6◆◆◆◆◆◆


 ――――そうして。
 レオからの連絡を受けた岸波白野たちは、生徒会室へと戻って来た。

「それでレオ。なんかわかったのか」
「ええ。僕の予想が正しければ、ウイルスに対策することが可能かもしれん」
「ならその予想ってのを早く教えてくれ。このまんまなんもできねぇで時間切れってのはゴメンだぜ」

 苛立たしげなレインの言葉に、自分も同意する。
 プレイヤーのアバターに仕掛けられているというウイルスの発動まで、すでに残り半日を切っている。
 だというのにそのウイルスは結局、アバターデータを解析できるユイにも、そしてレオですら発見もできなかった。
 PKを行えば延命は可能だが、PKを行うという事はすなわちデスゲーム――榊の思惑に乗るということを意味する。
 そして幸か不幸か、自分たちは戦闘こそ行ったが、PKには至っていない。またレオたちも同様にPKは行っていないという話だ。
 合計七人。たとえ都合よくPKが現れたとしても、この人数全員が延命できるとは思えない。
 つまりこの場にいる全員が生き残るためには、ウイルス自体をどうにかするしかないのだ。
 ………だが、先ほども言ったように、ウイルスに関する手掛かりは何もないままだ。
 レオはこの状況から、いったいどうするつもりなのだろうか。

「わかりました。それではモニターの方を見てください。
 まず皆さんが一番恐れているであろうウイルスについてですが―――」
 レオが頷き、そう告げると同時に、一際大きなモニターが浮かび上がる。
 モニターには簡略化されたPCボディの素体のようなものと、何かしらのパラメータが表示されていた。

「ユイさんの協力の下、僕らのアバターを様々な角度から解析した結果………
 僕らのアバターには、ウイルスは仕掛けられていない、と結論するに至りました」
「はあ!? そりゃ一体どういう意味だよ!」
「そうだぞレオ! ウイルスが仕掛けられていないってことは、時間制限の話は嘘だったってことか?」

 ウイルスは仕掛けられていないというレオの言葉に、ジローとレインが戸惑ったように言葉を荒げる。
 同然だろう。それが事実だとしたら、延命のためにPKを行う必要性がなくなるのだから。
 だがレオは、首を振ってそれを否定した。

「いいえ。残念ながら、制限時間の話は本当でしょう。そんな嘘を吐く意味はありませんから」
「じゃ、じゃあどういう意味だよ。ウイルスが仕掛けられていないなら、どうやって時間切れのヤツを殺すんだ?」
「それは簡単ですよ。ジローさん、パソコンにウイルスが感染する時は、どんな時ですか?」
「どんな時って、そりゃあ……他のパソコンからハッキングされたり、インターネットの変なページ開いたり、あとは………」
「メールの添付ファイル、だな。なるほど、そういう事か」
「そういう事です、レインさん。おそらくですが、主催者はメールを使って、時間切れのプレイヤーにウイルスを送り込んでくるのでしょう」

 レオのその推測に、なるほど、と納得する。
 PKによって延命できる時間は一人につき6時間。そして主催者が送ってくる定期メールも6時間ごとだ。
 ならそのメールにウイルスを添付して送信すれば、時間切れのプレイヤーはウイルスに感染しデリートされることになる。

「そしてメールの本文はともかく、着信時にはメニューウィンドウが強制的に展開されます。
 つまりメニューを開かないという方法では、ウイルスの感染は防げません。
 対策としては、メールそのものを着信拒否するしかないでしょうね」
「着信拒否って、そんなことできんのかよ」
「できなければウイルスに感染して死ぬだけですよ。
 幸いにして、ウイルスメールが来るまであと一回は猶予があります。それまでに着信拒否プログラムを組むしかないでしょう」

 だがプログラムの構築に失敗すれば、PKによって延命するか、ウイルスによって死ぬだけだ。
 あと一回は猶予があるとレオは言ったが、逆に言えば、延命(PK)をしない限り一回しか猶予はないのだ。
 果たしてそれまでに、ウイルスメールへの対抗プログラムを組むことができるのだろうか、なんて心配が心を過る。
 ……が、しかし、そんな心配をしたところでどうにかなるものでもない。
 岸波白野にはその手の魔術師(ウィザード)スキルがなく、ウイルスに関してはレオとユイに頼るしかないのだ。

「ウイルスに関してはこれくらいでしょうか。
 ウイルスそのものへの対策は以降も考えますが、現状ではこれ以上手の打ちようがないわけですしね。
 では次の議題――バトルロワイアルそのものへの対抗策に移りましょう」

 結局ウイルスそのものに対する対策をとることが出来ないまま、話は次の議題へと移ってしまった。
 アバター内にウイルスを発見できなかった以上、それも仕方がないだろう。
 あとはこちらの予想通り、ウイルスがメールによって送信されてくるものであることを祈るしかない。
 それにこちらの議題も重要なものだ。
 たとえウイルスをどうにかできたとしても、バトルロワイアルそのものをどうにかできなければ意味がないのだから。

「それはいいけどよ、こっちはこっちで情報不足だろ。」
「いえ、そうでもありません。
 ウイルスの件と比べれば、こちらは大きく前進しています」
「そうなのか?」
「ええ。と言っても、こちらもやはり、予測の範疇を超えません。
 ちなみに先に言っておきますが、この予測を立てるにあたって、番匠屋淳ファイルを参照しました。
 そのためこの予測は、番匠屋淳ファイルの内容がこのデスゲームと関係していることが前提条件となることを覚えておいてください」

 そのレオの言葉に頷く。
 番匠屋淳ファイルの存在が前提となるということは、逆に言えば、ファイルがデスゲームと何の関係もない場合、レオの予測は的外れなものとなる。
 レオが予測の範疇を超えないといったのはそのためだろう。
 そんな予測を当てにしなければならないほど、自分たちには情報が不足しているのだ。

