ハ長調ラ音と共に、鮮血と屍の世界が上書きされていく。
世界を覆う闇は、ねじり狂う仕様外のデータの海に巻き込まれ、塗り替えられる。
地平を走る槍は空間の変容に抗うかのように、像を歪ませながらも空間にしがみ付いてはいるが、それを吹き飛ばすかのように一つの存在が浮き上がっていた。

陶器のような白いボディ。ステンドグラスを思わせる青と緑混じった紋様。青く光る対の突起はヒトならば腕と呼ばれるであろう。
背負うように掲げられた黄土色の輪はまるで天使のそれのようでで、翼に似た突起も相まって、それは神聖なる雰囲気を醸し出していた。
それは第二相「惑乱の蜃気楼:イニス」であり、同時にアトリ/日下千草であった。

「何と冒涜的な姿か……ヒトの身でありながら神を模するか!」
その変容を目の当たりにしながら、男、ランサーはそう叫び憤然と槍を向ける。
アトリはそれに怖気づくことなく、かといって怒気に身を任せるでもなく、ある程度落ち着きを取り払った心持で戦いに臨んでいた。

憑神は単なる武器ではない。その名の通り自分自身の現身(アバター)だ。
だから今の彼女はイニスであり、イニスは彼女である。その意識を持った上で、アトリは身体/イニスを「動かす」のではなく「動く」。
その身を空へと躍らし、両腕から光弾を雨のように降らす。

かつてこの身となった時は、正気ではなかった。
榊によりAIDAに感染させられ、半ば無理矢理に憑神の姿を取らされた。
そう思えばこうして自分の意志で、自分の力を持ってイニスとなるのはこれが初めてかもしれない。

(ハセヲさんは……)

捻じれる透明なデータの水平を眺めながら、アトリ/イニスは思った。

(何時も、こんな風に戦っていたんですね)

彼の想いの断片を、それだけ少しは掴めたような気がした。

「神を騙る不信心者よ。
 正義の一撃は下される。断罪の槍は放たれる。
 己の不義、堕落の罪を痛みへと還元するがいい。これぞ呪いと鉄槌の拷問魔城(ドラクリヤ)……!」
ランサーの言葉が空間に響くのと同時に、イニスの周りに無数の槍が出現する。
憑神空間を形成しようと、ランサーの宝具発動までキャンセルされた訳ではない。
この場において同階梯とみなされたその力は、互いが互いを打ち消さんと拮抗した結果、空間自体が一つの戦いの結露となってひずみを生む。
既に上下の感覚がない空間で、アトリ/イニスは全身に槍が突き刺さるのを近くした。

データを抉られたボディに、今まで比較にならないほどの痛みが走る。
だが、アトリ/イニスは憑神のプロテクトを解くことなく、負けじとプログラムを解放する。

「【惑乱の飛翔】」
背負ったブレードを翼のように展開し、イニスは飛翔する。
力を纏った身が加速し、ランサーへと突進する。
対する敵は槍を構え、その突進を膂力を持って弾き返す。

アトリ/イニスは隙を見ては光弾を振らし、敵もまた槍の追撃を止ませない。
一撃一撃が互いの身を削り合う。
プログラムは無残にも散乱し、テクスチャが剥がれたアバターからはソースコードが血液代わりに流出する。
比喩でなく真に己の身体を削る苛烈な攻防に、アトリ/イニスは絶叫する。
だがそれは敵とて同じことだ。敵の苦痛が身を通して伝わってくるのが、彼女には分かった

この場において情報は肉だ。意識はそれ即ち存在だ。
仮想(バーチャル)であるが故にこの場は真に存在と存在のぶつかり合いとなる。
痛みは神経を通してではなく、直接情報として意識に叩き込まれる。
そこには生存本能だとか、肉体の限界だとか、そういったプリミティブなものからは乖離した苦痛があった。

