8◆◆◆◆◆◆◆◆
>頼む、セイバー!
頼む、キャスター!
「任せよ! 一蹴に伏してくれる!」
岸波白野の声に応じるように、虚空から紅い人影が出現する。
その人影――薔薇色のドレスを纏い、炎のような大剣を構えた少女――セイバーは、現れた勢いのままにスミスへと切りかかる。
「ぬ!?」
突如現れた存在からの一撃を、スミスは驚きを浮かべつつもその左腕で受け止める。
だが仮にも剣の英霊の一撃。スミスはその一撃を受けきれず、大きく弾き飛ばされる。
「む!? この妙な手応え……」
対するセイバーは、油断なくスミスを警戒しつつも顔を顰めていた。
彼女自身が口にしていたように、スミスへと加えた一撃の手応えがあまりにも奇妙だったからだ。
第一に、スミスはセイバーの一撃を、躊躇うことなくその腕で受け止めた。
これは自身の防御力に自信があるのであれば、そうおかしなことではない。
だがそれでも、生身で受けるようなことは普通行わない。盾や籠手などの防具によって防ぐだろう。
だがスミスは、明らかにその肉体だけでセイバーの一撃を受け止めたのだ。
そして第二に、セイバーがスミスの左腕を切りつけた時、その攻撃に対する強い反発力が感じられたのだ。
それは純粋な物理強度によるものではなく、何かしらの概念による抵抗だった。
だからだろう。セイバーの一撃を生身で受けたにもかかわらず、スミスの左腕はいまだに胴体と繋がっていた。
傷を負い血こそ流れているが、おそらく動かすことに支障はないだろう。
「なるほどな。己が肉体に加え、その奇妙な“守り”が貴様の武器というわけか」
スミスに傷を負わせることができたのは、セイバーがサーヴァントであるが故。
他のプレイヤーでは、よほど強力な武器か、あの“守り”を抜く何かを用いない限り、スミスに傷を負わせることは困難だろう。
加えて先ほど垣間見せた身体能力。生半可な防御では貫かれ、容易くHPを全損することだろう。
……そんな存在が半ば無限に増殖するというのだから、真正面から普通に戦っていてはまず勝ち目はない。
ここはやはり、スミスへの対抗策をレオたちが見つけてくれることを期待するしかない。
……問題は、そのレオたちもまた、別のスミスに襲われている可能性があるという事だが…………。
その問題を、深呼吸をして頭の隅に追いやる。
すでに
カイトに託している以上、彼らに対し自分たちができることは何もない。
今は目の前にいるスミスを倒すことに集中しよう。
岸波白野はそう考え、目の前に待機するセイバーへと指示を与えた。
「――――――――」
対するスミスも、唐突に表れたセイバーを警戒し、その様子を観察していた。
この少女は何者なのか。
少年の呼びかけとともに、虚空から唐突に表れたこと。
半ば不意打ち気味だったとはいえ、自身の守りを超えるほどの攻撃力。
どちらも決して侮れるものではない。
現在現在解っていることは二つ。
この少女はその気配からして、現在三階で“別の自分”と戦っている騎士と同じ存在であり、
そして同時に、その背後に控えている少年と浅からぬ関係がある、という事だけだ。
「少し、君に興味がわいたよ、少年」
一見ではNPCと大差ない容貌だというのに、こんな所にも未知はある。
――――ならば。
この未知に溢れた世界を支配できれば、いったいどれほどの力が得られるのか。
それを思い、ほんの少しだけ、スミスは榊に感謝したくなった。
システムアシストに従い、【静カナル緑ノ園】を取り出し構える。
戦いを紅い少女へと任せた以上、少年の戦闘能力は低いと思われる。ならば少女を無力化してしまえば、少年を上書きするのは容易いだろう。
少女の正体と少年との関係は、そうして上書きした後で確かめればいい。
そう判断を下し、スミスは紅い少女――セイバーへと向け銃剣の引き金を引いた。
§
「――――はっ!」
スミスの銃剣から二度三度と放たれる弾丸を、セイバーはその大剣で事も無げに防ぐ。
ただの銃撃では、その弾丸をセイバーに届かせることなどできはしない。
そのことをスミスも理解したのか、銃撃はすぐに止む。
「返上するぞ!」
同時にセイバーがスミスへと距離を詰め、その大剣で薙ぎ払う。
「ぬうん……!」
その一撃をスミスは銃剣で防ぎ、怪力を以て強引に受け流す。
即座に翻る真紅の大剣。
スミスが反撃に転じるよりも早く、セイバーがその刃を袈裟に振り下ろし、そのまま体を回転させさらに一閃する。
だがスミスは一撃目を弾き、続く二撃目を大きく体を沈めることで回避。そしてその姿勢から勢いよく銃剣を振り上げ、セイバーへと切りかかる。
対するセイバーは再度大剣を振り下ろすことでスミスの反撃を迎撃する。結果大剣と銃剣が激突し、その衝撃で両者ともに弾き飛ばされる。
「ぬぅ……貴様、なかなかやるではないか」
僅かに悔しげな表情を浮かべながら、セイバーはそう声を漏らす。