「僕はこれまでに集まった情報から、このデスゲームには『The World R:1』で起きたある事件――通称モルガナ事件における何かが関係していると予測しました。
 そしてその結果、デスゲームを打破する鍵となるのは、やはりアウラであると結論付けるに至りました。
 そもそもアウラは、『The World』の女神となり得る――言い換えれば、一つのネットゲームを支配できる存在です。
 そんな存在が介入できるような余地を、榊がわざと残しておくとは思えません。あの手のタイプの人間は、自分が支配者であることに拘りますからね。
 そして本当に介入を拒むのであれば、アウラのセグメントを参加者に支給などせず、自分たちで回収・管理しているはずです。
 しかしそうはならず、こうしてその一つが支給されている。という事は」
「そうできなかった理由がある、という事か」
「ええ、その通りです。
 おそらくですが、このデスゲームのシステムを作成する段階で、何らかの理由によりアウラのセグメントが紛れ込んだのだと思われます。
 そして榊たちゲームマスターの用いるシステムプログラムでは、アウラのセグメントに直接的な干渉ができなかった。
 その結果、アウラのセグメントはアイテムとしてプレイヤーに支給されてしまったのでしょう。
 ―――ここで重要となるのが、“アウラの復活を本当に恐れているはいったい誰か”、です」
「そりゃあ榊のヤロウじゃねぇのか? 仮にも女神様だっつうんなら、復活さえできれば、このデスゲームもどうにかできるだろ」
「ええ確かに。ですがそうではありません。
 無論ゲームマスターたちもアウラ復活を恐れてはいるでしょう。
 ですがそれ以上に、アウラ復活が致命的となる存在がいるのです。その存在こそが―――」

 モルガナ・モード・ゴン。『The World』における最初の女神。
 番匠屋淳ファイルに記録されていたモルガナ事件の原因であり、『The World』の管理・運営を行う、『The World』そのものとも言える自律型プログラムだ。
 このデスゲームとモルガナ事件を関連付けるのであれば、アウラを最も恐れているのはモルガナだろう。

「正解です。さすが白野さん、情報の組み立てが見事ですね。
 このデスゲームにはすでに、アウラの断片であるセグメントと、スケィスの存在が確認されています。
 ここに残るモルガナを加えるとすれば、彼女の役割はこのデスゲームを運営するプログラムとなるでしょう。
 要するに、このデスゲームのシステムその物が、アウラの復活を恐れているのです」

 このデスゲームにはすでに、桜たちのようなAIがNPCとして流用されている。
 それと同じように、モルガナも運営システムとして流用された、という事だろうか。
 そしてモルガナが運営システムであるのなら、ゲームマスターにとってもアウラの復活は致命的なはずだ。
 何しろモルガナ事件は、アウラの復活が終わりへの引き金となったのだから。
 システムが同一である以上、このデスゲームでも同様に終わりへの引き金になる可能性はある。

「ってことは、このデスゲームをどうにかするには、やっぱりアウラを復活させればいいのか?」
「いいえ。アウラを復活させるだけで破綻するほど、このデスゲームは甘くないでしょう。
 休憩前に軽く話したように、主催者たちもアウラ復活に対する対策をとっていないはずがありませんから。
 それをどうにかしない限り、アウラ復活は有効な手とはなりえないでしょう。
 そしてその対策の一つが、おそらくはスケィスです。
 スケィスはアウラの追跡者。いわばアウラの天敵のようなもの。一度はアウラをセグメントに分割したことからして、彼女に直接干渉することも可能なのでしょう。
 ならばゲームマスターは、スケィスがアウラのセグメントを回収または破壊するよう仕向ければいい。
 そうすれば自ら手を出すことなく、アウラのセグメントを処分できるのですから」

 そしてそれこそが、このデスゲームにおける対主催生徒会の敗北条件だ。
 アウラのセグメントが回収されてしまえば、デスゲームは滞りなく運営されてしまう。
 そうなってしまえば、残る手がかりはこの月海原学園に隠されていたというダンジョンだけだ。
 それもアウラと違い、確実性はほとんどない。
 だが逆に言えば、それらの対策を突破し、アウラを無事に復活させることができれば。

「あのクソ榊に一泡吹かせられるってわけか」
「ようするに、決して有利じゃないけど、不利ってワケでもないってことだな」
「そういうことです。
 まあもっとも、先ほども言ったように、アウラ復活への対策がスケィスだけのはずがありませんし、これはあくまで予測に過ぎないわけですが」

 しかし、何の手立てもなかった先ほどまでと比べれば、ずっと前に進んでいる。
 それに幸いというべきか、セグメントの一つは自分たちに支給されているのだ。
 これが奪われない限り、敗北条件が満たされることはないはずだ。

「加えて言えば、この番匠屋淳ファイルの存在によって、ある事実が浮かび上がってきます」
「ある事実?」
「このファイルは、聖杯戦争の参加者でなければまず気付けないような、閉鎖されたダンジョンで入手したものです。
 そしてこのダンジョンは、本来なら破棄されていたはずのものであり、存在しないはずのもの。
 その証拠に、ダンジョンにはエネミーこそ存在しましたが、道中のアイテムフォルダは空っぽでした。
 でありながら、デスゲームにおいてはほとんど意味をなさないこのファイルが、ボスエネミーを倒すことによってドロップされました」

 ウイルスによって制限時間を設けられたこのデスゲームにおいて、強力なアイテムの手に入らないダンジョンに潜る利益は薄い。
 なぜなら、ただポイントを稼ぐのであれば、ダンジョンに潜るよりもアリーナで戦う方が、移動の手間が省ける分効率が良いからだ。
 だというのに、わざわざ破棄されたダンジョンの、それもボスエネミーに、戦闘とは関係のないアイテムを持たせておく意味。それは――――

