技を避けることはそう難しくはない。
自分で自分で刺すという異様なスキルも、そのモーション故に発動のタイミングが掴みやすく、またガードを固めさえすれば威力を殺せることも幾度かの攻防を経て掴んでいた。

「くっ……!」
が、だからといって戦況は有利ではない。互角ですらない、何とか攻撃をいなしているとはいえこちらは防戦一方だ。
何度かファイセブンを当ててはいるものの、敵は倒れる素振りを見せない。
戦闘スタイルから鑑みるにこの男はSTR-VIT型のアバターだ。そのタフネスを吹き飛ばすほどの火力が、自分には不足している。
そもそも自分はこうして面と向き合っての接近戦を行うプレイスタイルではないのだ。
これがキリトならば銃弾を剣で見切るほどの反射速度を活かし、また別の立ち回りもできたのだろうが、自分には彼のような芸当は無理だ。

(なら……!)

火力が不足しているのならば、別のところから持ってくるしかない。
この場で最も火力を有する存在といえば即ち、

「バトルチップ『プリズム』」
「ぬ?」
眼前の敵たる槍男に他ならない。
シノンはウィンドウを素早く操作し、そのバトルチップを発動する。
一度既に使ったこともあり、その効果は十全に理解している。攻撃の全方向への反射だ。

槍男の頭上に現れた水晶のような多面体が、ゆっくりと落下していく。
それを槍男はうっとおしそうに払いのけようとする。

「ぬぁに!」
が、その槍の一撃はそっくりそのまま男へと反射し、彼の身体は吹き飛ばされた。
今度は彼が石畳に転がる番であった。

「小癪な……!」
とはいえ致命傷には程遠い。あの黒服と違いずっと遠くに吹き飛ぶということはなかった。
槍男はすぐさま立ち直り、シノンへ向かい再度向かってくる。
その光景に戦慄が走るが、しかし務めて冷静にシノンは次の手を打った。

シノンはファイセブンを構え、素早く引金を引いた。
狙いは男ではない。出現させた多面体、プリズムの方だ。
プリズムは放たれた弾丸の威力を反射し、周りに衝撃を波のように発生させる。
そのタイミングは槍男がプリズムの近くを通る瞬間を狙われており、

「ぬぅ!」
結果、槍男はその衝撃を直にその身に浴びることとなった。
元より大した威力ではないが、予想外であろう方向からの一撃に仰け反るまでは行かないが足を止める。
シノンは間髪入れず銃を連射した。それに呼応して銃のポリゴンモデルが発熱しひりつく感触を脳へと伝える。
プリズムによって弾丸は反射され、その度に槍男が呻き声を漏らす。それは装填された弾丸全てをファイセブンが吐き出すまで攻撃は続いた。

そうして連撃を決めたシノンであったが、槍男はそれでも倒れなかった。
彼は憎悪の籠った眼光でシノンを睨み付け、神だの信仰だの喚き槍を構えている。
それを見てシノンは舌打ちしつつ、冷えた思考を働かせる。
現状で最も火力を出せる戦術であったのだが、これでも無理となると現装備ではこの男を相手取るのは無理ということになる。
ならば取るべき道は撤退、となるのだが、それをこの敵が果たして許すだろうか。否、何かしら不意を突かねば無理だろう。

銃のリロードを終えたシノンは、そこで別の標的を狙うことにした。
槍男の後ろに構えるピエロだ。彼女へ向かい、シノンは引金を引いた。
シノンと距離があった槍男は、それを遮ることができずピエロは弾丸を受け仰け反った。
彼女の方は男と対称的に撃たれ弱いステータスだったのか、弾丸一発で苦しそうにその身を捩っている。

「我が妻よ!」
「ランルークン イタイ イタイ!」
敵が騒ぐのを尻目に、シノンは後ろでへたり込んでいたアトリの下へと駆けより、その手を引っ張り言った。

「逃げるよ!」
「え? でも」
「今の装備じゃあの敵には勝てない、だから――」
と言葉を言い終わるよりも前に、

「おお、何と罪深い……!
 我が妻、哀れな無辜のヒトにして深遠なる信仰の徒に弓引くか!
 これぞ不義不徳! 何故貴様らはかくも不理解と不信心を掲げるのか」
嘆くように叫ぶ黒の槍男は、その真紅のスカーフを揺らし叫びを上げた。

「罪深き奴原どもよ! 無実無根の自覚はあるか!?
 妻よ、これなる生贄の血をもって、その喉を潤したまえ……!」
天を仰ぐように発せられた叫び声は街を震わせる。
禍々しく異様なオーラを立ち上らせるその姿は異形そのものであり紛れもない怪物だと、シノンにはそう見えた。
一体この怪物は何をしようというのか。彼女はその悲嘆の籠った叫びに気圧され思わずアトリの手をぎゅっと握りしめた。

「――串刺城塞《カズィクル・ベイ》」









1462年、オスマン帝国の侵略に対する防衛戦において「串刺し公」ヴラド・ツェペシュはその生涯、そして歴史上最大の「串刺し刑」を行った。

当時のルーマニアの軍勢は1万、対するオスマンの軍勢は15万にも及ぶ。その戦力差は明白であった。
彼は徹底した焦土作戦とゲリラ戦を指示。首都ブカレストを空にし、帝国軍に対しどこまでも残忍かつ合理的な方法で迎え撃つ。