セイバーはサーヴァントだ。その戦闘能力は人間では及ぶべくもない。
ましてや真正面から戦いを挑むなど、普通に考えれば勝負になるはずがない。
だというのにスミスは、真正面からセイバーと打ち合って見せた。
おそらくスミスを守る“力”が理由だろうが、それでも驚嘆に値する。
「だが―――ただ力が強い、ただ守りが堅い程度では、余と奏者を倒すことなどできん。
それを我が剣を以て教えてやろう。―――覚悟せよ!」
スミスへと剣を突き付け、そう宣言するや否や、セイバーは一足でスミスへと接近した。
「天幕よ、落ちよ! ―――“花散る天幕(ロサ・イクトゥス)”!」
高速の踏み込みから放たれる強烈な一閃。
「ぬ! ぐっ……!」
スミスは咄嗟に銃剣を盾にし、真紅の軌跡を残す一撃を防ぐ。
だがその衝撃に、次の動作が一瞬遅れ――その隙に、セイバーが更なる一撃を繰り出した。
「さあ、踊ってもらうぞ!」
《喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)》。
放たれた高速の三連撃は、銃剣で守りを固めるスミスへと容赦なく襲い掛かり、その防御を切り崩す。
強化版のスキルを使わなかったのは、その防御を崩すのが目的だったからか。
いずれにせよ、セイバーの大剣はスミスの銃剣を弾き飛ばし、その体勢を完全に崩させる。
「もらったぞ!」
直後繰り出されるセイバーの剣舞。
舞い踊るような無数の斬撃が、スミスの体を切り刻む―――が、しかし。
「ちっ、浅いか!」
苛立たしげな舌打ちとともに、セイバーがスミスから距離をとる。
スミスの体に刻まれた無数の傷は、しかしその“守り”よってどれもが浅い。
何の強化もされていない通常攻撃では、スミスに致命傷を与えることは難しいのだ。
「ふむ。今度は私の番だな」
スミスはそう口にすると、再びセイバーへと踏み込んでくる。
ここは――――
迎え撃て、セイバー!
>下がれ、セイバー!
「ぐぬぬ……、致し方あるまい」
岸波白野の指示に、セイバーは悔しげな表情ながらも大きく飛び退く。
「逃がすと思うかね?」
それをさせじと、スミスがより強く踏み込んでセイバーへと詰め寄る。その瞬間。
「―――氷天よ」
両者の間に青い人影が割り込み、
「砕け―――!」
スミスの体が氷塊に覆われ、弾き飛ばされた。
「グッ、ぬぅ……っ!?」
スミスは素早く距離をとりつつ体勢を立て直し、新手の正体を確かめる。
そこには青い衣装を纏い狐の耳と尻尾を生やした女性が、セイバーと入れ替わるように武器を構えていた。
「選手交代!
呼ばれて飛び出て即参上! ご主人様を傷つけようとする不届き者は、裂いて燃やして氷漬け。
サーヴァント・キャスター、ご主人様(マスター)の敵をバリバリ呪うゾ♪」
9◆◆◆◆◆◆◆◆◆
白亜の剣が降り抜かれ、激しい剣戟が鳴り響く。
あまりにも強烈なガウェインの剣圧に、スミスの体が銃剣による防御ごと弾き飛ばされる。
だが当然、ガウェインの攻撃はそれで終わらない。
スミスが体勢を立て直すより早く、一足でスミスの下へと踏み込み、聖剣を一閃する。
スミスは即座に銃剣を盾にするが、銃剣は容易く弾かれ、その胴体を晒してしまう。
「受けていただく!」
即座に放たれる聖剣による刺突。
柄尻をたたくことで加速されたその一撃は、スミスの胴体へと高速で迫る。
「ぐ、ぬぅ……ッ!」
だがスミスは、咄嗟に上半身を仰け反らせその一撃を回避する。
結果聖剣はスミスの肩口を切り裂くにとどまり、次なる一撃が来るより早くスミスはガウェインから距離をとる。
ガウェインとスミスの戦いは、完全にガウェインが優勢だった。
岸波白野のセイバーを上回るその筋力と技量は、十分にスミスの“守り”を上回る攻撃力をガウェインへと齎していた。
加えて、セイバーとガウェインでは扱う武器も違う。
セイバーの剣が彼女自身が鍛えたものなら、ガウェインの剣は彼のエクスカリバーの姉妹剣。武器としての性能など比べるべくもない。
これで十二分。スミスが単騎でガウェインに勝てる可能性など、もはやどこにも存在しなかった。
…………しかし。
宝剣による一撃が、スミスの左腕に受け止められる。刃を受け止めたその腕には傷一つついていない。
同時にスミスが右拳による反撃を放ってくる。
サチ/ヘレンは体を右に逸らすことでその一撃を回避し、スミスへと向き直ると同時に宝剣を振り抜く。
しかしその一撃は、またもその腕によって防御される。
再び放たれるスミスの拳。
サチ/ヘレンは咄嗟に飛び退くことで対処するが、回避し切れずダメージを軽減する程度に留まる。
「ッ――――――――」
その顔は無表情のままだが、漏れ出るヘレンの声は明らかに苦痛を表していた。
それも当然。咄嗟に飛び退いて軽減したというのに、スミスの一撃はサチのHPを二割も削っていたのだから。
