15◇◆◆◆◆◆


「ぬう…………ッ!?」
 @ホーム内に満ちていく紅炎に危険を察したスミスは、出入り口から即座に外へと跳び出す。
 直後。@ホームのあった建物が爆散し、天高くへと黒い稲妻を伴った紅蓮の火柱を昇らせた。
 そしてその@ホーム跡地の周辺は、ただ物理的に破壊されたわけではないかのように、マトリックスの崩壊が起こっていた。

 これまでに彼らが見せた、ハ長調ラ音を伴う『力』の顕現。
 それとはまったく異なるその現象に、スミスの背筋に悪寒が奔る。
 今から現れる存在は、これまでの人間とは全く次元の違う存在なのだと直感するかのように。


 火柱は程なくして、内側から払われるように散っていった。
 そこにいたのは、あの大鎌を持つ死神ではなく、ハセヲだった。

「グル……アアアアアアアア――――――………ッッ!!!」
 ハセヲは全身から飢餓的な闇の色の稲妻を放ち、獣のような咆哮を迸らせる。
 その咆哮による影響か、周囲の空間は揺さぶられる様に激しいノイズを奔らせていた。

 彼の姿は、先程までとは一変していた。
 より鋭く、針のように逆立った白髪に、燃え盛る溶岩を連想させる赤褐色の鎧装を纏っている。
 その鎧は最初のものと比べてより凶悪に、自らさえも傷つけかねないほどに刺々しい。
 だが何よりの違いは、それ自体が生き物のように蠢く三本の尾だろう。

「これは……あの剣士の少年と、同じ……?」
 ハセヲのその変貌に、スミスはそう予想を付ける。
 その方向性こそ全く逆だが、あの蒼炎の発現と同じ現象なのだと。
 ―――つまりは、非常に危険。
 そう判断を下し、一歩後退さった、その瞬間。

「ッ! ガアアアアアアアア――――ッ!!」
 ハセヲが跳ねるように顔を上げ、スミスへと飛びかかってきた。

 鋭い鉤爪を備えた左手が、スミスへと向けて突き出される。
 スミスはそれを、大きく飛び退いて回避する。
 同時に、直前までスミスがいた地点にハセヲが激突し、ズドン、と爆発染みた衝撃とともに石畳を粉砕した。

 そうして巻き上がった粉塵の中から、ハセヲが再び、スミスへと向けて突進してくる。
 今度は右手の鉤爪による薙ぎ払い。
 自身を引き裂かんとするその一撃を、スミスは深く屈み込んで回避し、右手の銃剣を一閃する。
 ギャリン、と、金属で鉄板を引っ掻いたような音が響き渡った。

「なに!?」
 銃剣を持つ右手に残る、あまりにも堅いその感触に、スミスは驚愕の声を上げる。
 まさか自分の一撃を受けて、切り裂かれないどころか、掠り傷一つで済ませるとは……!

「ガアアアッッ……!!」
 そんなスミスの驚愕の合間に、ハセヲは振り抜いた右腕から、そのまま裏拳を繰り出した。
「ぐ、ヅゥ……ッ!!」
 躱す間のないその一撃を、スミスは咄嗟に右腕を盾にして受け止める。だが。
 ゴン、という生物的にはあり得ない音を響かせ、スミスの身体が殴り飛ばされ、そのまま建物へと叩き付けられた。

「ガッ……!?」
 激突の衝撃に、肺から息が押し出される。
 そこへさらに、ハセヲはスミスへと一瞬で接近し、渾身の力で右拳を振り抜いた。
 スミスは咄嗟に両腕を交叉させて受け止めるが、骨が軋むような音とともに、そのまま建物の中へと殴り飛ばされる。
 その拳の威力は凄まじく、スミスは建物の内壁をも破壊し、そのまま外へと弾き飛ばされた。

「グルルルルルゥ…………」
 ハセヲは獣のように息を荒げながら、スミスを追う様にその建物から姿を現す。
「キ、貴様……っ!」
 痛む体を押して即座に立ち上がり、スミスは湧き上がる憎悪とともに、ハセヲを睨み付ける。

 何だこれは。こいつはいったい何なのだ。
 いったい如何なる条理を以て、彼はこれほどの『力』を得たというのだ。
 彼等が持つ『あの力』だけではありえない。
 あれは飽くまでデータを改竄する力のはずだ。システムそのものを超える力ではない。
 ならば一体、この救世主にも似た『力』は何だというのか……!

「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 再び放たれる咆哮にノイズが生じ、その衝撃に周囲の石畳が粉砕される。
 今のハセヲが宿す『力』は、システムを超越したスミスをしても、完全に理外の外にあった。
 だが、スミスがその力に混乱する間もあればこそ、ハセヲは咆哮を上げつつ、再びスミスへと襲い掛かった。


     †


「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 と。ハセヲは自分の咽喉から、爆音のような獣声が発せられるのを聞いた。

 これまで以上の速度でスミスへと接近し、その身体を引き裂こうと右手の鉤爪を振り下ろす。
 スミスは素早く飛び退いてその一撃を回避するが、即座に飛びかかって回し蹴りを叩き込む。
 その一撃は、スミスが咄嗟にあげた左腕によって防がれるが、構わず力を込め、その防御ごと蹴り飛ばす。

「グウアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 憎悪(かんじょう)のままに、咆哮を迸らせる。
 灰色の視界の先には、苦痛に顔を歪める『敵』がいる。
 いい気味だ、とは思わなかった。だが、まだ足りない、とは強く感じた。
 そう、まだ喰い足りない。まだその命に届いていない。まだ何一つ、奪い返せていない。

「チッ、狂犬め……!」
 スミスがそう吐き捨てながら、銃剣のトリガーを連続で引き絞る。
 音速を超える弾丸が、銃声とともに幾つも放たれる。

 瞬間、ハセヲの灰色の視界に、その銃弾の軌道予測と、幾つもの文字が高速で表示された。
 その内容は―――《攻撃予測/通常攻撃 遠隔/射撃・実弾系 脅威度/〇》。即ち、防ぐまでもないという事だ。
 そしてその予測に違わず、スミスの放った銃弾は全て、赤褐色の鎧装に容易く弾かれた。

「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 スミスへと一瞬で接近し、両の拳でラッシュを叩き込む。
 その顔面を鷲掴み、石造りの建物へ叩き付け、そのまま摩り下ろす様に走り抜ける。
 勢いよく地面へと投げつけ、一際高く跳び上がり、高高度からの跳び蹴りを蹴り穿つ。

 されど『敵』は未だ健在。その驚異的な防御力は、ヤツの生存をなおも許している。
 戦意も未だ衰えていないのか、その右手に緑玉石の銃剣を、その左手に水色の光の結晶を握り締めている。

「グウ……ッ、ルオオオオアアアア――――………ッッ!!!」
 ………だから、ハセヲにはそれが赦せない。
 仲間の巫器を使うことも、仲間の力を手にしていることも、決して認めることができない。
 喰い殺す。奪い返す。
 『敵』の姿を見るたびに、その衝動がより強く、激しさを増していく。
 そしてその激情が咆哮となって、周囲の空間を揺るがしていく。


 ――――それは、『憑神(アバター)』とはまた違う、不思議な感覚だった。
 心が全身を焼き尽くす様な灼熱を放っているのに、頭は凍り付いたように冴え渡っている。
 『敵』を殺し尽くすという衝動とともに、抑え切れないほど『力』が湧き出てくる。
 咽喉から漏れ出る獣の声は、『敵』に向ける言葉がない故か。

 そう、『敵』と語る言葉は一つもない。
 ただ衝動のままに喰い尽し、奪い返すだけだ。
 故に。
 その四肢を引き裂き、咽を食い千切り、臓物を引きずり出し、惨たらしく殺し尽くす。
 そこまでやって初めて、俺はアトリの死に報いることができるのだから………。

「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」

 そんな怒りと悔恨を懐き、ハセヲは咆哮とともに『敵』へと飛びかかっていった。
 その獣の如き姿から発せられる力は、先程までと違い、スミスと互角か彼を上回るほどとなっていた。
 ………何故か。
 それは彼が宿していた、二つの『力』による影響だった。

 一つは『憑神』、あるいは“碑文”。
 もとより仕様外の力の結晶とも言えるそれは、ハセヲの激しい憎悪と結びつき、彼に負のジョブエクステンドを齎した。
 B-stフォームと呼ばれるその姿は、彼が“碑文”と歪な融合を果たし、仕様を完全に逸脱した証である。
 その姿から振るわれる力は『憑神』のそれとほとんど等しく、もはやシステム的な制約など意味を成さない。
 つまり今のハセヲは、いわばPC型のロストウェポンと言っても過言ではない状態となっているのだ。

 そしてもう一つが、《鎧》だ。
 名を、【THE DISASTER】。災禍の鎧とも呼ばれる、加速世界最凶の強化外装である。
 剣と鎧を併せ持ったこの強化外装は、《災禍》の名に相応しい強力無比な能力を持っている。
 しかし同時に、負の心意により生まれたこの《鎧》は、装備者の精神を支配し、凶暴な殺戮マシーンへと変えてしまうのだ。
 だがハセヲに支給されていたこの鎧は、当初その恐るべき力を発揮することができなかった。
 何故なら、ハセヲの宿していた碑文が、その力と拮抗していたからである。

 しかしハセヲが『憑神』を発動させ、その力を戦いに割いたことにより、その均衡は崩れた。
 ハセヲの『憑神』が急にその動きを停止させたのは、彼の精神状態の影響により不安定だったことに加え、それが原因となっていたのだ。
 あるいは、彼がこの鎧の事を正しく知っていれば、まだ均衡は保たれていたのかもしれない。
 だがその機会は既に失しており、それどころか《鎧》は、ハセヲの憎悪に呼応し完全に覚醒してしまった。

 ……しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
 前述したように、“碑文”と《鎧》の力は拮抗していた。
 しかしその力は、ハセヲの憎悪と結びつき、一つの方向へと集束してしまった。

 ―――そして、“『憑神』は心の闇を増幅し、負の心意は心の闇を力とする”。

 もとより最凶と称される《災禍の鎧》は、ハセヲとともに“碑文”と融合することで、その力を爆発的に増大させたのだ。
 その結果が、B-stフォームとなったハセヲに齎された、スミスをも超え得る絶大な『力』だった。