その結果として、ブカレストの周囲に築かれたのが、オスマン兵の2万を越える串刺しの野原。
見渡す限りに備え付けられた槍と、そこに突き刺さり臓腑と鮮血をまき散らす屍の群れ。
地平線の彼方まで続く死体の平原には強烈な異臭が立ち込め、何よりその無残な光景は、対するメフメト二世をして彼を「悪魔」と評するに値するものであった。

以降、彼の名は後世まで続く忌まわしき名を歴史上に刻まれる。
ランサーの宝具もまた、その逸話を基に成り立っており――









闇夜に、血の海が広がっていた。
乱雑に地に突き立てられた数々の槍。どこまでも続く屍の群れ。鼻が捩れるような腐臭。
ああここは地獄だ。アトリは己の身体を突き破る槍を見て茫洋とそう思った。

「うぅ……」
目の前ではシノンが苦悶の声を上げている。彼女も同じく槍にその身を貫かれていた。
胸の締め付けるような罪悪感が滲み出し、そのことが何より身を苛んだ。

(もう……)

命を吸うように脈打つ槍の感触をその身に受けながら、

(終わりなんですね)

そう思わずには居られなかった。

結局、自分は憑神を呼ぶことができなかった。
何度も試した。何度も願った。
けれど、イニスは結局応えてはくれなかった。掴んだ筈の力なのに、今はもう見失っている。

思えば、そもそもこれは自分で手に入れた力ではない。
碑文使いのPCだって偶然手に入れたに過ぎないものだし、憑神の開眼だってハセヲのように戦いの中で掴んだのではなく、榊によって無理やり為された結果に過ぎない。
どこまでも自分は受け身なのだ。自分一人では、立つこともできない。

「シノンさん」
だから、せめて謝ろうとアトリは口を開いた。
ごめんなさい、と。

自分のせいで彼女はこうして死に瀕している。ウズキだってきっと……
その罪悪に押しつぶされそうになりながら、最期にそれだけは言っておきたいと思った

「私のせいで、私が戦えなかったばかりに……」
「アトリ」
その声を遮り、シノンは痛みに顔を歪ませながら、

「それじゃ駄目なのは貴女も分かってるでしょ?」
「え?」
「照準が……観方が根本的にズレてる。
 そこにいるのは貴女。アバターじゃない。そこから、目を背けている。
 強さも、弱さも、本当の自分じゃなく、仮想の身体に切り捨てようとしちゃってる。
 仮想の世界でも、ここに居るのは確かに貴女だって……」
その言葉は最後まで言い終えることなく、彼女は苦しそうに身を捩った。
突き刺さる断続的な痛みの中、しかしシノンはそれでもアトリに対し何かを告げようとする。
その姿が、かつてのハセヲと重なって、アトリは目眩を覚えた。

(私は……)

その脳裏にこれまでの記憶が乱雑に交錯する。
噛み合わなかった現実での人間関係、そこから逃げるようにやってきたThe World。しかし自分は榊に突き従うのみで、結局本当の意味で自分というものはそこにはなかった。

「どこ?」
それからハセヲに出会い、カナードやG.U.のメンバーと共に戦って、少しずつ光が見えてきた。
でもそれは自分が碑文使いだったから……? それとも志乃に似ていたから……? やっぱり自分はそこには居ない……?
不安が心中を通り抜ける。

「それでも……」
でも、そうじゃない。
シノンは言う。戦っているのはアバターじゃない、と。
壁を乗り越えるべきはアトリではなく、日下千草でなければならない――
そういうことだと、シノンは言うのだ。

本当にそうだろうか。
自分が自分である必要なんてあるのだろうか。
アトリは自問する。それを考えている間は、不思議と槍の痛みは気にならず水面のように静かな心地で己に向き合うことができた。

今、自分を苦しめているのは、暗中模索の自己意識への不安だ。
自分自身の境界線、liminalityがどこにあったのか分からなくなっている。
果たしてイニスの力は自分なのだろうか。碑文使いのPCはただのPCではない、精神とリンクした真の意味での「仮想の現身(アバター)」だ。
ゲーム上の装備のような単純なシステムとは一線を画す。

かつて一度、自分はイニスの碑文をAIDAに奪われたことがある。
あの時には明確な欠落を覚えた。自分の精神が削り取られるような、半身を抉られたような異様な感覚だ。

しかし同時にイニスが全く別の存在であるという感覚もある。
自分と重なってはいるが、しかしそれは他者である。自己の内部にある何かという訳ではなく、外から派生した細長い何かで自分が繋がっているような、そんな思いもある。

(ああ、そういうことなんですね……)

アトリは一つ合点が行った。
境界線で揺れる自意識。そのファジィな空間の中、それでも自分というものの存在を強く認識するということ、
その意志がハセヲの「俺はここに居る」という叫びの源なのだ。

なら今までの自分がイニスを見つけられた筈もない。
だってどれだけ外を探そうと、あるのはイニスの影だけだ。
見つけた、と思ってもそれは末節の欠片に過ぎない。
その本質は己に寄りかかっているのだから、ただ単に願うだけでは絶対に見つけ出すことはできない。
己を、アトリ/日下千草を見なければ、絶対にそれを認識することはできない。
憑神。それはきっと仮想と現実の狭間の中でふいに現れる波及のようなもの。

「私は、」
それを理解したとき、アトリは呼びかけていた。自分の、紛れもない自分の声で、今ここに居る自分に向けて。

「ここに居ます。そう信じていたい……感じていたい……」
アトリの身体に緑白色の紋様が浮かび上がる。
それは外からやってきたのではない。自分自身の意識の発露だ。

「だから、来て――イニス!」


next Here I Come

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最終更新:2013年06月13日 14:06