「ふむ。そこの騎士と比べると、君はあまりにも弱いな。
勢い余って殺さぬよう気を付けなければ。サンプルは多いに越したことはないからな」
対するスミスは、余裕の表情でそう口にする。
実際問題、サチ/ヘレンの攻撃は効いていないのだから、それも当然だろう。
しかしその言葉はいったいどういう意味なのか。
スミスの能力こそ知っていても、その目的を知らないユイたちには察することができない。
だが少なくとも、無事に済まないことだけは確かだろう。
「いったいどうすれば……!」
あまりにも不利な状況に、ユイはそう自問する。
二人のスミスによる挟み撃ち。
ガウェインは問題なくスミスに勝てるが、サチ/ヘレンではスミスに敵わない。
自身の武装は父の剣であるダークリパルサーと空気撃ち/三の太刀のみ。
射撃攻撃を無効化し、AIDA-PCであるサチ/ヘレンの攻撃すら効かないスミスに、自分の攻撃が通用するとは思えない。
そしてこちらの攻撃が効かない以上、自分たちはガウェインがスミスを倒すまで耐えるしかない。
だから問題は、それまでの間、自分たちが耐えきれるかどうかなのだが………。
「さて、今度はこちらから行かせてもらおう」
そう口にすると同時に、スミスがサチ/ヘレンへと踏み込んでくる。
スミスの一撃は、ダメージを軽減したうえでHPを二割も削る。まともに受ければ、残り四割のHPなど簡単に消し飛ぶだろう。
「――――――――」
それを迎撃するためか、サチ/ヘレンは宝剣に黒泡を集め、振り下ろす。
直後刀身から無数の黒い手が現れ、スミスへと襲い掛かる……がしかし。
「残念だが、その攻撃はすでに知っている」
スミスは一足で天井付近まで跳躍し、黒手による攻撃を回避する。
紙一重の回避や防御では危険だと理解しているのだ。
そして跳躍した勢いで距離を詰め、そのままサチ/ヘレンの前へと着地する。
「――――――――!」
「無駄だよ」
ヘレンは咄嗟に剣を振り上げるが、その一撃はスミスの左手に容易く受け止められる。
同時に振りかぶられるスミスの右手。その目的から殺すつもりはないらしいが、スミスがこちらのHPを把握しているはずもない。
その一撃は、確実にサチのHPを全損させ得るだろう。
「ヘレンさん!」
「ちっ! ガウェイン!」
「くっ、申し訳ありません!」
思わず上がるユイの悲鳴。
レオがガウェインへと指示を出すが、ガウェインは間に合わない。
ガウェインと相対しているスミスが、銃剣でレオを狙っているためだ。
「さあ、君も“私”になりたまえ」
止める者なく繰り出される貫手。
スミスの一撃は容赦なくサチ/ヘレンの胸部へと迫り、
「ぬっ……!?」
横合いから襲い掛かった蒼い炎から、スミスが飛び退くことによって防がれた。
「アアァァァアァァ……」
蒼い炎を放った人物――カイトは、サチ/ヘレンを庇うように、スミスの前に立ち塞がる。
その両手には、三尖二対の禍々しい双剣。サチ/ヘレンの代わりにスミスと戦うつもりなのだろう。
―――だが。
「……カイトさん。ここは私達だけで頑張ります。
だからカイトさんは、ジローさんたちを助けに行ってください」
確かな不安を覚えながら、それでもユイはカイトにそう告げる。
カイトはサチ/ヘレンよりも強い。
二人がかりなら、ガウェインがスミスを倒すまで耐えきることも可能だろう。
もしかしたら、スミスを倒すことだって可能かもしれない
………けれど、それでは助からない人物が、対主催生徒会には二人いる。
ジローとレイン。
スミスの襲撃によって分断された彼らには、スミスに対抗できる力が自分たち以上にない。
単純な戦闘能力で言えば、レインはサチ/ヘレンより強いだろう。だが彼女の主力である射撃攻撃が、スミスには全く効果がないのだ。
つまりレオとガウェインの助力がある自分たち以上に、彼らには助けが必要なのだ。
それに何より、自分は白野に、サチ/ヘレンの事を頼まれたのだ。
けれど自分は、自分ができることを、まだ何もできていない。
……そう。自分にはまだ出来ることがある。それをやらずに諦めるのは嫌だった。
「私達なら大丈夫です。だから―――」
「……………………」
肩越しに振り返るカイトの視線を、まっすぐに見つめ返す。
Auraの騎士であるカイトの目的は、ユイの持つアウラのセグメントを護ることだ。
ユイを守ろうとすることも、岸波白野の指示に従うのも、それが大前提となっている。
ゆえに、そのセグメントを危険に晒すような指示に従う理由は、カイトには存在しない。
そして今カイトにジローたちを助けに行かせることは、自分を、ひいてはセグメントを危険に晒すことに等しい。
それを理解したうえで、ユイはカイトにジローたちを助けてほしいと願い出た。
「……………………」
カイトはそんなユイをじっと見つめ、そして静かに頷いた。
「ありがとうございます!