「グアアアアアアア――――ッ!」

 両手の鉤爪を、スミスへと何度も何度も振り抜く。
 スミスはどうにか銃剣で防いでいるが、その攻撃速度に完全に押されている。
 そしてその防御を抜けた一撃が、スミスの身体を引き裂き、赤い血のエフェクトを撒き散らせる。

「ぐ、ぬおぉ……ッ!」
 そこに振り抜かれる、スミスの銃剣による反撃。
 《攻撃予測/通常攻撃 近接/斬撃系 脅威度/一〇》。
 先ほどのスミスと同様、腕を盾にして受け止め、もう一方の腕を振り被る。

「グルアアッ……!」
 スミスを力の限りに殴り飛ばし、そこへ追撃をかける。
 右腕を大きく振り上げ、鉤爪を備えた右手をグワッと開き、振り下ろす。
 体勢を崩し、石畳に膝を突くスミスは、その一撃を甘んじて受けるしかない。
 だが。

「グウッ……!?」
 意識外からの不意打ち。横合いからの拳の一撃に、強く殴り飛ばされる。
 体勢を立て直して襲撃者を確認すれば、まったく無傷のスミスがもう一人。
 ああ、そうだった。こいつは複数人いたのだと、―――から聞いた話を思い出す。

「間に合ったか」
「ああ。おかげで助かった」
「それほどの脅威か……」
「おそらくはアンダーソン君と同等か、それ以上だろう」

 二人のスミスが、何かを話している。
 だが、どうでもいい。二人に増えたというのなら、二人とも喰い殺すだけだ。
 そのための手段、方法を、現在の武装から選出する。

 双剣――光式・忍冬。
 攻撃速度に優れ、多くの場面でバランスよく使用できる使い慣れた武器だ。
 しかし攻撃威力に劣り、他の武器と比べリーチも短い。………胸の奥が、チクリと痛む。

 大剣――スター・キャスター。
 攻撃威力に優れ、一対一でこそ真価を発揮できる強力な武器だ。
 またスター・キャスター自体は、現在の武装の中では最大の攻撃力を持つ。
 しかしその重量から攻撃速度に劣り、移動速度も低下させる。……聞き覚えのない、誰かの声が聞こえる。

 大鎌――大鎌・首削
 攻撃範囲に優れ、多人数を同時に相手にするのに最も向いている特殊な武器だ。
 しかし攻撃威力、速度共に並で、長柄の武器の特徴から、至近距離での戦闘にも向いていない。

 選出→選択。
 双剣はスミスを相手にするには攻撃力が乏しく、大剣は複数人を相手にするには向いていない。
 故に、使用する武器は、この状況における最適な武装。二人を同時に相手に出来る大鎌を選択する。
 大鎌は硬殻特攻アーツを持たないが、問題ない。スミスの防御力が物理的な守りによるものでないことはすでに理解している。
 あれは心意とよく似た、通常のシステムに対する反発力だ。つまりその守りは、意思力が上回れば突破可能という事。
 そして、この身を焼くほどの憎悪という意思力が、あいつを上回らないはずがない……!

「グルウゥ……ッ、ガアアアアアアア――――ッッ!!」
 鞘から引き抜くように首削ぎを実体化させ、スミス達へと向けて飛びかかる。
 対するスミス達は、一人は前へと踏み出し、一人は後ろへ下がる。そして前へ出た方のスミスが、大鎌の一撃を緑玉石の銃剣で受け止めた。
 首削の鋸刃が高速で回転して銃剣の刃と擦れ合い、甲高い音とともに火花を散らす。

「私は撤退し、このプログラムを解析し掌握する」
「っ……、では私は、それまで彼の足止めをしよう」
 スミス達はそう言い合うと、後ろへと下がった方が背中を見せる。

 ……まさか、逃げるつもりか?
 “それ”を……アトリの碑文を持ったまま……!

「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
「グ、ヌウ……ッ!?」
 大鎌により力を込め、緑玉石の銃剣を弾き上げる。
 そしてそのまま大鎌を旋回させ、眼前のスミスへと薙ぎ払う。
 スミスは咄嗟に引き戻した銃剣で防御するが、威力を支えきれず横合いへと弾き飛ばされる。

「グオオオアアアア―――ッ!」
 すぐさま背中を見せるスミスへと飛びかかり、その身体を引き裂こうと大鎌を振り上げる。だが。
「悪いが、そうはさせないよ」
 弾き飛ばしたはずのスミスに足首を掴まれ、それ以上の接近を引き留められる。
 そして力の限りに引き戻され、そのまま地面へと叩き付けられた。

「グゥ、ウウ……ッ!」
 即座に体勢を立て直し、眼前のスミス達へと視線を向ける。
 碑文を持ったスミスは駆け出し、既にその姿は遠く小さい。
 そしてそのスミスへの進路を遮るように、もう一人のスミスが立ち塞がっている。

「グウウゥ……!」
 地面に叩き付けられた事によるダメージはない。
 だが、アトリの碑文を持っていかれた。
「グルアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 火山の噴火の如く破裂する怒りを、咆哮とともに解き放つ。
 周囲の空間がノイズで歪み、全身から放たれる黒い雷撃が石畳を粉砕する。

 ―――いいぜ……。
 そっちがその気なら、こっちだってやってやる……。
 テメェらが何人いようと関係ねぇ。一人残らず喰い尽してやる……ッ!