「【反逆の陽炎】……!】」
霧散し行く己の構成データを必死に掻き集め、スキルを発動する。
ランサーの身とアトリ/イニスの身が交錯する。抱きつくようになった敵の身から破損したデータが流出していく。
敵もまた絶叫し至近距離から槍を突き刺す。情報そのものを貫かれつつも、しかしアトリは敵から離れることなく敵の情報を断絶させていく。
その際に彼の情報が、彼の意識が、彼の想いが書き込まれたデータ群が脳裏に出現する。
その大半は自分には読み解くことのできない言語で書かれていたが、しかしその志向性だけはおぼろげながらも復号(デコード)することができた。

その身は深遠かつ敬虔な神への信仰のフレームで出来ており
その心中には合理的かつ広範な視野を持ったソフトウェアが埋め込まれており、
そしてその核にあるのは痛切なる絶望と哀れな怪物としてのメモリーだった。

「……貴方は」
彼のデータ群に触れ、その本質が垣間見えたような気がした、かと思った瞬間、その身は弾き飛ばされ、アトリ/イニスは苦痛の悲鳴を上げた。
同時に敵への共鳴もまたどこかへと消え去る。
ランサーは荒い息を上書きするような咆哮を上げ、ダメージによる不完全な動作を無視し、再び攻撃の意を示す。

データの海に呑みこまれそうになる己のアバターを必死に立て直しながら、アトリ/イニスは敵へと相対する。
この時、アトリは初めて目の前の敵がモンスターでなく一個の人間であることが理解できた。
魂なきNPCではなく、意識宿るPCとしてアトリは敵を認識する。

二進数の海に沈み入りそうになる腕を再度引き上げ、破壊の情報を込めた弾丸を発射する。
ランサーはそれを既に破損データ一歩手前となった槍で弾き返し、同時に前へ前へと空間座標の再設定を図る。
痛ましい姿だ。しかし恐らく自分もまた同じような姿となっているのだろう。
欠損したデータの修復はままならず、軋みを上げる空間にどろどろと溶け出している。

共に崩壊一歩手前だ。アトリ/イニスのプロテクトの意地も限界が来ている。
ならばもう決着をつけるしかない。その意志が滲んだデータが空間を満たす。どこからが自分のもので、どこからが敵のものか、既に境界線は意味を為さない。
ただ、その向こう側に押し入るのみ。

「行きます……!」
アトリ/イニスの身にタイル上のグラフィックに包まれる。己のアバターを全く別のカタチへとコンパートする。
翳した両腕に光が集まり、モルガナ因子と名付けられたデータが明滅する。
ランサーはその槍を振りかぶり、光に包まれるアトリ/イニスへ最後の力を振り絞って投槍する。
その姿は皮肉にも、神殺しの英雄のようでもあった。

「神よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「【データドレイン】」
投げられた槍もろとも、その身を光が包み込む。
その光はまるで浄化の炎のように、ランサーの身を包み込み、そのデータを改竄していく。

彼の身体とダイレクトに連結されるのをアトリ/イニスは感じ取りながら、そこに全く別のデータが流入しているのに気付いた。




「アア ヤッパリ キミ二ハ 愛ガアルンダネ」













そのデータに行きついたのは、果たして必然だったのだろうか。
ドレインの最中、アトリの意識に浮かんできたのは、鮮明な二人の人間の姿であった。

巨大な体躯を黒の鎧に包んだ武人。赤いスカーフがゆらりと揺れる。
それを見上げるのは不気味で、しかしどこか愛嬌のあるメイクをしたピエロだ。
彼らはどこか分からない場所(位置情報が欠損している?)で何時とも分からぬ時間の中で会話していた。

「アナタが我がマスターか。おお、何と醜悪な魂か……!
 あまりにも幼く、あまりにも破綻した……!
 しかし、アナタは、おお……!」
「ランルークン タベタイ オナカヘッタ 
 デモ キミトナラ キット ゴチソウガ タベラレソウ
 ダッテ 愛ガ アルンダモノネ」

(これは……記憶? メモリー……?)