ジローさんたちは今、裏門付近にいるみたいです。エージェント・スミスの反応も近くにありますので、気を付けてください!」
喜びに声を上げながら、ユイはそう告げる。
それを聞いたカイトは、即座に階段へと駆け出した。
「良かったのですか?」
「もちろんです」
レオの問いかけにユイはそう答える。
カイトが自分の願いを聞いてくれた理由はわからない。
だが自分を信頼してくれたのだとすれば、その信頼に応えなければならない。
そう気持ちを新たにして、ユイはそのアバターをナビゲーション・ピクシーから本来のものへと変更する。
同時にその腕に抱え込まれた形で出現する、黒い鞘に納められた白銀の剣。
ユイの父のものであるその剣は、しかし、彼女には重すぎて振るうことは難しい。
だがユイが本来の姿になったのは、自身が直接戦うためではなく、自分がただ守られるだけの存在ではないという事を示すためだ。
「そうですか。では、そちらのスミスは任せましたよ、ユイ」
その覚悟を見て取ったレオは、そう口にしてユイへと背中を向ける。
自分が戦っているスミスに専念する、という事なのだろう。
「ありがとうございます、レオさん」
その背中に礼を述べ、ユイは改めてスミスへと向き直る。
対するスミスは、そんなユイたちへと詰まらなさ気な視線を向けていた。
「ふむ。君たちで私に勝てると、本気で思っているのかね?」
「もちろんです。私達はまだ負けてませんから。
ですよね、ヘレンさん」
「――――――――」
嘲るようなスミスの問い。
それに言い返すユイの声に、サチ/ヘレンは剣を構えることで答える。
「そうか。ならば仕方ない」
そんな二人の様子に、スミスはそう嘆息する。
無駄な抵抗などしなければ、楽に“私”になれたのに、と。
だが少女たちは、あくまで抵抗を続けるという。
ならば最悪、彼女たちを殺すことも考慮に入れる必要があるだろう。
何しろ“もう一人の私”と戦っている騎士は難敵だ。“私”一人では倒せないだろう。
ゆえに早急に少女たちを処理する必要がある。
そう結論し、スミスはサチ/ヘレンへと向け踏み出した。
「行きますよ、ヘレンさん!」
「――――――――ッ!」
対するサチ/ヘレンもまた、ユイの声に応じスミスへと向け駆け出す。
自分たちがどれだけ意気込もうと、スミスが強大な敵であることに変わりはない。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。なぜなら自分たちはまだ戦えるからだ。
そして戦えるのなら、諦めるわけにはいかない。
カイトとレオは、自分たちを信じてこの戦いを任せてくれたのだから。
10◇
「オラァ……ッ!」
紅いスパイク付きの拳当を填めた右拳を、目の前の男めがけて全力で振り抜く。
如何に接近戦の苦手な『赤』とはいえ、仮にもレベル9er(ナイナー)の攻撃だ。そこいらのバーストリンカーよりは強力である自信はある。
直撃させられれば、多少なりともダメージは与えられるはずだ。
………直撃させられれば、の話だが。
「ふん」
自身に向け放たれたその一撃を、スミスは鼻で笑いながら受け止める。
スミスがこれまでに経験してきた攻撃と比べれば、レインの一撃はあまりにも遅く、そして非力(よわ)い。
続けて繰り出された左拳も難なく受け止め、そのままレインを拘束しに掛かる。
「させるか!」
だがそこへ、ジローからの援護射撃が行われる。
スミスは咄嗟にレインから手を放し、バレットドッジによる回避を行う。
解放されたレインはすぐさま蹴りを行うが、当然それもスミスの腕に防がれる。
だが蹴りの反動を利用し、レインはスミスから距離をとる。
「はっ、まだまだァ……!」
そして呼吸を整えるのもそこそこに、再びスミスへと突撃する。
……自身がどれだけ接近戦を挑んだところで、スミスには通用しないと理解していながらも。
そもそもレインの本領は、強化外装群【インビンシブル】の強力な火器で敵を圧倒する遠距離飽和砲撃だ。
ましてやペナルティにより制限すら掛かった攻撃が、スミスに通用するはずなどない。
だというのにレインがスミスへと接近戦を挑んでいるのは、偏にスミスに遠距離攻撃が効かないからに他ならない。
遠距離攻撃が効かない以上、スミスに対抗するには接近戦を行うしかないのだ。
……だが、それでは決して勝てない。
レインはあくまでも遠距離型であり、接近戦を得意とするスミスに敵う道理などないからだ。
ましてやただの人間に過ぎないジローに、スミスに対抗する術などあるはずがない。
つまり、どうやったところで勝ち目はない。これは初めから勝敗の解り切った戦いなのだ。
………ならば、その道理を覆すしかない。
