『……【アタック+】系のチップはただ闇雲に使うだけでは効果薄い。
やはり使うべきは【バルカン】などの多段ヒット系のチップだ。
特に【ダブルヒーロー】などは元の攻撃値の高さ、ヒット数の多さもあり、
これに【アタック+30】を組み合わせることで何と1000ダメージも叩き出すことができるんだ。
非常に有効なコンボだが、しかしネットバトラー足る者自分が使う場合だけでなく、敵に使われる場合も常に想定しなくてはならない。
たとえば多段ヒット系は単純な攻撃値は低い為、【オーラ】系の……』
眼鏡越しに字面を追っていく。
その内容の多くが専門的な用語で語られているせいか、その進みはあまり早くはない。
ただ黙々とラニは目を通していき、時節ページをぱらりとめくる。
静寂に包まれた民家の中で紙のこすれる音だけが響いていた。
そうしてしばらく読み通した後、
「なるほど」
そう呟いた。
平坦な口調で紡がれたその言葉は実に無感動で、その裏は読めない。
ただラニは一先ずは読み終えた本『名人が語る! ネットバトルの極意』を置き、次の本へと取り掛かった。
その近くには凛がドロップした拳銃が置いてある。二対であるらしいそれは単体ではウィンドウにしまえないようなので出しっぱなしにしている。護身用にはちょうどいい。
銃を横目に、次に開いた一冊は叙事詩であった。ドイツ語で書かれたそれをラニは静かに読み進める。
その本は借りてきた本の中でも異色の一冊であった。唯一完全にフィクションとして書かれたものであると明記されていたものだ。
最初は無視しようかと思ったのだが、しかしこれがある一つの「仮説」と密接に関係したものであることが分かってきた為、こうして持ってきた。
『夕暮竜を求めて旅立ちし影持つ者、未だ帰らず
ダックの竈鳴動し
闇の女王ヘルバ、ついに挙兵す……』
学校を離れて以来、彼女は適当な日本エリアの民家に腰を据え、借りてきた書物に目を通していた。
その全てが元の月海原学園にはなかったものであり、この空間で何が起こっているのかを掴む鍵であるとラニは考えていた。
この空間が聖杯戦争の原始の姿でないかと考えていたラニであるが、どうやらそれだけないことは今までの経験で分かっていた。
先ず数時間前に自分が手を下したリーファだ。
彼女の言動は明らかに自分の知る世界、時代とはそぐわないものであった。
ムーンセルが用意したNPCのような存在ではないかと当初は疑っていたが、だとすれば参加者としてカウントされていることに違和を感じる。
ではどういうことなのだろうか。それを考えるに当たって、図書館で見つけたこれらの書籍は実に興味深いものであった。
『行く手を疾駆するは
スケィス
死の影をもちて、阻みしものを掃討す』
見つけ出した書籍はどれもラニからすれば齟齬を感じるものばかりであった。
ネットバトラー、ツナミ、ナーヴギア、ニューロリンカー、ハロルド・ヒューイック……未知の単語が各書籍に当たり前のように書かれていたのだ。
最初はフィクションの類かと思ったが、それにしては書かれ方が妙だった。
『惑乱の蜃気楼たるイニス
偽りの光景にて見るものを欺き、波を助く』
そこでラニは一つの仮説を立てた。
リーファや書籍から垣間見える齟齬。そこから見える可能性は一つ。
ここまで根本的なズレがあるということは、世界――各人が観測し得る宇宙にそも差があるのだ。
少々唯我論的側面が強い考え方だが、それでもラニは空論と切り捨てる気にはなれなかった。
『天を摩す波、その頭にて砕け、滴り新たなる波の現出す
こはメイガスの力なり』
何故ならラニは知っている。
最古よりあらゆるものを観測し、記録し、演算する究極の量子コンピューター・ムーンセルオートマトンを。
不確定性理論が殺した筈のラプラスの悪魔。その本当の居場所である。
それは常に「仮説」を演算している。世界が変容し得るあらゆるパターンをその中で作り上げている。
ならばリーファやこの書籍が語る世界もまたその「仮説」の一部ではないなのではないだろうか。。
ムーンセルが観測しえた異世界。そんな世界の住人もまたこのバトルロワイアルに参加させられている。
そういうことではないだろうか。
『波の訪なう所
希望の光失せ、憂いと諦観の支配す
暗き未来を語りし者フィドヘルの技なるかな』
そんあ突飛な発想に対し、ラニが強く信憑性を感じたのは先の学校での一戦――その中での凛との再会だ。
死んだ筈の彼女とこうして見え、そして彼女と自分がパラレルな関係であることを知った時、ラニは己の考えに確信に近いものを抱いた。
典型的な並行世界の発露。それが自分と凛の関係であるとするならば、リーファの語る世界もまたずっと前により大きく分岐した「仮説」なのだろう。
ならば、あの「