「グオオオオオオ………ッ!!」
 大鎌・首削を納め、両手を背中へと回す。
 解き放たれる黒い雷撃とともに、闇色の大剣――スター・キャスターを引き抜く。
「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 そして方向とともに眼前に立ち塞がるスミスへと飛びかかり、その呪われた星剣を渾身の力で叩き付けた。

「グオオオオオオ――――ッ!!」
「グ、ヌウッ、………ッ!」
 ハセヲが振り下ろした星剣の一撃を、スミスが銃剣で受け止める。
 そのあまりの威力と衝撃に、地面がスミスを中心として陥没する。

「ガアァ――ッ!!」
 堪らず星剣を受け流したスミスへと、星剣を翻し横殴りに振り抜く。
 しかしスミスは大きく飛び退き、星剣は空間を引き裂いて空振る。
 即座に陥没した地面から飛び出し、スミスを目掛けて星剣を叩き付ける。
 その一撃は、スミスが再び飛び退くことで回避され、地面をそのデータごと粉砕するだけに終わった。

「フンッ……!」
 そこへ打ち出される、コンクリートをも砕くスミスの左拳。
 直後、ハセヲの視界に表示されるインフォメーション――《攻撃予測/通常攻撃 近接/打撃系 脅威度/五》。その軌道は、頭部を狙った左ストレート。
 ハセヲは頭を右に傾けてスミスの拳を掻い潜るように回避し、逆に左拳でスミスの胴体を殴り飛ばす。

「ガ、ハっ……!」
「ガアアアアア……ッ!」
 空気を吐き出して地面に膝を突くスミスへと、ハセヲは高速で駆け出し、体をグルンと一回転させ、遠心力を加算して星剣を振り抜く。
 スミスはその一撃を辛うじて銃剣で受け止め、そのまま大きく弾き飛ばされた。


「グ、チィ……ッ!」
 即座に体勢を立て直し、ハセヲを視界に捉えながら移動を開始する。
 今の彼から目を放すのは危険だと、スミスは背筋に奔る悪寒とともに直感していた。
 もし彼の攻撃を銃剣以外で受ければ、その瞬間、自分の体はその剣に切り裂かれるだろうと。

 ――そしてその直感は正しかった。
 今のハセヲは《鎧》を装備した影響により、攻撃力、防御力、機動力全てが大幅に強化され、疑似的な未来予測さえ可能としていた。
 つまり、その一撃は素手でスミスと比肩し、生半可な攻撃は一切通じず、また振り切ることも難しい存在と化しているのだ。
 スミスの肉体には生半可な攻撃など通じないが、さすがに銃弾をも超える一撃を防ぐことは出来ない。

 加えて彼が放つ黒い雷撃は、鎧が宿す負の心意の現れだ。
 ハセヲの攻撃に心意の雷撃が乗らないのは、彼が心意の存在を知らず、雷撃を扱いかねているからに過ぎない。
 そしていかな『救世主の力の欠片』を得たスミスであろうと、心意による攻撃を防ぐ力は持っていない。
 つまりスミスがハセヲの攻撃を防ぐには、心意を受け付けないロストウェポンである【静カナル緑ノ園】で受けるしかないのだ。

 故に、スミスが現在のハセヲから生き延びるには、彼を倒すか、あるいは撤退させるしかない。
 そしてスミス自身も、これまでの攻防からその事実を正しく理解し、そのために行動していた。

「グオオオアアアア――――ッッ!!!」
「グ、ヌウ……ッ!」
 必殺の威力を秘める星剣を受け止め、敢えて弾き飛ばされることで距離を取る。
 当然ハセヲは星剣を手に、咆哮を迸らせてスミスを追ってくる。
 そんなやり取りを何度も繰り返し、スミスはハセヲをその場所へと誘導していく。
 自分の『力』を最も発揮できるその場所へと。


    16◇◆◆◆◆◆◆


「これ、は……」
 眼前に広がる光景に、シノンは呆然と呟いた。

 シノンがその場所に辿り着いた時には、そこにはもう何も残っていなかった。
 @ホームは跡形もない。周囲のテクスチャ諸共、クレーターのように崩壊している。
 ここで一体何があったのか。
 こんな、データそのものを崩壊させるような規格外の『力』を、シノンは一つしか知らない。

 それを確かめようとクレーターへと足を踏み入れれば、その中央に二つのアイテムが残されていた。
 それぞれ、サフラン・ブーツという名前の防具と、謎のデータ結晶だ。
 それらのアイテムは、アトリが持っていたはずのものだ。

 ……ならばアトリは、ここで死んでしまった、という事なのか?

「そんな……こと………」
 ならば私は、なんのために、戦う覚悟を決めたのか。
 なんのために銃を取り、その引き金を引いたのか。
 仲間一人助けられない自分の無力さに、悔しさが込み上げる。
 穴が開いたような喪失感に、堪らず膝を突く。
 だがその時、

 ――――それでも、また歩き出すことだけはやめない。

 ハセヲのその言葉が、不意に脳裏に蘇った。

「っ…………!」
 ……ああ、そうだ。
 最初から予想していたことのはずだ。
 アトリを助けられる可能性が低いことは、解っていたはずだ。
 だが、それを踏まえた上で彼女を助けに向かうと、私は決めたのではなかったのか?