ルールを冒し、定理を覆すその力を、レインは知っている。否、持っている。
即ち、心意技(インカーネイトスキル)だ。
彼女たちがスミスに打ち勝つには、同じ心意でしか防げない攻撃によって、その防御を突破するしかないのだ。
しかしただ闇雲に心意技を放ったところで、即座に対処されることは容易に想像がつく。
ゆえに、最初の一撃で勝負を決する必要がある。
そのためにも、スミスを防御は可能であっても、回避は不可能な状態へと持ち込まなければならない。
レインが無謀な接近戦を挑んでいるのはそのためだった。
「ラアッ……!」
先ほどと何ら変わらない、拳をただ振り回すだけの一撃。
だが掴み取ってはまた妨害されると踏んだのか、スミスはその一撃を左腕で防御する。
拳当のスパイクがその腕に突き立つが、ステータスの差か、傷一つつくことはない。
同時に放たれるスミスの右拳。
レインはそれを腕ではなく拳当てで受け止め、その衝撃に大きく弾き飛ばされる。
だがそれすら、明らかに加減した一撃。
上空から突撃してきた時の事を考えれば、本気の一撃なら、完璧にガードしたところで弾き飛ばされるだけでは済まないはずだ。
「チィッ。こんなもん、青か緑に素手ゴロ挑んでるようなもんじゃねぇか!」
防御された手応えから、自身の打撃では傷一つ付けられないことを悟り、レインはそう愚痴をこぼす。
いかなる理由からか、スミスは手加減している。
本気を出せば自分たちなど簡単に制圧できるだろうに、いまだに攻勢に出る余裕があるのがその証拠だ。
キシナミの話から推測するなら、自分達をスミスへと変えようとしているのだろうが……
「冗談じゃねぇ! あんなヤツの一人に変えられて堪るかってんだ!」
とにかく、スミスが攻撃に積極的でないのはそのためだろう。
自分達を無力化できる、その力加減を図っているのだ。
ならその加減を掴む前、自分達を嘗めて油断している今のうちに、心意の一撃を叩き込むしかない。
「ジロー、合わせろ!」
「わかった!」
ジローの返事を背に、スミスへと何度目かの突撃を行う。
策など何も伝えていない一方的な声掛け。
だがこいつなら合わせられるはずだという、不思議な確信があった。
「ふむ。馬鹿の一つ覚え(one-track mind)、というやつかね?
それでは私には敵わないことなど、すでに理解していると思うのだが」
「うっせぇ! やってみなきゃわかんねぇだろ!」
余裕を見せるスミスへと声を荒げて言い返す。
腹立たしい話だが、それが許されるだけの実力差が、ヤツと自分たちの間にはある。
……だが、それもこれで終わりだ。
その鉄面皮に、吠え面をかかせてやる……!
「これでも、食らいやがれ!」
スミスの目前に踏み込み、レインは右手に渾身の力を込める。
右腕が肘まで炎につつまれ、眩く発光する。
誰の目にもわかる必殺技の発動。
それを今までにない大振りで振り被り、
「ぬ……!」
次の瞬間、スミスの視界から、レインが消えた。
否。その動きは見えていた。ただ反応が遅れただけ。
レインは今、自身の左側へと移動した。
故に、その動きを追跡しようと左側へ振り返ろうとして、
「っ―――!?」
“右側から聞こえた”音に、咄嗟にそちらへと振り返った。
そこには燃え盛る右拳を振り被るレインの姿。
咄嗟に迎撃しようと拳を振り被るが、
「そこだ!」
狙い澄ましたかのようなジローの銃撃によって妨害された。
「ちっ!」
弾丸自体はバレットドッジで回避した。
だが完全に行動が遅れた。
もはやレインの攻撃を回避することは出来ない。
そう判断し、左手を右肩の後ろへと伸ばし――――
「《輻射拳(レイディアント・ビート)》ッ――――!!!」
その一撃が直撃し、ズガンッ、と激しい衝撃音が響き渡たる。
スミスの体は大きく弾き飛ばされ、隣家の塀を粉砕し、その瓦礫に埋もれる。
「やった!」
その光景に、ジローが喝采を上げる。
今の一撃は確実にスミスへと大ダメージを与えたと確信したのだ。
《輻射拳》を発動すると見せかけてからの《炎膜現象(パイロプレーニング)》による回り込み。
スミスがレインを見失ったところでジローの援護射撃を行い、改めて《輻射拳》を叩き込む。
話し合いもなく組まれたその作戦は、完璧なまでに成功した。
心意が心意以外での防御が不可能である以上、スミスには致命的なダメージが与えられている―――はずだった。
「いや……やってねぇ……」
レインはそう、絞り出すような声で否定する。
それは実際に攻撃したが故の確信だった。
その証拠に、
「ヤロウ……心意もなしに、心意を防ぎやがった……ッ!」
瓦礫を押しのけ、スミスは平然と立ち上がっていた。
その左手には、レインの装備する拳当と似た意匠の、緑玉石の銃剣。