アトリは情報を垣間見る。
それが何を意味しているのかは分からない。
こうして直にリンクして尚、そのコードは常軌を逸した狂人のそれで、理解の及ばないところが多い。

だが、しかしヒトのものではあった。
どこかで道を外したのかもしれない。あるいは最初からズレていたのかもしれない。
それでも、そこにこびり付いた感情データは怪物のそれではなく――

「……ランルークンハ 食イシンボ ダカラ
 目ノ前ノゴチソウ 見テイタラ オ腹ガ空イテ モットモット 美味シイモノ 欲シクナッタ
 ダイ好キナ パパ
 ダイ好キナ ママ
 ダイ好キナ ミンナ
 ゴチソウガ タクサン 嬉シイナァ
 イチバンダイ好キナノハ ランルークンノ ベイビー
 小サクッテ 柔ラカクッテ トッテモカワイイ ベイビー
 ダケド モウ ミンナ イナイ
 ゴチソウ無クナッチャッタ
 オナカガスイタラ 悲シクナルヨ ゴチソウノナイ 世界ナンテ ツマラナイ
 ダカラ ランルークンハ 聖杯ニ 世界中ノミンナノコト 好キニナルヨウニ オ願イスルンダ
 ソウスレバ 食ベキレナイクライゴチソウイッパイ
 キット ステキナ 世界ニナルヨ」
「それがアナタが聖杯に掛ける願いか……!
 おおどこまでおぞましく堕落した咎よ……!
 だが、だが、おお……! これは」

ランサーは天を仰ぎ、そして感謝するかのように、

「――奇跡だ。
 非業に堕ち、誰にも理解されず、怪物と罵られ、血をまき散らすその身は、
 しかし! 愛なのだ。
 愛に溢れ、愛に生き、在る筈のない喪われた愛を体現する。
 結局のところ、それは何よりも得難い信仰の復古ではないか。
 ああ、何と美しい。何という我がミューズ。
 我が生涯を捧げた伴侶には初夜にして裏切られ!
 我が魂を捧げた信仰には、斬首をもって報いられ!
 そう、かようにも我が信仰は砕かれた! 神の愛を見失い、神の愛を否定され、残されたのは堕ちるばかりの我が名声!
 だが――! 無辜の怪物と創作されながらも、この手は、ついに真実の愛を得た!
 生きるために食う獣ではない。生きる余興に愛する人間でもない。
 アナタに虚飾はない。獰猛な欲求。偽りない求愛。
 愛の使徒よ。アナタは、我が妻と呼ぶのに相応しい」

感極まったようにそう漏らした。

「共に行こうぞ。我が妻よ!
 愛するものしか口にできぬ女よ!
 望むままに愛をむさぼるがいい、拒食の君よ!
 全ては奇跡と信仰が、神がアナタの気高き愛を祝福している」
「ウン。食ベタイ、食ベタイ!
 ハヤク ハヤク ゴチソウヲ!」

そう笑うピエロの瞳には一筋の涙が。 

「デモ、ナンカ 涙ガ 止マラナインダ。
 ウレシイノ二 ランルークン 泣キタイ!
 愛ガ アルノニ カナシイ 食べタイ カナシイ 食べタイ」

それを見た瞬間、アトリは理解した。
これは単純なる記憶ではなく、きっと、彼と彼女の関係を指し示すデータの結晶なのだ――










――ゆっくりと目を開くと、次の瞬間には見慣れたマク・アヌの街並みがあった。
憑神空間、あるいはあの槍の世界から帰還したのだと理解したとき、アトリは己の身体が人のそれに戻っていることに初めて気が付いた。

そして、目の前には一人の男が居た。
その男の身体は既に満身創痍で、その象徴たる槍は失われ、ところどころテクスチャが剥離している。
泥のようなノイズが纏わりつき、カタチが電子の海へと還っているのだ。