 なら、アトリを助けられなかったとしても、そこで挫けるわけにはいかない。
 生きたいと願っていた……助けられなかった彼女の分も、私は生きて、誰かを助けよう。
 より多くの人を助けるために、私は彼女の分まで生き抜こう。

 その道は、この上なく険しいだろう。
 きっとこれからも、助けられない人たちは出てくるだろう。
 けれど、それでも、諦めるわけにはいかない。
 だってそれが、今の私がアトリに対して出来る償い方だと思うから。

「アトリ……。助けられなくて、ごめんなさい。
 ……けれど、私は諦めないから。あなたの分まで、頑張るから……!」

 だから、もう一度覚悟を決めろ。
 大切なものを失う覚悟を……。
 そして……、大切なものを守る覚悟を……!

「っ――――」
 遠くで、遠雷のような、戦いの音がする。
 きっとそこに、ハセヲがいる。彼はまだ、戦っているのだ。
 ならば私は、アトリの分まで、彼を助けに行かなければいけない。

「もう行くね、アトリ。けどその前に、一つだけお願い………。
 私を……私たちを、見守っていて………」
 そう口にすると、シノンはクレーターを後にし、蒸気バイクへと跨る。

 目指すは、もはや助けたかった者の失われた戦場。
 ハセヲが今も戦い続けるその場所へと向けて、シノンは強くアクセルを回した。


    17◇◆◆◆◆◆◆◆


 ――――そうして、その場所に辿り着く。
 一見では何の変哲もない、マク・アヌの街の一角へと。

「グルゥ……!?」
 だがハセヲは、その場所に存在するものを即座に理解する。
「ふむ、気付いたかね」
 その様子を見て、スミスは幾分余裕を取り戻したようにそう口にする。

 この場所へ訪れると同時に、ハセヲの視界は、自身の咆哮とは関係のないノイズを捉えていた。
 即ち、データの『歪み』の存在を。

「こちら側の私からは見えないが、現在“あちら側”では、もう一人の“私”が戦っている。
 その意味が解るかね?」
「グルルルル……ッ」
「そう。君の知り合いがもうすぐ、“我々”の一人となるのだよ!」
「ッ――――――!」
 その言葉を耳にした瞬間、ハセヲの思考は、ほんの一瞬だけ停止した。

 ―――この『敵』は、今何と口にした?
 誰が何になると言ったのだ?
 いや、その意味はどうでもいい。重要なのは、ここで誰があの『敵』と戦っているかだ。
 『憑神空間』を形成できるのは、AIDA=PCか碑文使いのみ。そのうち、アトリは死んでしまった。なら一体誰が?
 クーンか? パイか? エンデュランスか? 朔望か? 八咫か? あるいは、オーヴァンか?
 ………いや、誰であろうと関係がない。俺の仲間を、これ以上死なせるわけにはいかない……!

「グ……ル、オオオオッ!!」
 ハセヲは爆音じみた咆哮を上げ、これまで以上に凄まじい力を解き放った。
 その力は黒い電撃として表面化され、その両手で構えられた星剣――スター・キャスターへと集束されていく。
 同時にその身体を赤い炎のような光が包み、その陽炎よりなお紅い紋様が浮かび上がる。

 全身を弓のように引き絞り、星剣を大きく振り被る。限界まで撓められた肉体が、ギシリ、と鈍い軋みを上げる。
 その間にもハセヲに宿る《鎧》と“碑文”は、その力を際限なく高めていく。
 そして肉体の緊張と二つの力が、極限まで達した。その瞬間――――。

「ガアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」

 ―――『世界』が、斬り裂かれた。



「ァ、ッ…………ッ!?」
 気が付けばスミスは、『憑神空間』へと投げ出されていた。
 一体何が起こったのか。そう考えた瞬間、不意に激痛が襲ってきた。
 自分の身体を確認すれば、左肩から右脇腹にかけて深い傷痕ができている。
 それを認識してスミスは、一瞬の不明から回復した。

 ハセヲの力が限界まで高められ、解き放たれたその瞬間。
 ハセヲは一瞬でスミスの眼前まで接近し、その星剣を振り下ろしたのだ。
 スミスに出来たことは、両手銃剣を支え、咄嗟の防御を行うことだけだった。

 だがそれも完全ではなかった。
 心意を受け付けないはずの銃剣は破壊され、スミスは諸共に切り裂かれたのだ。
 彼を襲った一瞬の不明は、そのダメージによるものだ。
 その上で彼がまだ生きているのは、銃剣による防御がギリギリで功を奏したからだろう。
 そして銃剣が破壊されたことについても問題はない。
 元よりコピー巫器。オリジナルが無事である限り、幾つでも『増殖』させられる。

 スミスは新たな緑玉石の銃剣を取出し、『世界』に付けられたその傷痕へと視線を向ける。
 そこではハセヲが、閉じようとする傷痕を力尽くで抉じ開けながら、『憑神空間』へと侵入してきていた。