「それはすなわち、ゲームマスターたちは、決して一枚岩ではない、ということを表しています。
 最終的な目的が違うのか、それとも別の理由があるのかはわかりませんけどね」

 隠されていたという事は、それが重要であることを示すと同時に、その存在を誰かに知られたくないという事でもある。
 そしてわざわざデスゲームのマップに隠したという事は、その知られたくない相手とは通常であればマップに下りてこない存在――つまりゲームマスターとなる。
 逆に言えば、プレイヤーに対してであれば、知られたところで大きな問題にはならないと考えている、という事でもある。
 いや、道中のアイテムファイルではなく、ボスエネミーのドロップアイテムとして隠されていたという事は、むしろ知ってほしいことなのかもしれない。

「ならばこのファイルを隠した存在と接触できれば、このデスゲームの核心に迫ることができるかもしれません。
 そしてその存在は、僕たちがダンジョンを突破した時に現れる可能性が高いでしょう」

 ダンジョンの深さは、レオの予想では七から八層。
 エネミーも弱体化しているため、魔力の問題さえ解決できれば、そう時間をかけずに踏破出来るだろうとのことだ。
 つまり対主催生徒会の今後の方針は、ウイルスへの対策と、ダンジョンの探索。
 これに魔力問題の解決と、主催者が仕掛けたアウラへの対策の調査を加えた四つといったところか。
 セグメントの探索とプロテクトエリアの調査は、それらの――特にウイルスの問題が解決してからになるだろう。

「そこにハセヲの捜索も加えろ。
 あんにゃろう、今度会ったら一発ぶん殴ってやる」
「うわぁ……だいぶ怒ってるな……」
「だしかにハセヲさんの事もどうにかしなければいけませんね」

 それにシノンの事も心配だ。
 彼女はハセヲを追いかけていたが、無事に追いつけたのだろうか。

「では、ハセヲとシノン、両名の捜索も追加ですね。
 ウイルスについての問題も、彼らと話し合わなければいけませんし」

 確かにその通りだ。
 たとえメールの着信拒否によるウイルス対策が成功したとしても、現在それを知っているのは自分たちだけだ。
 シノンたちが今どういう状態なのかはわからないが、もしPKを行っていないのであれば、残り時間は半日を切っていることになる。
 ウイルスの発動を阻止するためにも、彼女たちと急いで合流する必要があるだろう。

「シノンといえば、あの娘、なかなかに愛らしい容姿をしておったな。
 あの耳といい、あの尻尾といい。何時ぞや出会った麗しのアタランテの系譜かと思ったぞ。
 あの娘に火急の用さえなければ、余のハレムに加えて存分に愛でてやりたかったところだ」
「なるほど。シノンさんはそんなおもしろ……いえ、可愛らしい容姿をしているのですか。それはぜひとも見てみたいものです」

 シノンの事を思い出したのか、セイバーがそう感想を口にし、それにレオが好奇心を示す。
 それを聞いて、この場にシノンがいなかったことに思わず安堵した。
 今彼女がここにいれば、今頃セイバーたちにどんな目に合わされていたことか。

「あらあらセイバーさんったら、まさかの浮気発言ですか? そんな事でよくご主人様を自分の物だーなんて言えたものですね。
 やはりご主人様に相応しいのはこの私。たとえ何があろうとご主人様一筋な、純情狐のタマモにございましょう」
「浮気とは失敬な! 余は遍く全ての市民を愛する、博愛の皇帝であるぞ。
 正妻の座に余がいるのであれば、愛人を一人や二人、余は広い心を以て受け入れる。故に、余も自分のハレムを作ってもよいのだ!」
「うわあ……。なんて王様発言でしょう。さすが皇帝特権:EX(チートスキル)を持つ人は言うことが違いますね」
「うむ! そうであろうそうであろう! もっと褒めるがよい!」
「ですから褒めてませんってば」

 そこへキャスターがからかう様な発言をし、またもセイバーとの言い争いが始まる。
 その光景に違和感を覚えなくなってきたあたり、自分も慣れてきたなぁ、と何となく思った。

 そんな風に今後の方針を纏めていると、ジローが不意に、あ、と声を漏らした。

「……なあレオ。そういえばこの会議って、榊たちに聞かれてないよな。ほら、盗聴とかログとか、そんな感じのでさ。
 モルガナの事とかファイルの事とか、あいつらに聞かれたらまずいと思うんだけど。
 最悪の場合、榊たちが直接俺たちを消そうとするんじゃないか? いきなりウイルスメールを送ってくるとかさ」

 そう言われてみれば、確かにその通りだ。
 ここは電子世界。相応の処理能力があるのなら、履歴を辿ることは難しいことではない。
 ましてやこのデスゲームの規模を考えれば、その手の監視プログラムはあって然るべきだろう。
 だがそれを聞いたレオは、余裕の笑みを崩さない。

「確かにその可能性がないとは言い切れません。
 一応監視への対策は講じてありますが、ゲームマスター相手にどこまで有効かもわかりませんしね。
 そしてウイルス自体への対策ができていない以上、そうなれば僕たちはお手上げです」
「おい」
「ですが、その可能性は低いと僕は見ています。
 なぜならこのデスゲームは、あくまでバトルロワイアルだからです。
 ゲームマスターたちの目的は不明ですが、わざわざPvPという形をとった以上、何かプレイヤー同士を殺し合わせる理由があるはずです」

 近い例でいえば、岸波白野たちが経験した聖杯戦争だ。
 あの戦いも月の聖杯(ムーンセル)を巡って、マスターたちが殺し合う生存競争だった。
 もっとも、わざわざモルガナをシステムに使っている以上、このデスゲームはムーンセルによるものではないとは思うが。