先ほどまでは装備していなかったその銃剣が、心意の一撃を弾いたのだとレインは確信する。
「今のは危なかった。あと少し防御が遅れれば、大ダメージは免れなかっただろう。
どうやら、私の悪い癖のようだ。表面的な能力で相手を測ってしまい、数値外の爆発力を度外視してしまう。早急に直さなくてはな。
だがこれで、君を取り込むことが出来そうだ。前の時は失敗してしまったからな。安心したよ」
「前の時……だと?」
「ああ。君とよく似た、ネジのような外見の紅いロボットだったよ。
少しばかりやり過ぎてしまってね。まったく、死体が残らないというのも善し悪しだよ」
「は……そういう事かよ」
そのめぐりの悪さに、レインは思わず乾いた笑いをこぼす。
つまりはこういう事か。
スミスは一度バーストリンカーと……おそらくはクリムゾン・キングボルトと戦っていた。
だからこそ、自分が必殺技を使う可能性を予期し、“予想外の攻撃”に対する最低限の警戒をしていた。
その結果、スミスの防御は間に合い、そして偶然にも心意を防げる武器を装備していたため、防ぎきることができたのだ、と。
「さて、悪足掻きはもう終わりかね? だとしたら、こちらとしても助かるのだが」
「っ…………!」
そう言って平然と踏み寄ってくるスミスに、レインは思わず後退りする。
いかなる理由から、あの銃剣は心意を無効化する。
そして一度心意技を見せた以上、スミスはそれすら計算に入れて対処してくるだろう。
つまりこれで、完全に打つ手はなくなってしまったという事だ。
…………だが。
「終わりなワケ、ないだろ……!」
「ジロー、おまえ……」
後退りしたレインと入れ替わるように、ジローが前へと踏み出す。
そうだ。俺には大切な約束がある。
守るって決めた恋人がいて、生き残らなきゃいけない理由がある。
なのに………まだ出来ることがあるのに、そう簡単に諦められるわけがない。
だから――――パカに再び会うためなら、ドラゴンとだって戦ってやる………!
「ほう? 一体君に何ができると?
君が何をしようと、無駄な足掻きにしかならないと思うが」
「無駄かどうかは、やってみなきゃわからないだろ!」
言うや否や、ジローはスミスへと飛び掛かった。
「あ、おいバカ……!」
その無謀な行いに、レインは思わず声を荒げる。
いかに野球をやっているとはいえ、一般人に過ぎないジローの身体能力などたかが知れている。
心意を弾く武器があったとはいえ、その一撃を防げるような奴に、ジロー程度の攻撃が通じるはずがない。
ジロー自身、それを理解していないはずがない。なのにどうして、スミスへと挑むような真似をしたのか。
「くらえ……!」
ジローは一丁しかない双銃の、その銃身から伸びる刃を、渾身の力でスミスへと叩き付ける。
だがその一撃は、レインの予想に違わず、容易くスミスの腕によって防がれる。
………当然、そんなことはわかっていた。
レインとスミスの戦いを見ていたのだ。自分の攻撃が効かないことなど予想済みだ。
だがもう一つ、ジローには気づいていたことがあった。
確かに自分の攻撃は、スミスには効かない。
自分の行った援護射撃は全て躱され、双銃の刃による攻撃もこうして防がれている。
――――だが逆に言えば、銃撃を回避するという事は同時に、“中れば有効だ”という事でもあるのだ。
そして自分の銃撃を回避している時、スミスは反撃はおろか、防御すら行わなかった。
反撃や防御の動作は、必ず回避行動が終わってから。
それがもし、ただ行わなかっただけではなく、“できない”のだとしたら――――
「今だっ!」
攻撃が防がれた瞬間、ジローは双銃の引き金を引き絞る。
直後、銃声が響き渡り、スミスめがけて銃弾が放たれる。
もし銃撃の回避中に反撃や防御ができないのだとしたら、その逆、防御や攻撃中も、銃撃の回避は出来なのではないか。
それがジローの予測した、スミスを倒すための最後の手段だった。
そしてその狙いは正しく、スミスはバレットドッジによる回避を行わず――――
「狙いは悪くない。が、“その手”はすでに経験済みだ」
ジローの放った銃弾は、ただ純粋な身体能力のみによって回避された。
確かにジローの予測通り、『救世主の力の欠片』によって物理攻撃を弾くスミスに銃撃は有効だ。
その理由は、スミスがそれこそ身をもって、銃というものの脅威を認識しているからだ。
簡単に言ってしまえば、“生身で銃弾を弾くイメージができない”のだ。
『救世主の力の欠片』を得る以前からの能力ではあるが、ある意味ではそれゆえの銃撃に対する絶対回避能力(バレットドッジ)だといえよう。
だがこの能力にも欠陥はある。