「グルウウゥ…………」
 そうして侵入した『憑神空間』を、ハセヲは灰色の視界で見渡す。
 そこには、スミスが二人と、巨大なクモ――AIDA<Oswald>の姿があった。
 それを見てハセヲは、確かな安堵と若干の落胆を覚えた。
 安堵は、仲間が襲われていたわけではなかったこと。
 落胆は、心強い仲間がいなかったこと。
 いずれにせよこの場所に、彼の仲間はいなかったという事だ。
 あのAIDAの宿主も、確かに知り合いではあるが、仲間という訳ではない。むしろ『敵』の部類だ。

「…………ヲ」

 そんな感傷を懐くハセヲへと、狂的な視線を向ける存在が一人。
 AIDA<Oswald>に感染したPCの宿主――ボルドーだ。

「ハセヲォ………ッ!!」
 ボルドーはそう声を荒げ、脇目も振らずにハセヲへと襲い掛かる。


 今までのスミスとの戦いで、彼女のフラストレーションは非常に溜まっていた。
 スミスは徹底して距離を取り、大したダメージもない銃剣で遠くからチマチマチマチマ銃撃してくるだけ。
 対して自分の攻撃は、腕を圧し折った最初の一撃を除いて全て避けられ躱される。
 かといってAIDAの顕在化を解除して逃煙球で逃げようにも、現在HPと敵のステータスを考えればそれも危うい。
 攻めることも逃げることもできず、少しずつダメージを蓄積させられる戦いは、彼女の怒りを限界まで煽っていたのだ。

 そこに現れたのが、彼女にとっての宿敵であるハセヲだった。
 その姿を目にした時点でスミスの事も、ハセヲに起きている変化も意識の外に追いやられた。
 ただ、この溜まりに溜まった怒りをハセヲにぶつけ、発散する。
 そんな一方的な激情が、ボルドーを突き動かしていた。

「思い知れ、ワタシの『運命』をォオ佩吝唹堊塢―――ッッ!!!」
 そんな叫びとともに、<Oswald>の両肢が振り下ろされる。
 その攻撃は、一般PCなら容易くロスト。碑文使いPCでも、『憑神』を使わなければ無事では済まない。
 いや、『憑神』を使っていたとしても、直撃ならば大ダメージとなっただろう。
 ……だがしかし、現在のハセヲは、その条理から完全に外れていた。


 ―――《攻撃予測/憑神攻撃 近接/打撃系 脅威度/一〇》。
 そんな文字が、赤い軌道予測ラインとともに、ハセヲの視界に表示される。
 その赤いラインに沿って、右手の星剣で左肢を受け止め、左手で右肢を掴み取る。

「んなっ……?」
 ボルドーが驚きに声を上げる。
 『憑神』も使わず、なんでこの一撃を受け止められるのか、と。

 だが驚くことではない。
 ハセヲは“碑文”と歪な融合を果たし、『憑神』に等しい力を得ているのだから。
 加えてその《鎧》による防御力は、増幅された負の心意により極限まで高まっている。
 たとえAIDAの攻撃であろうと、ただの打撃攻撃が通じる道理はない。

「グアアアアアアアッッ!」
 ハセヲは咆哮を上げ、星剣で受けた左肢を弾き飛ばし、掴んだままの右肢ごと<Oswald>本体を引き寄せる。
 そして星剣でその胴体を刺し貫くと、そのまま頭上へと持ち上げ、勢いよく投げ飛ばした。

「ガギッ、グゥ……ッ! テメェ、舐めんじゃねぇ――ッ!」
 腹部を刺し貫かれた痛みに、ボルドーが激高する。
 それに呼応し、<Oswald>がその臀部から無数の糸を飛ばしてくる。
 《アラクノトラップ》。AIDA<Oswald>が使用する技の中では、最も威力の高い攻撃である。だが。

 ―――《攻撃予測/憑神攻撃 間接/拘束系 脅威度/三五》。
 その文字が表示されると同時に、ハセヲは星剣に黒い稲妻を纏わせ、迫りくる全ての糸を焼き切った。

「そんな……ワタシの力が……私の『運命』が通じない……!?」
 その光景を前に、堪らずボルドーは慄き、困惑する。
 そんなボルドーに構わず、ハセヲはボルドーへと止めとなる一撃を放つ。

「グウウウ……ッ!」
 星剣を背中へ回し、振り下ろすように力を込める。
 力の最大解放を示して、その身体に赤い紋様が浮かび上がる。
 するとハセヲの背後、星剣の切っ先から、『憑神空間』を引き裂いたかのような亀裂が奔る。
 そしてその亀裂から現れる、数え切れない程大量の剣。剣。剣。剣。剣。

「ガアアアアアアアア――――ッ!!」
 イリーガルスキル、《魔刃ノ召還》。
 背後に回した星剣が振り下ろされると同時に、剣の群れは一つの生物のように渦を成して<Oswald>へと襲い掛かった。

「テ、テメェは一体何なんだよォ………!?」
 ボルドーの悲鳴めいた叫びとともに、<Oswald>が《アルケニショット》を放つ。
 ショットガンの如く発射された糸弾は、自身へ迫りくる剣の群れへと衝突し……あっけなく弾き飛ばされた。
「ひっ――――!?」
 その光景に、ボルドーは引き攣るような悲鳴を上げた。
 剣の群れはそんな彼女を容赦なく飲み込み、その身体を千々に引き裂いていった。