「それにゲームマスターが実力行使に出るのであれば、むしろ好都合です」
「好都合って、なんでだよ」
「簡単ですよ。モルガナの事もファイルを隠した存在の事も、あくまで予測に過ぎず、確証などないからです。
 だというのにゲームマスターが動いてしまえば、それは僕たちの予測が正解であることの証明になってしまう。
 故にゲームマスターは、直接的な対策を講じることができません。
 なぜなら最悪の場合、このデスゲームはプレイヤー同士の殺し合いではなく、プレイヤーとゲームマスターの戦いとなってしまうのですから」

 ゲームマスターには、プレイヤー同士を殺し合わせる何らかの理由がある。
 だというのにPvPがPvGMとなってしまえば、先ほどとは違う意味でこのデスゲームは破綻する。
 デスゲームを企画したゲームマスターからすれば、それも避けたい事態の一つのはずだ。
 ゆえにゲームマスターは、直接的な手出しは可能な限り避けるだろうとレオは語る。

「それに、危険だからという理由で足を止めては、このデスゲームを打破することは出来ません。
 いいですかジローさん。挑むこと自体に価値の有る窮地。それをいわゆる逆境と呼ぶそうですよ。
 そして逆境とは超えるために現れるもの。諦めさえしなければ、運命は覆し得るんです。
 ―――聖杯戦争の決勝で、白野さんが僕を倒した時のようにね」
 いつかどこかで聞いた誰かの言葉。
 それをレオは、何かに想い馳せるように口にする。

 岸波白野(最弱のマスター)とレオ(最強のマスター)によって行われた、聖杯戦争の決勝戦。
 自分にとっては勝てるはずのなかった、レオにとってはは負けるはずのなかった戦い。
 その定理が覆り敗北を知った王は、ほんの少しだけ、だが確かに何かが変わったのだろう。
 ―――と、そんな風に干渉を懐いていると。

「――――おや?」
 不意に生徒会室に、謎の電子音が響き渡った。
 これは何の音か、とレオに尋ねる。

「校門に仕掛けておいた警報(アラーム)の音です。
 白野さんの出迎え準備ができたのも、これのおかげなんですよ。
 ………そしてどうやら、招かれざる客が来てしまったようです」
 レオがそう口にすると同時に、モニターに校門の映像が映る。
 そこには、黒いスーツを纏いサングラスをかけた男の姿があった。
 ――エージェント・スミス。
 その男は、シノンから聞いたPKと特徴が一致している。

「うげ、マジかよ……」
「早速ヤベェのが来やがったか……!」
 ジローが顔を引き攣らせ、レインが戦慄とともにそう口にする。
 シノンから聞いた話では、スミスにはゼロ距離または視覚外から以外の銃撃が通じないという。
 射撃攻撃を主体とするらしい彼女からすれば、スミスは天敵もいいところだろう。

「白野さん、カイト、迎撃をお願いします。僕はここでジローさんたちを守ります」
 岸波白野へと向き直ったレオが、そう指示を出してくる。
 レオが自分とカイトへと声をかけたのは、スミスが同時に複数人存在できるからだろう。

 現在モニターに映っている男は一人だけ。
 あの男がスミスだと確定したわけではないが、もしそうならば、他のスミスがどこかに隠れているという事になる。
 その場合、非戦闘員のジローやユイ、スミスが天敵となるレインを守る人間が必要になる。
 そこで単騎での戦闘能力に最も優れているレオたちがユイたちを守り、複数のサーヴァントを従える岸波白野がスミスの相手をするのが適任となるのだ。

 問題は――――スミスを撃退するまでに、岸波白野の魔力が持つかどうか、という事なのだが。

「レインさん。白野さんに、あの礼装を渡してください」
「礼装? ああ、あれか。ほらよ」
 レオの言葉で、レインからその礼装が手渡される。
 受け取った礼装の名は、【赤の紋章】。聖杯戦争中、エネミー300体を撃破した記念にアーチャーがくれた礼装だ。
 その効果の〈boost_mp(150); 〉は、装備者のMPを150上昇させるというものだ。岸波白野が装備すれば、最大MPが1.5倍にもなる。

「ほほう。アチャ男さんってば、ご主人様にそんなものをお渡ししていたんですか。
 ですが! 礼装の効果は私のプレゼントした【妖狐の尾】の方が上。つまりこの戦い、私の勝利です!」
「なんと! アチャ男だけではなくキャス狐まで奏者に礼装をプレゼントしていたというのか!?」
「ええ。被ダメージ合計30万突破記念に、私の尾っぽの欠けた部分をちょちょっと加工したものを。
 そういうセイバーさんは、ご主人様にどんな礼装をプレゼントなさったのですか?」
「ぬ! そ、それはだな………あ、あれだ! 余を誰と心得る! 世界に名立たる第五代ローマ皇帝だぞ!? そこはむしろ、奏者が余にアイテムを贈るべきであろう!」
「黄金率・皇帝特権乙。まあもっとも、セイバーさんじゃ何を作ったところで合体事故を起こすのがオチでしょうけど。
 というわけで、ロクな贈り物もできない皇帝様は、購買部で強化体操服でも買っておいてくださーい」
「ぐぬぬぬっ……、む? いやまてキャス狐。貴様今、被ダメージと言わなかったか?
 ……という事は、まさかとは思うが、奏者がどんな雑魚やサーヴァントであろうと常にピンチだったのは、貴様のように礼装をプレゼントされることを期待してのことだったのか?」
「いやまさか。ご主人様に限ってそんなこと………なくもない、のかな?
 ご主人様ってば、こう見えて意外とSっ気がありますし。当事者兼被害者的に」
「どうなのだ奏者よ。事と次第によってはただではおかんぞ!」