岸波白野」もまた別の「仮説」の中の存在なのだろう。
開幕の場で見かけたとはいえ、半信半疑であった彼の存在にも同様に確信が持てた。
無論、自分の知る「岸波白野」ではないかもしれないが、それでも彼である。
『禍々しき波に呑まれしとき策をめぐらすはゴレ』
「仮説」が「仮説」でなく「現実」として交わっている――それがこの空間の現状である。それがラニの下した結論であった。
その「仮説」には勿論、己の知る世界さえも含まれている。自分がこれまで歩んできた人生、触れてきた森羅万象全てさえも「仮説」。
一部の人間には受け入れがたい考えであるかもしれないが「現実」の成り立ちの一形態としては十分にあり得るだろう。
全ての宇宙はムーンセルの観測が起点となっている。だとすればムーンセルとは正しく「創造主」「神」「毘紐天」その地位に当たるものではないか。
無論それ自体はまた思弁的な「仮説」に過ぎないが、状況に説明は付く。
肝要な点としてはこの場がムーンセルの内部である可能性が非常に高いということである。
実利的な意味ではそのことが最も見るべき点であるかもしれない。それより先のことはまだ頭の片隅に留めておけばいい。
『甘き罠にて懐柔せしはマハ
波、猖獗を極め、
逃れうるものなし』
先ず考えるべきはこのバトルロワイアルの迅速な遂行である。
時刻は既に七時に届こうかとしている。一通り書物に目を通している内に結構な時間が経ってしまった。
その間に届いたメールも、ラニにとってさして新しい情報はなかった。
脱落者リストの中に凛とリーファ以外に知る名はなかったし、イベント関連も月海原学園以外は位置的に遠くさして影響がありそうもない。
学園に戻る気がない以上、特に気にする必要もないだろう。装備は整っている訳だし。見るべき点としてはポイント支給くらいであった。
そしてこれからの行動方針だが、そこまで焦る必要もない、というのが先ずあった。
既に自分は二人の参加者を倒している。これで猶予期間が12時間伸びている上、ゲーム内通貨であるポイントにも余裕ができた。
状況は優位であるといえるだろう。現時点で考え得る限り最良の状況であるともいえる。
『仮令逃れたに思えどもタルヴォス在りき
いやまさる過酷さにてその者を滅す
そは返報の激烈さなり』
なら、このままこの場に一日目終了まで籠城するというのも考えたが、しかしそれは却下した。
それまで発見されないとは限らないし、情報戦で遅れを取るのは痛かった。
やはりある程度能動的に動いて参加者を減らしていくべきだろう。
次に目指すとすれば、やはりウラインターネットというエリアだろう。
このエリアは他と比べても特別扱いされてるきらいがある。先のメールで一つのイベントが設定されていなかったことも妙だ。
もしや隠しイベントのようなものが存在するのかもしれない。調査の必要があるだろう。位置的にも近く行動に無駄がない。
焦る必要はないが、動いていく。他の参加者を殺していく。迅速かつ無駄のない動きで。
その指針には単なる合理的な展望の他にも、ラニ自身の性分として無駄が嫌いということも関係していた。
『かくて、波の背に残るは虚無のみ
虚ろなる闇の奥よりコルべニク来るとなむ
されば波とても、そが先駆けなるか』
と、そこで本が終わっていた。時間も時間だし、そろそろ動くべきだろう。
そう思ったラニはそこですっと立ち上がった。
そして傍らに置いた本たちをウインドウ内にしまいながら、呟いた。
「なるほど」
と。
その瞳にはアイテムストレージに収められた【セグメント1】の文字が映っていた。
【A-3/日本エリア・民家/1日目・朝】
【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康/令呪三画 600ポイント
[装備]: DG-0@.hack//G.U.(一丁のみ)
[アイテム]:疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.、セグメント1@.hack//、不明支給品0~5、
ラニの弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式、図書室で借りた本
[思考]
1:師の命令通り、聖杯を手に入れる。
そして同様に、自己の中で新たに誕生れる鳥を探す。
2:岸波白野については……
3:ウラインターネットを調査する。
[サーヴァント]:バーサーカー(呂布奉先)
[ステータス]:HP90%
[備考]
※参戦時期はラニルート終了後。
※他作品の世界観を大まかに把握しました。
※DG-0@.hack//G.U.は二つ揃わないと【拾う】ことができません。
最終更新:2014年02月03日 17:54