銃撃の回避に特化しているが故に、それ以外への対処ができないのだ。
そして
シノンのバレットドッジ中の近接攻撃も、ジローの近接攻撃を防御させることによるバレットドッジ封じも、どちらもその欠陥を突いたもの。
スミスに銃撃を行う際の選択としては、非常に有効な手だと言えるだろう。
……だが、一度でもその欠陥を経験したのであれば、それに対応するのは当然のこと。
そして、たとえバレットドッジが発動せずとも、体の動きが封じられるわけではない。
自身に“そういう攻撃”が有効であると理解していれば、十分に対処は可能なのだ。
そう。その欠陥をシノンの手によってすでに一度突かれていたが故に、ジローの決死の攻撃は予測され失敗してしまったのだ。
「そして生憎だが、君自身に価値(よう)はない。
惜しくはあるが、彼女を“私”にするための邪魔をされないよう、君には消えてもらう」
ゴッ、と大気を唸らせ、スミスの拳がジローへと向けて放たれる。
レインへ向けて放ったのとは違う、一切手加減のされてない一撃。
それを見てジローは、自身の死を理解した。
(ああ……こりゃ死んだな)
なんて、自分でも意外なほどあっさりとした感想が浮かぶ。
思考が加速し、自身に迫る拳がゆっくりと見える。
そして、いわゆる走馬灯というやつだろう、このデスゲームに巻き込まれる以前からの記憶が脳裏を過っていく。
その最後に思い出した光景は。
(ごめんな、パカ。
結局俺は、王子様にはなれなかったよ)
自身の恋人である、何よりも大切な少女の事だった。
直後、スミスの拳が自分の体を貫いていく感覚とともに、ジローの意識はあっけなく粉砕された。
「ッッッ――――テ、ンメェエエッッ……!!!」
襤褸切れのように吹き飛んでいくジローの姿に、レインは激高し声を荒げる。
同時にその四肢が、彼女の激情を表すかのような激しい炎に包まれる。
《輻射拳》と《炎膜現象》の同時使用。
スミスがレインへと向き直るより早く、レインはスミスへと一瞬で接近し、その拳を振り抜いた。
だがスミスは、素早く身を屈めてその一撃を躱すと、突き上げるようにレインの首を鷲掴む。
そしてそのままの勢いで体を回転させ、レインを勢いよく道路へと叩き付けた。
「ガッ……!」
アスファルトが陥没するほどのその衝撃に、レインの意識が一瞬飛ぶ。
だがその飛びかけた意識を、今度は胸部に突き刺さった衝撃が引き戻した。
朦朧とする視界で確かめれば、そこにはスミスの貫手が突き立ち、自身の体が黒く染まっていく光景があった。
「これで君も、“私達”の一人だ」
「ふ、ざけ………っ!」
その浸食に抵抗しようとどうにかもがくが、スミスの拘束も、その浸食も止まる気配はない。
加えて地面に叩き付けられたダメージによって、心意を使うほどの集中力も奪われていた。
そして彼女とともに戦っていたジローも、まともにスミスの攻撃を受けた以上、最早助からないだろう。
つまり絶体絶命。レインが助かる術は、最早どこにも存在しなかった。
「……………………んな……」
不意に、シルバー・クロウの事を思い出した。
自分が助けを求めれば、どこからでも駆けつけてみせると彼は行ってくれた。
……だが、シルバー・クロウはもういない。
スカーレット・レインを助けると約束してくれた彼は、この仮想世界で死んだ。
上月由仁子を支えていたものは、永遠に失われてしまったのだ。
だから―――。
(こんな所でくたばって堪るか。
こんなあっけなく終わって堪るか!
こんな何もできないまま、死んで堪るかッ!!)
いま彼女を支えているものは、彼を奪った存在(せかい)に対する怒りだった。
それを自覚した瞬間、世界に対して怯えていただけの少女は、その怒りを以て、逆に世界へと牙をむいた。
「ふざけんじゃ、ねぇえええ――――ッッッ!!!」
張り裂けるような叫びとともに、レインの全身が紅い輝きに包まれる。
その輝きは自身を侵す黒を押し返し、その起点であるスミスの手を弾き飛ばした。
「な、ッ……!?」
「、ラアッ……!」
同時に驚愕を顕わにするスミスへと、レインが炎を纏った拳を振り抜く。
スミスは咄嗟にレインを拘束する手を放し、大きく飛び退くことで回避する。
だがその思考は、今起きた現象に大きく掻き乱されていた。
(どういうことだ。彼女への上書作業は、問題なく進行していたはずだ)
確かに上書き能力には制限が掛けられているが、それは一度始まった上書を妨げるほどのものでもない。
そして上書きを弾かれた時の感覚からして、アトリのように未知のプロラムで抵抗されたわけでもない。
あの感覚はむしろ、アンダーソンの持つ『救世主の力』による抵抗に近かった。
(あの少女が、『救世主の力』に類するプログラムを持っている?)