 アーチャーと別れてから、すでに半日近くが経過している。
 慎二と行動を共にしている彼が、今どこで何をしているのか。それを知る術は自分にはない。
 その事を少し心細く思っていたのだが、この礼装があると、彼が支えてくれているような気がして安心できた。

「こらー! 無視するでなーい!」
「はいはい、敵も迫ってますし、コントはそこまでにしてそろそろ向かってくださいね」
「ぬぅ、致し方あるまい。だが忘れるな。あ奴を追い払った後で、じっくり話を聞かせてもらうからな!」
 レオの言葉に頷き、カイトに声をかけて生徒会室の扉に手をかける。
「ハクノさん、あの……」
 するとユイが、不安そうな表情で声をかけてきた。

 思えば、このデスゲームが始まってから今まで、ユイはずっと岸波白野と行動を共にしてきた。
 同じ学園内とはいえ、こうして別行動――それも戦闘を行うのは、彼女にとって大きな不安なのだろう。
 そんな彼女に対し、自分は――――

   安心してほしい。
  >ヘレンを頼んだ。

 現状、ヘレンと意思の疎通ができるのはユイだけだ。
 キリトのことで不安はあるが、自分やカイトが離れる以上、サチ/ヘレンを任せられるのはユイしかいない。
 それに自分は、岸波白野にできることをするだけだ。だからユイも、自分にできることを頑張ってほしい。

「! はい。ハクノさんも、頑張ってください!」

 その言葉に、頑張ってくる、と返し、今度こそ生徒会室を後にした。


     7◆◆◆◆◆◆◆


 カイトとともに生徒会室を後にし、急ぎ階段を駆け下りる。
 しかし一階に到着した時には、男はすでに昇降口へと辿り着いていた。

「ふむ。その様子では、どうやら私を歓迎しているわけではないようだな」
 警戒を顕わにする岸波白野の様子を見てか、男はそう口にした。
 だがそこには、驚きも困惑も、警戒を解こうとする様子もない。
 そんな男へ、ここへ何しに来たのか、と尋ねる。
 男は少なくとも、味方ではない。咄嗟の動きに対応できるよう細心の注意を払う。

「そうだな。強いて言えば、“仲間”を増やしに来た」
 そう口にする割には、男の表情はひどく冷めていた。
 言ってしまえば、岸波白野への関心がまるでない。
 むしろサングラスに隠れたその視線は、自分の背後にいるカイトへと向かっているような気がした。


 ――――“仲間を増やしに来た”、と男は言った。
 ではその仲間とはいったい何なのか。

 普通に考えれば、非戦闘区域となっているこの学園で集まるだろう仲間は、榊に反抗する人物のはずだ。
 なぜなら学園内にいるプレイヤーは、基本的に戦いを避けようとする人間のはずだからだ。
 そして逆に、デスゲームに乗った人物が手を組もうというのであれば、わざわざ学園内に来る必要はない。
 なぜならペナルティを厭うPKならば、学園の外から内の様子を探っているはずだからだ。

 だがこの男からは、学園内にいながら、戦いを避けようという気配がまるで感じられない。
 好戦的、とは少し違う。あえて言えば、やはり無関心。
 この男はモラトリアム中の学園内のルールなど、まるで気にも留めていないのだ。
 そんな男が捜している仲間とはいったい何なのか。
 それを探るために、最後の質問を投げかける。

  >1.あなたの名前を……教えてほしい。

「スミス。私の名前は、スミスという」

 ッ――――――!
 確定した。この男は間違いなく、シノンが警告していたPKだ。
 そしてこの男の言う仲間とはすなわち、“この男自身”に他ならない………!

「ふむ。その様子からすると、どうやら君たちは、すでに私のことを知っているようだな。
 だが同時に、私の存在を教えた人物はここにはいないらしい。
 あのハセヲという少年か、それともシノンか、あるいはアンダーソン君か……。
 私のことを教えた人物が誰かは知らないが、まあいい。それは君たち自身に聞くことにしよう。
 ――――君たちを、“私”へと上書きしてね」
 もはや隠す気もないのか、男――スミスは嗜虐的な笑みを浮かべながらそう口にする。

 ――――危険だ。
 やはりこの男は、モラトリアムのペナルティなど気にも留めていない。
 そう戦慄するとともに、いっそうスミスへの警戒を強める。
 だが――――

「いいのかね? “この私”にばかり意識を向けていて」

 スミスがそう口にした瞬間、ドガン、と上階から激しい音と振動が響いてきた。
 何事か、と思わずそちらへと意識を向けた。
 直後、ガゴン、と激しい金属音が響き渡った。
 慌てて振り返れば、保健室へと通じる廊下が“下駄箱によって封鎖されていた”のだ。
 そのことに驚愕する間に、金属音はさらに三度連続で響き渡る。
 見渡せば、反対側の廊下、外へと通じるガラス戸もまた、下駄箱によって封鎖されていた。

「まあ、こんなものか。これでNPCは、この戦いを見つけることは出来まい」
 下駄箱を使い一瞬で昇降口を封鎖した男は、両手をはたきながらそう口にした。

 なるほど。確かにこの状態ならば、NPCが昇降口の様子を確認することは出来ないだろう。
 驚くべきはその身体能力。
 よくよく見れば、下駄箱には殴り飛ばしたような、あるいは握り潰したような跡が見て取れた。
 つまり男は、ただその怪力のみで、四つもの下駄箱を瞬時に移動させたのだ。

 ……だが、重要なのはそんなことではない。
 問題なのは、先ほどから上階で響き続けている戦闘音。
 そしてシノンから聞き及んだスミスの能力が真実だとすれば、答えは一つだ。
 自分は――――