 何かが砕ける様な音とともにプロテクトブレイクが発生し、『憑神空間』が解除される。
 同時に剣の群れも解き放たれて散らばり、マク・アヌの街に突き刺さっていった。
 あとに残されたのは、AIDAの顕現を解除され、石畳へ投げ出されたボルドーと、事を静観していた二人のスミスだけ。
 起き上がる様子がないことから、ボルドーは引き裂かれた痛みとプロテクトブレイクの衝撃に気絶したのだろう。

「グルウウゥ……ッ」
 しかし、それにはまったく意識を向けず、ハセヲはそのスミス達へと大剣を構え向き直る。
 するとそこでは、スミス達が奇妙なことを行なっていた。一方のスミスが、もう一方のスミスへと腕を突き刺していたのだ。

「調子はどうかね、“私”」
「ふむ、悪くないな。“私”の方はどうかね?」
「実にいい気分だよ。重い枷が外れたようだ」
「つまり初期化されたデータは」
「ああ、確かに復元されたよ」

 スミス達はそう言い合うと、笑みを浮かべてハセヲへと向き直った。
 外見からは、どちらがハセヲと戦ったスミスか見分けがつかない。
 そのことに困惑するハセヲへと、彼等と違う場所から、まったく同じ声をかけてくるものがいた。
 そちらへと振り返れば、やはりそこにはスミスがいる。そいつだけは、ハセヲにはどのスミスか察しがついた。
 アトリの碑文を奪った、あのスミスだ。

「驚いているかね、ハセヲ君? これが私の……“我々”の本当の『力』だよ」

 スミスはそう口にして、地面に倒れ気絶しているボルドーを持ち上げ、その腕を突き刺した。
 するとボルドーのPCボディが徐々に崩壊し始め、別の何かへと置き換わっていく。
 そうして現れたのは、四人目のスミス。

「“私”、“私”、“私”。みんな私だ」
 四人目のスミスが、自己証明をするかのようにそう口にする。
「「「「さあ、君も“我々”の一人になりたまえ」」」」
 四人のスミス全員が、一字一句一音声を同調させ、ハセヲへとそう告げる。

【ボルドー@.hack//G.U. 上書き】

 ――そしてこれこそが、スミスの策だった。

 エグザイルとなったスミスの真価は、その戦闘能力などではなく、他者を上書きすることで増殖する自分にある。
 一人で敵わないのなら二人で。二人で敵わないのなら三人で。三人で敵わないのなら、より多くの自分を連れて。
 つまり、この際限なき“数の暴力”こそが、 スミスの本当の恐ろしさなのだ。

 それを実現するために彼が取った策が、ボルドーと戦うスミスを開放し、ボルドー自身もスミスに変えるというものだった。
 そして『憑神空間』へ入り込む術のないスミスは、ハセヲを挑発し、その力を行使させることで、その作戦を成し遂げたのだ。

 スミスにとって想定外だったのはただ二点のみ。
 自分の一人がシノンに倒されたことと、現在のハセヲの戦闘能力の高さだけである。


「グルルルル……ッ!」
 そうして、自分を囲む四人のスミスを目にして、ハセヲは低く唸り声を溢す。

 今のハセヲにとって、スミス一人一人は脅威ではない。
 だが、それが四人同時ともなれば、話は変わってくる。

 確かに《鎧》の防御力があれば、一発の攻撃で受けるダメージは低いだろう。
 だがそれが十発、二十発ともなれば、合計ダメージは無視できないものとなる。
 また如何に攻撃予測が可能でも、その攻撃が避けられる状態であるかは話が別だ。
 二人か三人がかりで動きを封じられれば、最低でも一人分の攻撃は無条件で受けることになるだろう。
 だが――――

「グルアアアアアアアア――――ッ!!」
 ハセヲは戦意を示すように、雷撃とともに咆哮を迸らせる。
 もとより一人残らず喰い尽すと決めたのだ。一度に全員が来るというのなら、探す手間が省ける。
 それに今の自分は、PK百人をキルした時以上の『力』を得ている。たった四人相手にするくらい、そう難しいことではない。

「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 ハセヲは星剣を構えて駆け出し、スミスのうち一人へと振り被る。
 するとそのスミスを中心に三人集まり、三人がかりで星剣の一撃を受け止めた。
 ズゴン、とスミス達の足元の地面が凹むが、肝心なスミス達自身を押し切ることが出来ない。
 そこへ四人目のスミスが飛びかかり、ハセヲへとその拳を振り被る。

「ッ…………!」
 ハセヲはその一撃を飛び退いて回避するが、そこへ二人のスミスが飛びかかってくる。
 それに対し、ハセヲは星剣を横薙ぎに振り抜いて応戦する。
 スミス達はその薙ぎ払いを銃剣で受け止めるが、足場のない空中故に、容易く弾き飛ばされる。

 そこへ即座に三人目のスミスが接近してくるが、これには星剣を振り下ろして応戦する。
 スミスはその一撃を、銃剣を掲げて受け止め、直後、そのスミスの横を四人目のスミスが駆け抜け、その拳を振り抜いて来た。
 ―――《攻撃予測/通常攻撃 近接/打撃系 脅威度/五》。
 そうスミスの攻撃の詳細が表示されるが、攻撃直後の硬直から抜け出せず、その一撃をまともに受ける。
 そしてさらに、二人のスミスが殴り飛ばされたハセヲへと、間髪入れずに接近してくる。