いや、まさか、とその考えを即座に否定する。
『救世主の力』はマトリックス――つまりプログラムの制約を超越する力だ。
いかに異世界の人間とはいえ、そんな力を持つ人間が何人もいては、電子世界は成り立たなくなってしまう。
それに、そう難しく考える必要はない。
少女の持つ力が如何なるモノであれ、上書きしてしまえば解ることだ。
何しろ――――
「……その力。そう何度も使えるものではないようだな」
そう告げるスミスの視線の先には、息を荒げて片膝を突く少女の姿があった。
先ほどまでと比べ、少女は明らかに疲弊している。
つまり先ほどのような上書きの拒絶は、そう何度もできるわけではないという事だ。
多くてあと二度か三度。それで少女の上書は可能になるだろう。
「ハァ……ハァ、っハ――――」
レインは乱れる息を、懸命に整える。
スミスの上書を弾いた瞬間襲い掛かってきた、唐突な疲労。
それにより彼女は、立ち上がる事すら億劫な状態となっていた。
おそらくはこの疲労が、心意に掛けられた制限なのだろう。
そう、心意だ。
それこそがスミスの上書を弾き飛ばした力の正体だった。
いつか訪れたはずの未来において、シルバー・クロウがハイエスト・レベルと呼ばれる領域に至った際、彼はある推測を立てた。
その推測とは、デュエルアバターとは『心意によって生み出された、自分自身を守るための殻』ではないか、というものだ。
そしてその推測が正しいのであれば、バーストリンカーにとって自分自身(デュエルアバター)をイメージすることは、もっとも容易なことと言えるだろう。
そう。つまりレインは、自身のデュエルアバターのイメージを以て心意を纏う事で、スミスの上書き能力を弾いたのだ。
たとえ『救世主の力の欠片』によりリミッターが外れていようと、スミスの上書き能力はあくまでシステムの延長上のものでしかない。
対して心意は、「事象の上書き(オーバーライド)」を引き起こすことによって、システム以上の現象を発現させるもの。
システムの範疇を超えない上書き能力では、システムを超える心意には抗い得なかったのだ。
……がしかし、その代償は大きかった。
このバトルロワイアルにおける制限の一つ。心意の使用による体力の消耗によって、レインは継戦が困難なレベルで疲弊していた。
元より不得手な接近戦に加え、相手はあのエージェント・スミス。そこに加えてこの疲労。
たとえ上書き能力を弾こうと、それは僅かな延命にしかなりえないのだ。
(だからっつって、諦められるかよ……!)
力の入らない脚に喝を入れ、気力だけで立ち上がる。
スミスが強敵であることは、元々わかっていたことだ。
ただその力が、自分達の想像以上だっただけ。
ジローが殺されたことも、自分がこうして追い詰められていることも、その甘さの代償でしかない。
だが、たとえそれが無駄な抵抗でしかなくとも、諦めるわけにはいかなかった。
なぜなら、自分はまだ、生きているのだから。
「まったく。人間というのは本当に往生際が悪い」
「はっ。テメェにだけは言われたくねぇよ。
一人見かけたら何人もいるとか、ゴキブリかっつうの」
「ゴキブリ呼ばわりとは酷いな。まあ、すぐに君もその一人になるのだがね」
「やれるもんならやってみろよ、ゴギブリ野郎……!」
「では遠慮なく」
スミスがレインへと踏み出す。
その踏み足はアスファルトを砕きながら、徐々に加速していく。
対するレインには、それをするだけの体力が残っていない。
ならばすることは一つ。
スミスの攻撃に合わせてのカウンターだ。
ヤツの間合いに入るその直前に、《輻射連拳(レディアント・バースト)》を叩き込む。
通常の遠距離攻撃は効かないが、システムを超越する心意技なら、あるいは効果があるかもしれない。
それが躱されたとしても、今度こそゼロ距離から《輻射拳》を叩き込むだけの事だ。
武器が心意を防げたとしても、生身で防げるはずがないのだから。
「――――――――」
「っ…………!」
スミスが残り半ばの距離まで踏み込む。
レインは右腕に心意の炎を灯し、迫りくるスミスを迎え撃つ。
残り少ない体力が、心意の行使でさらに削られていく。
――――構いやしない。
このあとぶっ倒れたって、別にいい。
こいつをぶっ倒すことができるのなら、それで――――
「あ………………」
瞬間。その光景に、レインは己が敗北を理解した。
最初からそう言うつもりだったのだろう。
残り半ばまで踏み込んだ次の瞬間、スミスが一気に距離を詰めてきたのだ。
間を外され、自分はすでにスミスの間合い。
回避も防御も、相打ち覚悟の迎撃すら間に合わない。
眼前に迫るその一撃を、何もできないままに見つめ――――
「む!?」
「え?」
ガキン、と。
黄昏色の背中に遮られる音を聞いた。
「ハアァァ…………」
目の前には、右腕に死んだはずのジローを抱え、左手の双銃でスミスの一撃を防ぐカイトの姿があった。
最終更新:2015年11月18日 01:17