   レオを信じる
   生徒会室へと向かう
  >カイトに頼む

 カイトへと、ユイたちを助けに向かうよう指示を出す。
「……………………」
 その指示にカイトは頷き、封鎖された昇降口の唯一の出入り口。自分たちが下りてきたばかりの階段へと駆け戻る。

 生徒会室にはレオとガウェインがいる。
 二人の戦闘能力を考えれば、たとえスミスが何人いようと一掃できるだろう。
 だがしかし、あそこにはユイやサチ/ヘレン、ジローにレインまでもいる。
 戦闘能力のないユイたちを守りながらでは、さすがのレオたちでもカバーしきれない可能性もある。

「ほう。あの少年を向かわせた、という事はつまり、君が私の相手をする、という事だね」
 スミスはそう口にすると、ようやく岸波白野へとその関心を向けた。

 その視線に、ザワリと背筋が泡立つ。
 サングラス越しでありながら、男の視線はあまりにも無機質だった。
 あり大抵に言えば、“こちらを人間として見ていない”。そんな感じがする。
 ……いや、違う。
 シノンの話によれば、スミスはAI。そしてその関心は、未知のプログラムへと向けられているらしい。
 つまりスミスは、岸波白野を何の特別性も持たない、“無価値な人間”だと判断しているのだ。

 ……スミスの問いに答えるように、一歩強く踏み出す。
 確かに岸波白野には、レオのような特別な才能はない。
 カイトのように戦うこともできないし、ユイのような解析能力もない。
 ……けれど、岸波白野の価値を決めるのはおまえじゃなない。最後に“自分の価値”を決めるのは、自分自身の気持ちのはずだ……!

「そうか。ならば見せてもらおうではないか。君の定めた、“自分の価値”とやらを」
 そう宣告すると同時に、スミスが岸波白野へと勢いよく踏み込む。
 その一歩だけで、昇降口の床が砕け散る。

 対する岸波白野には、当然戦う力などない。
 だが――――と、左手に刻まれた令呪(きずな)を強く意識する。
 たとえ岸波白野に戦う力がなくとも、自分には誰よりも信頼し、助け合ってきた仲間たちがいる!
 だから自分は――――

   頼む、セイバー!
   頼む、キャスター!

 ――――いつだってその名前を呼び続ける!

      §

 ――――一方、少し時間を遡り。

「頼みましたよ、白野さん」
 岸波白野の出て行った扉に視線を向けながら、レオは小さくそう呟いた。
 その声が聞こえたのか、レインは怪訝そうな視線をレオへと向ける。

「なあレオ、本当にあの兄ちゃんに任せて大丈夫なのか?
 聖杯戦争でレオに勝ったっていうけどよ、とてもそうは見えないぜ?」
「確かに純粋な実力でしたら、白野さんより僕の方が上でしょう。魔術師(ウィザード)としてのスキルはもちろん、サーヴァントの能力もね」
 たとえ岸波白野のサーヴァントが三騎揃っていようと、実力で負けることはない、とレオは語る。
 それは紛れもない事実だ。それほどの実力差が、両者の間には存在する。

「ですが、白野さんの真価は単純な能力にはありません。
 相手の能力・思考を見極め、適切な指示を出す戦術眼。どのような窮地であっても前に進もうとする諦めの悪さ。
 逆境での大一番こそが、白野さんの得意分野です。彼が本気を出せば、互いの戦力差なんてお構いなしですよ」
「なるほどね」
 そうレオへと返すレインの脳裏には、一人のバーストリンカーが浮かんでいた。

 シルバー・クロウ。
 彼もまた、ここぞというところで強い爆発力を発揮する人間だった。
 岸波白野はそんな彼と同じ、普段は頼りなくとも、一番大事なところで仲間を支えてくれる人間なのだろう。

「それはそうとさ、俺たちも何かした方がいいんじゃないか?
 キシナミだけにあいつの相手を任せるってのもあれだろ」
「もちろんその辺りのことは考えてあります。エージェント・スミスの能力を考えれば、白野さんだけに任せるのはむしろ悪手でしょう。
 僕たちがすべきことは、他のスミスの存在を警戒しつつ、スミスの増殖能力への対抗策を探すことです。
 これをどうにかしなければ、たとえ何人スミスを倒そうと無意味ですからね」

 たとえその場にいた全てのスミスを倒したとしても、他の場所に一人でも生存していれば、その一人を起点にスミスは無限増殖していく。
 加えて全てのスミスを倒し尽すには、その戦闘能力が高すぎる。
 そんなスミスを倒すには、増殖能力そのものをどうにかするしかない。

 そしてこのデスゲームは仮にも“ゲーム”だ。
 無限増殖などというバランスブレイカーを、ゲームマスターがそのままにしておくはずがない。
 必ず何か対策が施してあるはずなのだ。
 ならば自分たちは、岸波白野が戦っている間にその対策を見つければいい。
 そのためには、岸波白野と接触中のスミスのデータを解析する必要がある。
 ゆえにレオはそれを行おうとコンソールを開き、

「っ!? エージェント・スミスと同一のプレイヤー反応が急速に接近! 位置は……上からです!」
「伏せてください!」
 唐突に放たれたユイの警鐘に、咄嗟にそう指示を下す。
 直後。
 ドガン、という激しい音とともに、生徒会室の天井が崩落した。

「ガウェイン!」
「ハッ!」
 即座に下される迎撃命令。
 粉塵が晴れ、天井からの侵入者が姿を現すよりも早く、太陽の聖剣が薙ぎ払われる。
 放たれた一撃は激しい剣戟を鳴り響かせ、粉塵諸共に侵入者を弾き飛ばし、勢いよく生徒会室の壁へと激突させる。
 その激しい衝撃に壁が崩壊し、瓦礫となって侵入者を埋め潰す。