しかし彼はそれでもなおゆっくりとアトリへと歩み寄ってくる。
その身を血に染めんと、最期まで愛に殉じるためにも。

「……おお」
「貴方は……」

それが理解できたからこそ、アトリは動くことができなかった。
かつては怪物にしか見えなかったそれも、今ではもう一人の人間となった。
だから、一突きすれば死ぬであろう彼に何もせず、敢えてその腕が首に絡むのを感じた。

そこで一つの命が失われた。

「駄目」

銃声が響き、ランサーの身を弾丸が貫き、そして彼は崩れ落ちていた。
その身体の向こうから、硝煙を立ち上らせた銃を構える青い髪の少女が見えた。

「――シノン、さん」
「アトリ。貴方が何を見たのかは知らないけど、
 でも命を投げ出すような真似だけはしないで。」
「ァ……」

アトリはそこで膝を付き、そして顔を覆う。
瞳から涙が溢れ出るのが分かった。頬をつたう涙が少しだけ冷たい。
何故だか分からないけれど、無性に悲しかった。

シノンはその様子を、隣りで見守ってくれた。
生きることが苦しくても、伸びる道が険しくても、歩き続けることはできる。そう告げて。













「我が妻よ」
死に瀕した男は、消えゆく身体でその後ろで倒れる女へと声を掛けた。
その顔は見えなかった。しかし、そんなものに何も意味はない。
この世で意味あるものは一つしかない。それが何かは口にしなくとも明白だ。

「キミモ イナクナッチャウノ?
 パパ ママ ミンナ――アノコミタイニ ランルークンノ マエカラ?」
「否」
哀れで、醜悪で、しかしこの世で最も美しい女性に対し、男は最期に言う。

「愛はここに在るのだ。
 アナタがここに居る限り、世界には愛がある。
 それさえあれば、我が妻よ。アナタは決して孤独などではない。
 誰から理解されずとも、怪物と指差されようとも、埋められぬ欠落に苛まれようとも
 しかし、それがある限り、アナタは人間として――」
「ア――」

男の身体はそこで限界を迎え、霧散した。

街には何時しか陽の光が昇っている。長かった夜は何時しか終わり、朝が来た。
ドラキュラの忌み名を冠していた男は、伝説の通り陽を浴びて死んでいき、しかし最期の瞬間まで愛を忘れることなくヒトとして――果てたのだ。






【E-2/マク・アヌ/1日目・早朝】

【シノン@ソードアートオンライン】
[ステータス]:HP25%、疲労(大)
[装備]:FN・ファイブセブン(弾数0/20)@ソードアートオンライン、5.7mm弾×80@現実
[アイテム]:基本支給品一式、プリズム@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
1:殺し合いを止める為に、仲間と装備を集める。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※このゲームには、ペイン・アブソーバが効いていない事を身を以て知りました。
※エージェントスミスと交戦しましたが、名前は知りません。
 彼の事を、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※プリズムのバトルチップは、一定時間使用不可能です。
 いつ使用可能になるかは、次の書き手さんにお任せします。

【アトリ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP40%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0~2(杖、銃以外) 、???@???
[思考]
1:…………
2:ハセヲに会いたい
[備考]
※参戦時期は少なくとも「月の樹」のクーデター後

【???@???】
ランサーをデータドレインした結果として得たデータ。
詳細不明。


【ランルーくん@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(大)、ダメージ(大)
[サーヴァント]消滅
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品2~5、銃剣・月虹@.hack//G.U.
[思考]
基本:お食事をする。邪魔をするなら殺す。
1:アトリ タベタイ デモ ナキタイ


【ランサー(ヴラド三世)@Fate/EXTRA Delete】



041:破軍の序曲 投下順に読む 043:走るような激しさで
041:破軍の序曲 時系列順に読む 044:TRINITY
030:digital divide シノン 061:Spiral/stairs to the emperor
030:digital divide アトリ 061:Spiral/stairs to the emperor
030:digital divide ランルーくん 061:Spiral/stairs to the emperor

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最終更新:2014年11月16日 22:05