「グゥ……ッ、ガアアアアアアア――――ッ!!」
 ハセヲはそんなスミス達に対し、《魔刃ノ召還》によって召喚された剣を用いることで迎撃する。

 まず傍らに突き立つ小剣を左手で引き抜き、星剣と左の小剣それぞれでスミス達の攻撃を受け止め、体を独楽のように回転させて弾き飛ばす。
 次いで左の小剣をその一方へ向けて投げ飛ばして牽制し、近くにある刀剣を引き抜きつつもう一方へと接近し、星剣を振り下ろす。
 その一撃は当然銃剣で防御されるが、その隙にスミスの脚へと刀剣を突き刺し、その動きを縫い止める。
 その間に接近してきた二人のスミスに対しては、大剣を引き抜きながら高く跳び上がり、それぞれへと叩き付けて押し潰す。
 その隙にこちらへと飛びかかってきたスミスの一撃を、大きく飛び退いて回避し、攻撃の隙を狙って大剣を投げつける。
 だが二人のスミスがそのスミスの前へと立ち塞がり、二人がかりでその大剣を受け止め、弾き飛ばした。
 動きを縫い止めていたスミスも刀剣を引き抜いて自由となり、結果、戦闘は仕切り直しと相成る。


「グ、ウウゥ……ッ」
 キリがない、と息を荒げながら、ハセヲはスミスの厄介さを実感した。

 一人一人に対しては、予想通り問題なく対処できる。
 四人同時に相手をする場合の厄介さも、予想の範囲内だ。
 しかし、予想外に厄介だったのが、その連携の完璧さだった。
 スミス達は全員が自分だと称する通り、通常の連携行動に存在するはずの、仲間の行動を確認する“間”が存在しないのだ。
 それこそ、他のスミスの行動を、自分の行動として認識しているのではないか? と思えるほどのレベルで。

 倒せないことはない。
 時間さえかければ、ここにいる全員を喰い殺すことは可能だろう。四人のうち一人でも消せれば、それはより確実だ。
 ……だが、その一人を倒すまでに、自分のHPはいったいどれだけ削られるのか。それが全く予測できない。

 ――――しかし、そんな事は関係ない。
 一人残らず喰い殺すと決めた。アトリの碑文を、必ず奪い返すと誓った。
 たとえこの身体が砕け散ろうとも、ヤツ等を破壊しつくすまで立ち止まるわけにはいかない……!

「グルウオアアアアアアアア――――ッッ!!!」
 雷撃と咆哮を迸らせ、ハセヲはスミス達へと飛びかかる。
 そして呪われた星剣を渾身の力で叩き付け、地面をデータ諸共粉々に粉砕する。
 ……だがそこにスミス達の姿はない。彼等はハセヲが星剣を振り上げた時点で、四方へと、ハセヲを囲むように散開している。

「――――――――」
 そしてハセヲが次の行動を取る前に、スミス達が同時に動き出す。
 内二人は地上から、もう二人は跳び上がり空中からハセヲへと襲い掛かる。
 それに対し、ハセヲは星剣を納め、大鎌を射合い抜くように一閃し、即座に飛び上がりもう一閃。スミス達全員を弾き飛ばす。
 しかし、ハセヲが着地するよりも早く、地上にいたスミス達が持ち直し、ハセヲへと飛びかかってきた。

「グゥッ……!」
 スミスのその布陣を受けて、ハセヲは舌打ちをするように唸り声を漏らす。

 更にもう一閃し、スミス達を弾き飛ばすのは簡単だ。だが地上には、先に着地したスミス達が待ち構えている。
 つまり、跳び上がって来たスミス達を相手にしていては、地上にいるスミス達への対処が遅れる。
 だが、この状況から地上、空中両方のスミス達を相手にしている余裕はない。
 故にハセヲは、より強力な反撃のために、スミスの一撃を甘んじて受ける覚悟を決め――――。

「なにッ……!?」
 どこからか飛来した火矢によって、空中にいるスミスのうち一人が射落とされた。

「おのれ……ッ!」
 その狙撃手に思い当たる人物がいたのか、スミスが憤怒の混じった驚愕の声を上げる。
 その一瞬の隙を突いて、大鎌に黒い雷撃を纏わせ、空中に唯一残ったスミスへと必殺のアーツを発動させた。

「グオアア……ッ、摩天葬掃華ァ――――ッ!!」

 大鎌を斜め下から抉るように振り上げ、敵の銃剣を弾き飛ばす。
 体を捻った反動を乗せて反対側へと薙ぎ払い、その胴体を裁断する。
 そして頭上から勢いよく振り落し、その勢いのまま地上へと叩き付ける。
 最後に、影から召喚された六つの魔刃によって、地面ごと放射状に抉り裂く。

「………、グルアアアァァァ…………」
 そうしてハセヲは、バク転するように大鎌を地面から引き抜き、排気するように息を吐いた。
 同時に《魔刃ノ召還》によって出現した無数の剣が、データの粒子となって消えていく。

 六つに分断された大地の中心には、八分割されたスミスの死体が一つだけ残されていた。



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最終更新:2015年11月18日 00:54