「やったか!?」
「いえ、防がれました。手応えはありません」
「な、マジかよ!」
「皆さん、今のうちに退避を!」
「行きましょう、ヘレンさん!」
「――――――――」
 レオの指示に従い、ジローたちは急ぎ生徒会室から駆け出す。
 その背後からは、瓦礫が除けられ、崩れ落ちる音がした。

「ちっ! 一体どうやって入ってきやがった!」
「上ってことは、もしかして屋上からか? 最初からそこに隠れてたのか!?」
「いえ、違います。プレイヤーの反応は、さらにその上から接近してきました。つまり―――」
「空、ですね。単なる跳躍か、それとも飛行能力か……どちらにせよ、敵の能力はこちらの想定を上回っているようです」
 こうなった以上、白野さんと合流します。下階へと急いでください」

 敵の能力はこちらの地的優位を完全に上回っている上に、ペナルティも気に留めていない。
 拠点をいきなり崩された以上、このまま別行動をとっているのは危険だと判断し、レオたちは階段へと急ぐ。

「喝! お前たち、廊下は走るな!
 それと、今の騒音は―――何事ぉ!?」

 そんなレオたちの様子を見咎めた、階段前の廊下に佇んでいた柳洞一成が声を荒げた。
 直後、階段前の廊下の天井――すなわちレオたちの直上が、轟音とともに崩落した。

「っ!」
「キャッ!?」
「――――」
 レオは咄嗟に飛び退き、ユイとサチ/ヘレンもどうにか瓦礫を回避する。
「うわぁ!?」
「チィッ……!」
 だが一般人の範疇を超えない次郎は咄嗟に反応できず、レインが横から突き飛ばすことで瓦礫から逃れる。

「き、貴様! 神聖なる学び舎に何という事を、おおぉお――――!?」
 天井を崩落させた存在へと、柳洞一成が声を荒げて詰め寄る。
 だがその存在は一成の言葉など意に介さず、その胸倉を掴んで窓から外へと投げ捨てた。
 ………即ち、この場でペナルティを与える存在が退場させられた、という事だ。

 割れた窓ガラスから風が吹き込み、粉塵が晴れる。
 現れたのは、黒いスーツにサングラスをかけた一人の男。先ほど生徒会室のモニターに映し出されていた侵入者、エージェント・スミスだ。
 同時に背後の生徒会室から、黒いスーツにサングラスをかけた男、エージェント・スミスがもう一人現れる。
 しかも両者とも、その手に緑色の銃剣を構えている。

「まずいですね」
 分断された、とレオは呟く。

 状況は最悪だ。
 先ほどの崩落によって、ジローとレインは屋上へ通じる階段の方へと投げ出された。
 そして自分たちとジローたちとの間には、エージェント・スミスが立ち塞がっている。
 加えて自身の背後にもエージェント・スミス。迂闊に動けば、背後から攻撃されるだろう。
 一方をユイとヘレンに任せるとしても、ジローたちを助け出すには一手足りない。
 ならば―――助け出すことができないのであれば、自力でどうにかしてもらうしかない。

「ジローさんとレインさんは屋上へ退避を! ここは僕たちが抑えます!」
「ちっ、仕方ねぇ。おい、行くぞジロー!」
「あ、ああ。レオ、負けんなよ!」
 二人はレオの指示に頷き、階段を駆け上る。
 それを見届けつつ、レオは更なる指示を下す。
 その視線はすでに己が敵へ、彼の騎士はとうに聖剣を構えている。

「ユイとヘレンは生徒会室側を任せます。階段側は、僕とガウェインが」
「はい、任せてください!」
「――――――――」
 ユイを背後に、サチ/ヘレンが剣を抜き放つ。
 型も何もない、完全な自然体。まともな剣技など、とても期待できない。
 されどAIDA-PCたる彼女の反応速度・適応能力は、一般PCをはるかに上回る。
 そこにユイの支援が加わるとなれば、まず負けることはないだろう。
 ………相手が、並大抵のプレイヤーであるのなら、の話だが――――。

 頭上から再び轟音が響く。
 今度は天井の崩落はない。だが、微かにだが銃声が聞こえた。

「どうやら、時間をかけている暇はないようですね」
 エージェント・スミスがまた一人現れたことは、想像に難くない。
 逃げ場のない屋上で、ジローたちが一体どれだけ生き延びられるか。

「……ならば、即急に終わらせましょう。
 ―――ガウェイン」
「御意」
 己が主の命に、ガウェインが一足でエージェント・スミスへと肉薄し、聖剣を振るい。


 同時にもう一方のエージェント・スミスが、サチ/ヘレンへと銃撃を行い、その手の剣によって防がれる。
 その攻撃に呼応し、サチ/ヘレンは戦意、あるいは警戒を表すように、その体に黒い泡を纏わせる。
 サチに感染しているAIDA <Helen>は、現在サチが懐いている感情……すなわち、『死にたくない』という恐怖を行動の起点としている。
 ゆえに、サチへと攻撃を行った存在――エージェント・スミスは、ヘレンにとって完全な敵性存在となったのだ。

「ク…………」
 対するエージェント・スミスに貌には凄惨な笑み。
 それはまるで、自分たちなどまるで相手にならないと見做しているかのよう。

「行きますよ、ヘレンさん!」
「――――――――」
 ユイの声に従うように、サチ/ヘレンは剣を構え、エージェント・スミスへと接近する。
 その様子を見届けながら、ユイはこの場で自分にできることを模索し始めた――――。

      §

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ………」
 全速力で階段を駆け上がり、屋上へ通じる扉を開け放った。
 短距離とはいえ、上りでの全力疾走にジローの息が乱れる。

「は、情けねぇぞおいジロー。この程度で息乱すとか、あんたホントに、野球部か?」
「な、なんだと! そう言うニコだって、息乱してるじゃないか」
 同じように息を乱したレインの悪態。
 それに言い返しつつ呼吸を整え、なんとなしに視線を空へと向けた。
 校舎内の騒動など無関係とばかりに、視界に広がるのは一面の蒼。そこに浮かぶ、一点の黒。

「へ?」
 思わず間の抜けた声を上げる。
 青空に浮かんだ黒い点は急速にこちらへと接近し、構内へ通じる扉へと轟音とともに着弾した。

「うわぁ!?」
 ジローは衝撃に吹き飛ばされるが、即座に起き上がって屋上の出入り口へと視線を向ける。
 そこにはやはり、黒いスーツにサングラスの男、エージェント・スミスがいる。

「チィッ!」
 その姿を見たレインは舌打ちをし、ストレージから一丁のみのDG-0を取り出し、スミスへと向け引き金を四度引く。
 だがしかし、放たれた弾丸はスミスの残像を残すほどに素早い動作によって、その悉くが回避される。

「ちっ、やっぱ無駄か」
 聞き及んでいた通りの回避能力。
 たとえインビンシブルを使用したとしても、その攻撃のほとんどは回避されるだろうし、そもそもこの距離では貼りつかれて破壊されるのがオチだ。
 それにそもそも、この屋上では足場が崩落する危険性だって存在する。
 一応知覚外、またはゼロ距離からの射撃なら有効とは聞いているが、それを可能とするだけの運動能力が自分たちにはない。

「さて、どうすっかね」
 まさに絶体絶命。
 攻撃がまともに効かない敵を相手に、いったいどう戦えばいいというのか。
 ―――その答えはいたって単純。

   A.戦う
  >B.逃げる
   C.諦める

「どうするもなにも、こうするしかないだろ―――!
 そう声を荒げながら、ジローはレインの腕を掴んで駆け出す。
「じ、ジロー、テメェまさか!?」
 戦って勝てないなら、逃げるしかない。
 そしてこの屋上にある逃げ場は、一つだけだ。
 向かう先は屋上の端。それも、レインの攻撃によって、フェンスの壊れた地点。

 躊躇っている暇はない。
 二度味わったその恐怖を振り払うように、ジローは勢いよく屋上の縁から飛び出した。
 ――――十坂二郎、本日三度目の屋上からのダイブであった。


「っ、てててて。三度も落ちりゃ、さすがに慣れるもんだな」
 中庭の木をクッションにして落下の衝撃を和らげ、慣れた要領で素早く地面へと降りる。
「ッ……つぅ。あたしは慣れたくねーぞこんなの!」
 続いて降りてきたレインを受け止め、即座にその場から駆け出す。
 目指すは昇降口。そこでは今、岸波白野たちがスミスと戦っているはずだ。
 もちろん、自分たちが行っても、彼らに余計な負担をかけるだけだと思う。だが自分たちだけで、あのスミスをどうにかできるわけでもない。

 屋上を見上げてみれば、そこには自分たちを見下ろすスミスの姿。
 あんな突撃ができるのだ。あの男にとってはこの程度の高さ、大したものでもないだろう。
 だというのにすぐに追ってこないのは、その余裕の表れか。
 ならばその余裕の間に、キシナミたちのところへと辿り着く……!
 ――――しかし。

「な……うそ、だろ……?」
「おいおい、マジかよ……」
 キシナミがいるはずの昇降口は、下駄箱と思われる金属によって完全に塞がれていた。
 その事実に思わず呆然とする。これではキシナミと合流することができない……!

 だが、そう二人が放心している間に、スミスはすでに動き出していた。

「しまっ、ガッ―――!?」
「うわっ、ぐえっ……!?」
 背後から響く、ズシンという落下音。
 慌てて振り返ったその瞬間、伸ばされた両手に首を掴まれ、引きずられる。
 そしてある程度進んだところで、勢いよく投げ捨てられる。

「げほっ、ごほっ……ッ」
 咳き込みつつも急いで立ち上がり、周囲を見渡す。

 まず、月海原学園の裏門にスミスが立ち塞がっている。
 そして自分たちが今いるのは道路上。つまり学園(ペナルティエリア)の外だ。
 門をスミスが塞いでいる以上、学園内に戻るには、スミスを倒すしかない……!

「はっ。結局やるしかねぇってわけだ」
「ごめん、ニコ」
 あの時、屋上から逃げ出さず戦っていれば、あるいはレオが助けに来てくれたかもしれないのに、とジローは謝る。

「ハッ、んなこと気にしてる場合かっつーの。今はとにかく、生き延びることを考えろ」
 だがレインはそんなジローを鼻で笑い、DG-0を投げ渡しながら一歩前へと出る。
 覚悟を決めた、という事だろう。
 その少女の小さな背中が、ジローには不思議と大きく見えた。

「……ああ、そうだな。二人一緒に、絶対に生き延びてやるぞ!」
 受け取ったDG-0を構えながら、ジローもまた、一歩前へと踏み出す。
 自分も男だ。たとえレインが自分より強かったとしても、年下の女の子に守られてばかりじゃいられない。

「最後の会話は終わったかね。ならば始めるとしよう」
 そう口にして、スミスが自分たちへと歩き出す。

「行くぞ、ニコ!」
 それに応戦するように、ジローがDG-0の銃口をスミスへと突きつけ。
「テメェが仕切ってんじゃねえよ――――バースト・リンク!!」
 スカーレット・レインが紅い装甲を纏い、スミスへと向けて駆け出した。


 こうして今ここに、対主催生徒会の戦いが始まったのだ――――。


 やる気が 3上がった
 体力が 5下がった
 こころが 1上がった


next Action;交戦

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最終更新:2015年11月18日 01:11